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日本初公開、独創的かつ革新的な「HondaJet」の特徴と歴史を解説
細部写真も多数掲載
(2015/4/24 00:15)
4月23日、「HondaJet(ホンダジェット)」が羽田空港に飛来し、日本で初めて機体が公開された。HondaJetは、さまざまな先進的設計により、同クラスの従来機と比較して17%の燃費低減と30%の室内空間拡大、クラス最高の速度と高度を達成した革新的な航空機である。
HondaJetの開発を率いたHonda Aircraft Company(ホンダエアクラフトカンパニー)の藤野道格社長が、航空機設計技術の進歩に寄与した人や団体に贈られるAIAA(米国航空宇宙学会)の「Aircraft Design Award」を日本人で初めて2012年に受賞し、また2014年には航空宇宙分野で技術革新をもたらした個人に贈られる「ケリー・ジョンソン賞」をこれも日本人で初めて受賞したことからも、HondaJetがいかに独創的で革新的であるかが示されている。
羽田空港で開催された発表会については別記事を参照していただくとして、本記事では、HondaJetに用いられている主な先進技術と、それに至るまでのホンダの航空機開発の歴史について解説していく。
本田宗一郎の夢、小型ビジネスジェット機「HondaJet」が羽田空港に初飛来
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20150423_699300.html
エンジン配置
HondaJetの外観上の最大の特徴は、主翼上にエンジンを配置する形態であろう。このクラスのプライベートジェットであれば、胴体後部横にエンジンを2基配置したものが多いが、HondaJetでは主翼上面から後方にせり出した形状のパイロン上にエンジンを載せるという他に類を見ない配置となっている。胴体後部にエンジンを取り付ける場合、胴体側に支持構造が必要となるが、HondaJetでは主翼上配置とすることで胴体での支持構造が不要となり、室内空間や荷室を大幅に拡大することができ、またエンジンからの騒音や振動の低減にもつながった。
また、このエンジン配置は空力的な効果もある。主翼上面では、空気の流れは加速されて飛行速度よりも速くなる。そのような空気の流れの速いところに物体があると空気抵抗が大きくなるため、主翼上面には何も配置するべきではないというのがこれまでの定説であった。ところが、ホンダは独自の数値計算と実験により、遷音速域(飛行速度が音速に近く、主翼上面など流れの速い部分では音速を超えるような速度域)では、エンジンナセルを適切に配置すれば、主翼上にエンジンを配置したほうが衝撃波(流れが音速を超えた時に発生する圧力の不連続面で、大きな抵抗のもととなる)の発生を遅らせることができ、造波抵抗(衝撃波による抵抗)を低減させられることをつきとめた。
具体的には、前後位置はナセル前縁と衝撃波発生位置が一致するようにし、かつ主翼上面とナセル下端の間の距離がナセルの最大幅の1/3~1/2にあるときには、ナセルにぶつかることで遅くなった空気の流れと主翼上面の流れの速い空気が適切に干渉し、抵抗を減らすと報告されている(参照:Jornal of Aircraft vol.40, No.6, 2003 “Wave-Drag Characteristics of an Over-the-Wing Nacelle Business-Jet Configuration” Michimasa Fujino and Yuichi Kawamura)。
層流翼と層流ノーズ
流れの中に物体があるとき、物体表面のすぐ近くの流れは、物体との摩擦により流速が遅くなる。このような、物体表面近くの流速が遅い部分を「境界層」と呼ぶ。物体表面近くでも空気の流れが乱れず、表面に沿って綺麗に流れているような境界層を「層流境界層」といい、表面付近で渦が発生して乱流となっている境界層を「乱流境界層」という。
