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ホンダ、新型N-WGNに搭載された「急アクセル抑制機能」とは? チーフエンジニアの高石秀明氏が解説

2022年9月22日 発表

新たな安全装置「急アクセル抑制機能」について、エグゼクティブチーフエンジニアの高石秀明氏が解説を行なった

交通事故死者数ゼロ社会を目指すための「ホンダ安全取り組み取材会」を開催

 本田技研工業は、マイナーチェンジした新型「N-WGN(エヌワゴン)」に搭載する新機能「急アクセル抑制機能」の取材会を開催した。

 この取材会では、ホンダが目指す「交通事故死者ゼロ社会」への取り組み内容と、先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダセンシング)」に新たに追加された「急アクセル抑制機能」の解説の後、自動車教習所を利用したクローズドコースでの体感試乗会も行なわれた。

本田技研工業株式会社 経営企画統括部 安全企画部兼、株式会社本田技研研究所 先進技術研究所 安全安心・人研究ドメイン エクゼクティブチーフエンジニアの高石秀明氏

 まずは高石氏が、交通事故死者ゼロ社会を目指すホンダの取り組みについて説明を行なった。

 高石氏によると近年の安全技術の進化によって、クルマの乗車中の死亡事故は年々着実に減少しているが、歩行者、自転車、二輪車などの事故比率は日本全体で約7割、東京に限定すると約9割と相対的に増えてきているという。そのためホンダが掲げる「交通事故死者ゼロ社会」の実現には交通弱者への対応を重点課題としているという。

日本の交通事故の発生状況

 交通弱者が犠牲になった交通事故には、クルマのドライバーによる操作ミスが原因のものが多くあり、例えば頻繁にニュースで目にする「アクセルとブレーキの踏み間違い事故」や、そのほかにも安全確認が不十分なことが原因の対歩行者事故もある。

 また、運転中のドライバーの体調不良によってクルマが暴走し歩行者が巻き込まれる事故もあるなど、ドライバーの運転行動や体調変化が原因の交通事故は社会問題化もしている。そこでホンダは自らが得意とする「人を理解する技術」の研究に基づいた研究を進めることで、安全の取り組みを加速していくという。

「積極安全」の考えに基づく最新の安全技術

 ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、安全への想いとして「人命尊重」と「積極安全」を挙げていたそうだ。これは「交通機関というものは人命を尊ぶものである」という考えからのことだが、このことは現在のホンダが掲げる「交通事故死者ゼロ社会」に直接つながるものである。

 この「積極安全」とは、「事故が怖いから、危険だから運転しない」というのではなく、安全に乗るための課題に対して積極的に取り組んでいくことで、クルマや社会を変えていこうという姿勢を示す言葉だという。

本田宗一郎氏が残した安全への想い

 そんな想いを受けて現在のホンダが取り組んでいる安全理念が「道を使うだれもが安全でいられる事故に遭わない社会を作りたい」というもの。これは二輪車、四輪車に乗る人だけを指したものではなく、道を使うだれもが事故に遭わない社会を作ること。そのうえでの「自由な移動のよろこび」と「豊かで持続可能な社会」の実現することを目指しているという。

 こうした理念に対してホンダが掲げている目標は、2050年には全世界においてホンダの二輪車、四輪車が関与する交通事故死者数ゼロ(故意による悪質なルール違反や責任能力のない状態での事故は除く)を目指すというものである。

ホンダでは2050年には全世界においてホンダの二輪車、四輪車が関与する交通事故死者数ゼロを目指すという目標を立てている。これは自動運転を基準としたものでなく、人が操作する二輪車、四輪車を対象としているところに価値があり、同時に大きな期待もある
交通事故死者数ゼロを追求しつつ、二輪車や四輪車による自由な移動のよろこびを拡大するための取り組み内容

交通事故死者数ゼロに向けた具体的な取り組み

 交通事故死者数ゼロ社会を進めるプロセスは以下のとおり。交通事故のデータは交通事故総合分析センターなどで調べることが可能で、ホンダでもそうした事故分析に基づく効果的な検証を行ない、それを元に現実の道路での実効性の高い方法を展開するというものだ。

交通事故死者数ゼロに向けたプロセスについて

 そのために現在のHonda SENSINGに加えて、2030年までに死亡事故シーンを100%カバーするための「歩行者保護」「衝突性能強化」「先進事故自動通報」といった技術をホンダの四輪車全車へ適用するという目標が立てられている。

交通事故死者数ゼロに向けたシナリオ
ホンダ車に装備されるHonda SENSINGの歴史
これまでのHonda SENSINGの機能
ホンダの軽自動車「Nシリーズ」の予防安全機能。Nシリーズは全車セーフティ・サポートカーS(ワイド)に該当
Honda SENSING搭載車では事故発生が減っているというデータ。N-BOXのHonda SENSINGがないモデルと比べると装備したモデルでは、追突事故は82%、歩行者事故は56%減少している
予防安全機能があるということが、購入時の要点に変わってきたことがデータにも出てきているという

