インタビュー
マツダの新型「MX-30」のデザインについて、チーフデザイナー松田陽一氏に聞いた
後席空間は初代FFファミリアをモチーフに、“オーナーの秘密基地”にしたかった
2020年10月8日 11:00
- 2020年10月8日 発売
マツダ「MX-30」のデザインコンセプトは“ヒューマンモダン”だという。100%EVとマイルドハイブリッドを搭載した最先端のクルマでありながら、人間を意識したデザインとのこと。そこで、チーフデザイナーのマツダ デザイン本部 チーフデザイナーの松田陽一氏に、なぜこのデザインコンセプトに至ったのか、また、フリースタイルドアを採用した経緯などについて話を聞いた。
気持ちいいことを正直に
──MX-30のデザインコンセプトはヒューマンモダンということですね。まずは、そこに至った経緯から教えてください。
松田陽一氏:開発初期に、5年先、10年先をリードするような世界中のターゲットとなるお客さまに会いに行って、そこで感じたことが一番のポイントでした。基本的に訪問した先はテック産業にお勤めの方や、スタートアップをしようとしている人、クリエイターの卵みたいな人たちで、彼らがどんな趣向をしていて、どんな趣味を持っていてというところを見に行ったのです。
ここで意外だったのが、その人たちはクリエイティブなことをしようとしているのに、とても自然で肩肘を張っていないのです。お金が入ったからといって華美な表現もしない、自分の持ち物で誰かにアピールしようともしない。では何を考えているかというと、自分の気持ちいいことに正直になって、そういうもの選びをしていたり、必要以上にものを持たない生活をしたりというところだったのです。ハイテクを仕掛けようとしている人がそんな価値観なのか、ものすごくフューチャリスティックな生活をしているかと思っていたら、全然違っていたのでそこが発見でした。
そこでわれわれも、もう少し見方を変えないということで、電動化をリードするクルマとして技術を表現するような、ハイテクモダンな表現ではなく、人間をベースにしよう、人間に正直で気持ちいいモダンで新しいクルマを作ろうという視点でヒューマンモダンという方向にしたのです。
気持ちいい心という軸は変わらない
──その判断をしてからデビューするまでに数年が経過していると思います。その間に時代変化もあるでしょうが、そこの部分はどのように織り込んでデザインしているのですか。
松田氏:そこはとても重要なポイントです。われわれが彼らを見たときのポイントは、彼らのアウトプットやクリエイティブしたものは見ておらず、彼らの価値観を見ていました。つまり生き方は多分変わらないでしょう。ある大手のテック産業の新入社員と話をした時に、色々なイメージビジュアルを見せました。割とレトロなものから、すごくスポーツ方向よりのビジュアル、ハイテクなものなどです。そこでディスカッションする中で、「皆さんが描く未来は、いまから半年を経過した後であってもその未来のままであり得ますか?」と言われて、確かにそうだなと思ったのです。演出した未来というのは来ないかもしれません。ですから、もっと心根のところで、ありたい5年後10年後、そこから始まるこうあってほしい世界に応える表現にしていこう。自然であるとか人間本来が持っている気持ちいい心を軸にしようと考えたわけです。そこを軸にしておけば色々な時代の変化があっても、本質のところでのありたい姿ですから、そこはぶれないでしょう。だからものではなく、人を見に行ったのはそこがポイントなのです。
──デザインをするにあたって人を見るというのは結構難しいような気もしますが、そこからどういう発想でクルマのデザインに落とし込んでいったのですか。
松田氏:人を見ながら、でも彼ら彼女たちの家に行って、実は結構持っているものも見ています。どんな本を読んでいるか、どんな家具を買っているか、どんな服を着ているか、どんな食器を使っているか。彼らの生き方を表現しているものを特にデザイナーは見ています。逆にものを見たらその人の生き方も見えてくるのです。本当にお家や、仕事場まで行き、見せてもらいました。
──そこで松田さんとしてすごくヒットしたことや、これはそうだったのかといったようなエピソードはありますか。
松田氏:古いものでもいいものならいい、新しいものが価値ではないということです。彼らの職場もリノベした環境が多かったり、持ち物でもおばあちゃんから引き継いだ家具を使っていたり、昔の時計を使っているとか。また、愛読書が古いものなど。それでいながら仕事はスマホとかPCでやっている。つまり新しいものと古いものが渾然一体となっていて、常に新しいものではないのです。そこが彼ら彼女らの生き方なのだと思いました。
