イベントレポート
「新型スープラは、水平対向の86より低重心に作った」。パリモーターショー会場で開発者 多田哲哉氏に聞いてみた
マニュアルミッションについては「一度ATに乗ってみて」と
2018年10月17日 20:04
「パリモーターショー 2018」で欧州市場における900台の先行予約が発表されたトヨタ自動車の新型「スープラ」。第5世代のスープラは、直列6気筒 3.0リッターガソリンターボエンジンをフロントに搭載しており、駆動方式はアクティブディファレンシャルを備えた後輪駆動の2WD(FR)を採用している。
その開発者は、スバルとともに「86」を共同開発したトヨタの多田哲哉氏。今回の受注発表におけるステージでのプレスカンファレンスはなかったものの、会場に展示してある新型スープラを撮影していたら、そのそばには多田氏がおり、いくつか新型スープラについて聞いてみた。
多田氏によると、新型スープラの開発はヨーロッパ先行とはいえ、やっとここまで発表できる段階になったという。今回のスープラで目指したのは、乗って楽しい本格的なスポーツカー。86はスバルとの共同開発だったが、スープラーはBMWとの共同開発で、86での開発経験がさまざまな場面で役に立ったという。
新型スープラでこだわったのは、「とにかく低重心」だと多田氏はいう。86のときも水平対向エンジンを使ったそのレイアウトから「低い低重心にこだわった」といっていた多田氏だが、新型スープラではその86よりも低重心に作り上げたとのこと。
86のときは元々低重心設計となる水平対向エンジンを、通常のスバル車のレイアウトより低く配置。エキゾーストマニホールドを偏平とし、オイルパンの形状も工夫することで460mmという低重心を実現していた。そのため4WDに発展できない設計となっていたが、FRスポーツカーの復権を目指して作られていたので、ある意味とてもピュアな作りとなっていた。
新型スープラでは、その86を超える低重心を直6エンジン搭載車で実現することに注力したという。ご存じのように直6エンジンは、水平対向と比べ高い位置にカムシャフトなどの動弁系がある。原理的に低重心に不利な形状なのだが、86を超えるとことに成功したという。
そのポイントとなったのは、エンジンではなくトランスミッション。「エンジンをドライサンプ化して軽くしたのでは?という人もいるが、それではそんなに低重心にならない」(多田氏)とのことで、トランスミッションを工夫することで、86を超える低重心を実現している。
もちろんボディまわりも低重心に配慮して設計。低重心には不利なクローズドボディでありながら、グラム単位で低重心に配慮したのだという。「カーボンやアルミを多用して屋根を作っているのですか?」という質問に対しては、強度の点や溶接、そしてそれらがもたらすコストへの跳ね返りを考慮して、異素材接合は行なっていないとのこと。「最近はよいハイテンがあるので」(多田氏)といい、高張力鋼板、そしてホットスタンプ材などで作られていることを示唆した。確かに高張力鋼板などのスチール系素材であれば、溶接など製造面で有利となり、またアルミ材より延性・展性に優れることから衝突時の要件もクリアしやすい。究極を突き詰めると、アルミやカーボンの多用となるのだが、多田氏は「スープラはトヨタのクルマだよ」という。
つまり、数千万円という価格ではなく「86から頑張れば購入できるクルマ」(多田氏)だという。頑張ればというのは、どのくらい頑張ればよいのか分からないが、トヨタブランドで出す以上「頑張れば購入できるクルマ」とのことだ。
トランスミッションに関しては、最初はATを考えているという。マニュアルミッションに関しては、まったく考えていない訳ではなく、「マニュアルを望む声は届いている。ただ自分としてはよくできたスポーツATを開発し搭載した。まず一度ATのスープラに乗ってみてほしい」(多田氏)とし、ATの仕上がりには相当の自信を見せる。かつてABSも「スポーツには不要」論もあったが、反応の速いABSが開発され、クルマの統合制御に組み込まれることで、いつのまにか不要論はなくなった。また、モータースポーツの世界ではF1がそうであるように、2ペダルでのレーシングドライブが当たり前となっている。合理的に考えると2ペダルのATとなっていくのだろうが、マニュアルミッションには、自分の考えをクルマに伝えられる、エンジンの美味しいところを味わえる(味わいつくせる)といったメリットのあるのも事実。実際にマニュアルミッションが不要なほどの出来なのかは、スープラが出てみてからのお楽しみになるだろう。
今回の新型スープラで、低重心に加えて気を配ったのは「リアまわりの剛性」だという。これは、86のときにはリアまわりの剛性を上げづらく、大トルクをリアに与えられなかったためとのこと。「86でターボを設定しなかったのは、それが理由」(多田氏)といい、今度のスープラではとくにリアまわりに配慮。低重心と、リアに確実に駆動力を伝えるボディ&シャシー(もちろんサスペンションも)を手に入れたことで、その走行感覚は「極めてレーシングカートに近い。手の内に入るよう」(多田氏)とのことだ。ステアリングを切るとフロントタイヤにスリップアングルが付き、横力(コーナリングフォース)が発生、その横力でボディにモーメントが発生しボディの向きが変わる。ボディの向きが変われば、リアタイヤの向きも変わりリアでも横力が発生し、フロントとリアの釣り合いで曲がっていくのがクルマだ。このときに、変にクルマがゆがむと、力がきれいに伝わらず、気持ちよく曲がっていかない。多田氏のいう「カートのような操縦特性」とは、その力が素直に伝わっていることを示し、走りの仕上がりに期待が持てる。
ちなみにタイヤはミシュランとのこと。これは製造やテストをヨーロッパで行なっており、いろいろな意味でよいからとのことだ。WEC(世界耐久選手権)でもトヨタのLMP1はミシュランタイヤを装着しており、スポーツイメージも合わせやすいのだろう。
クルマそのものではないが、新型スープラで工夫されているのはeスポーツとの親和性について。多田氏は86にOBD2コネクタを2つ搭載し、その1つを86からのCAN信号の取り出しに使う「CAN-Gateway ECU(Controller Area Network-Gateway Electronic Control Unit)」をオプションとして用意した。この「CAN-Gateway ECU」は、正式発売時には「スポーツドライブロガー」となり、走行データをUSBメモリに記録。その走行データをPS4用「グランツーリスモ6」と連携させることで、サーキットでのドライビングを後からバーチャルに再現できるものだった。
多田氏は、新型スープラにこの進化版を用意しているようで、「リアルとバーチャルがリアルタイムに」という。実際にリアルタイムを実現するには、低レイテンシと高速通信が可能な5G通信方式の登場を待つ必要が(とはいえ、5Gのスタートは新型スープラの発売年となる2019年だ)あるが、この点も楽しみにしたい。トヨタは、自工会会長の豊田章男氏が2019年の東京モーターショーでeスポーツの導入を構想として掲げるなど、eスポーツ&eサーキットの普及に積極的だ。また、86のときもそうだったが、多田氏は常に「スポーツカーを作るだけでなく、スポーツカーを作り続けることが可能なスポーツカー文化を創りたい」と言い続けている。新型スープラという新しいスポーカーが出ることで、そのスポーツカー文化の構築も次のステージへと突入するのかもしれない。