層流境界層は、空気抵抗が小さくなるという利点があるが、表面の汚れや流れの変化に敏感で剥離(失速)しやすいという欠点がある。一方、乱流境界層は空気抵抗が大きくなる半面、物体表面付近の流れにエネルギーが供給されるため、剥離しにくい。
層流境界層となるような翼形状は古くからいくつか提案されてきたが、いずれも上述の欠点があり、また頭下げモーメントを発生する、翼厚さが薄い(翼内に搭載できる燃料が少ない)などの欠点もあった。そのため、航空機の翼では、前縁付近は層流境界層である場合もあるが、多くの領域で乱流境界層となるよう設計するのが一般的である(気流が剥離しないよう意図的に渦を起こして層流を崩し乱流境界層に遷移させる、ボルテックスジェネレータを主翼上に配した機種も多い)。
HondaJetでは、これらの欠点を克服した層流翼型「SHM-1」を独自に考案し、数値計算や風洞試験、およびT-33練習機の主翼を換装しての飛行試験を行い、性能を実証した。この翼型は広い層流領域を持ち(全域が層流境界層というわけではない)、高い揚力係数と低い抵抗係数を持つ高性能な翼型であるばかりか、既存の層流翼と比較して頭下げモーメントが小さく、また翼表面上に汚れなどが付着した場合にも性能低下が小さく、失速特性がよい(失速しにくい)上、翼断面積が大きいので燃料搭載量も増えると報告されている(参照:Jornal of Aircraft vol.40, No.4, 2003 “Natural-Laminar-Flow Airfoil Development for a Lightweight Business Jet” Michimasa Fujino, Yuichi Yoshizaki and Yuichi Kawamura)。
層流境界層は表面上のわずかな凹凸で失われ、乱流境界層へと遷移してしまうため、HondaJetの主翼はアルミ一体削り出し外板を用いた非常に滑らかな表面となっている。
また、ノーズ部分もコックピットのウィンドシールド付近まで層流域となるよう設計されており、機体の抵抗も低減されている。コックピット下がやや膨らんだユニークなノーズ形状は、藤野氏がハワイで見かけたフェラガモのハイヒールから着想を得たという。主翼まわりの流れは、翼端部などを除けばほぼ二次元的な流れとなるが、ノーズのような部分では三次元的な流れとなり、前後方向の主流に加えて斜め方向の流れも発生する。そのような状況下では、境界層は乱流に遷移しやすいことが分かっており(境界層の横流れ不安定性という)、HondaJetのノーズ設計では、そのような特性も考慮した上で層流域を拡大させるようこのような形状となっている。
一体成型複合材製胴体
HondaJetの胴体は、一体成型による炭素繊維複合材製となっている。炭素繊維複合材は、炭素の繊維でできた織物に樹脂を滲みこませたもの(プリプレグという)を積層して硬化させたもので、高い強度を持ちながら非常に軽いという利点があり、ボーイング787など旅客機でも大幅に使われ始めている。
HondaJetでは胴体を一体成型とすることで接合部をなくし、より軽量な構造となっている。内側の補強材は、コックピット周辺と尾部は複雑な曲面形状を作れるハニカムを用いて層流ノーズとなる形状を実現し、ほぼ円筒形状となるキャビン部分にはフレームとストリンガー(縦通材)を用いることで客室空間を最大化している。このような2種類の内部構造を持ちながら一体成型をする技術は非常にユニークなものである。
低燃費エンジン「HF120」
HondaJetのエンジンである「HF120」は、世界最高レベルの効率を持つファン・圧縮機を備え、NOxなど有害な燃焼排出物を抑えた低エミッション燃焼器を持つ小型軽量で低燃費なエンジンである。エンジンについての詳細は、下記の記事を参照していただきたい。
ホンダの航空機開発の歴史
HondaJetの偉業は一朝一夕になされたものではない。長年の地道な研究開発の経験あっての成果の結実である。本田宗一郎は、1962年、彼の夢であったという航空機製造への参入を宣言し、国産軽飛行機の設計を募集するなどの活動を開始した。また同年、ガスタービン研究室を発足させ、航空機用エンジンの研究も始めた。その後研究は一時中断されたが、1986年に埼玉県和光市の本田技術研究所に基礎技術研究センターを設立し、小型航空機と航空機用エンジンの研究を本格的に開始した。
