特別企画

【WTCC 日本ラウンド特別企画】横浜ゴムのWTCCへの取り組みについて聞く

新しく導入された18インチタイヤがレースをより面白くする

 ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)は、日本のトップカテゴリーであるSUPER GTへの熱心な取り組みだけでなく、全日本F3選手権などの育成カテゴリー、さらにはラリー、ダートラといった草の根モータースポーツなどにも熱心に取り組んでおり、横浜ゴムなくして日本のモータースポーツは成り立たないというほど重要な存在のタイヤメーカーだ。その横浜ゴムがグローバルなモータースポーツ活動として熱心に取り組んでいるのが、WTCC(世界ツーリングカー選手権)で、横浜ゴムは2006年のワンメイク供給開始から実に9年に渡り供給を続けており、すでに来シリーズまで10年連続で供給を続けることが決まっている。

 そのWTCCへのタイヤ供給を現場で担当しているのが、横浜ゴムの関連会社でヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 開発本部の渡辺晋氏と金子武士氏のお2人だ。WTCCが開催されるたびに日本から欧州や中国にと出張の連続で忙しいお2人に時間を割いていただき、今年のWTCCタイヤについてお話を伺う機会を得たので、今シーズンのWTCCについて、そしてWTCC用のタイヤについて解説を受けてきたので、その模様をお伝えしたい。

ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 開発本部 渡辺晋氏(右)と金子武士氏(左)

空力パーツの付加が可能になって、より迫力が増した2014年のWTCC

 FIA WTCC(World Touring Car Championship、世界ツーリングカー選手権)は、その名のとおり市販されているツーリングカーを利用してレースをしようというシンプルなチャンピオンシップで、日本で言えばスーパー耐久(S耐)に近いレースだと言える。FIAが公認している4輪の世界選手権は、カートを除けばF1世界選手権、世界耐久選手権(WEC)、世界ラリー選手権(WRC)、世界ラリークロス選手権、そしてこのWTCCと5つしかなく、世界チャンピオンの称号をかけて毎年熱い戦いが繰り広げられている。

 そのWTCCは、2005年に近代のシリーズ(1990年代にも同名の選手権が行われていたが、今の選手権とはほぼ関係ない)が始まって以来、市販されているツーリングカーを利用したレースとして、相手をはじき出さない程度にバンパーやボディーをぶつけ合うことは許される激しいレースが展開されている。このため、レースを見慣れた“通”なファンに人気が高いのが特徴だ。このWTCCは、2008年から岡山国際サーキットで、そして2012年からは鈴鹿サーキットで日本ラウンドが毎年開催されており、さまざまなレースを見て目が肥えている熱心なファンが多く詰めかけるイベントとして定着している。

 2014年から車両のレギュレーションが大きく変わっており、昨年までの車両とはまったく異なる新型車両が導入されている。TC1と呼ばれるその車両は、エンジンに1.6リッターターボエンジンを採用するという大枠は変わっていないのだが、エンジンの最高出力が60馬力上がって380馬力になった。ボディーに関しては完全に見直されており、新たに空力パーツ(例えばオーバーフェンダーの5cm拡大など)を付加することが可能になっている。これにより、見た目はそのあたりの街を走っているツーリングカーから、見ていてより迫力があるスタイルへと変貌を遂げているのだ。もちろん、外見だけでなくエンジン出力も上がったことで、より“速いクルマ”になっており、多くのサーキットで昨年より数秒程度ラップタイムが速くなっている。

2014年からの新レギュレーションで空力パーツなどが大幅に変更され、迫力あるスタイルになった(写真はWTCC 第6戦 ロシアラウンド)
2013年のマシンは派手なカラーリングが施されているものの、2014年のマシンと比較すると市販車に近いフォルムを残している(写真は2013年のWTCC 日本ラウンド)

 このWTCCのTC1の車両をマニファクチャラー(製造メーカー)として提供しているのが、昨年からの継続参戦となるホンダとラーダ(ロシアの自動車メーカー)、今年から参戦したシトロエンだ。それに加えて、一昨年までシボレーのワークスチームとしてマシンを走らせていたRMLが、シボレークルーズをベースとしたTC1車両を作成してプライベートチームに供給している。これにより、プライベートチームの多くもTC1車両を入手することが可能になり、ワークスチームと互角に戦っていく環境が整えられている。

 なお、これと同時に横浜ゴムがスポンサーになった昨年までの車両(TC2と呼ばれる)を利用したプライベーター向けのクラス「ヨコハマトロフィー」も用意されている。若手ドライバーや参戦資金に乏しいチームなどはこちらに参戦して、ヨコハマトロフィーのチャンピオンを目指すということも可能になっている。

