インプレッション

BMW「i8」(本国仕様)

 うずくまったように低く身構え、スラリと伸びた長いノーズにバタフライ式のドアを備えた、まさにスーパースポーツカーの王道を行くかのごとき佇まい――2009年に開催のフランクフルトショーに姿を現したコンセプトカー「ビジョン・エフィシエントダイナミクス」で提案されたそんなデザインを、ほぼそのままに再現した「i」のサブブランド名が与えられた2つめのモデルが、いよいよ間もなくのデリバリーをスタートさせる。ここに紹介する「i8」だ。

 それは、単なるコンセプトカーやデザイン・スタディには留まらない。日本でもすでに1917万円という価格が発表されている”市販バージョンそのもの”である。大都市圏の電気駆動コミューターを見据えた「i3」と、未来の駆けぬける歓びを体現するハイブリッド・スポーツカーを目指したi8。そんな2台は、BMWグループが提案をする持続可能な次世代モビリティのブランド「BMW i」が手掛けるモデルの、「両端に位置するもの」と説明されている。

早くも生産体制の強化が検討されるi3/i8

日本でもi8の受注を開始しており、価格は1917万円。2014年夏以降の納車を予定している

 それにしても、一見では「どうやってもこのまま市販化は無理」と受け取れるコンセプトカーならではと思えた何とも未来的なアピアランスが、実際にはすでにさまざまな法的要件なども盛り込まれた、ほとんど忠実に再現可能なデザインによる結果であったことに、まずは驚きと感動を禁じ得ない。世界各地のレギュレーションなどをつぶさに調べ上げ、それをすでにコンセプトカーの段階で反映させながら、あのスタイリングを完成させていたのだから。BMW、恐るべし!

 一方、前出「ビジョン・エフィシエントダイナミクス」の発表段階ではそうしたスタイリングこそがまずは話題の主役となり、「F1マシンの開発でノウハウを培った」とも紹介された優れた空力性能を実現したボディーには、実はその構造上にも大きな見どころが秘められていた。

 駆動用モーターやバッテリー、エンジン/トランスミッション、サスペンションなどを組み込んだアルミ製の「ドライブ・モジュール」の上に、CFRP(炭素繊維強化樹脂)製のキャビン部分「ライフ・モジュール」をドッキング――そう、それはi3に採用されたものと同様の、軽量化が強く意識されたユニークな構造だ。ただし、「i3に比べると台数が少ないこともあり、生産の工程はより手作りに近い」と教えてくれたのは、カリフォルニアで開催された国際試乗会で出会ったi8プロジェクトの担当エンジニア氏。ちなみにこの両モデル、世界の市場ですでに多くのバックオーダーを抱えていて、早くも生産体制の強化を検討中ともいう。

 iモデルに共通する特徴的なデザイン要素である、フロントフードから始まってルーフを通過し、リアエンドへと続く「ブラックベルト」を生かしたエクステリアは、これもi3の場合と同様にやはり軽量化を意図して、多くのアウターパネルにプラスチック材を用いることで成立させている。ただし、バタフライ式のドアとフロントフード部分には例外的にアルミ製パネルを採用。前者は「閉じ動作の際の耐凹み性を確保すると、樹脂を用いた方が重くなってしまうから」で、後者は「歩行者保護性能を向上させるため」というのがその理由であるという。

プラグインハイブリッド「i8」のボディーサイズは4689×1942×1298mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2800mm。フロントアクスルに96kW(131PS)/250Nm(25.5kgm)を発生するモーターを、リアアクスルに170kW(231PS)/320Nm(32.6kgm)を発生する直列3気筒1.5リッターターボエンジンを搭載し、システム全体で266kW(362PS)を出力。i8はガソリンエンジンとモーターの2つのパワーで4輪を同時に駆動させることが可能で、走行状況に応じて前輪駆動、後輪駆動、4輪駆動に切り替わる

 思いのほか軽い操作で跳ね上がるドアを開き、高くて幅広のシルと低いルーフにちょっと苦労をしながら、身体をひねるようにして低く置かれたドライバーズ・シートへと滑り込む。と、そこに待っていたのはエクステリアと同様、こちらも大いに未来感がタップリの、質の高いデザインのインテリアだ。

 着座位置そのものが低いことに加え、内部に駆動用バッテリーを収めたことで相対的な高さがより強調されたセンターコンソールも、故意か偶然か上手い具合に”スポーツカーらしい囲まれ感”を演じる一助になっている。クラスター内に浮かび上がるバーチャルメーターをはじめ、各部に斬新なデザインが散りばめられたドライバーズシートまわりは、一方で意外にも視界の広がりに優れていて、閉塞感を少しも伴わないのは意外なるポイントだ。「量産車として世界で初めて、化学的な硬化処理を施した薄型合わせガラスを採用」というエンジンルームとのパーティションを通すためか多少像に歪みが入ってしまうものの、ルームミラーを通しての後方視界も実用上十分なレベルにある。

