日下部保雄の悠悠閑閑

プジョー「5008」

琵琶湖と5008

 香港-北京ラリーのようなユニークで面白いラリーは当面出会えそうもないが、いつか復活することを願っている。きっと当時とは違う景色を見ることができるに違いない。

 さてだいぶ前の話だが、琵琶湖までショートトリップをした。クルマはプジョー「5008」。7シーターのワゴンだ。トラベルWatchの取材でもあって相方との会話も弾みクルマも旅も楽しいものだった

 プジョーと言えばフリクションのないショックアブソーバーを思い出す。5008も相変わらずしなやかだった。今も内製品を使っているのだろうか? そのフィロソフィーは生きているのを感じた。少し硬めのアシは大きな突き上げでもスッキリと収束させるのはさすがだ。

 各シートの座り心地ではフロントシートは硬めだがホールド感があり、琵琶湖までの往復も疲れ知らず。セカンドシートはきちんと3座あり、互換性がありそうな平等のサイズなのがフランス車らしい。

 そしてサードシート。小さくてホールド感がないのでチョイノリ程度だが、あると何かと安心だ。

3列目シートの右側を倒した状態。2列目シートを前にスライドさせてレッグルームを確保すると3列目にも大人が座れます

 プジョーの3列目で思い出すのは、多分1983年頃だと思うが英国RACラリーに遠征した時のこと。ランサーターボのエンジンが早々に死んでしまった我々は翌日SSを見に行くことになり、現地のサービススタッフが所有するプジョー505SWのお世話になった。7人が乗り込みギュウギュウだったが、僕が乗ったサードシートではヘッドクリアランスがミニマム。しかしフランス車らしいのはシートが厚くて意外と心地良かったこと。ミニバンが発達しなかった欧州ではこの3列目シートを普通に使っており、荷物が多い時は小さなトレーラーを牽引していたのもカッコよかった。

 さて5008、プジョー独特の小さなハンドルはかすかな動きにも反応するので苦手なのだが、手のひらで押すようにホールドすると落ち着いた。相方を演じてくれたモデルさんにも少しアドバイスすると飲みこみの早い人ですっかり慣れて楽しそうに運転していた。市街地ではハンドル舵角が少なくて済むのも小径ハンドルのメリットの1つだ。

ガラスルーフで明るいキャビンは爽快です。小径ハンドルとメーターの関係が分かると思います。9時15分の位置で押すように操作するとスマートにドライブできます

 そしてトルクがあって燃費のよいディーゼルターボはわずかな振動感を伴ってクルージングするのがなんとも愛らしくクルマらしい。

 旅の往復はACCを使ったがプジョーのそれはハンドルに隠れて手探りでスイッチを探り当てるまでが大変だった。何回かトライしているうちに指が自然と動くようになったのでなんでも慣れてしまえば楽なもんだ。

 琵琶湖までの約450kmは東名から新東名を使ったが改めて感じたのは新東名のよく考えられたレイアウト。コーナーもアップダウンも少ないクルマにとって無理のない設計になっていることを改めて実感した。

 例えば新東名は東名より内陸側を通っているのでトンネルが多数あるがトンネル自体が広く、照明もLEDで明るく、トンネルを掘削して出た土はサービスエリアなどの盛り土に使われている。新東名のSAやPAがおおむね高い位置にあるのは、進入では自然と速度が落ち、本線への合流では自然と加速する。これは新東名の建設中にNEXCO中日本の広報さんから受けた説明どおりだ。

 遠いと思っていた琵琶湖も流れる景色や、会話を楽しんでいるうちにいつの間にか到着してしまった。大きく広がる琵琶湖が夕景に染まってゆくのはいいものだ。太平洋の荒々しい波と趣が異なり大らかで優しい。

 自動車や鉄道が発達する前は水運が物流の主役。その時代の琵琶湖にはどんな船が行き交っていたんだろう。

 クルマで移動できる便利な世の中、琵琶湖までノンビリと休み休みで7時間ほどだった。クルマの便利さを満喫する一方で、時間がノンビリと静かに流れていた時代を考えることがある。皆さんはそんな時ないですか?

琵琶湖周辺の穏やかに広がる田園地帯

 ところで最近のモータースポーツは話題に事欠かない。勝田貴元選手のサファリ総合2位おめでとうございます! そしてお父さんの勝田範彦選手、JRCでGRヤリスでの初優勝おめでとうございます! そしてそしてレッドブル・ホンダの5連勝、素晴らしい!! 相変わらず大手メディアにはあまり取り上げられることはないが心の中では「オシ!」と叫んでいるのです。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。