ニュース
今週末開催、ニュルブルクリンク24時間レース。新型GRスープラで戦いに挑む開発者 多田氏にその意義を聞く
2019年6月21日 06:00
トヨタ自動車は「GRスープラ」の名称で5代目となる新型スープラ(A90)を発売開始したばかりだが、今週末(6月20日~23日)に開催されているニュルブルクリンク24時間レースにそのGRスープラを早速参戦させる。
ニュルブルクリンク24時間レースが行なわれるニュルブルクリンクは、北コース(ノルトシュライフェ、20.83km)という常設のサーキットとしては例外的に長いコースになっており、市販向けのスポーツカーの開発にも利用されており、よくスポーツカーの記事で「ニュルブルクリンクで○分○秒を切った」などの表現をご覧になった方も多いだろう。
そうしたスポーツカー開発の聖地での過酷な24時間レースに挑むトヨタでGRスープラの開発チーフエンジニアを務めているトヨタ自動車 GAZOO Racing Company GR統括部 チーフエンジニア 多田哲哉氏に、ル・マン24時間レースの会場で話しをうかがってきたので、その模様をお伝えしていきたい。
豊田章男社長と故・成瀬氏の想いが込められた「スープラ」の名前を冠したクルマでニュルに挑戦
──GRスープラが日本でも発売されました。世界や日本の反響はどうだったでしょうか?
多田氏:グローバルには今年のデトロイトモーターショーで発表したが、実は米国では最初はネガティブな記事が多かった。だが、実際に実物を見たら「なんだいいじゃん」という話になっている。というのも、米国ではスペック的にイマイチという受け取り方を最初はされていた。日本のスポーツカーといえば、GT-Rと競ってほしい、スープラとはそういうクルマだという考え方が強く、そういう論調の記事が多かった。
だが、実際にチューナー系の方もお呼びした試乗会を行なったところ、ほぼ全員意見を変えていただいたと言ってよく、特に足(サスペンションまわりなど)がいいという評価をいただいた。また、0-60マイルを計ったら、トヨタの発表に書いてあるタイムよりも速いということも話題になった。普通こういうものは発表よりよい数字が出るということはないのが普通なので。このため、実車で確認したところ、これはスペックとかそういう問題じゃなくて面白いということになっていて盛り上がってきてくれている。
日本でも、当初は「BMWからバッヂを変えただけでしょ」とは言われてきた。ところが、実際に記者の方が両方を乗ってみたら、BMW Z4とは乗り味が違うと評価になってきていて、われわれも両者の関係を丁寧に説明して、単にBMWからもらってきただけではないということご理解していただけてきたのだと考えている。
──どのような経緯で今回のGRスープラでニュルブルクリンク24時間レースに参戦することになったのでしょうか?
多田氏:元々弊社社長の豊田章男が約20年前にニュルブルクリンクで、当時のテストドライバーだった成瀬さん(筆者注:成瀬弘氏、故人)と運転のトレーニングを始めた時に、トヨタでニュルを走れるほどの性能を備えたクルマは先代のスープラしかなかった。
しかし、その時点で先代のスープラはすでに販売が終了していたし、それに変わるクルマがないと。もちろんその後発売した86(筆者注:多田氏は86の開発責任者も務めていた)も改造すれば走ることはできたが、ノーマル状態では厳しい。ニュルを走るには、86は必ずしも適したクルマではないからだ。
そこでじゃあ、新しいスープラをという話になったのだが、実のところ開発中にはこれがスープラになるのか明確ではなかった。実はそうなったのは1年半前のことで、社長の豊田章男がマスタードライバーとして、最終に近いプロトタイプをニュルブルクリンクでドライブしてもらって、「これならスープラだよね」ということでスープラと呼ばれることになった。
そしてその後「ニュルブルクリンク耐久シリーズ」(VLN)の最終戦にレース仕様となっていない状態で走らせて、今年になって販売が開始され、それをベースにレース仕様に改造して来週(筆者注:インタビュー時点、レースは今週末)走ることになっている。
──レース仕様は、市販車とどこが主に異なるのか?
