まるも亜希子の「寄り道日和」
子どもの命を守る車内置き去り防止安全装置
2023年4月27日 00:00
3年前まで幼稚園に通っていた娘は、入園から1年半ほどの間、送迎バスを利用していました。家のすぐ近くで停まってくれる便利さもありましたが、なにより、同じ歳の子たちとバスでわいわい楽しく幼稚園に向かってほしかったことや、一人っ子なのでなるべく集団行動をさせたかったことなど、いろんな理由がありました。
事故などの不安がなかったといえば嘘になりますが、実は入園前にこっそりと、送迎バスの後をついて走って、運転手さんがどんな運転をするのか観察させてもらい、とても丁寧で安全運転だと確認できたこと。そして、常に2人の保育士さんが乗車し、子どもたちの様子をしっかり見ていたこと。この2点が安心材料となって、大事な娘をお任せすることにしました。
きっとどの園でも、多少のやり方の違いはあれど、お預かりした子どもの安全を守るためにさまざまな対策はとっていると思います。でも、それでも、起こってしまう車内置き去り事故。担当の保育士さんが欠席したとか、体調がすぐれないとか、なにかイレギュラーな事態の時はとくに、いつもやっていた安全確認がすっぽり抜けてしまうとか、よく見たつもりなのに見逃してしまうとか、人間はあり得ないミスをおかしてしまうものですよね。そうした「あり得ない」ことが重なって、最悪の事態が起こってしまうのだと感じます。
これ以上、痛ましい事故が起こらないように、国土交通省は2022年12月20日に「送迎用バスの置き去り防止を支援する安全装置のガイドライン」を策定し、2023年4月1日から装置の設置を義務化することに。そこで今回、送迎バスに設置して実証実験をしている幼稚園を取材する機会をいただきました。装着しているのは、パイオニアのAI搭載通信型オールインワン車載器「NP1」をベースに、置き去り防止安全装置の機能に特化した特別仕様モデルです。
もともとNP1には、スマートフォンと連携して現在地や車内の様子を見ることができる遠隔監視機能があることを知っていたので、これは「なるほど!」と興味津々。国土交通省のガイドラインで定められた要件は「降車時確認式の装置」と「自動検知式の装置」の2種類ですが、NP1特別仕様モデルは、この両方の条件を満たし、自動検知式ではカメラで人型を検知するとともに、マイクで子どもの泣き声を検知するというダブルチェック機能を備えるのが特徴です。ここまで厳重な車内置き去り防止安全装置は、まだあまり見たことがないほど。
取材でお邪魔した埼玉県の川越幼稚園は、園児の半数強にあたる約60名ほどが送迎バスを利用しており、バス2台で4コースをまわるという、規模の大きな幼稚園です。1コースの距離が長いとのことで、1回のコースで1台に乗車するのは20名ほどとなっています。実際にバスを見学したあと、榎本円(まどか)園長にもお話を伺うことができました。
フロントガラスの上部にNP1特別仕様が取り付けられている光景は、乗用車向けのNP1となんら変わりないですが、異なるのはバスの最後部の壁に、降車確認のためのボタンが設置されていることです。子どもの手が届かないように高い位置にあることと、バス最後部にあるのがポイント。
というのは、園児がすべて降車し、バスのエンジンを停止すると、素敵な効果音が鳴ったあと「降車確認機能が作動中。車内を見回り、5分以内に安全確認ボタンを押してください。ボタンが押されなかった場合、車外警報が鳴ります」という音声案内が流れます。保育士さんはボタンを押しにいく時に、再度しっかりと全席に置き去りになった子どもがいないかを確認するという作業が必要になるわけです。もしボタンが押されなかった場合の車外警報というのが、ガイドラインでどのくらい遠くまで聞こえなければならないと定められているため、ものすっごく大きな音なのだそう。「あれが鳴ったら大変だから、しっかり車内を確認してボタンをちゃんと押さなくちゃね、という意識も働くと思います」と榎本園長。
さらに、無事にボタンが押されてもそれで終わりではなく、エンジン停止から15分後に今度は「自動検知機能」に切り替わります。ここではAI画像解析を使った車内カメラと、車内の声にだけ反応する高性能な集音マイクによって、万が一車内に子どもを検知した場合には、「車内に人を検知しました。今から30秒後に警報がなります。警報を止めるには安全確認ボタンを押すか、エンジンを掛けてください」とアナウンス。そしてボタンが押されずエンジンも停止したままなら、前もって登録された電話番号(最大5名)にSMSで通知し、車外警報を開始します。その後、車内を確認して安全確認ボタンを押すか、エンジンをかけると車外警報が停止し、同時にSMSで警報が止まったことを通知するというシステムです。
パイオニアのエンジニアに伺ったところ、集音マイクでは、車外の声は拾わず、車内の声だけを拾うことや、大人の声と子どもの声の区別など、開発にはとても苦労したとのこと。突き詰めていくと、セミの鳴き声が子どもの泣き声と周波数が近いことがわかったりして、一筋縄ではいかなかったようです。この涙ぐましい努力が、尊い命を救うのですね。また、いつもの運転手さんではなくイレギュラーで他の人が運転することになっても、使い方がわかるような工夫や、バスの給油時などエンジンを停止する必要があるときにはシステムを一時停止できるようにするなど、送迎バスの使い方に合わせた調整がされているのもパイオニアらしいと感心しました。
榎本園長によれば、もともと送迎の園児は乗車時に名簿をチェックし、降車時に乗車した人数だけ正確に降りていることを数え、最後に乗組員が落とし物の確認、座席の消毒のために車内を再度見回るということで、何重にもわたる置き去り防止対策をとっていたとのこと。それでも、「万が一に万が一が重なるなど、何かあったときに、転ばぬ先の杖としてこの装置があるという安心材料となっています。運転手や保育士もすでにNP1特別仕様を使いこなしています」とのお話でした。
実は、義務化は決まっても装置の装着には1年の猶予があるということで、まだ積極的に動いていない園も多いと聞きます。でも、すでに気温が25度を超える日も出てきて、これからどんどん暑さが増していくなか、ワンミスでもあれば命が危険にさらされてしまいます。未来ある子どもたちのために、どうか、一刻も早く車内置き去り防止安全装置の装着が進むことを願います。
【お詫びと訂正】記事初出時の送迎バスの利用者数に誤りがありました、お詫びして訂正させていただきます。