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Arm、新しいスマートフォン/PC向け半導体用のIP製品群「TCS23」 将来的には車載向けも

Armのここ数年の製品群と2024年のロードマップ

 ソフトバンクグループの子会社で、CPU/GPUなどコンピューティング向け半導体の設計図(IPデザイン)を半導体メーカーにライセンス提供するArm(アーム)は、5月29日(現地時間)に台湾 台北で行なわれているCOMPUTEX TAIPEIに合わせて記者会見を開催し、同社の新しいPC/スマートフォン向けCPU/GPUのIPスイート「TCS23」(Total Compute Solution 23)を発表した。

 Arm日本法人がオンラインで行なった記者説明会では、Arm 代表取締役社長 横山崇幸氏、Arm 応用技術部 ディレクター 中島理志氏の2人が参加し、TCS23の特徴などに関して説明を行なった。

「Armは引き続き高性能なCPUやGPUの設計を顧客に提供し続ける」とArm日本法人 横山社長

Arm株式会社 代表取締役社長 横山崇幸氏

 2023年3月にArm日本法人の社長に就任したArm 代表取締役社長 横山崇幸氏は、「Armが大きく成長するきっかけとなったのがモバイルデバイス。そのモバイルデバイスは日常生活に近い製品で、新しい体験をユーザーに提供し続けている。すでにモバイルゲームは920億ドル以上、そしてモバイルアプリは4300億ドル以上という市場規模に成長しており、スマートフォンは引き続き中核的な役割を果たしていく」と述べ、Armにとっての保守本流と言えるスマートフォン向けの製品へのニーズはまだまだ強く、それに向けた製品をArmとしても積極的に投入すると強調した。

モバイルゲーミングの売上は920億ドル以上、モバイルアプリ市場の売上は4300億ドル以上と巨大な市場になっている
Armアーキテクチャへも高性能コンピューティングのニーズが増えている

 その上で、「ArmベースのCPU/GPUの高性能化には大きな関心をお寄せいただいている。例えば、最近の生成AIや大規模言語モデルなどにより新しい使い方にも関心が集まっている。また、Armにとってはそうしたデバイス側の革新だけでなく、ソフトウエアの開発エコシステムを充実させていくことが大事だ。実際、Armのソフトウエアを開発する開発者は増えている」とアピールした。

GPUは第5世代になり、メモリアクセス頻度を減らす新手法の導入により性能と電力効率が向上

Arm株式会社 応用技術部 ディレクター 中島理志氏

 Arm 応用技術部 ディレクター 中島理志氏はTCS23の概要に関して説明を行なった。Armは顧客となる半導体メーカーに対してCPUやGPUの設計図となるIPデザインを提供し、顧客となる半導体メーカーはそれを自社製品に組み込んで、製造パートナーとなるファウンドリー(TSMC、Samsung、Intelなど)で製造し、それを顧客となるスマートフォン、PC、自動車などのメーカーに提供する仕組みとなっている。ArmはそうしたIPデザインのライセンスを半導体メーカーに提供することで、売上を上げるという仕組みになっている。

 そうした半導体、特にスマートフォン、PC向けは競争が激しいため、半導体メーカーは基本的に1年に1度新製品を発売することが通例。Armとしてもここ数年は毎年新しい製品を提供しており、CPU、GPUなどのSoC(System on-a-Chip、1チップでコンピューターを構成できる半導体のこと)を構成するのに必要な要素を1つのパッケージにまとめて半導体メーカーに提供するようにしている。そのパッケージのことをArmはTCS(Total Compute Solution)と呼んでおり、その2023年に発表した製品群ということでTCS23が今回発表されたことになる。

同社が第5世代と呼ぶGPUアーキテクチャを採用
DVSという新しい手法を採用し、メモリアクセスの頻度を減らす

 中嶋氏は「TCS23ではCPUだけでなく、GPUが大きく強化される。Armは2022年に提供したTCS22のGPUでレイトレーシングという新しい技術を投入し、MediaTekが2022年に発表したDimensity 9200ですでに採用されており、商用製品が市場に出荷されている。2023年のTCS23では、新しいGPUとしてImmortalis-G720が導入され、弊社が第5世代と呼んでいる新しいGPUアーキテクチャが採用している」と述べ、ArmがTCS23のパッケージとして完全に新設計となるGPUを投入することを明らかにした。

 中嶋氏によれば、Immortalis-G720にはDVS(Deferred Vertex Shading)という新しい手法が導入され、GPUがデータを処理するときにメモリへアクセスする頻度を減らすことで、性能を向上させる手法がとられているという。そうした新しい手法の導入で性能と効率が15%ほど向上し、メモリアクセスの頻度は40%削減すると中嶋氏は説明した。

15%性能が向上し、メモリアクセスの頻度が40%減少

 また、そこまで性能がいらないという顧客向けには、演算器の数を減らした「Mali-G720」「Mali-G620」という2つの製品が投入され、Immortalis-G720に変えて選択することが可能だ。

3種類のCPUもそれぞれ進化し性能や電力効率が向上。将来的には車載向けの展開もあり得る

3つのCPUが新しく投入される

 中嶋氏によれば、CPUに関しても強化されており、性能に応じて3つの種類(プライム、高性能、高効率)があるCPUのデザインも一新されていると説明した。処理能力ではプライム、高性能、高効率の順になっており、逆に消費電力では高効率、高性能、プライムの順に消費電力が低くなっている。そうした特性を生かして半導体メーカーは必要な種類のCPUを自社製品に選択して組み込める。消費電力よりも性能重視ならプライムのCPUを多く搭載し、逆に電力効率やバッテリ駆動時間重視であれば高効率を選択するなどのチョイスが可能だ。

 CPUのプライムに関しては、Cortex-X4に強化され、2022年のTCS22で提供されていたCortex-X3と比較して性能は15%向上しているのに、消費電力は40%削減されている。高性能はCortex-A720に、高効率コアはCortex-A520へと強化され、いずれも前世代比で20%の性能向上が実現される見通し。また、ArmはそうしたCPUを1つの塊(クラスター)として扱うためのコントローラとしてDSU-120という新しいコントローラを投入し、これを利用するとCortex-X4が10個、Cortex-A720を4個などで合計14個のCPUを搭載している製品を構築できるようにする。これにより、デスクトップPCなどの従来はx86プロセッサーでしかカバーできなかった高性能なPCなどもカバーできるようにする計画だ。

 なお、今回の製品はいずれもスマートフォンやPC向けになっている。車載製品向けの展開に関して中嶋氏は、「ArmはAE(Automotive Enhanced)と呼ばれる製品群を持っており、車載製品で採用されても問題ないグレードを用意している。今回の発表にそれは含まれていないが、将来的にはそうした製品が出てくる可能性はある」と説明しており、将来的に車載用が登場する可能性を否定しなかった。

 冒頭で登場したArm日本法人の横山社長は、その就任時の会見で国内の自動車メーカーやティアワンの部品メーカーなどへの採用呼びかけを強めていると説明しており、今回の製品が直接的に車載用でなくても、将来車載用に採用される可能性は高い。実際、Armの顧客の半導体メーカーであるQualcommは、スマートフォン用に開発したSoCをその後自動車用として横展開することが多い。2022年にQualcommが発表し、2023年のプレミアムスマートフォンに採用されているSnapdragon 8 Gen 2にはTCS22のCPU(Cortex-X3など)が採用されていることを考えると、当然Qualcommの次の製品にはTCS23のCPUなどが採用される可能性が高いと考えられる。その意味では、数年後というレンジにはなるがTCS23が車載用のSoCに採用されてくる可能性は高いと言える。