 WTCCのレースは、基本的に週末に予選(Q1、Q2、Q3と3段階で行われ、Q3は1台ずつのアタックとなる)と2回の決勝レースが実施され、1つのレースは60kmの距離で行われる。決勝のグリッドは、レース1は予選の順番どおりに、レース2は予選の上位10台がリバースグリッドとなる形でスタートする。なお、昨年までの鈴鹿サーキットでの日本ラウンドは東コースで行われてきたが、今年はフルコース(約5.8km)で行われることになるので、周回数はそれぞれ11周ということになる。

リム径だけでなく、外径も大きくなって迫力が増した新18インチタイヤ

 そうしたWTCCへの横浜ゴムの取り組みは、実に9年に渡る長い取り組みになっている。横浜ゴムは2006年シーズンからシリーズのオーガナイザー(EURO SPORTSというヨーロッパの放送局)と契約して、ワンメイクでのタイヤ供給を開始した。そこから9年に渡り安定してタイヤ供給を行っており、契約を何度も更新しつつここまで供給を続けてきている。現行の契約は2015年まで有効とされており、そのとおりに履行されれば2015年までの10年に渡って横浜ゴムがWTCCの足下を支えていることになる。

 そんな横浜ゴムのWTCCの取り組みだが、今シーズンは供給開始以来となる大きな転換期を迎えることになった。というのも、2006年にワンメイク供給を開始してから、ずっとリム径(ホイールのサイズ)が17インチのタイヤを供給してきたのだが、2014年シーズンからは1インチアップした18インチのタイヤが使用されることになったからだ。

2014年からタイヤが18インチにインチアップした背景などを解説する渡辺氏

 インチアップの背景について、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 開発本部 WTCC・欧州 技術担当 プランニングマネージャー 渡辺晋氏は「18インチ化はシリーズのオーガナイザーからの要請。2014年から新規定を導入することで、クルマを格好よくしたい、音も迫力があるようにしたいという意向があり、それに合わせた形で(タイヤを)18インチ化できないかと相談された。シリーズを支えるタイヤサプライヤーとして、それに応じないといけないと考えた」と述べ、18インチ化した背景が、オーガナイザーから出された“より迫力あるレースを”という要求に応じた結果だとした。

 実は18インチ化の要請は以前からあったのだと渡辺氏はいう。「それ以前の17インチの時代にも、18インチ化できないかと要請はあった。しかし、外径をそのままで18インチ化すると高さがかなり低いタイヤになり、耐久性が低下したり、チームのセットアップの幅が狭くなることが予想されていた。やるなら、外径も1インチ大きくしないといけないという話を常にしていた」(渡辺氏)と、外径をインチアップせずにリム径だけをインチアップするとレースの面白さを損なってしまう可能性があると判断していたのだという。しかし、仮に外径もインチアップするならタイヤ自体が大きくなってしまい、今度は車両のホイールハウスやサスペンションを大きく改良する必要があり、車両メーカー側の負担が増えることになるため、難しかったのだ。

 しかし、今年は新しい車両規定(TC1)が導入されたので、車両メーカーに対してタイヤハウス側を新しい18インチタイヤを前提に設計してもらうことが可能になった。「新しいTC1ルールの導入時に新しいサイズのタイヤを提案し、オーガナイザー、車両メーカー側のコンセンサスがとれて導入できることになった。新しい18インチタイヤはリム径が18インチになっているのはもちろんだが、外径に関しても従来の17インチタイヤと比べて2インチ大きくなっている」(渡辺氏)と、リム径に合わせて大きくなっただけでなく、さらにサイドウォールを1インチ大きくして、都合2インチ分大きくなっているという。具体的に言えば、2013年までの17インチタイヤは、サイズ的には240/610 R17(幅/外径[mm]ラジアルとリム径[インチ])というサイズになっていた。これをそのまま18インチ化すると、タイヤの外径も+1インチとなる635mmになるのだが、実際にはさらに+1インチ(合計2インチアップ)となっているため、外径は660mmになっているという。幅もそれに合わせて大きくなっており、250/660 R18というのが今年のタイヤのサイズだという。

 外径、幅、リム径とそれぞれのサイズが大きくなっているので、車両に装着すると昨年よりも迫力が増しているという。すでに述べたとおり、今年の新型車両のTC1/2014自体がより迫力ある車両になっているので、タイヤのサイズアップと合わせてさらに格好よい外観になっている。ぜひとも鈴鹿で実際に確認してみたいところだ。