 一方で、ふと気が付くとダッシュボードのドアサイドにはダイヤル式のライトスイッチがレイアウトされ、シフトセレクターもすでに最新のBMW各車でお馴染みのデザインによるアイテムであるなど、各部の操作性そのものは独自のロジックが採用されたi3よりもむしろこちらの方が“普遍的”であることを教えられる。

 かくして、i8というモデルはそのとびきりに未来的なルックスから想像をするよりは、その扱いは案ずるより産むが易し。少なくとも、昨今のBMW車ユーザーであれば(i3のように)戸惑うことなく各種の操作が行えるスーパースポーツカーでもある。

 i3の21.8kWhに対して、駆動用リチウムイオン・バッテリーの容量はわずかに1/3ほどの7.1kWh。EU走行モードでのEV走行可能距離も、レンジエクステンダー付き仕様で170kmというi3に対して37kmに過ぎないi8は、「EVの一種ではなく、外部充電が可能なハイブリッド・システムを搭載する新時代のプレミアム・スポーツカー」というのが、その狙いどころだ。

 最高出力131PSを発するフロントにマウントされたリダクションギア付きモーターは前輪を駆動し、減速時には回生を行うのに専念。一方、ミッドシップというよりは、むしろ“リアエンジン”と呼ぶ方がよさそうな位置に6速ATと組み合わせて横置き搭載される、最高出力231PSを発生するターボ付き直列3気筒1.5リッターエンジンは、出力15kWのスタータージェネレーターと組み合わされた上で後輪の駆動を担当する。

 これらをEV走行限定モードを含む任意に選択可能な5種の走行モードやバッテリー残量、路面状況やアクセルワークなどによって変幻自在にコントロールすることで、前輪駆動/後輪駆動/4WD、EV走行/エンジン走行/両者のミックス走行などと必要に応じて自動的に使い分けながら走るのがi8というモデル。

 というわけで、国際試乗会の基点となった米国カリフォルニア州のサンタモニカの街中をそろそろとスタートする段階では、フルチャージ状態でハンドオーバーされたi8はまず、しばらくの間は“エンジン要らずの前輪駆動車”として走行することとなった。

ベージュを基調としたi8のインテリア。ドアシルにカーボンファイバーが覗めるなど、スポーティな仕上がりになっている

“駆けぬける歓び”が堪能できる仕上がり

 周囲を行くクルマたちや、横断歩道を渡る人からの熱い視線を感じつつ、ほとんど音もなく進むi8は、まさに未来の乗り物感が一杯だ。路上に引かれたペイントの凹凸すら忠実に伝える硬い乗り味と、中立付近にちょっとばかりの曖昧さが残るステアリングのフィーリングには、正直なところこの先のさらなるリファインを望みたくなる。

 が、他モデルでは絶対に味わうことのできないこの固有の未来感こそがi8の価値であり、他のスーパースポーツカーをも楽に手に入れられる大枚をはたきながら、敢えてこのモデルを手にするオーナーの所有欲を満たす、重要なポイントであるに違いない。

 ちなみに、より強い加速力が必要となってアクセルペダルを少々踏み加えた程度ではエンジンは始動しないし、EV状態での最高速も120km/hだからアメリカのフリーウェイの流れ程度であれば、そのままのEV走行でクルージングを続けることが可能だ。こうなると、さらなるEV航続距離が欲しくなるところだが、そこにはスポーツカー・パッケージングゆえのバッテリー搭載量の問題が立ちはだかることになりそう。

 個人的には、現在の後席部分を潰した2シーター・パッケージングを採用し、より多くのバッテリーを積むという手法もアリではないかと思う。が、「短時間であっても4人乗りが可能で、荷物置き場としても使えるという実用性も考えると、2シーターは選択肢になかった」というのが開発者の弁になっている。

 EV状態で走行を続けバッテリー残量が低下してくると、エンジン・パワーも加えてのハイブリッド走行へと移る。そんな場面でのエンジンの始動/停止は、なかなかスムーズだ。ある程度スピードがのってロードノイズなどの暗騒音が発生していると、それに気が付かないほどと表現して過言ではない。ひとたびエンジンが始動すると、今度は多くのシーンで「こちらが主役」になることが、パワーフローを示すディスプレイから読み取れる。フリーウェイの本線に合流するための加速でも、ワインディング・ロードのコーナーからの脱出でも、大半の場面はエンジンパワーのみでこと足りてしまうのだ。

