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トヨタ 豊田章男社長「世の中の役に立つため、世界中の仲間と、ともに強くなりたい」

2020年3月期決算説明会にて熱いメッセージを語る

2020年5月12日 実施

決算説明会で熱いメッセージを語った豊田章男社長

 トヨタ自動車は5月12日、2020年3月期(2019年4月~2020年3月)の決算内容発表に引き続き、豊田章男社長らによる説明会と質疑応答を実施。豊田社長はあいさつのあと、2009年に社長に就任してから幾多の壁を乗り越えていく中で、少しずつ会社自体が強くなってきたことを振り返りながら解説を始めた。

6重苦など多くの壁を乗り越えて会社が強くなってきた

 リーマン・ショックが起きる前の3年間は、為替の恩恵と販売台数の増加で営業利益は増えたものの、固定費も大幅に増加して、為替以外の収益構造は決してよくなかった。この規模拡大が人材育成のスピードを上まわってしまったことが、リコール問題にもつながったのだろうと示唆。

 そして、リーマン・ショック後の1年間は販売台数が15%減少し、さらに円高の影響も重なり4610億円の赤字に転落。就任直後の4年間は、リーマン・ショック、大規模リコール、東日本大震災、タイの洪水、超円高など6重苦に追われたと回顧した。

リーマン・ショック前の3年間は販売台数は伸びていたが固定費が膨らんでいた
リーマン・ショック直後は販売台数の大幅減で赤字に転落
固定費を圧縮することで業績は改善したが会社は強くなっていなかった
ここ7年間は研究費を捻出しているものの原価改善で吸収していた

 しかし、この4年間で販売台数をリーマン・ショック前のレベルまで挽回。同時に研究開発し、設備投資費を低減して固定費を圧縮し、2013年3月期は為替が1ドル83円の超円高にもかかわらず1兆3208億円の営業利益を確保。しかし、出血を止めるだけでは本当の意味での体質強化にはなっていなかった。体重を落としただけで、必要な筋肉まで落としてしまった時期だった。

 そこでこの7年間は「もっといいクルマ作り」を加速させるための投資や、CASE対応により固定費が増加したが、原価改善などで吸収しながら体質強化を行なってきた。しかし最初の3年間は、意志ある踊り場として真の競争力強化を目指したが、思うような成果を得られなかったと吐露。

 この時、最大の課題は長い年月で社員に根付いてしまった「トヨタは大丈夫」という意識と、その意識からくる仕事への取り組みだと気づいたが、平時の改革の難しさにもぶつかったという。

 しかし、100年に1度の業界大変革も重なり、この数年は“トヨタらしさ”を取り戻す闘いと、未来に向けたトヨタのフルモデルチェンジの両方にがむしゃらに取り組んでいると紹介。

 そのトヨタらしさを取り戻すためには、副社長廃止をはじめとした役員組織体制の抜本的な見直し、労使・従業員との本気・本音でコミュニケーションを取るなど、これまでの常識を壊すところから始められた。もちろんこの変革に対して社内外から「そこまでしなくても」という声もあったが、理想の形で次世代にタスキを渡したいという思いでやり続けた。次の世代からは未来に時間を使ってほしい。過去を振り返るのは自分で最後にしたい、というのが豊田社長の理念だという。

 特に未来への種まきには思い入れがあり、アライアンスによる仲間づくりを積極的に推進。資本関係で傘下に収めるのではなく「志を同じくする仲間」をリスペクトしながら、仕事を通じて連携する。トヨタグループとしても「ホーム&アウェイ」戦略と考えを改め、ともに強くなる方法に切り替え、モビリティカンパニーへの変革に向けて、古いセオリーから脱却し、新時代の新しいトヨタのセオリーを構築していくことを目指すとしている。

 その結果として、コロナ危機との闘いである2021年3月期の見通しは、販売台数195万台と20%減にはなるものの、営業利益は5000億円の黒字を確保できると算出。「この数字を達成できれば、これまでの企業体質を強化してきたことがうまくいった結果だと言えると思う」と明かした。

