試乗インプレッション

トヨタ新型「スープラ」(A90型)プロトタイプに86オーナー目線で試乗(橋本洋平)

 新型「スープラ」の登場は個人的にも最近の最大の関心事だった。GAZOO Racing 86/BRZ Raceに初年度から参加を続け、すでに2台の「86」を乗り継ぎ、現在3台目となるクルマをオーダー中の身だからだ。いますぐにスープラを手にできるような状況ではないのだが、いずれ86からのステップアップを考えた場合、やはり次なる相棒はスープラとなる可能性が高い。将来的にいつかは自分事になりそうだからこそ気になってしょうがなかったのだ。よってここからは86オーナーの代表として、ちょっと偏ったインプレをお伝えしようと思う。他にフラットな目線で書いてくれそうな執筆陣が2人もいることですし……。

 袖ケ浦フォレストレースウェイで間近に見たスープラ・プロトタイプの第一印象はかなりボリューミーだ。86に比べてワイドな感覚もあるし、リアフェンダーの盛り上げりなんて、こんなの欲しかったよね、なんて惚れ惚れしてしまう。けれどもギュっと詰まった塊感のようなものも感じるから面白い。ホイールベースは86よりも100mm短い2470mm。2シーターと割り切ったからこそ達成できたこのショートホイールベースは、共同開発が行なわれたBMWを説得するのに1年半もかかったという逸話が残るほど短いもので、こだわり抜いた数値らしい。聞けば、トレッドとホイールベースの黄金比を求めたからこそ行き着いたもので、それが新型スープラでは1.6以下に収まったというのだ。

 ちなみに旧型のスープラは1.67、86は1.68である。開発を取りまとめた多田哲哉氏によれば、「86を造ってレーシングカーを仕立てたり、後期モデルの改良を行なったが、ホイールベース、トレッド、重心高を決めたら、さまざま見直してもちょっとしたプラスマイナスでしかないことを身に染みて体験しました。だからこそ、この3つを決めるのに時間がかかったんです」と語っていたことが印象的だ。重心高については86より高いことはあってはならないと、直列6気筒エンジンを搭載するにも関わらず、水平対向エンジンよりも低く収めたという。前後重量配分は50:50に限りなく近いというが、そこにこだわるなら並行して発売されると噂される4気筒ターボモデルのほうが良好とのこと。ボディ剛性については86の2倍! カーボンが使われた「LFA」よりも上回っているという。

 ここまでコーナーリングに特化しそうなスペックだと、高速の直進安定性が気になるところだが、250km/hオーバーの世界でも安定感は高いというから興味深い。そこまで言い切れるのはきっと、車体裏側まで気を使った空力性能、そしてアクティブディファレンシャルの存在があるからだろう。トラクション方向も減速方向も2WAYで機能するこのデフは、0-100%までロック率をアクティブに変化させることが可能だという。いま僕は86レースでサーキットによって機械式LSDではあるが効き方を変化させ、リアの安定感や回頭性を変化させているのだが、その効果といったらセッティング次第で別のクルマかと思えるほど安定感が出たり、はたまた回頭性に特化したりとできることを体感している。それがアクティブに変化するのであれば、速度域や走行モードでハンドリングバランスを自在にできることは容易に想像がつく。ショートホイールベースであっても高速安定性が高いなんて、信じられないかもしれないが、いろいろやってみた経験からすればありそう話だな、なんて思えてくる。

 足まわりについても電子制御ショックのアダプティブ・バリアブル・サスペンションシステムAVSを採用する。これは車体の上下動、ロール、ピッチの振動を検出し、4輪の減衰力をきめ細やかに変化させることができるもので、すでに搭載モデルも多いだけにお馴染みの方々もいるだろう。その中でもノーマルとスポーツの2モードを選択することを可能にしている。これを搭載するモデルはノーマルモデルよりも車高が7mmダウンとなるそうだ。

 エンジンについては直列6気筒ターボ。すでにBMW「M4」あたりが搭載しているものをベースに、主にヘッドまわりを改良したもののようだ。スペックについての詳細は教えられなかったが、わずか1600rpmで最大トルクを迎えるというのはイマドキな造り。組み合わされるのは8速のスポーツATとなる。MTの用意はないのかと多田氏に伺ってみたところ、いま開発はしているとのことで、登場時にはないかもしれないが、行く行くは設定が出てきそうな気配。自分ですべてを操りたい旧型人間からすれば、ぜひともその設定を実現してほしい。