多田氏:(耐久レース向けに)ガソリンタンクを150Lにしてとか、規定でタイヤはスリックタイヤを使わないといけないので、それに対応するように足まわりに手を入れている。サスペンションそのものよりもブッシュまわりとか。また、マフラーも換える必要がある。そんなに大きな改良ではなくて、レーシングカーとして走らせるための必要最低限の改造だ。
GRスープラでは最初からサードパーティ製の機能パーツを意識した設計にしている
──GRスープラのお披露目のときなどに、ボディの多くに穴が空いていてレースのために空けたとおっしゃっていました
多田氏:その穴は全部実際に空いています。今年のニュルに向けては準備どうこうというよりは、本当にほんのちょっとしたチューニングなんです。そもそもGRスープラはそうしたちょっとしたチューニングができるようにしてあるのです。
これは86レースをやっているみなさんからもよくお叱りを受けるのですが、86などはレースをする車両というよりはスポーツカーとして設計してあるので、実際にレースをすると熱で壊れてしまうことがある。結局レーシングカーとして走らせるには、いかにして冷やすかがすべてなんです。エンジンがターボであれば馬力はすぐに上げられるが、それは適切に冷やすことができなければ、排熱の限界が性能を規定してしまう。
スープラではそうしたことに対応できるように、エンジン、オイル、ミッションはもちろんのこと、デフなどに冷却装置が簡単に取り付けられるようにドレーンを切ってある。前述の穴(ボディ各部に用意された穴)もそうですが、大手術をしなくてもクーラーを増設することが容易になるからだ。
アメリカのチューナーではそうしたことにすでに準備をしている人達がいらっしゃって、実は発売の3か月前に、チューナー向けの計測会を行なっている。日本でもそれは行なっており、部品が何ものっていない状態のシャシーまで用意して計測できるようにした。
なぜそうしたのかと言えば、そうしておけばチューナー達が正確な数値を計測することができ、それを元にアフターパーツを作ることができるので、サードパーティのアフターパーツの精度が向上する。今までは車両が発売されたら徹夜して測って、最初は精度が低い状態のまま発売されるという状況があった。そうなると結局自動車が大好きでアフターパーツを購入しているユーザーにしわ寄せがいく。これはよくないのではないかと考えた。もちろん弊社でもアフターパーツを販売している部署があり、それよりも外を優先するのはいかがなものかという議論はあったが、それよりもサードパーティも含めて大きなエコシステムを構築することが結局はユーザーの皆さまの為だと判断して押し切った。
──そうしたサードパーティ製のパーツというのは86でも盛り上がり、それが86人気を後押ししていたように見えます。
多田氏:86のときにはエアロパーツが特に人気を集めるだろうと想定していたので、内外装のモディファイをしやすいようにしていた。正直、機能パーツまではそこまで人気が出るだろうとは考えていなかった。なので、86が人気になってレースまで行なわれるようになると、われわれが想定していなかったような高性能タイヤでサーキットを走るということが発生し、想定以上の排熱が必要になり、86レースを走るユーザーからはお叱りを受けた。
GRスープラではその反省を活かして必要な穴を最初から開けてあったり、ドレインを切ってあったりと機能パーツの拡張が容易にしてあるのはその対策という側面もある。
──GRスープラではeスポーツへの取り組みも行なわれているがこの目的は?
多田氏:実際私も参加してみたが、皆さん大変うまくて、全く歯が立たなかった(笑)。GRスープラのeスポーツは単に順位を争うだけでなく、山内さん(山内一典氏、グランツーリスモシリーズのプロデューサー)にお願いして、GRスープラの車両特性を再現してもらえるようにしている。そして今後新しいモデルが出る度にそれを新しいモデルに合わせて再現してもらえる予定だ。
もっとも重要なことはeスポーツで走っていただいたフィードバックは、今後モデルチェンジの時にGRスープラに取り込んでいく。つまりeスポーツに参加いただいているユーザーの皆さまもスープラの開発者の一員となれる。