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ホンダ、Honda Jet用エンジン「HF120」試験設備など公開

埼玉県和光市にある本田技術研究所内航空機エンジンR&Dセンターにて

ホンダがこれまでに開発した航空機エンジン。右がHonda Jetに搭載される「HF120」エンジン。奥に見えるのが手前から「HF118-2」エンジン、「HFX-01」エンジン

 12月19日、埼玉県和光市にある本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンターで取材会が行われた。本センターは2004年に開設され、Honda Jet用エンジンである「HF120」を開発してきた。今回は、ホンダの航空エンジン開発の紹介とHF120の概要説明に加え、エンジン運転試験設備やさまざまなエンジン要素の研究開発施設を見学することができた。

Honda Jetに搭載される「HF120」エンジン。このエンジンに関する説明会が開かれた
HF120の各部

ホンダ航空エンジン開発の歴史

 航空機開発は本田宗一郎の夢であった。1940年代には将来の航空機開発を見据え、航空技術者の募集をしていた。1962年にはガスタービン研究室が発足し、ガスタービンエンジンの開発に着手した。1971年にガスタービンエンジンを搭載した自動車の開発が行われたが、コスト成立性がなく、開発中止となってしまった。以降、ガスタービンの研究開発は一時中断するが、1986年に現在の航空機エンジンR&Dセンターの前身となる基礎技術研究センターが設立され、航空機の機体とエンジンの研究開発が本格的にスタートした。取り組んだ航空機のコンセプトは「Flying Civic」、個人が購入・維持可能な小型航空機を目指した。

ジェットエンジンの開発に携わる研究者が説明を行った。写真左から、本田技術研究所 航空機エンジンR&Dセンター センター長 藁谷篤邦氏、同 企画室 室長 野田悦生氏、同 開発室 室長 輪嶋善彦氏。野田氏はHF120の設計者でもある
ホンダ航空エンジン開発拠点
航空事業年表
1962年の軽飛行機設計募集について
1971年に初のガスタービンエンジン搭載車を開発
1986年 基礎技術センター設立
1996年 レジェンドにガスタービン発電機を搭載
Honda Jetの現状
航空エンジンの開発年表

 最初に開発されたエンジンは、1986~1987年に取り組まれた「1X」で、燃焼温度高温化のため、耐熱性の高いセラミックを燃焼器とタービンに採用した(最近実用化が進んでいるセラミック基複合材ではなく、セラミックのみ)。しかしセラミックは硬いが非常に脆い材料(陶磁器のようなもの)であるため、すぐに割れてしまい、目標性能には大きく届かなかった。

1986年開発スタート
1X セラミックガスタービン

 次に開発されたエンジンは、「2.5X」と呼ばれた二重反転ターボプロップであった(1987~1989年)。二重反転ターボプロップは、2段のプロペラが互いに反対方向に回転しているもので、推進効率(エンジンにより発生した噴流が推力に変換される効率)が高く、当時さまざまな航空機エンジンメーカーが開発を進めていた。しかしプロペラが発する騒音の問題や、高速で回転するプロペラの安全性などの課題があり、また石油価格が下落したことで業界全体がジェットエンジンに回帰する流れになり、開発が中止された。

2.5X 2重反転ターボプロップエンジン
2.5X 2重反転ターボプロップエンジン
各部写真

 続いて1989~1992年に開発された「3.5X」は、2.5Xのプロペラをファンに変更したアフトファン式であった。通常のターボファンエンジンはファンがエンジンの最前方に付くが、アフトファンはエンジン最後部にファンがある。ファンによる圧縮をコアエンジンが利用できないという欠点があるが、ファンを駆動する低圧タービンとファンが近接しているため、軸が短くなり、重量や構造(振動対策など)の面で利点がある。3.5Xではコストダウンのためファンブレードの鋳造に挑戦した。このエンジン開発は比較的成功裏に終わり、目標の90%以上の推力に到達したが、重量過多のため航空機搭載には課題を残した。

3.5X アフト(後部)ファン

 以上3種のエンジン開発をホンダでは「第1期」と呼んでいる。第1期のエンジンはいずれも先端的技術を取り入れたユニークな設計であったが、それゆえ課題も多く目標とする性能には届かなかった。しかしながらこれらの開発を通じてさまざまなエンジン要素技術を習得し、また重量や構造など航空機エンジン特有の要件についても多くを学んだ。