コロナ危機でリーマン・ショック以上の販売台数減が見込まれるが、収益では黒字を確保できる強い会社に生まれ変わっているはずと推察

トヨタがずっとこだわり続けていること

 続いて豊田社長はトヨタが長年ずっとこだわっている「国内生産300万台体制の死守」について言及した。

 どんなに経営環境が厳しくなっても、日本にはモノ作りが必要であり、競争力を磨く現場が必要であるという信念で、石にかじりついて守り続けてきたという。もちろんこれはトヨタだけを守るのでなく、関わりのあるサプライチェーンの雇用と日本の自動車産業の技術者も守ることにつながると考えているという。

 今回の新型コロナウイルスの感染拡大において、世界中で必要なものが必要な時に手に入らないという事態に陥ったが、豊田社長は知人からそれを「マスク現象」と聞いたという。「よりよいモノをより安く作る」ことはモノ作りの基本だが、安さだけを追求することの危うさを危惧。モノ作りの本質は人作りであり、人はコストではなく改善の源で、それがモノ作りを成長・発展させる原動力であるとした。

300万台を作るのが目的ではなく、根底にあるのは技術と人財を守ること
自動車業界だけで日本の就労人口の約1割を占めている。それだけ大勢の人・家族の人生が関わっている

 今回“コロナ危機”に直面し、トヨタのアメリカの工場では3Dプリンターでフェイスシールドを生産。また人工呼吸器のような自分たちで作れないようなものは、TPSを活用して生産性向上を支援した。こういった動きをすぐに取れるのは、モノ作りにこだわってきたからで、それは毎年300万台を作ることではなく、世の中が困ったときに必要なものを作れる、そんな技術と技能を習得した人財を守ってきたのだと豊田社長は言う。

 もちろん、それを守り続けること、やり続けることは決して簡単な話ではないとして「今の世の中、『V字回復』ということがもてはやされる傾向があるような気がしております。雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、いろいろなことを『やめること』によって、個社の業績を回復させる。それが批判されるのではなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。『それは違う』と私は思います。企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しい時でも、いや、苦しい時こそ、歯を食いしばって、技術と技能を有した人財を守り抜いてきた企業が日本にはたくさんあります。そういう企業を応援できる社会が、今こそ、必要だと思います。ぜひ、モノづくりで、日本を、日本経済を支えてきた企業を応援していただきますようお願い申し上げます」と結んだ。

最後にもっとも大切だと考えていること

 ここまでトヨタが強くなってきた話をしてきた豊田社長だが、実は強い企業にしたいと思ったことは1度もなく「世の中に人々から頼りにされ、必要とされる企業になりたい」と考えて舵を取ってきたという。大切なのは、何のために強くなるのか? どのようにして強くなるのか? で、世の中の役に立つため、世界中の仲間と、ともに強くなりたいと考えてきたのだという。

「池のまわりを散歩していると、鳥や亀や魚が忙しそうに動き回っている。人間以外の生き物はこれまで通りに暮らしている。人間だけが右往左往している。人間が主人公だと思っている地球という劇場の見方を変えるいい機会かもしれません」という手紙を豊田社長はゴールデンウイーク中にもらったとのことで、同感したという。

 そしてこれからは、地球や社会やステークホルダーと共に生きていく。ホームプラネットの精神で企業活動をしていくこと。そしてもう1つが、多くの人が今回の“コロナ危機”で気づかされた、医療最前線の医療従事者や日常を支えてくれているすべての人への感謝の気持ちを持つことを明言。

 今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなった今、当たり前のものなど何1つなく、どこかで誰かが頑張ってくれているおかげなんだと気づかされたという。人類はお互いに「ありがとう」と言い合える環境を作り、企業も人間もどう生きるかを真剣に考え、行動を変えていく大きなラストチャンスを与えられているのかもしれないと語った。

 そして日本で生まれ、世界で育ったグローバルなモノ作り企業であるトヨタの使命は、自分以外の誰かの幸せを願い行動できる「YOUの視点」を持ち、世界のために動けて幸せを量産できる“トヨタパーソン”を育てること。そのために役に立てることは何でもするつもりだと、固い決意で締めくくった。

社長に同席した取締役・執行役員の小林耕士氏と寺師茂樹氏