タイヤの耐久性をキープし、チーム戦略に自由度を持たせるため、18インチ化に合わせてタイヤの外径を2インチアップ。横幅が増えて摩耗も減っている

大型化で余裕が出て攻めることができるが、意外にもチーム間のセッティングの差は小さい

 そうした18インチ化のメリットだが、渡辺氏によればタイヤの空気圧設定の自由度が増すことと、キャンバー設定の自由度が増すことの2つがあるという。「17インチ時代には最低空気圧がほぼ決め打ちになっており、空気圧を下げれば下げるほど接地面積が増えるのでグリップは高まるが、そのまま走っていると最後はタイヤが壊れてしまうという状況だった。このため各チームでは、タイヤが壊れないギリギリの空気圧まで攻めていた。しかし、新しい18インチでは耐久性が高くなっているので、空気圧を下げようと思えば結構下げることができるのだが、タイヤによれが出てしまう傾向がある。このためチームによって、レスポンスがわるくなるよれを許容してもグリップが欲しいチームは空気圧を下げることができるし、その逆にレスポンスを稼ぎたいチームは空気圧を高めに設定することもできる」(渡辺氏)と、空気圧やキャンバー設定などでチームのセッティングの自由度が上がっているのが、今年の18インチタイヤのメリットなのだという。

 しかし、現実の今シーズンのレースを見ていると、これまでのところほとんどのチームで大きな違いはないと渡辺氏は語る。「チームはタイヤメーカーに対して、競争上の観点からセッティングの情報を開示してくれないのだが、見える範囲で確認した限りでは、どのチームも落ち着いてしまっているのが現状で、むしろ17インチ時代の方がバリエーションがあったぐらいだ。また、17インチ時代はサーキットによる違い、例えばストレートが多いモンツァでは空気圧を高めにするなどの違いもあったのだが、それも今のところ小さいと考えている」(渡辺氏)と、横浜ゴムの思惑とは裏腹に、チーム間、サーキット間での差はあまり多くないという。

これまでの8ラウンドで目撃してきたタイヤの使われ方について紹介する渡辺氏と金子氏

 渡辺氏によれば、今年のシーズンは新型車両に新型タイヤという、チームにとってはどちらも初めての組み合わせで、毎戦違うサーキットを転戦しているような現状であるため、チーム側にデータの蓄積がなく、タイヤの設定まで攻めるほどセッティングが煮詰まっていないのが現状ではないかということだった。逆に言えば、シーズンの終盤戦に設定されている鈴鹿の日本ラウンドや来年以降に関しては、車両のセッティングも煮詰まってくると考えることができるので、そろそろタイヤの設定を攻めてくるチームも出始めてくるのではないだろうか。

 なお、タイヤの摩耗状況に関しては、基本的には昨年までの17インチと同じような傾向であると渡辺氏は説明する。「17インチ時代と同じコンセプトで作っている。レース開始から2~3ラップあたりで最速タイムが出て、その後は安定して性能を発揮し、最終ラップで1秒程度の落ちに納まるように設計している」(渡辺氏)との説明。去年までと同じように最初の数ラップでニュータイヤの美味しいところが使えて、最終ラップあたりにちょっと垂れてくるようなタイヤというコンセプトになっている。このため、ドライバーの使い方により、タイヤの性能の落ち方なども変わってくるはずで、終盤までに誰がきちんとタイヤを使えるのか、そこに注目してレースを見ると、より楽しめるのではないだろうか。

新しいヒーローも誕生したWTCC。鈴鹿ではタイヤの使い方がレースの鍵になる

 さて、こうしたWTCCのシーズンだが、この記事を書いている時点(9月末)では第8ラウンドのアルゼンチン戦までが終了している。日本ラウンドは第11ラウンドとなるが、日本ラウンドの前には中国で2ラウンドが行われる予定になっており、日本ラウンド後の11月中旬にはF3マカオGPと併催でWTCC最終ラウンドが開催予定。

 今シーズンの展開だが、最大限に控えめな表現をしてもシトロエンの独走に次ぐ独走というレースが続いている。実際、シトロエン以外の車両が勝ったのは第3ラウンド(ハンガリー/ハンガロリンク)のレース2で、ジャンニ・モルビデリが操るシボレー RML Cruze TC1が1度勝ったというそれだけだ。それ以外のレースは、いずれもシトロエンのC-エリーゼ WTCCに乗るドライバーが勝っており、まさに圧勝と言ってよい状況だ。