第1期で開発した2.5Xと第2期のHFX-01

 1992年からの第2期では、実用的なエンジン開発とその先の市販を見据え、完成エンジンのシステムとしての技術確立を目標とし、コンベンショナルな高バイパス比ターボファンエンジンの開発に舵を切った。1992年から2000年にかけて開発された「HFX-01」は、2軸ターボファンエンジンでバイパス比は4.3、推力1800ポンド級で、1992年にコア部の試験を開始し、1994年には150時間の耐久試験を実施、1995~1996年にかけて米国でボーイング727を改造した飛行試験機に搭載し70時間の飛行試験も実施した。その後も鳥吸い込み試験やファンブレード破断試験など市販するために必須の試験の一部を行い、開発・試験を通じて実用航空機エンジン開発のための技術を蓄積した。

 HFX-01は推力・重量の目標を達成し、既存の同クラスエンジンと同等の性能を立証した。基礎技術研究開始から10年あまりでホンダは航空機エンジン技術を確立したのである。しかし、市場に参入し十分な競争力を発揮するためには、既存エンジンを上回る性能が必要であり、さらなる性能向上を目指してホンダは「HF118」の開発に着手した。

HFX-01
HFX-01
各部写真

 1998年から開始されたHF118の開発では、小型軽量(推力重量比20%向上)、低燃費(巡航時の燃料消費率[SFC]10%低減)、低エミッション(ICAO基準[現在このクラスのエンジンにはエミッション規制はないが、大型エンジンの規制値からの外挿]の80%以下)、低コストを目標とした。推力は1600ポンド級で、2001年に運転試験を開始し、2002年からはセスナ製ビジネスジェット機の2基あるエンジンの片方をHF118に換装した飛行試験機による飛行試験を開始し、2004年までに110時間の飛行試験を含む1400時間の運転試験を実施した。そして2003年12月、ついにHF118を装備したHonda Jetの初飛行に成功した。

HF118-2
HF118-2
各部写真

 2004年2月、ホンダは世界最大の航空機エンジンメーカーである米国General Electric(GE)と50:50の出資比率で合弁会社「GE Honda Aero Engines」を設立し、協同で市販用エンジン「HF120」を開発し、事業化することを決定した。新規参入メーカーであるにも関わらず、業界トップのGEと対等の関係を結べたのは、HF118までの自社開発の経験があったからこそである。

事業体制

●HF120の特徴

HF120透視図

 HF120は、ホンダが独自開発したHF118をベースに、ホンダとGEがそれぞれ得意技術を投入し、同クラスエンジン中トップの低燃費・高推力重量比を達成した。また、このクラスの小型エンジン(推力6000ポンド以下)には現状エミッション(排ガス)規制はないが、将来の規制を見据え、また環境への負荷低減のため、ICAOによる大型エンジンへの基準と同じ基準をHF120は満たしている。

 HF120は推力2095ポンドの2軸ターボファンで、ホンダがファン、高圧圧縮機、燃焼器、燃料制御の開発を担当し、GEが低圧圧縮機、高圧タービン、ミキサーノズルの開発を担当、その他、低圧タービンや軸受、補機類などはGEとホンダが共同で開発にあたった。

ホンダとGEの開発分担

●ファン

HF120のファンブレード(左・中)とファンOGV(右)。ブレードは鍛造チタンから削り出した一体型(ブリスク)で、近年のトレンドであるフォワードスウェプト形状となっている。OGVは世界初の短繊維複合材製

 ファンはブレード枚数16枚のワイドコード(幅広)翼型でチタン合金製、ブレード(動翼)とディスク(ブレード取付部)が一体となったブリスク構造となっている。ファン直径は約445mm、離陸時の低圧軸回転数は17000rpmであるので、ファンチップ(翼端)周速は395m/s(約1300ft/s)程度となり、最近の遷音速ファンとしては標準的な値である。形状も、遷音速ファンらしくフォワードスウェプト(翼端にいくほど前方にせり出す形状)となっている。ファン出口の静翼(OGV:Outlet Guide Vane)は42枚で、世界初の短繊維と熱硬化性樹脂による複合材製となっており、製造コストが大幅に抑えられている。OGV前縁は、エロージョン(砂などにより浸食されること)やFOD(異物吸い込みによる損傷)防止のため、金属で覆われている。

●高圧圧縮機

高圧圧縮機のインペラ(左)とディフューザ入口(右)。いずれもチタン合金製。ディフューザ出口では完全に軸方向の流れとなっていることが(燃焼器にとっては)望ましいが、HF120では軸長短縮のためややスワールを残しているという

