日本GPへ向け、タイトル争いは混迷へ

新たな方向性を見せたインディジャパン
 F1日本GPに先立つ9月19日、ツインリンクもてぎで「インディジャパン 300マイル」が開催された。レースの詳しい様子は、別のところに書かれているので、ここでは触れない。だが、特筆すべき点があり、しかもF1とも関わりがあることなので、まずこのことを触れておこうと思う。

 主催者発表によると、決勝当日は5万4000人の観客だったという。たしかにここ数年より観客数が増えたことは、グランドスタンド裏の人出で伺えた。佐藤琢磨選手のファンと思える人も多かった。何人かとお話すると、大部分が初めてインディカーを見に来た人たちだった。そして、「楽しかった」と肯定的なコメントばかり。オーバルレースへの「ただ同じところを回っているだけ」という偏見も、食わず嫌いだけだったという声が多かった。

 確かに、レースはとてもハイレベルな接近戦が展開され、ピットストップもエキサイティングだった。また、レース以外の時間も、ドライバーをはじめチーム関係者もできるかぎりオープンかつ積極的にファンと交流しようとしていた。土曜日には、IRL(Indy Racing League、インディカーシリーズの主催団体)による公式のドライバーサインセッションが開かれ、これは公式スケジュール上、ドライバーズミーティングと同様に「全ドライバー参加義務」とされていた。

 「ファンの皆さんがいるから、そこにスポンサーがついてきてくれる」とインディカー関係者たちは言う。プロフェッショナルなモータースポーツとはかくあるべきという姿勢だった。これが、実際にスーパースピードウェイに足を運んだお客様に伝わったのだと思う。またツインリンクもてぎも毎年、幼稚園から高校まで、多くの学校を招待し、レーシングカーの魅力を伝えていた。これも、次の世代のファンを育成すると言う点で、とても重要な活動であると思う。

 IRLとツインリンクもてぎの活動は、F1をはじめ国内のモータースポーツを含めて、「ファンの皆さんとの接点」「ファンの皆さんのため」という点で参考になることが多かった。

フェルナンド・アロンソ

面白くなってきたチャンピオン争い
 F1もインディカーに負けない面白さが出てきている。その最大要因は、フェラーリの復調とアロンソの活躍だ。

 フェラーリはベルギーGPからかなりの改良を施していたのだが、荒れた天候でその本領を発揮できなかった。しかし、地元イタリアGPでその実力をはっきりと出してきた。予選、決勝とも、アロンソはレッドブル勢に優る速さを見せた。レッドブルRB6とフェラーリF10との性能差もかなり縮まったようで、そこにアロンソの巧者ぶりが加わった。

 超高速コースのモンツァでは空気抵抗を減らすためにダウンフォースを減らすので、無理した走りになってミスをすることがある。予選でのアロンソは、これを念頭に攻めすぎない走りにして、ミスをしないことを心がけたという。これがポールポジションにつながっていた。決勝でも、バトンのマクラーレンMP4-25に負けないラップタイムを叩き出していた。

 フェラーリチームも、マクラーレンの動きを見て最適なピットストップ戦略を実行し、ピットクルーはマクラーレンを上回る速さで作業を行った。

 フェラーリはここへきてチームのまとまりが高まった。これは、イタリアGPでアロンソがポールポジションを獲得したときから、とくにその求心力が高まり、優勝したことでさらに洗練されたように見えた。そして、この効果はシンガポールGPにも現れていた。

 超高速のモンツァから低速の市街地コースのシンガポールになっても、フェラーリチームの勝負強さは変らなかった。F10も幅広い対応能力を備えたことがうかがえた。これが、アロンソの2連勝に貢献した。

マーク・ウェバー

 レッドブルはここへきてやや失速気味に見える。ベルギーではフロントウイング、イタリアではコクピット下のダミーフロアの車検規制が厳しくなったことで、RB6の空力的優位が削がれたとする声もある。だが、それよりもフェラーリやマクラーレンの性能向上による結果だと思える。

 また、ドライバーもチームも「まだチャンピオンを獲ったことがない」という、心理的な弱点があるようにも見えた。ただし、マーク・ウェバーはとても手強そうだ。これまでは「退屈なレースは嫌いだ」と言い、先行逃げ切りのレースを得意としたウェバーが、「これからは退屈なレースをする」と、ポイントを計算しながら、0ポイントになるリスクを避ける戦いを選択した。この成長ぶりは、これまでの歴代チャンピオンがたどって来た「王道」であるからだ。

 セバスチャン・ベッテルは、速さと才能に恵まれているが、一所懸命になるあまり、オーバードライブとミスを招いているようだ。ルイス・ハミルトンもそうだが、究極の走りに熱心になることも大切なのだが、落ち着いて、状況に応じた展開と走りが必要に思えるし、これができないとこの2人は終盤戦により大きなリスクを追うことになってしまうだろう。

 バトンはMP4-25のマシンバランスが合えば、イタリアのような速さも出せる。また、ウェバー同様着実にポイントを稼ぐことができるドライバーなので、マクラーレンのマシン次第では、終盤追い上げてくるかもしれない。