N-WGNに搭載された新たな安全装置「急アクセル抑制機能」とは

 9月23日にマイチェンするN-WGNの全グレードに標準装備するHonda SENSINGの新装備が「急アクセル抑制機能」だ。

 機能の説明の前に高石氏は、まず現状で社会課題になっている「ペダルの踏み間違い事故」の実体を説明。一般的にペダルの踏み間違い事故は高齢者ドライバーが起こしやすいと言われているが、ペダルの踏み間違い事故の死傷者件数を調べると一概にそうではないという。

 確かにペダルの踏み間違い事故の総数は高齢者ドライバーが多いが、ペダルの踏み間違い事故のうち「死傷者が出た事故」に絞ると、実は29歳以下の若年層ドライバーの事故件数が多いことがデータにより判明。このことから、ペダルの踏み間違い事故を防ぐには高齢者ドライバーだけでなく、若年ドライバーも含めた対策が必要になるという。

マイチェンしたN-WGNからHonda SENSINGに新機能「急アクセル抑制機能」が追加された
ペダルの踏み間違い事故のデータ。発生した事故の総数で判断すると高齢者ドライバーによる事故のほうが多いが、これを死傷者事故に限定すると若年層ドライバーのほうが多くなるという

 さらに、ホンダ独自のMRI(磁気共鳴画像)を活用したドライバーの脳活動とリスク行動の因果関係を明確にし、人を理解する技術によりさまざまなドライバーの運転行動分析を行なったところ、事故の少ない世代のドライバーと比べると高齢者ドライバー、初心者ドライバーともに「ブレーキの操作が急すぎる」ケースが多い。

 さらに深掘りすると、事故の少ない世代のドライバーは、ブレーキが必要な場面では早目にアクセルペダルから足を離す(アクセルを戻す)操作をしていて、ブレーキを踏む前から減速の意識を持っているのに対し、初心者ドライバーと高齢者ドライバーはアクセルを戻す動作が遅れがちで、その結果的、急なブレーキを踏むことになっていることも見えてきたそうだ。

 とはいえ、運転行動は人によって違いがあるので、対策を考えていくうえでは1人ひとりにあわせた対応をしていくことも必要な部分となる。

ホンダが独自でMRIを活用して調査したデータによると高齢者ドライバーと初心者ドライバーには特徴が見られた。運転中のヒヤリハットの経験は運転の荒さもある初心者ドライバーに多く、急ブレーキに関しては高齢者ドライバー、初心者ドライバーともに目立っている傾向(もちろん適切な操作をしている人も多い)となっていた

 そこで開発されたのが「急アクセル抑制機能」というもの。この機能は「ペダルの踏み間違い」や「ペダルの踏みすぎ」を検知した場合に加速を抑制し、クリープ状態と同じまで速度を落とす。同時に警告音とメーター内のマルチインフォメーションディスプレイにてドライバーに知らせることで、ペダルの踏み間違い事故の発生を抑制する装置。

 機能が作動する条件はいくつかあり、まずは停止状態から発進する場合。完全に静止した状態から動き出したとき、なんらかの要因で一旦停止をするつもりが誤ってアクセルを勢いよく踏んでしまった際は、システムが「踏み間違い」と判断し、ディスプレイ表示と警告音でドライバーに踏み間違いを伝えると同時に急な加速を抑制。クリープ走行程度の速度しか出ないようにする。

 つぎに低速走行から停止しようと思いつつ、誤って急なアクセル操作をした場合もディスプレイ表示と音で警告しつつ、低速を保って走行する。さらに、この機能が作動中でもドライバーの精神状態によっては状況が理解できずにそのままアクセルを踏む続ける場合も想定されるので、その場合は意図的な加速を望んでいる状態か区別できないので、その際は最高速30km/hまで加速してその速度をキープ。ここでもし、衝突の危険性をカメラやセンサーが探知した際は、別の「衝突軽減ブレーキ」機能が作動して停止させてくれる。

 なお、後退時にも「急アクセル抑制機能」は同様に作動し、踏み続けた際の最高速は15km/hまでとなっている。

 このような「急アクセル抑制機能」だが、道路を走っていると意図的な加速が必要なときもあるので、機能が作動しないシーンの設定もされていた。「急アクセル抑制機能」があるとかえって不便と思うのが大きな交差点での右折時。ここでは円滑な交通の流れを維持するため素早い加速が必要なので「急アクセル抑制機能」は「ウインカーが作動しているときは機能を停止」するようになっている。

 また、ブレーキペダルを踏んだ状態から素早くアクセルを踏んだ際も「加速が必要」と判断して機能を停止。また、アクセルを深く踏み込むことが必要な登坂路でも機能が働かないようになっている。