 バイパス比は2.9で、低圧圧縮機は軸流2段、高圧圧縮機は遠心1段となっている。遠心圧縮機は、正面面積が大きくなる、流路設計が難しいなどの欠点があるが、単段で高い圧力比を得られるため、小型エンジンではしばしば用いられる。高圧圧縮機単体の圧力比は秘密とのことだが、全体圧力比は15、ファン・高圧圧縮機とも世界最高効率とのことである。なお高圧軸回転数は47000rpm(離陸時)とのこと。

●燃焼器

燃焼器(左)と燃料噴霧器(右)。逆流式燃焼器なので、写真下側から空気が入り、上側から燃料を噴射し、燃焼ガスは下側のU字部を通ってタービンへと流れる

 燃焼器はアニュラ型逆流式燃焼器となっている。逆流式燃焼器は、空気が前方から流入するのに対して後方から燃料を投入し、燃焼ガスを前方からU字部を通してタービンに送る方式で、圧縮機出口直径が大きくなりがちな遠心圧縮機と組み合わせて用いられることが多い。燃焼方式はリッチ・リーン方式(RQL:Rich burn Quick Lean)を採用している。燃焼器内では、量論混合比となるところで最も燃焼温度が高くなり、温度が高いほど窒素酸化物(NOx)が多く生成してしまう。リッチ・リーン式では、リッチバーン(燃料過濃燃焼)をさせた後に大量の空気を導入して急速にリーンバーン(希薄燃焼)に移行させることで、量論混合比となる領域をできるだけ少なくし、NOx生成を抑える。

●タービン

低圧タービン初段ノズル(左)と初段動翼(中)と第2段動翼(右)。動翼はチップシュラウドを用いたコンベンショナルな設計といえる

 高圧タービンは入口温度1200K級で、単結晶ニッケル合金製で無冷却、燃焼器の内側に配置されている。この配置により全長(軸長)が短くなり、軽量化や振動抑制に有効である。低圧タービンは2段で、高圧軸とは逆回転するカウンターローテーションとなっている。

●燃料制御
 エンジン制御はFADEC(Full Authority Digital Engine Control)でその中身はホンダ独自開発のものであり、日本製としては初めてFAAの認定を受けた。HFX-01では7kgあったFADECが、HF118では1kg(燃料ポンプ含む)と大幅に軽量化された。HF120では信頼性と型式承認取得を重視し実績ある既存メーカー部品を使用したため、4kgとのこと。

航空機エンジンR&Dセンターの主な施設

 取材会では、航空機エンジンの開発設備の見学も行った。本センターでは、エンジンの研究開発から試作・組み立て・運転試験まで幅広く行っており、多くの試験・製造設備がある。今回はその中の主要な設備がメディアに初めて公開された。以下にその概要をリポートするが、テストセル以外は撮影禁止であったため、設備の写真はないことをご了承いただきたい。

●テストセル

テストセルに取り付けられたHF120。エンジンのマウントは前方横(左舷側)と後方下の2カ所。通常、前後上または横でマウントするが、翼上にエンジンを配置するというHonda Jet特有のエンジン配置により、このようなマウント方法であるという

 テストセルは、エンジンを地上条件で運転する設備である。ホンダは和光のほかに北海道鷹栖町にも野外テストベンチを保有しており、低温下での始動やアイシング(着氷)、姿勢試験などを行っている。和光では現在は耐久性試験を行っているとのことで、アイドル→離陸→巡航→アプローチ→着陸という一連のフライトを想定したエンジン運転を9分に短縮し、繰り返し試験している。無人で昼夜を問わず試験を繰り返すことができ、1日に150サイクル程度をこなせるという。HF120のオーバーホール間隔は5000時間以上であり、同クラスエンジンでは最長寿命である(競合機は最長でも3500時間)。Honda Jetクラスの機体の年間飛行時間は500時間程度であるので、10年間はエンジンのオーバーホール不要ということになる。

●燃焼器試験設備
 本設備では、圧縮機出口(=燃焼器入口)を模擬した環境を電気ヒーター(460kWと600kWの2基)や空気圧縮機(1MW)により作り出し、燃焼器単体の試験を行う。燃焼器出口温度は約1200Kであるが、温度分布があるため場所によって温度は最高2300K程度にもなるという。一方、燃焼器自体の金属の温度は耐熱性と寿命の観点から1000K程度に抑えねばならず、燃焼器には多数の小さな冷却空気孔が設けられている。このような伝熱をはじめ、燃焼器内の流れ、インジェクタ(燃料噴霧器)からの燃料の拡散・微粒化もCFD(数値流体計算)により解析され、燃焼器形状やインジェクタのスワーラ(燃料を渦状に噴霧する装置)形状などが最適化されたとのこと。

