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高橋敏也、「サイバードライブアカデミー in カロッツェリアベース」でカーナビのルート探索アルゴリズムについて学ぶ
CDL研究員の最初の研究テーマは「ルート」だった
(2015/3/10 00:00)
サイバードライブラボ(CYBER DRIVE LAB)、通称CDL。このCDLはカロッツェリア(パイオニア)によって設立された、ドライブをエンタテインメントする研究所である。まあ、研究所といっても堅く考える必要はない。CDLの研究員は、カロッツェリア製品のユーザーが対象となっており、カロッツェリア製品のユーザーであれば、製品の種類や使用歴にかかわらず誰でも気軽にエントリーできる。ドライブを楽しもうという気持ちあるなら、研究員としての資格を満たしている。だからこそ、私も研究員になれた訳だが。
そしてそのCDLからは、実にさまざまなWebサイトコンテンツやイベントが提供され、研究員たちが任意に参加している。カーオーディオミーティング、TOKYO AUTO SALONの研究員ツアー、神戸でのミーティングなどなど。私も研究員としてCDLのコンテンツには積極的に参加しているのだが今回、新しいコンテンツが提供された。それが「サイバードライブアカデミー」だ。「アカデミー」には「学会」といったような意味があり、イメージとしては「共に研究する、学ぶ」といった雰囲気だ。その「サイバードライブアカデミー」が、初めて聞く「カロッツェリアベース」で開催されるという。
実に興味深い。このアカデミーで取り上げられるテーマは後ほど紹介するとして、気になるのは「カロッツェリアベース」である。JR南武線の鹿島田駅から徒歩約10分の場所にあるというのだが、どうやら一般公開はしていないらしい。募集人員も「若干名」とあり、少人数で濃い話をする雰囲気がプンプン漂っている。これはもうCDL研究員として、参加しない訳にはいかないだろう。という流れで私は2月中旬に初開催となった「サイバードライブアカデミー」に参加したのである。
ちなみにCDLの研究員には、それを示すためのネームプレートが提供される。そしてイベントに参加すると、そのネームプレートの裏に参加証ならぬ参加シールを貼ってくれるのだ。私の場合、今回のサイバードライブアカデミーを含めて計4枚のシールが貼られている(参加を逃したのは神戸のミーティングのみ!)。某パン祭りではないが、このシール集めもCDL研究員の秘かな楽しみの一つ。いやいや、決してシール欲しさに参加しているのではないので念のため。
テーマは「ルート」
カーナビ、カーナビゲーションシステムにとって最重要機能は「ルートを示す」ことだと私は思っている。もっとも最近のカーナビは多機能化が進み、AVプラットフォームを兼ね、なおかつネットワークを介してさまざまな情報をユーザーに提供してくれる。だが、カーナビがカーナビたる所以はナビゲーション、すなわち設定された目的地までのルートを指し示すことだと思うのだ。
そして記念すべき第1回サイバードライブアカデミーのテーマは「ルート」。「√か?」というボケはそっと封印するとして、要するにカロッツェリアのカーナビで目的地を設定した際に示されるルートが、どのようにして決められるのか? その仕組みを直接開発者からレクチャーしてもらい、CDL研究員で語り合おうということなのだ。
このルート探索、素人の私だって大変な作業(計算処理)というのは理解できる。目的地まで通じる複数のルートを見つけ出し、その中から例えば最短距離のものを選び出す。そして必要に応じて渋滞情報を考慮しなくてはならないだろう。目的地が遠くなればなるほどルートの候補は増えるだろうし、有料道路の有無なども関係してくる。カーナビの中でこうした情報がどう処理され、どうやってルートを決めるのだろうか? 実に興味深いテーマだ。
この「ルート」に関して最初に解説を行ってくれたのが、パイオニア カー市販事業部マルチメディア事業企画部の矢野さん、カロッツェリアのカーナビの開発に関わっている、いわゆる「中の人」だ。当日、サイバードライブアカデミーに参加したCDL研究員は、私を含めて15人弱。モニタやホワイトボードを前に、矢野さんの解説が始まる。ちなみにモニタに表示される資料は「社外秘」なので撮影禁止となった。というのもその資料、社内会議などに使われるものらしい。だが、聞いたことを書くのは自由ということで、私もこの記事を書くことができている。
