試乗レポート
マツダ初のEV「MX-30 EV MODEL」、“まったくEVらしくないEV”と感じたそのワケ
今秋の市販化を目指す、足が不自由なドライバーも運転操作が楽しめる開発車両にも乗った
2021年2月9日 11:30
マツダ初の量産EVがデビュー
「MX-30 EV MODEL」はマツダ初の量産EV(電気自動車)として誕生した。先行発売となった欧州地域ではすこぶる評判がよく、2020年秋に発売を開始して以降、12月末までに累計1万台を販売。とりわけドイツでは政府などからの補助金が後押しとなり好調に推移する。
一方、日本市場ではマイルドハイブリッドシステムである「M HYBRID」を搭載した「MX-30」を2020年9月に導入、そして2021年2月にEVモデル(今回の取材対象車)の販売を開始した(現時点、欧州市場にはMX-30 のM HYBRIDモデルは設定がない)。
さらにMX-30の電動化プラン続編として、2022年にはEVモデルをベースにロータリーエンジンを搭載したレンジ・エクステンダーモデルが追加される。加えて、2020年11月に公表された「電動化マルチソリューション」では、次世代パワートレーンとしてプラグインハイブリッドモデルの存在も明らかになった。つい先ごろまで、電動化では大きく遅れをとっていると評されていたマツダだが、2021年の幕が開けた途端、堰を切ったように販売攻勢に転じた。
そうした中、あらゆる意味で注目のMX-30 EV MODELにいち早く公道で試乗した。せっかちにMX-30 EV MODELの特徴をワンフレーズで表せば、「まったくEVらしくないEV」。誤解を抱かせてしまう表現だが、MX-30 EV MODELに対する筆者の評価はとても高い。
MX-30 EV MODELの特徴はどこにあるのか?
考えてみれば、これまで世間一般での「EVらしさ」とは“静かで速い”が代名詞だった。実際、市場へ導入されたEVはどれも静かで速い。しかし、2010年4月の三菱自動車工業「i-MiEV」、2010年12月の日産自動車「リーフ」がそれぞれ個人向けに販売を開始して以降、10年以上の歳月が過ぎてもなお、幸か不幸か新たな表現はあまり見受けられなかった。
筆者は常々、内燃機関では物理的に得られにくいEV(電動モーター駆動)ならではの、走行性能上での特徴を全面に打ち出すことで、逆に内燃機関との共存の道が図れるのではないかと考えてきた。その点、プラグイン方式のシリーズハイブリッドモデルながら、三菱自動車は「アウトランダーPHEV」で前後ツインモーター4WDとS-AWCの概念をあえてEV寄りとして紹介するなど、ユーザーへの歩み寄りがうまかった。
ここで話はEVらしさに戻る。初めて量産EVを販売するマツダとしては、間違っても“静かで速い”をセールスポイントにはしなかった。では、MX-30 EV MODELの特徴はどこにあるのか?
ずばり「内燃機関モデルのような運転操作ができるEVであること」。これがMX-30 EV MODELの最大の特徴だ。カタログで確認すれば、駆動モーターの最高出力は107kW(145PS)/4500-11000rpmで、最大トルクが270Nm(27.5kgfm)/0-3243rpmと、いずれも目を見張るところがない。二次バッテリーの容量にしても35.5kWhと現在の主流からすれば小さいから、一充電あたりの走行距離もWLTC値で256km、JC08値で281kmと伸び悩む。さらに、このセットアップで車両重量は1650kgだから、やっぱり市場に導入されているEVのような速さはない。
あるのは徹頭徹尾、内燃機関で慣れ親しんだ運転環境だ。具体的には、あたかもND型ロードスターを運転しているかのように、アクセルペダルを踏んでも、戻してもMX-30 EV MODELの大きなボディは身体にピタリと寄り添うし、駐車場などで多用する10km/h程度の速度域ではちょっと重めのステアリング操作力を要求するところもMX-30 M HYBRIDモデルと同じだ。EVだからと過度なチューニングはどこにも行なわれていない。
読者の皆さんがディーラーで試乗される際、もっとも共感されるのは「モーターペダル」とネーミングされた電動モータートルク制御システムの完成度だろう。緻密な制御を得意とするモーター本来の特徴を駆動モーターとして活かすため、流れる電流のON/OFFとなる境界点を極限まで滑らかにすることで、マツダが内燃機関で培ってきた躍度へのこだわりを形にした。