 このような要素試験においてはつきものであるが、必ずしも実際の環境を完全に模擬できるわけではなく、例えば、本設備で模擬できる圧力は0.9MPaまでであるが、実際のエンジンでは最大1.5MPaになる。圧力はNOxの生成過程に大きな影響を与えるため、実機と要素試験でデータを比較し、相関データも取得しているという。

●打ち込み試験設備
 エンジンが鳥などの異物を吸い込んだ場合にも安全に着陸できるよう、型式承認取得のためには様々な異物吸い込み試験が課される。本設備では、ファンをモーターにより回転させ、さまざまな速度・位置で異物を打ち込み、損傷を試験する。ファンに吸い込まれる異物は260km/hもの速度で、3/1000秒という短い間に通過するため、数tもの衝撃力がかかる。ホンダには自動車の衝突安全性技術により磨かれた優れた衝突モデルがあり、異物吸い込みのシミュレーションにも用いられているという。

●空力試験設備
 ファンや圧縮機などの空力要素の設計には、もちろん現代においてはCFDが多用されるが、要素試験も欠かせない。本設備ではモーターによりファンや圧縮機を回転させ、空気流量を変化させることでその性能マップ(流量・圧力比・効率の関係)を取得する。最新の空力設計技術により、競合機種と比べてファン効率+2%、高圧圧縮機効率+1%を達成したという。

●5軸機械加工設備
 エンジン部品の試作を行うための製造設備もセンター内に備えられている。5軸機械加工設備では、ファンや圧縮機の削り出しを行っている。ファンの場合、50kgの鍛造チタンから一体型のファンを削りだし、最終的に8kgになる。表面が滑らかになるようにエンドミルの動く経路を工夫するなどの技術が求められるとのこと。本設備で製造されるのは専ら一点モノの試作品のため、製作ごとにプログラミングを行わねばならず、図面が渡されてから製品が出来上がるまで1カ月程度要するという。

●炭素繊維樹脂成型設備
 HF118のファンOGVは、一方向炭素繊維とエポキシ樹脂によるプリプレグを17枚積層し、オートクレーブで390℃、180分成型して製造されていた。HF120では、ランダム配向の短繊維と熱硬化性樹脂によるプリプレグの6枚積層とし、オートクレーブでの成型も180℃、20分と大幅に短縮された。ランダムマットは等方性が高いという利点があるが、精密な成型が難しく、ファンOGVに採用したのはHF120が世界で初めてである。

●精密鋳造設備
 タービンなど高温部品を試作するため、単結晶精密鋳造設備も備えている。金属を普通に鋳造すると多結晶構造となるが、高温下で力を受けた場合には結晶間の粒界からクラックが発生するため、高温で大きな力を受けるタービン翼には単結晶ニッケル基合金を用いる。単結晶金属は、融解した金属を端からゆっくりと冷却することでひとつの結晶粒を成長させて製造するが、非常に高い技術が求められ、国内でも数社しか製造できない。本設備では、ロストワックス法による真空鋳造を行っている。現在のHF120のタービンは無冷却であるが、将来の高性能化に備え、空冷タービン翼の試作も行っている。

●最近の動き

型式承認(Type Cirtificate)を示す書状

 HF120は2009年夏にエンジン運転試験を開始した。同年10月からは型式承認取得のためのさまざまな試験をホンダとGEがそれぞれ分担して実施し、2010年12月にはHF120エンジンを搭載したHonda Jetによる初飛行に成功した。2011年2月には、氷吸い込み試験においてファンに規定以上の損傷が発生し、スケジュールが遅れたが、ファン前縁を厚くするなどの設計変更を施すことで再試験をクリアし、2013年12月、ついに型式承認取得に至った。

 HF120の開発は、本田技術研究所航空機エンジンR&DセンターとGE Aviationが共同で行い、量産製造や整備は米国Honda Aero Inc(本田技研工業の100%子会社)が担当する。これまでの試作25基はマサチューセッツ州にあるGEの工場で製造されてきたが、2014年11月にはノースカロライナ州のHonda Aero Incの工場からHF120の出荷が開始され、いよいよ量産体制へと入った。

 HF120はSpectrum Aeronauticalの小型ビジネスジェット機「S-40 Freedom」に搭載されることがすでに決まっているほか、2014年10月には、セスナのビジネスジェット サイテーション525のエンジンをHF120に換装する「サファイア プログラム」をSierra Industriesと共同で行うことが発表された。

 Honda Jetは2015年第一四半期からのデリバリー開始を予定しており、年間100~200機程度の受注を目指している。

(外江 彩)