試乗レポート

ダイハツ「ハイゼット」シリーズと「アトレー」に搭載された新開発FR用CVTを街中~高速道路で試した

新開発のFR用CVTの仕組みとは?

 ダイハツから商用車用、それもFR用CVTが発表された。搭載車種はハイゼット カーゴとトラック、それにアトレーである。ハイゼットシリーズは1960年にダイハツが4輪自動車に進出して以来軽商用車のビッグネームで累計750万台の生産実績があり、実に17年ぶりに11代目となるフルモデルチェンジを行なった。

 ハイゼットは働くクルマとして幅広い層から高い支持を受けているが、近年の一次産業の高齢化や人手不足から、誰でも乗りやすく安全な軽商用車に発展した。ハイゼット カーゴは商用では初めてダイハツ車のモノづくりコンセプトであるDNGAを取り入れ、合わせてスマートアシストを採用するなど予防安全への対応も進められた。

 CVTを採用した最大の理由は企業別平均燃費基準、いわゆる“CAFE”をクリアすることが第一の目標。そして多くのユーザーに2ペダルの容易さを提供して、誰でも乗れる軽商用を目指したことだ。

 燃費改善には現在のFRレイアウトからFF方式にすることも検討されたが、荷物を積む商用車であることを考えると後輪駆動方式はマストだった。ではほかのトランスミッションの選択はといえば、現在のトルコンATはアイドリングストップも含めてやりつくし、多段化もサイズ的に難しい。ダイハツの軽乗用車で採用しているCVTはサイズが大きく重量も重くなるので難しかったが、4速ATのトランスミッションが入るフロアに収まるコンパクトで軽量なCVTが開発できれば可能性は大きく広がる。

 そこでスタートしたのがFF用CVTのモディファイだ。モディファイと言ってもほとんど新設計でコンパクト化との戦いだった。まず、FFではプーリーを縦に並べているのを横に配置して高さをおさえることからスタートした。そしてプーリーやベルトをFFと共用することで重要な部品の品質を担保することができた。プーリーとベルトが滑るとそこに傷がつき致命傷となってしまうので信頼性の高さは重要だ。

 また、ベルトが滑るのを防ぐためにクラッチ構造を工夫することでタイヤが空転してしまう場面でもCVTが滑らないようにした。概略はベルトをつかんでいるトルク容量とフォワードクラッチのトルク容量を考えたとき、クラッチ側を少し小さくすることでヒューズの役割をさせ、過大な入力があったときに滑らせて、CVT側のベルトを滑らせない制御を可能にした。この制御のために積載が命になる商用トラックにもCVT搭載が可能となった。

FR用CVTの解説
FR用CVTのカットモデル

 ハイゼット、アトレーには4WDも設定されているが、過酷な条件の中で使われることが多い。ここでも基本はベルトが滑らないことで2ペダルが成立している。

 これまで商用車の4WDはセンターデフロック機能がある直結4WDで、カーブでのブレーキング現象など、ある意味特殊な技能を持ったドライバーのためのものだったのが、普通のドライバーにも容易に使えるようになった。

 この4WDは電子制御で、4駆の切り替え用には湿式クラッチを使っている。その動力にはCVTで油圧を発生させるためのオイルポンプを使用して、4WD切り替え用のリニアソレノイドを動かす。2WD、直結4WD、AUTOの3モードを選択できるが、AUTOでは舵角などを見ながら前後のトルク分配を決めている。直結4WDでは駆動力配分は50:50となり、強力な駆動力が得られる。

 また、トラックのみの設定になるが、これまで2ペダルにはなかった低速時に使用するデフロックがCVTで新採用になった。インパネのスイッチで簡単に入り、泥濘地の走破に活用できるが、使えるのはBレンジかRレンジ、つまりごく低速時に使用できる緊急モードだ。

