試乗レポート

電気の力を手に入れたフィアット「500e」 ボディの細部にまで手が入り、走りはまさに“新型チンク”

電動化されても変わらずキュートなチンクエチェント

 2020年3月にリニューアルしたフィアット「500e」が公開され、早いタイミングで日本市場にも導入が明かされていた。待望久しかった日本での発表は4月5日。ラインアップはPop、Icon、Openの3モデルである。

 プラットフォームはEV用に新規開発されたものでホイールベースは20mm長い2320mm、サイズもひとまわり大きくなって全長では60mm長い3630mm、そして全幅も60mm広い1685mmとなっている。それでもどこから見てもチンクエチェント。キュートなデザインは変わらない。またプラットフォームは車体剛性をアップすること、安全性を確保することを目的に進行方向に対して横にリーンフォースメントが入れられており、ねじれ剛性はかなり向上したという。

フィアット「500e」。撮影車のグレードは「Open」。ボディサイズは3630×1685×1530mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2320mm
歴代チンクエチェントから受け継いだ、親しみやすいアイコニックなデザインはそのままに、先進運転支援装置を備えるとともに、EVならではの新しい運転感覚を提供。なお、OpenはEVモデルで唯一のカブリオレモデルになるとのこと
少し眠そうなヘッドライトデザインがかわいらしい印象のフロントフェイス
フロントグリルのロゴは“FIAT”の文字から“500”に変更された
OpenとIconは17インチのダイヤモンドカットアルミホイールを装着。タイヤは205/45R17サイズのグッドイヤー「EfficientGrip Performance」
灯火類を点灯させたところ。ヘッドライトはボンネット部分も光るようになっている
先行車だけでなく歩行者や自転車も検知可能な衝突被害軽減ブレーキをはじめ、車線から外れそうになるとステアリングの振動や警告音で注意を促すレーンデパーチャーワーニング、前走車と一定の車間距離を保ちながら設定速度に巡航するアダプティブクルーズコントロールなど、運転支援機能も充実

 ボンネット内に納められるパワーユニットは87kW/220Nmのコンパクトな電動ドライブモジュールとその上部にPower Electronic Bay(PEB)と呼ばれるインバーター、ACチャージャー、DC/DCコンバーター、急速充電器などのコントロールシステムが置かれる。PEBは500eのようなコンパクトカーに合わせて極力小さなサイズに作られている。

 42kWhのバッテリパックは薄くフラットにフロア下に納められ、セルは水冷機構で常に最適な条件下で性能を発揮できるように保たれる。

 また、バッテリの進化は目覚ましく、ゆえにロバスト性の高いアーキテキチャーとして柔軟性の高さが特徴だ。バッテリそのものはサムソン製である。保証は8年/16万kmだが、過酷な条件の中での保証で、実際には高い安全マージンを取っているため、8年でバッテリが急速にダメージを受けることはないという。

 北米カルフォルニアで販売されていた500eでは24kWhを搭載してシティユースを主体としていた。そのノウハウも活かしてグローバル展開となる500eは42kWhが選択された。これによる航続距離はWLTCモードで335kmとなっており、500eが想定している都市間移動では必用十分だろう。

パワートレーンには最高出力87kW(118PS)/4000rpm、最大トルク220Nm/2000rpmを発生するモーターを採用。42kWhのリチウムイオン電池を搭載し、一充電走行距離はWLTCモードで335km
充電は単相交流200V用の普通充電と、付属のCHAdeMOアダプターを介した急速充電に対応
走行後、メーター内におおよその充電時間や走行した距離や使用したバッテリ量などが表示される

 重量についてはフロントのPEBとモーターモジュールの重量は約90kg。バッテリ重量は約290kgあるが、前後重量配分を考えると第2世代の500 ツインエアではフロントに64%かかっていたのが500eではバッテリ重量の影響で52:48と前後バランスが取れている。車両重量は1320kgとなっている。第3世代のツインエア・カルトの1010kgからは310kgほど重いが、数多いBEVの中ではかなり軽く仕上がっている。

 充電は200Vの普通充電と急速充電。標準装備は欧州や北米で使われるコンボ規格となっており、アダプターを介してCHAdeMOが使える。85kWでのDCチャージャーにも対応可能とされる。

 試乗車は500e Open。あいにく雨がパラパラと降る寒い日だった。装着タイヤはグッドイヤーのEfficientGrip Performance。サイズは205/45R17で低転がり抵抗のタイヤである。

 内側からのドア開閉はレバーではなく電気スイッチで行なう。最初は「なんで?」と思ったが想像以上に使い勝手はよかった。万が一のためのレバーはドアポケット前方についている。

 またガソリンの500のインテリアはシンプルでスッキリして好ましいものだが、500eでは液晶ディスプレイをダッシュセンターとドライバー正面に置き、ちょっと豪華で現代的だ。

500eのインテリア。ステアリングは初代500と同じ2本スポークのデザインとした。中央のディスプレイ下方にはギヤセレクタースイッチを配置
Uconnect対応の10.25インチタッチパネルモニターを中央に配置。Apple CarPlayやAndroid Autoに対応するほか、車両情報などの確認もできる
スピードメーターのほか、車両の設定情報などの詳細も表示される7インチフルカラーTFTマルチファンクションディスプレイを採用
ドアはトリムに配置されたスイッチで開閉。ドリンクホルダー部分に物理開閉レバーも備えられている
ドアハンドル部分に「MADE IN TORINO」の文字と、チンクエチェントのイラスト
コンソール部分には街並みをイメージしたイラスト
Openのソフトトップは電動開閉式
ラゲッジ