さて、パイオニア社内で実際に使われている資料を元に、パイオニアの現役開発者が語るカーナビの仕組み。カーナビ好きだったら、これを聞き逃す手はない。こうして記念すべき第1回サイバードライブアカデミーは始まった。
ルート決定には「コスト」が使われる
まず行われたのは参加したCDL研究員による簡単な自己紹介。例えば私なら「トヨタのハチロク乗ってます。ヘッドアップディスプレイに惹かれて、サイバーナビを取り付けて使っています」といったような感じだ。基本的にCDLのコンテンツは全員参加型である。研究員同士の交流も重視しているので、自己紹介から入るのは自然な流れと言える。
次に司会者から簡単な質問が発せられた。「カロッツェリアのカーナビでルートを指定した際、自分の思っていたものとは違うルートを示されたらどうします? カーナビの言う通りのルートを行くか、それとも自分の勘を信じて異なるルートを行きますか?」。カーナビの言う通りのルートを行く、自分の思ったルートを行く、2つの選択肢で研究員に挙手を求める。意見はほぼ半分に割れた。さらに司会者は研究員を指名して、具体的な意見を求める。双方の意見が出揃ったところで「どちらが正しいのか?」から、矢野さんの解説が始まる。
ちなみに答えは「どちらも正解」。「状況によって正解が変化するというのが、ルート探索の難しいところ」なのだそうだ。ルート探索を改めて定義すると「現在地から目的地まで到達する最適なルートを探す」ことである。問題になるのはこの「最適なルート」とは何か? ドライバーが最適だと思うルートが最適という場合もあるし、カーナビが得ている渋滞情報などを加味したルートが最適かも知れない。結局、状況によって最適なルートは変化するというのがまず前提となる。ではカーナビという機械は、どのようなルールに基づいて、その最適なルートを探しているのか?
キーワードは「コスト」。何かしらの問題を解決する「やり方」のことを、よくアルゴリズムというが、カーナビがルートを決定する「やり方」もアルゴリズムと呼んでいいだろう。そのアルゴリズムを考えるのは人間であり、人が違えばアルゴリズムも変わる。メーカーそれぞれに独自のアルゴリズムがあるということだ。では、カロッツェリアのカーナビは、どのようなアルゴリズムを使っているのか?
矢野さんがキーワードとして示したのが「コスト」だ。コストというと金銭的な面を見がちだが、時間や労力といった物理量を示す場合もある。カロッツェリアの場合、目的地までの道路それぞれにコストが設定されていて、そのコストを計算して最適なルートを探索するのである。
「コストというのはどういうものかというと、要するに、ある道路を通過するのにかかる時間。これが一番根本にある。時間というのはプローブを使って計測もしているし、VICS情報の中にも、その道路を通るのに何秒くらいかかるという情報が入っていて、これを使うことができる」
コストにも種類があって、例えばA地点からB地点へ到達する「リンクコスト」。交差点などで曲がるということにまつわる「ターンコスト」。これらのコストを総合的に考慮して、最適なルートをカロッツェリアのカーナビは引いている(見つけ出している)ということだ。
もっとも興味深かったのはターンコストに関する解説。ターンコストに関してはアルゴリズム的に見ると3万通りを超える種類に分類されているのだという。このように細分化されているのは、より人間に近付こう、人間の考え方に近付けようという技術者の考えからなのだが、最初からこうだった訳ではないというのだ。長年蓄積してきたノウハウが、結果としてこのような状態を作りだしたのだという。矢野さんからはさらに具体的な解説が続いた。その中で「なるほど!」と思い、なおかつ「そこまでやっているのか!」とも思ったものを一つ。
例えば信号のないところで右折するのは難しいというのは、ドライバーにとってごく普通のことだが、機械には分からないことだ。信号、特に右折の矢印の信号があるところは信号さえ青になればすぐに曲がれるので時間のロスも少ない。信号がなければタイミングを見なければいけないし、対向車の量によってそのタイミングは変化する。これがカロッツェリアのカーナビではターンコストとして、ルート探索に活用されているのだ。もしこのターンコストがなければ、信号のある右折も、信号のない右折も同等に扱われてしまう。機械の判断としては正しいかも知れないが、ドライバーの感覚とは異なるものとなってしまうのだ。