ハイゼット トラック
ハイゼット トラックのボディサイズは3395×1475×1780mm(全長×全幅×全高。ハイルーフ車は全高が1885mm)、ホイールベースは1900mm。145/80R12 80/78N LTサイズのタイヤを装着する。荷台フロア長はクラスNo.1となる2030mmを確保。さらに、クラス初装備となるLEDの大型に大作業灯を一部グレードに設定するほか、ディーラーオプションで作業灯を選択することも可能
クラスNo.1の運転席シートスライド量140mmを確保したほか、クラス初となるキーフリーシステム&プッシュボタンスタートを設定。9インチのディスプレイオーディオはオプション装着となる
2WDに加え、路面状況に応じて駆動力を制御する4WD AUTO、未舗装路向けの4WD LOCKの3モードから選択できる電子制御式4WDをクラス初採用。ぬかるみ脱出を容易にするスーパーデフロックを、これまでの5速MTモデルのみからCVTモデルの一部4WD車まで設定を拡大した
ハイゼット カーゴのボディサイズは3395×1475×1890mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2450mm。装着するタイヤのサイズは145/80R12 80/78N LT
ハイゼットシリーズに搭載される自然吸気エンジンは最高出力39kW(53PS)/7200rpm、最大トルク60Nm(6.1kgfm)/4000rpmを発生(MTモデルとハイゼット トラックは最高出力が34kW[46PS]/5700rpmとなる)。ATモデルの設定はなくなり、MTもしくはCVTモデルが設定される
ハイゼット カーゴの内装。小物を多く収納できるよう、オーバーヘッドシェルフ(一部グレード)や助手席トレイなどの機能的な収納を充実
リアシートは薄型で、足下スペースに収めるとフラットな荷室となる水平格納式を採用。ラゲッジにはユースフルナットを多数装備し、ディーラーオプションと組み合わせることでさまざまな活用を可能としている
アトレーのボディサイズは、ハイゼット カーゴと同じ3395×1475×1890mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2450mm。装着タイヤサイズも145/80R12 80/78N LTで同じとなる。なお、アトレーは軽小型乗用の5ナンバーから、軽小型貨物の4ナンバーに分類が変更された
ボンネット内
アトレーは全車でターボエンジンを搭載。ハイゼットシリーズの直列3気筒 0.66リッターターボエンジンは、最高出力47kW(64PS)/5700rpm、最大トルク91Nm(9.3kgfm)/2800rpmを発生する
アトレーのインパネ。スマートインナーミラーは、全ハイゼットシリーズにオプション設定されている
全車速追従機能付ACCなどのスマートアシストも完備。9インチスマホ連携ディスプレイオーディオ、ないしは6.8インチスマホ連携ディスプレイオーディオがオプションで選択可能
RSグレードではメーター内にTFTカラーマルチインフォメーションディスプレイが搭載される
RSグレードでは両側パワースライドドアが標準装備となる
アトレーのシート
アトレー デッキバン
ハイゼット トラック ジャンボ

100kgの“荷物”を積んでいざ試乗

 久しぶりに軽トラに乗る。なんだかウキウキする自分がいる。色も鮮やかなアイスグリーン。スマアシの装備やプッシュタイプのイグニッションなど改めて軽トラの進化に感心する。フロアから生えるのはATのセレクトレバー。インテリアも軽乗用車に通じる操作系で、必要なスイッチが独立しているので分かりやすい。

 FRといってもエンジン搭載位置はシート下フロアになるが、CVT化でもキャビンへの凹凸はない。エンジンは従来型と変わらないKF型で、36kW(46PS)/60Nmの自然吸気。試乗車は100kgの積載をしているが、後輪荷重が大きくなって安定している。

 発進は4速ATに比べるとかなり余力があり低速の駆動力が強く、高速域でも伸びていく。エンジン自体のトルク特性もあるが、CVT化によってかなりのワイドレシオになっていることが分かる。

 また4速ATではアクセル操作によっては選択ギヤを迷うことがあり、変速時のショックを伴うこともあった。しかしCVT化で滑らかに速度が上がっていく。

 CVT特有のラバーバンドフィールもあるが、あまり気にならないのはエンジンが床下にあってノイズがダイレクトに響かないせいだろう。絶対的な出力が限られているのでエンジンには常に働いているがこの程度の積載なら余裕十分だ。

 プーリーレシオでいえば4速ATのギヤレシオに比べて3割ほどワイドになり、低速側と高速側両方に広げられていることで、発進時の駆動トルクや高速での伸びが違う最大の要因だ。

 サスペンションはフロントがストラット、リアがリーフで商用車に定番のレイアウト。乗り心地は荒れた道でもショックは思ったほどではなく、意外とフラットな乗り心地だ。市街地から高速まできびきびとフットワークよく走る。