セバスチャン・ベッテル

王座獲得への生き残りレース、鈴鹿
 さて、もうすぐ鈴鹿サーキットで日本GPが開催される。ウェバー、アロンソ、ハミルトン、ベッテル、バトンのランキングトップ5が、わずか25ポイント差のなかにひしめいている。優勝が25ポイントなので、鈴鹿での勝利と、他のドライバーの結果次第で、このトップ5の順位は大きく変わることになる。場合によっては、ここで王座争いから大きく遅れるか、脱落するものがでるかもしれない。しかも、鈴鹿はシーズンのなかで最も難しいコースだとドライバーたちは言う。

 事前の予想では、レッドブルRB6が鈴鹿のコースでは圧倒的に有利とされた。だが、フェラーリF10もオールラウンドな速さと、チームの勝負強さを見せてきている。マクラーレンは鈴鹿に向けて、さらなるアップデートを投入してMP4-25の速さを増そうとしている。

 5人のドライバーたちは、実力ではほぼ拮抗していて僅かな差しかないだろう。昨年はベッテルが圧勝し、その陰でウェバーは決勝でテスト走行役に徹していた。レース終了後、ウェバーは「来年は」と鈴鹿での雪辱を期していた。ベッテルの鈴鹿2連勝となるのか、ウェバーか?アロンソか?マクラーレンの2人か?あるいは、マッサら他のドライバーが征するのか? 最もチャレンジングなサーキットを攻めるドライバーたちの走りは必見だ。

ザウバーC29

日本人たちへの期待
 昨年ティモ・グロックの代役としてフリー走行を走った小林可夢偉は、1年を経て大きく成長して鈴鹿に戻ってくる。ザウバーC29は決して乗りやすいものではなく、むしろ難しいマシンだ。それでも、小林はこれまで21ポイントを獲得している。しかも、果敢な走りで、世界中のF1ファンを魅了している。ベルギーGPに行った際も、ヨーロッパのファンたちから「カムイはファンタスティックだ!」という声が多く聞かれた。地元鈴鹿での走りはどうなるだろう。C29は決して楽なマシンではないが、そのマシンの性能の最大限を引き出す小林の走りは、予選、決勝とも見逃せない。

 山本左近は、ヒスパニア・レーシング(HRT)からの出走となる。しかし、HRTのマシンは、もとから戦闘力がないうえ、開発が停まったままである。また、山本はフリー走行でのセットアップ作業や、決勝での完走優先の走りなど、チームプレーに徹してきた。しかし、鈴鹿は山本がカート時代から育ったところで、よく知ったコースである。チームメイトよりよい結果を出そうとするだろう。唯一の心配は、HRTチームのマネージメントが不安定で、ドライバーを簡単に入れ替えようとすることだけだ。

 今年の日本GPでは、日本人ドライバーに格段の期待と声援を送りたい。

 日本はこれまでアジアでのモータースポーツのリーダーだったが、それに陰りが出ているからだ。FIAのモータースポーツ部門での役職は、アジア地区からは日本ではなく中国やマレーシアから選ばれるようになってしまった。アジアでのF1開催も、今では日本だけではなくなってしまった。自動車メーカーのF1参戦もなくなり、高性能なタイヤを安定供給してきたブリヂストンは、今季限りでF1へのタイヤ供給を満了する。経済でもGDPで日本は中国に抜かれているという(GDPの統計方法が異なるので、正確な比較はできないのだが)。

 これまで先人達が長年培ってきたものを、ここで潰してはならない。そして、かつて鈴鹿でF1を観た少年が佐藤琢磨としてF1やインディカーで活躍するように、次の世代に夢と希望を託さなければならないはずだ。小林可夢偉も「ここで自分が終わったら、子供たちの夢も終わってしまう」という自負を持って、今年のF1に臨んでいる。

 未来のためにも日本GPでの日本人達の活躍を期待したい。

小林可夢偉

日本GPでのさらなるポイント
 日本GPにはさらなるポイントがある。それは、鈴鹿サーキットの観客を迎える姿勢だ。木曜日にはピットウォークがあり、幅広い世代のファンにピットを見てもらえるようにしている。

 ただ、F1の場合、インディカーと違って、ガレージから遠いところにフェンスを立ててしまうのが残念なところだ。サーキットがファンのためになにかをしようとするときに、チームはもっと協力すべきだろう。少なくともFOTAは昨年の分裂騒ぎのときに「ファンのために」という言葉をひんぱんに言ってきたのだから、それを実行すべきだろう。

 ドライバーのサイン会もある。以前はファンを無視して、義務的に(イヤイヤ)サインをしている態度のドライバーもいた。しかし、最近ではニコ・ロスベルクを筆頭に、ファンに対して積極的にサービスとアピールする自覚あるドライバーも増えている。これはとてもよい傾向だ。だが、F1関係者やドライバーは、1度インディカーの様子を見て、参考にすべきだろう。もっと改善すべき点が沢山でてくるはずだ。

 日曜日のドライバーズパレードは、日本国内にある貴重なクラッシックカーが集まり、ドライバーを乗せてパレードする。これも、「楽しいイベントにしたい」と思うオーナーの人達と、それをとりまとめるフィオレンティーナ470クラブの皆さんの情熱のたまものである。

 いずれにせよ、日本GPは今季の王座を占う重要なレースであり、日本のモータースポーツ界の未来と夢を賭けた戦いになるだろう。

 3日間のうち何日かが雨になる可能性もあるが、それもまた展開を面白くするだろう。サーキットに行く人は天気予報のチェックと雨や寒さ対策も大切だろう。そこまでしても、観る価値は充分あるイベントだ。

 それでは、鈴鹿で。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2010年 10月 1日