当時掲げられたコンセプトは、「Flying Civic」。ホンダの自動車「シビック」のように、コンパクトな機体でありながら十分な室内空間を持ち、快適に自由に空をも移動するという、現在のHondaJetにまさに通ずるスローガンであった。1988年には、既存の単発プロペラ機の主翼と尾翼を独自設計のものに交換した実験機「MH-01」を製作し、飛行試験を行った。
この主翼と尾翼は当時にしてすでに複合材製で、この頃から複合材に着目し、技術を培ってきたことが分かる。そのような先進技術を取り入れつつも、実際に航空機を(既存機の改造ではあるが)作り、飛ばしてみるというホンダらしい現場主義に立ち、航空機設計・製造技術を習得していった。1992年には、世界で初めて機体の全てを炭素繊維複合材製とした完全独自設計のジェット実験機「MH-02」を製作、翌年3月に初飛行に成功した(エンジンはPratt & Whitney Canada社製JT15D-1を2基搭載)。MH-02は全複合材製であるだけでなく、主翼は前進翼(近年の旅客機で一般的な後退翼とは逆に、翼端が翼根より前方にある形態)で、エンジンを主翼上に配置するという非常にユニークな設計であった。MH-02は1996年まで170時間に及ぶさまざまな飛行試験を実施し、航空機の各要素技術からシステム技術、設計プロセスに至るまで膨大な知見をホンダの技術者に残した。
一方、エンジンの研究も並行して進められた。1986年に開発された「1X」はセラミックを燃焼器とタービンに用いた野心的な設計であったが、セラミックは耐熱性が高いが割れやすい材質のため、目標には届かなかった。続いて1987年に開発された「2.5X」は、当時研究開発が盛んであった二重反転プロップ式で、高い推進効率が期待されたが、騒音や安全性の問題があり、また燃料価格の下落でジェットエンジン回帰の流れとなり、開発は中止された。1989年には、2.5Xのプロップをファンに交換し、アフトファン(ファンをエンジン後方に配置する形態)とした「3.5X」が開発され、目標推力の90%以上を達成し、エンジン開発が実を結びはじめた。これら3つのかなり先進的なエンジンの研究活動を経て、1992年から、ホンダは将来の市販も見据えたより実用的な航空機エンジンの開発をはじめた。「HFX-01」と名付けられたプロトタイプは、目標の推力・重量を達成し、耐久試験などを重ねた後、1995年には米国で飛行試験を実施し、実際に空を飛ぶための技術が蓄積された。
こうして機体・エンジンの技術を着実に習得してきたホンダは、1997年、市販化を目指した「HondaJet」プロジェクトを正式に開始した。HondaJetの試作機(登録記号N420HA)は、独自開発のHF118エンジンにより2003年12月に初飛行を遂げた。2004年には市販化に向け、米国GEとホンダが共同でエンジン開発と販売にあたることが発表され、GE Honda Aero Engines社が設立された。機体の飛行試験も進められ、2006年7月にHondaJetによる航空機市場参入が発表された。同年10月から受注を開始し、現在までに100機以上の受注を得ているという。2010年12月には、GEとホンダの共同開発であるHF120エンジンを装備した、量産型初号機(登録記号N420HJ)が初飛行を行い、型式証明取得に向けた飛行試験を開始した。以降4機による飛行試験と、2機の地上試験機による荷重試験などが行われ、2013年12月にはHF120エンジンの型式承認をFAAから取得し、本年3月には機体の事前型式証明が交付され、まもなく型式証明も取得見込みである。
2012年10月からは顧客に納入される量産1号機の製造が開始され、同機は2014年6月に初飛行を行った。本田宗一郎が夢見た航空機産業への参入は、いよいよデリバリー(納入)開始までもう目前といった状況である。