「内燃機関は燃焼工程を経て駆動力を生み出しますから、物理的にアクセルペダル操作に対する曖昧さが残ります。一方、モーターは真逆でアクセルペダル操作に対する遅れを限りなくゼロに近づけることが可能です。われわれの開発したモーターペダルでは、その内燃機関での曖昧さをモーターで再現することで、慣れ親しんだ運転操作の実現を目指しました」とは、マツダ車両開発本部 操安性能開発部 梅津大輔氏の談だ。
モーターペダルの存在価値を高める「ステアリングホイールパドル」
さらに、このモーターペダルの存在価値を高めるのが「ステアリングホイールパドル」。ステアリングコラム左右に配置されたいわゆるパドルシフターの操作で、回生ブレーキによる減速度の調整ができる。それだけでなく、パドル回数に応じてアクセル操作を行なった際の加速度の強弱も同時に行なえるのだ。
左右のパドルはそれぞれ2段階設定され、Dレンジで使用可能。いわゆるイグニッションスイッチを押した状態では、過去の設定がリセットされて標準の中間位置が維持される。
左パドルでは、回生減速度が強まると同時にアクセルONでの加速度が弱まる。右パドルでは、回生減速度が弱まると同時にアクセルONでの加速度が強くなる。
左パドルを2回操作した際の最大減速度は1.5m/s2(最大なので、いつでも1.5m/s2の減速度が発生するわけではない)。よって、国土交通省が「電気式回生制動装置動作時の制動灯点灯」で定める“点灯義務”領域。回生による減速度はメーター読みで7km/h程度でゼロになる。
右パドルを2回操作した際はほぼ回生減速は行なわれず、いわゆるセーリング(ニュートラル位置で走行しているかのような抵抗のない)状態での走行が行なえる。分かりやすく左パドルは下り坂で、右パドルは高速走行で必要に応じてドライバーが操作するとよい。
MX-30 EV MODELには、アクセルペダル操作に対して駆動力を変化させるスポーツモードやエコスイッチなるものはないが、このステアリングホイールパドルの活用でかなり自由度が高められる。しかも、素の状態であるDレンジの標準(左右のパドル操作を行なわない)位置の加減速設定が秀逸! Dレンジでアクセル操作をOFFにした際の自然な減速度は、比較試乗として併走させたMX-30 M HYBRIDとほぼ同じだった。
アクセルペダルから足を放すタイミングから空走区間、ブレーキペダルに足をのせるタイミングに至るまで、まるでEVを意識することのない運転が楽しめた。雪道や滑りやすい路面、さらにはこちらのプロトタイプ試乗レポートにもあるように、初めて走る不慣れな道でも運転操作に集中できるので非常に有意義だ。
加減速時にインバーターが発する高周波音は徹底的に打ち消された半面、あえてトルクの増減を擬似的な音を発することでコントロール性を向上させている。こちらもプロトタイプで利点を実感していたが、日本の公道でも有意義であることが確認できた。
ドライバーによるステアリング操作をきっかけに車両前後荷重をスムーズに行なうG-ベクタリングコントロールプラス(GVC Plus)も、MX-30 EV MODEL用に「エレクトリックG-ベクタリングコントロールプラス」(e-GVC Plus)へと進化した。これまでのGVC Plusでは物理的に難しかった下り坂での積極的な車両挙動制御が可能になるなど、ボディにかかるG変化(≒前後左右の荷重変動)のコントロール領域が広がっている。今回の試乗コースは市街地と都市高速と限定的だったので、e-GVC Plus本来の性能はいずれしっかりレポートしたい。
足が不自由なドライバーも積極的に運転操作が楽しめる「self-empowerment Driving Vehicle」
MX-30 EV MODELでは、足が不自由なドライバーでも両手だけで積極的に運転操作が楽しめる自走車「self-empowerment Driving Vehicle」の開発を現在進行形で行なっている。
ステアリングホイール内側に設けられた「アクセルリング」を押すことでアクセル操作を、左手でシフトノブ右上に設けられた「手動ブレーキシステム」を使いブレーキ操作をそれぞれ行なう。
