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STI、「SUBARU WRX STI」シェイクダウン。“サメ肌塗装”でニュル24時間クラス連覇を目指す

2019年3月10日 公開

2019年のニュルブルクリンク24時間レースに参戦する「SUBARU WRX STI」。富士スピードウェイでシェイクダウン

 スバルとSTI(スバルテクニカインターナショナル)は3月10日、STIの創立30周年を記念するファンイベント「STI MOTORSPORT DAY」を富士スピードウェイ(静岡県駿東郡小山町)で開催した。6月20日~23日にドイツ ニュルブルクリンクで開催される「第47回ニュルブルクリンク24時間レース」の参戦マシン「SUBARU WRX STI」のシェイクダウンも実施した。

 スバルとSTIは2008年から12年連続でニュル24時間レースに参戦しており、排気量2.0リッター以下のターボエンジン搭載車による「SP3Tクラス」で5回のクラス優勝を獲得。2018年のレースもオイルリークや電気系のトラブルに見舞われつつもクラス優勝、総合62位で完走を果たしている。

富士スピードウェイのホームストレートに並ぶ新しいSUBARU WRX STIとチームスタッフ
シェイクダウンを前に、ピット内で参戦ドライバーの手によるアンベールも行なわれた
2019年仕様のSUBARU WRX STI

 シェイクダウンに先立って、新しいSUBARU WRX STIの改良点が公開された。6回目のクラス優勝に向けて採用した新技術や、2018年のレースで起きたトラブルに対応する改善点などの説明が行なわれた。

 そのなかでも目新しいのがボディの塗装技術。空気を整流して空気抵抗を減らすため、ボディ全体にマット塗装が施されたほか、フロントフェンダールーバーとドアミラーでは表面の凹凸を大きくした「サメ肌塗装」が用いられている。

シャシー関連の新技術などを解説するスバルテクニカインターナショナル 車体技術部 車両実験グループ 宮沢竜太氏

 細かい凹凸によって抵抗を減らす技術は競技用水着などで採用されて広く知られているが、STIの開発チームは塗料メーカーとの協力により、新しいマット塗装とサメ肌塗装を開発。これを使ってボディ表面から空気が剥離して発生する小さな渦を抑制し、空気抵抗の低減を目指している。

 風洞実験でもCd値(空気抵抗係数)を変化させることなく、リアウィングで発生するダウンフォースを向上させる効果を微小ながら確認しているとのこと。まだ開発チームも技術的な全容を把握しておらず、今回のマシン開発の中で解明を進めていきたいとしている。

新しいSUBARU WRX STIではボディ全体にマット塗装を施していることに加え、フロントフェンダールーバーとドアミラーに「サメ肌塗装」を採用。空気の整流で空気抵抗を減らすことを目指している

 このほかにシャシー関連では、BBSと共同開発しているホイールの素材をマグネシウムからアルミニウムに改め、同じような形状ながら前後でわずかに異なるホイールサイズを採用。マグネシウムは剛性が高く軽量で、レースマシンのホイールとしても数多く採用されているが、一方でしなやかさはそれほど持っていない。これをしなやかさを持つアルミニウムに変更することでタイヤの接地面積を拡大する。重量についても最新技術を用いることで、重量増を100g/本程度に抑えているという。

 さらにタイヤとホイールの剛性は、車体の重量バランスが6:4であることも考慮してバランスを調整。この結果、基本的なデザインは同一ながら、前後で微妙に形状の異なる前後異種、異形状のホイールとなった。このホイールによって限界領域でのピーキーな挙動を低減し、ブレーキ時の制動力や旋回時の回頭性を高めることが可能になるともくろんでいる。

 足まわりでは2018年に実施したジオメトリー変更が、結果的にタイヤの負荷を高めることになったことからスクラブ半径の適正化を実施。タイヤに対する攻撃性を低下させ、アンダーステアの抑制、タイヤ温度上昇の低減といった効果を得ている。

足まわりではジオメトリーを変更し、ホイールの素材をマグネシウムからアルミニウムに変更。アンダーステアや限界領域でのピーキーな挙動を抑制している。タイヤは引き続きファルケン(住友ゴム工業)