 シートはクッションストロークが大きく適度な腰がある。リアシートはといえばレッグルームが狭く、長時間乗車は疲れそうだがチンクチェントの使い方が2+2であると考えるとこれで十分ではなかろうか。

シートは“FIAT”の文字のモノグラムがデザインされたエコレザーシート

 ドライブモード、500eではe-モードセレクターと呼ばれるが「NORMAL」「RANGE」「SHERPA(シェルパ)」の3モードがあり、トグルスイッチはオーディオスイッチと共にセンターコンソール先端に置かれ操作しやすい。

 通常はNORMALを使うが、このモードはガソリンエンジンからの乗り換えも違和感なく行なえるようにクリープもでき、アクセルオフでの回生ブレーキも抑えられている。一方「RANGE」「SHERPA」は回生ブレーキを強くきかせてワンペダルドライブが可能だ。特に「SHERPA」では航続距離を伸ばすために動力以外のシートヒーターなどの電動品をほぼカットし、最高速度も80km/hに制限され、出力も87kWから57kWに落とす超エコモードだ。何としても目的地にたどり着くためのモードである。

センターコンソールにはe-モードセレクターを配置。クリープ走行がある「NORMAL」、ワンペダル走行ができる「RANGE」、ワンペダル走行をしつつ“絶対に目的地にたどり着く”ための「SHERPA」の3モードを選択できる

 シフトレバーはなく、その代わりにダッシュボードにP,R,N,Dのスイッチがある。Dレンジを押して静かに走り出すが、低速では独特のサウンドを響かせる。フィアットらしくイタリア人作曲家ニーノ・ロータのメロディが歩行者に優しく500eの接近を告げる。ちょっと粋である。

見た目はキュートでも走りはしっかり

 ブレーキペダルからアクセルに踏み変える。BEVらしくスーと速度が上がる。エンジン音がないのでいつの間にか車速が上がっているが、BEVのよいところはパワートレーン系の振動もないためリラックスして走れることだ。「NORMAL」ではアクセルペダルを離すと低転がりタイヤの効果もあり、空走状態が続くが最後はクリープで動く。これが「RANGE」や「SHERPA」だと回生ブレーキが強くきき、停車まで行なう。

 フットブレーキのタッチはストロークがあまりない踏力コントロールタイプで、ハイブリッドの経験があればガソリン車から乗り換えてもそれほど違和感はないだろう。

 さて乗り心地は290kgのバッテリを床下に納めた低重心の効果があった。荒れた路面を通過の際はガソリンの500は突き上げを伴った上下動があったが、500eではまろやかなショックの伝わり方だ。硬めの乗り心地を想像していたが意外とソフトな印象だ。ただショートホイールベースのため、凹凸路面ではリアからの突き上げが相対的に強めに感じられた。フットワークよく市街地から郊外を走る500eにとってはこれくらいのサスペンション設定が妥当なのかもしれない。

 運転席からの前方視界は大きく開けている。Openのソフトトップもリアウィンドウはガラスなのでクリアで広い。ただ斜め後方はB/Cピラーでふさがれる面積も大きく、後退駐車の際はバックモニターに頼るところも多い。

 雨の合間を見てソフトトップをおろす。走行中でも電動で開閉ができるのでちょっとの信号待ちでも収納でき、気軽にオープンエアを楽しめるのが心地よい。風の巻きこみも適度で、晴れていたらきっと気持ちいいに違いない。

 首都高速道路のちょっと速度の乗ったところではACCも試してみた。ステアリングスポーク右にスイッチが集約され操作しやすく、前走車についていくと車間の取り方やセンターラインのトレース性もまずまずのものだった。

 ADAS系では歩行者や自転車も検知可能な自動緊急ブレーキやブラインドスポットモニター、レーンデパーチャーワーニングなどドライバーサポートの装備はおおむね揃っている。

 ハンドリングではセンターフィールが少し甘く、結果的に高速直進時の動きが少し大きかったが、500eの魅力に水を差すほどのものではない。

 走行中、オーディオなど操作系は分かりやすく、表示のプライオリティがしっかりしているので感覚的に使える。エアコンの詳細設定、オーディオ、電話、車両情報などだ。

 それというのも500eは静粛性が思いのほか高く、新規開発したプラットフォームはキャビンに音が入りにくい設計になっており、ロードノイズも抑え込まれてオーディオの音もクリアに聞こえるからだ。NVH(ノイズ・振動・ハーシュネス)に気を配った努力が報われている。

 ステランティスでは2035年にBEV、FCVに移行予定で2027年にはBEVのリーダーシップを取る考えだ。そのための500eだが、欧州では好調な受注状況でセカンドカー需要、シティ派として人気だという。

 日本での価格はナビが全て標準装備で、シートヒーターやオートハイビーム、アダプティンブクルーズコントロールなどのないPopで450万、装備が充実したIconで485万、今回試乗したOpenでは495万だが、国のCEV補助金が65万あり、それ以外に地方治自体によって異なるが補助金が上乗せされることになる。

 500eの販売はリースのみの取り扱いとなる。バッテリのメンテナンスやEVの残価価値を保証することが目的で、トヨタでも最初のBEV、bZ4Xはリース販売としている。BEVの黎明期だけに1つの販売方式として定着しそうだ。またシェアリングの世界が一気に広がっていく可能性もある。

 チンクエチェントは初代からただステアリングを握っているだけで陽気になれるコンパクトカー。その伝統はBEVになってますます新しい魅力を満載した500eに受け継がれていく。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