開発中のプロトタイプながらクローズドエリアで試乗を行なったのだが、足から手に移行したアクセル操作でもMX-30 EV MODELが目指した内燃機関らしさあふれる走行フィールは変わらずに実感できた。
指や掌で押してアクセル操作を行なうアクセルリングは、発進操作がスムーズに行なえるようリング自体を4mm程度押し込むまでは緩やかな加速状態を保つ。じつにきめ細やかな造り込みだ。
手動ブレーキシステムには、左腕の肘あたりが支点になるように腕を半分程度のせる専用のアームレストを配置した。これにより、腕全体で押し込み機能させるブレーキ操作をサポートする。
self-empowerment Driving Vehicleは、ブレーキペダルを踏み込みながらイグニッションスイッチを押すことで一般の運転操作、つまり両手両足を使った運転も行なえる。マツダでは「健常者と足の不自由な人がドライバー役を交代しながら目的地までの移動が楽しめることを目指しました」という。また、専用設計のクルマ椅子(本体重量6kgの超軽量設計)も開発中で、車両そのものも含め2021年秋の市販化を目指す。
筆者は過去、こうした自走車の開発業務を行なっていた経緯もあるが、その都度、先進安全技術のサポートをより多く受けられるとよいと痛感してきた。具体的には、自車周囲に車両や物体などを検出している際には、危険領域とされる閾値を安全側に振る(=制御の早期化)だけでも効果的なのではないかと思う。
また、誤った運転操作によって気が動転していると車載のドライバーモニターカメラで判断された場合には、「エマージェンシーコール」のSOSボタンが自動で機能して、オペレーターとの会話ができるようになる、そんな手段も考えられる。いずれにしろ、装着されている先進安全技術をフル活用することで、車両価格を大きく上げることなくサポート能力を上げることができるのではないだろうか。
昨今の「脱ガソリン議論」について
最後に昨今の「脱ガソリン議論」について。筆者は些か乱暴だと感ずる。電動化することが最大の目的になりつつあるからだ。挙げ句、日本の二輪車にも電動化の規制を! と言い出す始末……。ちなみに、日本のCO2総排出量(2018年度)のうち、二輪車が占める割合は0.0000069%にあたる79万tに過ぎない(同年度の東京都の総排出量は6393万t)。
本来の目的はトータルでの温室効果ガス削減にある。そのために給電・充電・発送電を、国や地域の特性、さらには乗り物のあり方・使われ方などから逆算して導入プランを考えることが筋道のように思う。そうすることで、早期にEV含めた電動化を進めることがふさわしい国と地域が、その手段を含め初めて見えてくるのではないか。そこには内燃機関との共存も当然、視野に入る。
もっとも、世論を一気に動かすために、功罪ありと知りながら脱ガソリンの狼煙をあげることは、政権奪取やビジネスの上からすれば正論なのだろう。しかし、「実質カロリーゼロ!」じゃないが、まことしやかにニュース記事を彩る「温室効果ガスの排出量、実質ゼロ」というフレーズは、まるで雲を掴むようだ(理屈は分かるが……)。これなら、メリット/デメリット双方多数ながらCOP3(地球温暖化防止京都会議)で話題となったキャップアンドトレード(温室効果ガスの排出権取引)のほうが、よほど分かりやすい。
これまで、内燃機関中心で進められてきた人や物の移動プロセスを、自国や特定地域で培った電動化への強制転換プログラムをもってしてディファクトスタンダード化を狙うことは決して公平な選択ではない。自動車業界に籍を置く者として、本来の目的を見失うことなく電動化については今後も正しい情報を見極め、発信していきたい。
今回の試乗は短時間で限定的であったが、これまでマツダ自身が正しいと主張してきた運転環境をEVでも達成したことが最大のニュースだ。「意のままに走る」という表現は、無味乾燥のように思えるが、じつは毎日の運転を1日でも長く続けていくために大切な要素だ。
一方で、MX-30 EV MODELでは航続可能距離での課題が残る。欧州の民間団体によるシビアコンディションの走行テストでは150km程度という結果も出ている。しかし、ここは近い将来(3年程度か?)への事実上の棚上げでもよいと筆者は判断する。次世代リチウムイオンバッテリーや全固体電池のあり方など、技術昇華に委ねる部分であるからだ。なにより今回、マツダから新たな“EVらしさ”が世に示されたことは本当にすばらしい一歩だと思いました。