 そもそも、このサイズの4WDスーパースポーツとしては異例に軽いi8。およそ1.5tという車両重量に対してシステム出力は362PSだから、ウエイト/パワーレシオは単純計算では4kg/PS強に過ぎない。加えて、最新MINIクーパー用と基本構造を共にする3気筒エンジン単体でも、230PSを上回る最高出力を発揮する。事実、リミッターによって制御される250km/hという最高速は「エンジンのみでもマークが可能な値」という。

 相当に深くアクセルペダルを踏み込むような場面に遭遇しない限り、加速力を増すためのモーターパワーの上乗せは必要としない。理屈上では、「強力加速時にはモーターによるブースト効果が得られる」というi8だが、現実世界ではスポーティな走りのシーンでは明らかにエンジンがメインのパワーユニットとなるのだ。

 かくして、前輪駆動になったり後輪駆動になったり4WDになったりと、そのタイミングと走りのパターンによって駆動方式を自由に変えるi8だが、たとえワインディング・ロードをそれなりに速いペースで駆け回るようなシーンでも、実際のドライバーの感覚としては「そうした複雑な制御を意識させられることは皆無」というのも付け加えておきたい。

 例えば、EV走行でスタートして、ある程度ペースがのったところでエンジン駆動に切り替わるような場面では、駆動輪も前輪から後輪へと一気にバトンタッチされる理屈。が、実際のハンドリング感覚としてはそれを意識させられるようなことは皆無だし、増してやそうした制御が原因となって不安定な挙動を発生させるようなことはただの一度もなかった。ちなみに0-100km/h加速はわずかに4.5秒と発表。これは「さすがはスーパースポーツカーだな」という実際の加速感にピタリとリンクしたものだった。

 街乗りやフリーウェイ走行ではいささか揺すられ感が強過ぎと思えたフットワークも、ワインディング・ロードに差し掛かるとまさに“駆けぬける歓び”が堪能できる仕上がり。右に左にと、さしたるロールも意識させられることなく素早く身を切り返すそうした挙動に、「やはりBMW作のスポーツカーなんだな」と、多くの人がそう納得することになるはずだ。

あまりに「イイ音」過ぎる理由とは?

 ところで、エンジンパワーをメインとして用いる走りのシーンでは、賛否両論を巻き起こすに違いないこのモデルならではの演出も報告の必要がある。それはサウンドだ。街乗り、あるいはクルージング・シーンでエンジンが作動した際は、「3気筒の割にはなかなか低音ビートが効いているな」と、いわばその程度の印象。しかし、シフトセレクターを倒し、スポーツモードを選択してアクセルペダルを深く踏み込むと、そこではまるでV8エンジンもかくやという迫力あるサウンドが耳に届くのだ。

 当初は排気系に設けられたシャッターバルブを開閉させるなどで、迫力ある音が強調されているのかと想像した。が、その考えは途中で改めることになる。3気筒エンジンにしてはあまりに「イイ音」に過ぎるのだ。MINIクーパーと“親戚エンジン”であるはずなのに音質が違い過ぎる。

 結論はといえば……なんとi8は「“イイ音”を外に向けて、スピーカーから放出」していた。正確に記せば、3気筒エンジン本体が発する実際の音とミックスさせることで、i8の見栄えに相応しい迫力あるサウンドを電気的に放つデバイスが、このモデルには(密かに?)採用されていたのである。

 開発陣によれば、それはBMWのアイコンでもある直列6気筒ユニットが発する音をイメージしたものという。が、実際耳にした印象では、それはむしろ低音成分が明確に強調された、いわゆる“V8サウンド”そのものという感じだった。中でも、そんな演出は前述のようにスポーツモードを選択し、シフトパドルを用いてダウンシフトを行った際のブリッピング音に顕著。このサウンドを聞いて、このモデルが搭載するエンジンが1.5リッターの3気筒ユニットと連想する人など、誰一人として存在しないはずだ。

 そんなギミックを用いてまで、未来的なスーパースポーツカーをアピールしようという姿勢には「賛同できない」という人も当然少なくないだろう。特に「スーパースポーツカーの心臓は、やはり大排気量の多気筒ユニットに限る!」と、そんな信奉心を持つ人の中には、ハイブリッド・システムを採用し、そこに3気筒エンジンを用いるという段階で「そもそもスポーツカーとはいえない」という人だって居るだろう。

 が、敢えていえばそうした“古いイメージ”を持つ人の気持ちを逆撫でする内容の持ち主であるからこそ、i8は既存の価値観にとらわれることのない、新世代スーパースポーツカーの開拓者であるともいえるはず。単なるハードウェア上の特徴や走りのスペックのみならず、実はこれまでの常識とはまったく異なる新しいコンセプトにこそ、もっとも大きな価値があるのがi8というモデルであると、そう紹介してよいのかも知れない。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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