パワートレーン改良で、24時間トータルで分単位のタイム削減

 パワートレーンでは「ローギヤ化」「ステップ比調整」「クラッチの慣性マス最適化」「新ECUの採用」「予選用低フリクションエンジンオイル開発」を実施。

 トランスミッションのローギヤ化によってコーナー立ち上がりなどの加速力を高め、ライバルマシンとの競り合いを有利にすることに加え、下位クラスのマシンを追い抜く時のロスを低減することを狙っている。ステップ比調整はシフトショックによるドライバーの疲労軽減が主な目的で、シフトチェンジ時にエンジン回転数が変化する量を低減し、シフトショックを抑制している。

パワートレーンの新技術などを解説するスバルテクニカインターナショナル パワーユニット技術部 モータースポーツグループ 大塚達也氏

 小倉クラッチの協力で実現したクラッチの慣性マス最適化は、クラッチASSYの重量を1kg軽くすることで慣性マスを2018年仕様から20%低下。エンジンレスポンスをさらに高め、シフトショックも低減している。

 新たに採用したECUは演算速度が約8倍となっており、過渡応答や制御性が向上したほか、これまで別のユニットを使っていたセンターデフとパドルユニットの制御をECUに統合。協調制御を行なう際に通信で発生するタイムラグがなくなり、軽量化にも貢献する。

 これら4つの新技術によってシフトアップ時の車速ダウンを抑制。1回の貢献はわずかでも、1周で65回のシフトアップを行なうニュルブルクリンク 北コースでは、1周につき0.42秒のラップタイム低減に相当。24時間でトータルすると分単位でのタイム削減も望めるという。

 また、予選用の低フリクションエンジンオイルはモチュールの協力で開発。あくまで予選用のスペシャルオイルだが、ベンチテストではエンジン回転の全域で出力向上を確認しているとのことだ。

水平対向4気筒DOHC 2.0リッターエンジンの「EJ20」型を搭載

 トラブルを防ぐための改善点としては、新しいECUに水上バイクなどで採用されている「防水ECU」を用い、パワーステアリングの配管を変更。マフラーも2種類を用意するとしている。

 防水ECUは、2018年のレース後半に、雨天走行中にECUが雨水浸入の影響から不調になり、コース上でマシンが停止したトラブルに向けた再発防止策。この防水ECUをエンジンと接続した状態で容器に入れ、水を注ぎ込んで完全に水没した状態でもエンジンが始動できることが動画を使って紹介された。

 オイルリーク対策では、パワーステアリングの配管に信頼性の高い量産品の技術を導入。さらにジョイントの数を減らしてパワステフルードが漏れ出さないようにしている。また、2018年のマシンで排気音の音量がレギュレーション違反と裁定されたことを受け、実際にレースでの使用を想定したマフラーに加え、サイレンサーのサイズを大きくしたバックアップ用のマフラーも開発中となっている。

SUBARU WRX STI 2019年仕様のマフラー。リアディフューザーの上に見えているスリムなサイレンサーに加え、万が一の場合でも交換して排気音を下げられるよう、サイズの大きなサイレンサーも開発中となっている
ボディにはさまざまなエアロパーツが取り付けられている
ニューモデル(左)と2016年仕様(右)のフロント比較
2019年のレースでも、通常は全国のスバルディーラーで一般ユーザーのスバル車を整備している「ディーラーメカニック」がチームに帯同する
STI 辰己英治総監督

 マシン解説の最後には、STIのニュル24時間レース参戦で総監督を務める辰己英治氏もコメント。レース参戦では応援してくれるファンやサポート企業の協力に応えるため、勝つことも非常に大切な要因だが、一方で成長し続けていくために若手スタッフの育成が大事なポイントになると解説。この場でも若手2人がマシン解説を担当しており、「ディーラーメカニック」と呼ばれる全国のディーラースタッフがチームに加わるといった活動を行なっていると紹介した。

 また、新しいマシンは目標のレベルを超える状態まで仕上がっていることをシェイクダウンで確認しており、レース本番でもいい結果が出ることを期待してほしいと意気込みを語っている。