ミドシップかのように感じる回頭性とトラクション

 このように、ディメンションを吟味し、さらには電子制御をふんだんに盛り込んだ新生スープラは果たしてどんな走りを展開してくれるのか? 袖ケ浦フォレストレースウェイのピットをまずはゆっくりと走り出す。

 すると、わずか1200rpmあたりで次々にシフトアップを繰り返して1コーナーへ向かっていく。低速トルクは十分だし、そこに重さはそれほど感じない。オープンモデルの「Z4」よりもかなり軽くできたというから、おそらく車重は1400kg前後だろう。1コーナーでステアリングを切り込んだ瞬間、ちょっと驚くくらいに曲がり込んだ。そこでも重さを感じることなく、ノーズがスッと入って行ったのだ。まるで可変ギヤレシオがついたクルマかのようにクイッとインを突き刺したと思ったら、そのあとは強烈なトラクションでコーナーを脱出したのだ。ミドシップかのように感じるこの回頭性とトラクションには驚くばかり。ちょっと初期応答が機敏すぎるようにも感じたが、これぞディメンションにこだわった味というヤツなのだろう。シャープなその感覚は、使い古された言葉だが、ゴーカートフィーリングだ。

 その後、あらゆるコーナーを駆け抜けてみたが、たしかにコーナリングスピードも速い! 直6ならではの滑らかなフィーリングと、レッドゾーンとなる7000rpmへ向けた伸び感もなかなか。そして何よりサウンドが心地いい。室内のスピーカーも使って演出される音の演出は、直6でしか得られない世界観を見事に演出しているように思えてくる。

 スポーツモードに切り替えてみれば、足まわりが引き締まりロールは抑えられ、結果として少ない操舵角で走れるように変化して行く。また、ステアリングのアシスト量も少なくなり、操舵感がグッと増してくるからかなりスポーティに感じてくる。ただし、ステアリングの切り始めから荷重が乗り切るまでの動きの連続性のようなものが薄く、ちょっとコツを掴むのが難しいような気もする。VSAの介入もややギクシャクで、車体がフラフラしながら速度を落として行くところが気になった。ジワリと効いてというか、VSAが効いていることを感じないくらいになってくれたらありがたい。

 一般道も想定した走りでそれを確認した後に、スタビリティコントロールをフル解除して、いよいよサーキット走りに突入! ここでどう走るかが86レーサーとしては本当に興味があるポイントだ。すると、スープラはさらに高いスピードを許し始める。コーナーへの飛び込みスピードが高まり、シャープさはかなり際立ち、タイヤのグリップ限界を飛び越し始める。イメージとしては、ターンインはデフフリーに近く、立ち上がり方向ではデフのロック率を相当に高めるというようなことをやっているのではないだろうか? 動きの連続性が気になる部分は、こうした部分にある。まだまだ次世代の動きにはついていけない。

 その後、テールは悲鳴を上げてカウンターステアが必要な領域になるのだが、そのグリップ限界における動きはかなりというか、とんでもなくシャープだ。スナップオーバーステアが出ることが多く、とにかくカミソリのような切れ味で、瞬間的なカウンターステアが必要となる。これは相当なスキルが必要だ。スライド角が大きくなればコントロール下に置きやすい面もあるが、そこからの復帰も素早く、かなり丁寧なアクセルコントロールが必要だった。

 ドリフトを安易に楽しむような86のような世界観ではない。トラクションモードを選択すると、その辺りが若干マイルドにはなるのだが。あくまでグリップの範囲内で、きれいに走らせるのがスープラスタイルということだろう。レーシーさに特化したその仕上げ方は、まだまだ僕のウデではすべてを使い切るには難しい。もし本当にすべてを味わうには、もう少し86でドラテク修行をしたほうがいいのかもしれない。

 ただ、できることなら、タイヤのグリップが抜けるか戻るかの境目部分で、もう少しコントロール性、そして動きの連続性を高めてもらえないかということだ。シャープなハンドリングはこれまでにないものだと思うし、立ち上がりの強烈なトラクションも見どころなのは事実。けれども、そこを少しマイルドにしてもらえれば多くの人々が楽しめるのではないかと思えるのだ。電子制御デバイスの煮詰め、さらにはアライメントなどのセッティングでもそれらは変化させられるはず。基本的なディメンションはよいものを持っているのだから、量産モデルまでの最終仕上げに期待していたい。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車はトヨタ86 RacingとNAロードスター、メルセデス・ベンツ Vクラス。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学