 4WDスイッチはダッシュボードにスイッチがあり、通常はタンブラースイッチが中立であれば後輪駆動で燃費もよく走れる。WLTCモード燃費では15.8km/Lとなっている。車両重量890kgの軽トラックとしては上々だと思う。

 4WD・AUTOでは必要に応じてフロントにもトルクを流す。つまり通常走行では2WDになっているのは同じだが、AUTOに入れると通常走行時は回っていないプロペラシャフトが連結して4WDのスタンバイ状態になり、必要に応じてすぐに前輪にトルクを流す仕組みだ。燃費を考えると通常はAUTOに入れない方がよいが、積雪地帯などでは積極的に使用すべきモードだ。

ハイゼット カーゴ&アトレーのドライブフィーリング

 トラックの後は2WDのバンタイプ、ハイゼット カーゴに試乗した。こちらはダッシュボードからシフトレバーが生えている。基本的に貨物車なので小さいながらも小荷物を入れるスペースなど抜かりはなく、働くクルマらしい作り込みだ。両側スライドドアはオプションでパワーになり、電子キーを持っていれば近づくと自動的に開く機能も付けられる。両手で荷物を運んでいるときなどに便利で、作り手側が実際の現場をよく知っていることを物語っている。

 CVTのプーリー比はハイゼット トラックと変わらない。試乗したハイゼット カーゴ デラックスにも100kgの荷物が高車軸の上に載せられている。発進加速もトラック同様に滑らかかつ必要十分な加速力で、どんどん加速していく。その伸びやかさは走らせていて軽快だ。

 新型CVTはジワリと走らせようとすれば静かに加速することもでき、高速道路での合流にもアクセルをしっかり踏めば十分な加速力を発揮する。

 サスペンションはフロントはストラットと変わらないが、リアはトレーリングコイルを使ったリジットになる。その影響か、リーフで感じられた突起乗り越し時のガツンとしたショックはやわらいでいる。

 さて、ハイゼット カーゴはあくまでも商用バンで、仕事に使うのが目的。リアシートも薄く短い。荷物を積むのが主目的だ。乗用で使うのはもう1つのモデル、アトレーがある。

 アトレーは全車インタークラーターボで47kW(64PS)/91Nmとなり、ぐんとパワフルだ。CVTのプーリーレシオはハイゼットと変わらないが、エンジン出力に余力ができた分、最終減速比は4.875から4.100と高くなっている。ベースはハイゼット カーゴなのでリアサスペンションはコイルリジットだ。試乗したグレードは4WDのRS。

 CVTはターボとの相性もよく、市中での加速も余力を持って走れるのでそれほどエンジン回転を上げなくて済む。高速道路でのランプウェイも余裕の加速で速い流れに乗りやすい。CVTはエンジンが低速回転から余力があるため、アクセルの踏み込み量に応じて加速し、CVT特有のエンジン回転が先行する感じは穏やかだ。

 乗り心地はさらにフラットに感じられるのは、試乗した4WDアトレーの重量が1020kgと重いのと、乗用を意識したセッティングになっているからだろうか。

 さらに、ハイゼットにはないプライベートにも使っても満足できる工夫が凝らされている。一例ではリアシートを足下スペースに収納すると幅1410mm×奥行き1820mmのフラットなスペースが生まれ、車中泊も可能な広さだ。ラゲッジルームにはサイドポケットとともに電源ソケットもあり、ミニキャンパーとしての素質も十分だ。

 また、ラゲッジルームに敷かれるボードは高さを選べ、積載する荷物の種類によって上下に乗せるなどが積み分けられる。

 4WDシステムはハイゼットと共通。AUTOでは50km/h以上でフロントにトルクを流し始め、必要に応じて即座に前輪のトルク配分を大きくしていく。豪雪地帯でも気にせず走れるモードだ。パートタイム4WDに比べるとどれほどイージードライブができることか。

 このように静かで大きな駆動力を持ったドライバビリティ、さらに容易な4WDの走破力が可能になったのは、コンパクトで軽量なFR用CVTの開発によってのこと。スマアシも装備して、誰でも安心して簡単にドライブできるハイゼットは、市場のすそ野を広げる役割を果たすのでないだろうか。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:中野英幸