バルジ形状のフロントフェンダーで最高速とコーナーリングフォースを両立

SUPER GTのGT300クラスに参戦する「SUBARU BRZ GT300」

 このほかに同日は、約1か月後の4月13日~14日に開幕するSUPER GTのGT300クラスに参戦する「SUBARU BRZ GT300」もテスト走行を実施。ニュル24時間レースの参戦マシンと合わせて新シーズンに向けた車両の改良ポイントなどが説明された。

富士スピードウェイのホームストレートに並ぶ2019年仕様のSUBARU BRZ GT300とチームスタッフ

 シリーズ優勝を目指して2019年シーズンに臨む新しいSUBARU BRZ GT300では、2018年のレースで課題となった「エンジンの信頼性が低い」「最高速が低い」「高Gのコーナーリングでアンダーステアが強い」「コーナーからの立ち上がりで離される」「ピット時間が長い」といったポイントの改善に取り組んでいるという。また、エンジンでは「JAF-GT300」カテゴリーのレギュレーション変更によって出力規制が変更されたことにも対応を行なったとのこと。

 具体的な対策では、エンジンでは設計、製造、運用管理方法などを根本的に見直し。高回転領域でのフリクション低減を図るため、モチュールと低フリクションオイルを開発した。また、他の部分での改良による影響で、トランスミッションではギヤ比設定を変更している。

 コーナーリングでのアンダーステア低減に向けては、基本となる車体剛性の前後最適化を実施したほか、サスペンションのジオメトリーを最適化して、コーナーリング時にアウト側だけでなく、イン側のタイヤグリップも有効に使えるよう、内輪接地荷重を高める改良を施している。

2019年仕様のSUBARU BRZ GT300について解説するスバルテクニカインターナショナル モータースポーツ技術統括部 主査 野村章氏

 また、最高速の向上とコーナーリングフォースアップの両立という難しい課題にも取り組み、フロント部分を中心に空力特性の見直しを実施。フロントフェンダーの前方側は膨らみを持たせたバルジ形状として、リアウィングに向かう空気を増やしてダウンフォースを強化する一方、側面方向に向かう空気の流速を増やして負圧を発生。この開発では空気の流れで発生する渦をPC上で視覚化し、カナードやフロントスプリッターなどの空力パーツを使ってより効果的に整流できるようにして、空気抵抗の低減とダウンフォース強化を両立させている。

新しいのSUBARU BRZ GT300では、STIのSUPER GT参戦で総監督を務める渋谷真氏が手を置いている“バルジ形状が与えられたフロントフェンダー”が外観上の大きなポイント。空力特性の改善では、Cd値6%低減、コーナーリングフォース7%向上を目標としている

 ピット時間については、昨今はGT300クラスのチームで「タイヤ無交換作戦」によりピット時間短縮を図るケースが増えてきているが、これまでSUBARU BRZ GT300では無交換作戦を実施してこなかった。2019年はこのタイヤ無交換にも対応できるよう、グリップ力と耐久性の両立を目指してタイヤ開発を実施。さらにサーキットごとのタイヤ負荷を数値化してレース本番で実施可能か判断できるようにしたほか、タイヤの接地面とホイール剛性の最適化を実施している。

 また、コーナーごとのタイヤ負荷を分析して、タイヤ負荷に対してラップタイム向上を望めるポイントなどを探り出し、ドライバーに対して指示を出すといった取り組みもスタートさせているという。

 このほかピット時間を短縮するため、燃料タンクの配管レイアウトなどを見直して給油時間を5%短縮している。

レギュレーション変更に対応したほか、エンジンは設計、製造、運用管理方法などを根本的に見直して信頼性を向上。レースを走り切る強さと速さを兼ね備えたパワーユニットとしている

 このほか、SUPER GTのプロモーターであるGTアソシエイションの調査結果として、GT300クラスではレース来場者のうち約22%がスバルを応援していると明らかにされたことを紹介。非常に多くのファンから期待されていることを励みとしつつ、なんとしてもシリーズ優勝を果たして声援に応えていきたいとした。