このほか矢野さんからはインテリジェントオートリルート、スマートループなどに関しても解説があった。いやいや、このあたりを細かく書いていると大変なことになってしまうので、省略するとしよう。もしあなたがこうしたカーナビの濃い話に興味があるなら、ぜひCDLにエントリーしてほしい。
カーナビから見えるビッグデータ、そしてクラウド
ルート探索の際、カーナビの中では何が起こっているのか? 開発している側からの解説は、実に興味深いものだった。そして矢野さんから解説を引き継いだのが鎌田さんである。「カーエレクトロニクス事業統括部テレマティクス事業部 情報サービスプラットフォームセンター研究開発課」という、寿限無のように長い名称の部署に所属している鎌田さんは、スマートループを介してユーザーから集まってくる情報を分析、活用する開発者なのである。
カロッツェリアのカーナビ、例えば私も愛用しているサイバーナビは、通信モジュールを介してパイオニアのサーバーと情報をやり取りしている。もっと具体的に言うと通信モジュールや携帯電話を介して「どこをどう走っているか?」という情報を、リアルタイムプローブ情報としてスマートループを介してサーバーにアップロードしているのである。鎌田さんはそのサーバーにアップロードされた情報を見ている訳だ。というか鎌田さんによると「クルマを見ている訳ではなく100パーセント、サーバーの中の情報しか見ていない」とのこと。
「スマートループを付けて走っている方は年間おおよそ9000km走行し、そのうち10%、900kmはカーナビでルートを探索して走っています。目的地を設定して走るというのはだいたい98回というのが平均値になっていますが、1日に100回、目的地を設定して走っている方もいらっしゃいます。タクシーとか営業車だと思うのですが。一方で1000km走っているのに、1回も目的地を設定しない方もいっしゃる、まさに千差万別といったところです」
鎌田さんが見て、分析するのはサーバーに集まったデータのみ。しかし、スマートループを介して集まったデータからは、季節ごとに設定される目的地の傾向や、はたまた京都へ観光で行く人に人気の施設などが読み取れる。面白かったのは清水寺を目的地に設定して行く人たちが利用する、駐車場の傾向に関して。どの駐車場が主に使われているかが、データから読み取れるのだ。
ちなみにこういった大規模に集積されたデータを、最近では「ビッグデータ」と呼ぶことがある。また、ネットワークを介して複数のサーバーを利用したりコンピュータ資源を活用することを「クラウド(クラウドコンピューティング)」と呼ぶ。ビッグデータとクラウドは現在、共にIT分野で注目のジャンルとなっている。スマートループを介してプローブ情報がサーバーにアップロードされ、その膨大なデーターが分析されてルート探索機能の改善などに役立つ。カロッツェリアのカーナビは、ITの最先端を走っている訳だ。
また、プローブ情報から抽出されたデータは、社会貢献も果たしている。鎌田さんが具体的に提示したのは東日本大震災に関わる2つの例。まず一つ目は震災当日の都心部の道路状況と、その1週間前の道路状況を比較したもの。震災当日、都心でクルマを運転していた人はご存じかと思うが、恐ろしいほどの大渋滞が各所で発生した。提示されたマップは皇居や秋葉原を含むもので、震災当日の秋葉原近辺では5分間で100~200m進むのがやっということがデータから判明している。このデータをさまざまな交通機関と共有することで、次の震災に備えるということだ。
余談になるがこの時表示されたマップを、私は複雑な心境で見ていた。マップ上にあるのはクルマの移動状況なのだが、実はその中に私のプリウスも入っていたのだ。当時はサイバーナビを搭載していなかったので、私の走行データがそこに反映されている訳ではない。しかし震災当日、私は確かにクルマに乗ってそこにいたのである。あれは今まで運転してきた中で、最大の交通渋滞だった。