──そのいいものという価値観は人によって違うと思いますが。
松田氏:本人が気持ちいいものということです。自分らしくいられるものですね。
禅問答からのスタート
──MX-30は、マツダとして新しく市場を広げたいという思いがすごく詰まっているクルマとして開発がスタートしたそうですが、それは面白い半面とても恐い部分もあります。つまり、成功するか失敗するか分からないし、マツダのクルマとして見られるかどうかも分からない。そういった中でMX-30のデザインをどうやって生み出していったのですか。
松田氏:ある意味チャンスではありました。ニューカーネームで、前のクルマのビジネスを引き継がなくてもいいですし、今回、電駆をリーディングするモデルとして技術変化も起きます。そういうポイントがあるからこそ、今回このチャンスを使って新しいものを作ろうというのは、多分マネージメントもイメージしています。では、デザインをどう表現するかというのは本当に大変な作業でした。まず前田(マツダ 常務執行役員の前田育男氏)と話したのは、「典型的なマツダの表現はいったん封印してデザインしてみよう。だけどマツダのクルマを作れよ」というもので、まさに禅問答でした。前田も私も答えやベクトルが見えておらず、そこは探りながらやるしかないなと思っていました。
──電動化が前提としてあったわけですが、そこで考え方は2つあると思います。1つはいかにも未来にあるような電気自動車、もう1つは普通のクルマに見える電気自動車。今回は後者を選択していると思いますが、そうしたのはなぜですか。
松田氏:これはヒューマンモダンというコンセプトを作り上げた時と一緒で、これからの価値観をリードする人たちが、ハイテクな生活スタイルをしていないのです。そうすると、彼らの本音としてハイテクで最先端を生きるという生き方ではないわけです。そこにミートする色々なインテリアやプロダクトと並んでも違和感のない存在感に落とさなければいけないということなのです。
──そうすると“いかにも”な電気自動車ではないということですね。
松田氏:はい、全く違うと思っていました。スタート時点からそう思っていて、最先端の技術は入れるけれども、それを過度に表現はしないということです。
野球選手がスランプの時のように
──前田さんとの話でいかにもマツダ的なティピカルな表現を封印しようということだったそうですが、なぜそう思ったのですか。
松田氏:そうしないとバリエーションが描けない、アイディアが伸びないからです。最初は封印しないアイディアも描いてみたのですが、従来と全然変わらなかった。例えばCX-30のグリルを塞いだだけみたいな、そういう感じの絵のバリエーションが無限に増えていくだけで、既存車種のところから突破できなかったのです。ではそういうところに頼らずにアイディア展開したら何か見えてくるのではないかということで、そこは封印して検討しています。例えば野球選手がスランプの時に、フォームを変えたりする、それに近いと思います。
──マツダらしさを封印しながらもマツダと分かるデザインという禅問答では、どういう解を求めたのでしょうか。
松田氏:そうはいっても魅力的なプロダクトである必要はありますので、デザイナーとディスカッションしたのは、本音で自分が欲しい切り口は何かということでした。実際にデザイナーもクリエイターですから、自分の生活の中で買ってみたいクルマは何か。そうするとよくあるのですが、デザイナーで旧車を買う人が多かったりするのです。あるいはバイク。家具もレトロ系を買ったり。最先端の自分でデザインしたやつを買えよ!(爆笑) リアルに考えたら、それが気持ちいいということなんですね。では、それらがなぜ魅力的かを掘り下げて考えるというスタンスで色々な要素をデザインしていきました。
まず古いものを見ながらあるルールを決めました。それは、過去のモチーフを持ってきてアイコニックなものにするのは、唯一の例外はありますが、やめました。これは、アイコニックなモチーフを持ってくると、似ている似ていない議論になるからです。それも魂動デザインを外せという時と同じで、クリエイティブさがぎゅっと縮まってしまいます。ですからクリエイティブのためにもアイコンを持ってくるのは封印したのです。
昔のクルマが魅力的だったポイントはどこかというと、ボディサーフェイスがナチュラルですし、昔はSAE規格のヘッドライトですから、丸目や四角目の縛りがありました。また、パーツの構成の境目にメッキモールで止めるなど、全部必然で構成されていて、その中ですごく丁寧に作られていますので、そういう発想の原点はいただこう。またシェイプでは、最近のクルマはウエッジを効かせてスピード感を持たせるのがセオリーになっていますが、昔のクルマは前にマス(塊)があって後ろですっと(流れを)抜いています。ですから親しみやすくて、なんとなく気持ちがいいのです。さらにそこからさらに一歩下がって、なぜそうなのかというところまで分析しました。