 ただ、今シーズンがこうした展開になることはあらかじめ予想されていた。というのも、シトロエンが揃えているドライバーはいずれも強力で、かつ、ほかのメーカーが新車のテストを今年から始めたのに対して、シトロエンは昨年の秋にはもう走らせていたからだ。そのシトロエンでカーナンバー1をつけて走っているのは、2008年、2010年、2011年、2013年と4回のチャンピオンに輝くイヴァン・ミューラー。2人目はWRCで9年(2004年~2012年)連続ワールドチャンピオンに輝いたセバスチャン・ローブだ。2人合わせてワールドタイトル13回という実績は、誰にも文句のつけようがない強力なラインアップだ。

 だが、中国ラウンドを前にポイントリーダーになっているのはこの2人ではない。現在のポイントリーダーは、アルゼンチン人のホセ・マリア・ロペスだ。ロペスはアルゼンチンのツーリングカーレースなどで無類の強さを発揮している“アルゼンチン一速い男”。日本のファンに分かりやすく表現するなら“アルゼンチン版星野一義”といった存在で、F1で走っていても不思議ではない実力を持ちながら、これまでローカルヒーローだったドライバーがロペスなのだ。ちなみに、2010年にUSF1チームがF1にエントリーしたときにドライバーとして契約したのがロペスだったが、USF1の計画自体が頓挫したため彼がF1を走ることはなかったというエピソードもある。

「レースの世界では勝たないとダメなのだと実感した」と語る金子氏

 今年から渡辺氏と共にWTCCを担当するようになったヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 開発本部 金子武士氏は「開幕戦で自分も初めてWTCCのレースに立ち会ったとき、正直、ロペスの周りには報道関係者もいなくて注目されていなかった。しかし、毎レース、毎レース結果を残していくに従ってヒーローとして扱われるようになり、どんどん変わっていったのが印象的だった。レースの世界では勝たないとダメなのだと実感した」と語り、ロペスが毎戦注目度が上げていく様子に感銘を受けたという。実際、ロペスは直近の地元アルゼンチンでのレース1、レース2完全制覇などを含むシーズン7勝(全16レース)を挙げており、2位のイヴァン・ミューラーに60ポイント差というダントツのポイントリーダーとなっている。

 もちろん、鈴鹿サーキットはホンダの地元であることは誰もが知るところで、ここまで勝つことができていないホンダ勢(ワークスチームのガブリエル・タルキーニ/ティアゴ・モンテイロ、プライベートチームのノルベルト・ミケルズ/メディ・ベナーニ)の巻き返しにも期待したいところだ。

 今回の鈴鹿サーキットでの日本ラウンドは、見所はやはりフルコースになるという点にありそうだ。というのも、昨年までのレースは東コースというほぼ右コーナーだけしかないコースレイアウトで行われていたが、フルコースの場合には、右も左もあるバラエティに富んだコースとなる。渡辺氏によれば「多くのコーナーでオーバーテイクがあると予想している。ヘアピン、スプーン、シケインなどどれもオーバーテイクの可能性がある。タイヤ側から見れば、東コースのときは左のフロントタイヤだけをグリグリ使うレースとなっていて、WTCCのサーキットのなかでも最も摩耗するコースの1つになっていた。18インチになって摩耗も減っているが、鈴鹿の荒くグリップの高い路面を、例えば130Rなどのコーナーで高い加重をかけたまま滑らせて回ったりすれば、摩耗が一気に進む可能性はある。そうなると、レースの終盤にタイヤの使い方の違いで差が出てくるかもしれない」とのこと。WTCCのチームやドライバーにとって初めてとなる鈴鹿フルコースで、どのようにタイヤを使ってくるのか、そこが鍵になるだろうと説明してくれた。

 WTCC 日本ラウンドは、10月25日~26日の2日間に三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで開催予定で、すでにチケットの販売が開始されている。今年もスーパー耐久と併催になっており、WTCCだけでなく、スーパー耐久のレースも楽しめる。チケットは2日間有効な前売観戦券が大人5200円(ゆうえんちモートピアパスポート1日利用可)、中高生1700円、小学生800円、3歳以上~小学生未満600円。エリア席券、パドックパスなどは別売り。チケットは鈴鹿サーキットのWebサイト(http://www.suzukacircuit.jp/wtcc_s/ticket/)などで販売されており、馬力アップ+ワイドボディー+18インチタイヤでより迫力が増したWTCCを体感してみたいという人は、ぜひ現地に足を運んで楽しんでいただきたい。

 また、この日本ラウンド開催にあわせてCar WatchとデジカメWatchでは、「WTCC(世界ツーリングカー選手権)フォトコンテスト」(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140926_668477.html)を開催。レースの迫力やバトルの緊張感を写真に収めて応募してみるのもよいだろう。

笠原一輝