 なお「急アクセル抑制機能」は全てのドライバーに必要な機能ではないため、ホンダの工場出荷時は機能をオフにしてあり、利用するには販売店で機能をオンにする設定を行なうようになる(有償)。さらに機能を使うには、同時に設定した「Hondaスマートキー」でのドアロック解錠とエンジン始動をする条件がある。

「急アクセル抑制機能」はペダルの踏み間違いやペダルの踏みすぎを検知した場合に加速を抑制し、クリープ状態と同じまで速度を落とす機能。アクセルを一旦戻せば抑制は解除される。ただし、あまりにも素早く踏みなおした場合は、ドライバーが慌てて操作していると判断され、継続して抑制機能は働く
N-WGNを家族で共用する場合、ホンダはスペアのHondaスマートキーを活用を提案。クルマを買うとスマートキーが2個付いてくるので1つを「急アクセル抑制機能」の機能オンように設定。こうしておけば「急アクセル抑制機能」が不要という家族と機能の使い分けができる
「急アクセル抑制機能」の機能がオンになるように設定されたHondaスマートキー。設定していないスマートキーと併用する場合、純正アクセサリーのキーカバーで区別すると分かりやすい
「急アクセル抑制機能」が作動する状態のときは、マルチインフォメーションディスプレイに表示される

新機能「急アクセル抑制機能」を体感してみた

 今回の取材会ではN-WGNを使った「急アクセル抑制機能」の体験走行の機会も用意されていた。

 試せたのは静止状態からの急アクセル操作、それにリバース状態での急なアクセル操作だ。どちらも説明があったとおり、いくらアクセルを踏んでも一定の速度以上は出ないので、もし踏み間違えてもパニックにはならいないと感じた。また、機能が動作中は警告音も大きめに鳴るので、ドライバーが慌てていても状況に気がつきやすいだろう。

【ホンダ】Honda SENSING新機能「急アクセル抑制機能」を体感してみた(40秒)

 つぎに急な加速が必要なときのことを試すため、ブレーキペダルからアクセルへ素早く踏み直しもやってみた。「急アクセル抑制機能」付きで急なアクセル操作をするには、ブレーキペダルを離してから3秒以内にアクセル操作をする必要があるのだが、この3秒というのは右足をペダル間で移動させるには十分長いので、とくに慌てずともペダルの操作をすることができた。

エンジンが掛かった状態でブレーキを踏み停車。そこからブレーキを離しクリープで前進。これが踏み間違い事故が起きる前の一般的な動き。ここで再びブレーキを掛けるというときに踏み間違いが起こることが多いという。「急アクセル抑制機能」があればその場合の加速を抑えてくれる
ブレーキペダルを離してすぐ(3秒以内)にアクセルを操作した場合は「急アクセル抑制機能」はキャンセルされるので、信号スタートなどでスムーズな加速が欲しいときにも支障はない

 以上が「急アクセル抑制機能」の内容だ。この機能は従来のHonda SENSINGに対して別のセンサーなど追加せず、プログラム変更のみで実現できるので、車両販売価格が高くなったりしないのも魅力の一部。また、こうした機能はドライバーの気持ちもを落ち着かせる効果もあるだろう。

 そして落ち着きというのは正確なドライブをするのに必要な精神状態であるので「急アクセル抑制機能」はいざというときに役立つだけでなく、通常の運転時にも好影響を与えるものと言えるので、N-WGNを購入した際は、自分に必要かどうかを先入観で決めるのでなく、とりあえず「急アクセル抑制機能」は作動するように設定しておくのがいいと思った。

ホンダの「交通事故死者ゼロに向けた新たな取り組み」

 今回の取材会では、ホンダの「交通事故死者ゼロに向けた新たな取り組み」についての説明も行なわれ、2050年に向けてのさまざまな活動が紹介された。

ホンダは2050年、全世界においてホンダの二輪車、四輪車が関与する交通事故死者数ゼロを目指すという目標を立てている。そのために事故の原因となるドライバーのミスをなくす技術を開発する
この取り組みには自動運転の研究で培った技術が使われるという。自動運転というと実用化はまだ先になるだろうが、その研究過程の技術は順次活かされていくと言うことだ
ユーザーにあわせた運転診断や運転アドバイスもクルマの機能に盛り込むことで事故の発生を抑制する技術も研究されている
汗などからストレスや疲労などに関わる生体情報をセンシングする「装身型生体化学ラボシステム」を東京大学、本田技研工業、凸版印刷、三洋化成で研究していく
こちらは本田技研、エーザイ、大分大学、一般社団法人臼杵市医師会と共同で進める研究。高齢者ドライバーの認知能力や日常の体調変化、運動能力との関係性を検証していくもの
クルマ単体だけでなく車車間、路車間の通信網を整備することで、それぞれの交通参加者の状態とシーンに応じた適切な情報を提供する仕組みも研究。これは自動運転の研究から始まったものの応用
産学官連携で交通インフラDX推進コンソーシアムも設立している