インテリアであれば木を見せたければ木を使っていますし、布であればそのよさを見せるように使っています。メーターやシフトなどもエレメントが際立つデザインをしていますので、なんとなく親しみやすくなじみがある。そこをもとに今のテクノロジーでデザインしているのです。真似をすると似てないという議論になってしまい、新しい発想がついていかない。よさが何だったのかというところに立脚してデザインしました。
古さと新しさの比率についてインテリアのデザイナーと話したのは、古さを含めた親しみやすさが7割で、ハイテクなものが3割ぐらいのバランスだと、割と人間が気持ちよくて新しいと思えます。最近のスピーカーや家具、家電などでも割とレトロフィーチャーなものがありますが、大体そういうものは見た目は古いフォルムの中に液晶が入っています。そういう新旧の比率のさじ加減はだいたい7:3ぐらいかなという話をしました。
立体構成は共通
──このクルマは確かに魂動デザインのど真ん中ではありませんし、フロントシグネチャーもやめています。しかしサーフェイスの構成に関しては結構近いものを感じますがいかがですか。
松田氏:そのとおりです。立体のデッサンをとってみると、セオリーは一緒です。塊の中心に骨があって、そこに臓物があり筋肉がついている。そういう必然性のある立体の構築は他のマツダ車もそういう意識ですし、このクルマも過度な表現はしていませんが、同じ立体構成でやっています。
──その面自体もかなりひねりが入っていますね。
松田氏:ひねりまくっています(笑)。光が動く瞬間も感じられますし、ショルダーラインもきちんと通しています。ただし、それをアピールしすぎないように抑えています。よく見るとやっているのですが、逆にその表現もあるからこそ、全体のデッサンが取れている立体というのができているのです。
──やはりそこはやるべきものなのですか。
松田氏:はい、やることがマツダのデザインの根底にあるのだと思います。やるなと言われても、マツダのデザイナーはやるでしょうね。これも前田から言われたことですが、いったんクルマのデザインは忘れろと。君たちはほっておいてもクルマ好きなのでクルマのデザインはするだろう。だからクルマを忘れてもいいから違うものをデザインしてみたらと言われています。確かにクルマ好きしかいないので、手がクルマの形しか描けない(笑)。
そのときは、それこそバイクみたいなクルマとか、軍用車みたいなクルマとか、突拍子もないものを描いていました。なかなか表に出せないようなものをいろいろ、本当にとことん描きました。
意志を持たせたフロントフェイス
──マツダらしさを感じさせようというのは面の部分で見せるということなのでしょうか。
松田氏:オーバーオールの立体の強さが1つと、生命感です。ものを抜いていくと単純になって、事務的に、例えば商用車のようなものや、軍用車みたいなものになります。そうではなく、要素は削ぎますが、親しみやすいニュアンスや表情を残すようにすることです。強い立体と生命感を感じる表情は入れるということです。
具体的にはフロントフェイスのライトグリルまわりを見てほしいのですが、まず彫りの深さがあります。ぎゅっと彫りを深くして丸いモチーフを入れることで、要素が少なくて親しみやすく、意思を感じる雰囲気をランプの矩形や、丸の上の欠け方、ぎゅっと深く影が落ちる感じなどのさじ加減によって、なんだかこの“人”には意思があるようにコントロールしています。これをやりすぎると顔が立ってくるので威圧的になりますので、そこは抑えた上で、意志がある、親しみやすさとかかわいさを表現しています。
──ファニーフェイスにもなりすぎていなくて程よい加減ですね。
松田氏:最初のクレイモデルの時に一度かわいい顔は作っています。一度極端にかわいい顔を作ってそこからどんどん眉毛を抑えていったり、鼻筋を通すなど、ぎゅっと表情を整えて、怒らない寸前でピッと止めました。
フリースタイルドアから感じられる新しい価値と昔はよかった感
──MX-30のポイントの1つにフリースタイルドアがあります。デザイナーとしてはとても難しいトライだったと思います。フリースタイルドアはRX-8で使っていましたので、さまざまなノウハウはあるでしょうが、そのあたりはどういう意識でデザインとして作り込んでいったのでしょうか。