2例目もやはり東日本大震災に関係したものだ。これは私も以前、本サイトの記事で書いたことなのだが、プローブ情報を元に「通れた道マップ」をスマートループで配信したのである。震災で寸断された道路の中から、実際に通れた道のデータをマップに表示する。場合によってはその後の状況で通れなくなった場合もあるだろうが、少なくとも通れる可能性という目安にはなる。ちなみにスマートループでは90日分の過去データを参照して、マップ上に表示を行っている。しかし震災後、その90日という枠を取り払って、震災直後の通れた道のデータをマップに表示したのである。
さて、ビッグデータだのクラウドだのという話になって、テクニカルライターの端くれを自任する私が食いつかないはずもない。休憩時間に入るとすぐに鎌田さんのところへ行き、あれこれ話を聞いた。その中でクルマには関係ないものの、大変面白かった話を一つ。
なんと! 時速約300kmで、しかも一直線に南アルプスを駆け抜けて行くデータがあったという。先ほども書いた通り、鎌田さんはユーザーを特定する情報を一切持っていないし接触できないので、そのプローブ情報がどういった乗り物から得られたものかは不明である。しかし、さすがにこれだけ奇抜なデータとなると、考えられるのはただ一つ。そう「航空機」にカロッツェリアのカーナビが搭載されていたと推測できるのだ。
実際、カロッツェリアのカーナビを航空機(個人所有のセスナ機やヘリコプターなど)や船舶で使っている人がいるのだという。データ分析を行う際は、こうした極端なデータは排除される訳だが、それにしても面白い。
秘密基地? カロッツェリアベース
矢野さんと鎌田さんの解説で、内容の濃い2部構成に感じたサイバードライブアカデミーだが、実はこのお二人の解説が第1部となっている。第2部は短い休憩をはさんでの「フリートークセッション」となった。これはサイバードライブアカデミーに参加したCDL研究員が2つのテーブルに別れ、フリートークを行うというものだ。まあCDL会員同士の雑談タイムというか、懇親会といってもいいだろう。ちなみにこの第1部と2部の間、休憩時間に私は鎌田さんに食いついたのだが。
フリートークとはいえ話があらぬ方向へいっても困るので、各テーブルにはマーケティング課の人が入り、司会進行のような形で話を進めてくれた。というかマーケティング課ということもあって、リアルなユーザーの声に興味深々といったところ。CDL研究員の自己紹介から始まり、マーケティング課からの質問に答えるような形で話は進んでいく。最初は緊張していたCDL研究員も次第にほぐれてきて、自分の思っていることをどんどん口にするようになる。
和やかな雰囲気で意見交換ができたのには、同じCDL研究員というだけでなく、そこに集まった人々が皆「クルマ好き」ということもあっただろう。乗っているクルマもその嗜好性も異なるのだが、ベーシックな部分で共通しているのは「クルマ好き」。クルマが好きだから、運転が好きだから、そのツールとしてカーナビを活用している。もちろんカーナビが大好きという人もいるし、優秀なツールであればいいという人もいるのだが。
最後に個人的な感想を言わせてもらうと、実に素晴らしいコンテンツだった。開発者から内容の濃い話を聞けるというのは、カロッツェリアのカーナビを愛用していている人間にとってはまたとない機会。そしてポイントとなるのは内容が「濃い」ということだ。CDL研究員に自ら進んで登録しているこちらとしては、内容は濃ければ濃いほどいい。今後もこのクオリティを維持しつつ、例えばカーオーディオやカーナビのハードウェア面(取り付けや配線など)のアカデミーを開催してほしい。
あ、一つ忘れていた。今回のサイバードライブアカデミー、カロッツェリアベースというスペースで開催された。この場所、案内メールでは「一般公開されていない」とあって、私としては「もしかして秘密基地的な何かか?」などと思っていたのだが、秘密基地ではありませんでした。スタッフの方に聞いたところカロッツェリアベースは普段、ニューモデルの実証作業などに使われているスペースとのこと。例えば新しいクルマが発売されると、カロッツェリアベースに実車が持ち込まれ、カロッツェリアのカーオーディオやカーナビの組み込みを実際に試す。そういったことに使われる施設だという。また、スペースの片隅にはプロ向けの工具セットがあったりして、そういった雰囲気が漂っている。
サイバードライブアカデミーに参加されたCDL研究員の皆さん、お疲れ様でした。またいつかCDLのコンテンツでお会いしましょう。ちなみにCDL研究員は随時募集中、CDLのサイトからエントリーできるので、ぜひチェックしてみて欲しい。