松田氏:先ほどもお話しましたように、昔のクルマは前にマスがあり、後ろへ抜いています。同時に強い個性的な立体を作るということをやりたいと最初から思っていました。しかし、どうしても4人乗り5人乗りのパッケージを考えると、後ろが四角くなってしまい、いわゆるワゴンタイプから抜けられない。CX-30の場合は後ろをぎゅっと上げて折り合いをつけたキャラクターにしていますが、MX-30は違う手法を取ろうとしていました。その結果、通常のドアで検討した時にはアイディアは止まってしまい、そこから抜けられなくなってしまったのです。つまり、これならCX-30そのままでいいじゃないかということです。
一方で、プランニングや商品で見ると4枚ドアで提供できる価値は他のクルマと変わらない。そこで、ドアを変えることで導線を変えるとか、新しい使い方を提案できるのではないかと、タスクチームの中で議論している時に、このアイディアにたどり着きました。一番身近なところでRX-8があり、そのお客さまからのフィードバックも受けており、実はユーザーは違う使い方をしていたのです。子供を乗せる時に、子供を見ながら乗せられるとか、サイドシルに座る使い方ができるとか、通常の4枚ドアでは体験できないようなことを彼らは体験していました。そこで、これは絶対に新しくなるという確信があり、それ以上にサイドビューがブレイクスルーできると思い、そこは行ってみようと決心しました。もっとも作る大変さはその後来るのですが(笑)。
──デザインとしても4ドアモデルとは全く手法が変わりますよね。
松田氏:フリースタイルドア部分にラッチとストライカーが来ますので、サイドウィンドウタンブルが立ってきます(後ろから見るとサイドウィンドウが立ち気味になる)ので、サイドビューのデザインは決まるのですが、クォータービューが決まらなくなってしまいました。そのバランス取りはとても難しいのですが、逆にウィンドウが立ったことが昔のクルマはよかったね、につながってきたのです。そこはそういう消化の仕方です。キャビンもフロントウィンドウの上端に“タメ”があって、そこから抜くようにして、全体のキャビンボリュームは前をマッシブにして後ろはひゅっと抜くようにしました。そうすることでわりと昔のクルマに乗っているかのような運転感覚になりましたし、昔はよかったではまさにそこになるのです。なおかつ、フリースタイルドアによる通常のクルマじゃない使い方の体験や見た景色もあります。
しかし安全基準は昔と次元が違いますので、フリースタイルドアを実現するためにはその悩みに付き合うことになりました。また、バッテリーを積むのでサイドビューがぶ厚くなってしまいます。他社のEVもサイドビューはものすごく厚いと思いますが、ああいう見せ方になってしまわないように、クラッキングを少し黒くしたり、3トーンでレイヤー感を見せたりなど、実際には分厚いクルマでもそれを感じさせない身軽さを持たせるようには工夫をしています。
──先ほどモチーフの封じ込めで唯一縛らなかったものは何ですか。
松田氏:それはリアシートです。ズバリ初代FFファミリアをモチーフにしました。ラウンドさせてラウンジ調のシートにしようとしています。当時のマツダはこの流れが好きで、これ以降ペルソナやユーノス コスモなどにも使われています。今回は端的にその写真を持ってきて若手デザイナーにこれ知ってる? と言って、これを作ってよと指示しました。なぜかというと、フロント部分にすごくデザインパワーをかけてしまい、リアを始める時にはアイディア展開をしている時間がなかったのです。フリースタイルドアですから、クォーターウィンドウ部分にある程度の幅が残りますで、そのスペースが使える。そこでラウンドさせればいいと考えたのです。マツダのモチーフを持ってきて短期で決めることができるわけです。
フリースタイルドアを開けたリアの空間を、人が過ごすだけではなく、オーナーの秘密基地みたいにしたかったこともあります。後ろの小さなドアを開けて自分のお気に入りのものを入れたりとか、そこでちょっと過ごしてみたりとか、いままでの発想のリアシートで、人が乗るのではない使い方で、ぐるりと囲まれた秘密基地みたいなラウンジ空間にしてしまおうと考えました。モチーフはうちにある、これを1週間ぐらいで絵にしてとやってもらいました。
実はリアシートは人が乗るためという発想はあまりしていません。クリエイティブな空間として自由に使ってほしいと思っています。リビングのカウチソファーも色々な使い方をするでしょう。荷室にしてしまうと事務的になってしまうので、柔らかさもあっていいと思います。
実は昔のFFファミリアのカタログに、カッティングモデルでバスケットボールが転がっている写真がありました。これを見た瞬間に同じ世界だと感じました。リア席を自由に使う、自分の趣味に使えるとそう思ったのです。