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STI 辰己英治総監督にニュル24時間について聞く、「サメ肌は……、ゴルフボールから思いついた」。Cd値も0.05低下

ニュルブルクリンク 24時間レースに参戦するSUBARU&STIチームの総監督 辰己英治氏

 6月20日~23日(現地時間)にドイツ ニュルブルクリンクで開催される「第47回 ニュルブルクリンク 24時間レース」。スバルとSTI(スバルテクニカインターナショナル)はこのレースに2019年も「SUBARU WRX STI」で参戦する。

 SUPER GT 第2戦 富士の応援に訪れていたSTI 辰己英治総監督に、ニュルブルクリンク 24時間レースへ向けてWRX STIの仕上がり具合を聞くことができたので、ここにお届けする。


──ニュルブルクリンク 24時間レースの開催が約1か月半後に迫りましたが、現在のWRX STIの仕上がり具合はどうですか?

辰己総監督:あー、クルマはニュルブルクリンクに行っちゃいました。この前飛行機に積み込んで。

──すでにニュルブルクリンクに送ったというマシンですが、セットアップなどはどのようなものを施しているのですか?

辰己総監督:去年はセットアップがよくなかったですよね。それは私がやって、失敗して。富士のテストではすごい調子がよかったのですが、だけど富士でよくても、ニュルでよいとはならないということを去年勉強したんですよ。今ごろなってか?と言われるかもしれませんが、ドライバーが富士に慣れていることもあるんですよ。

 彼らはここのコースにおいては、(ニュル仕様のクルマは)GTマシンよりタイムが速くないので、乗れちゃうんですね。クルマの本来の持っていなくてはならない性能を引き出さなくても走れちゃうんですね。タイムが出ちゃう。それを少し見過ごした部分があって、ドイツに行ったらタイヤが減ってダメだった。

──タイヤの負荷が大きかったということですか?

辰己総監督:アンダーだった。これは4輪駆動の特性なんですが、スクラブ半径(タイヤの旋回中心となる、キングピン軸の延長線とタイヤ接地面中央部までの距離)を大きくセッティングしたんですね。これは、トレッドを広げた効果を得たかったのと、大きなブレーキローターをフロントに使いたかったんですね。で(富士で)乗ってみたら、まあまあ行けるという話だったんです。

 ところがニュルに行ってみると、スクラブ半径を大きくしたことによってアンダーが出るんです。4輪駆動の特性なんですが、内輪駆動の外輪制動が入るんです。これがどうしてもジャマしたんです。

 ニュルはμ(ミュー、摩擦係数)が低いので、どうしても内輪が働いちゃうんです。富士を走っていると路面がよく、μが高いので(外輪がグリップして)内輪が浮上しているんです。半分くらい。なのであんまり抵抗が出ない。そのことに向こうに行ってから気がついて、慌てたっつーか、もうどうしようもない。

 キャンバーを起こしたり、センターデフを弱めたり、空気圧調整したり、いろんな対処をして。かろうじて本番は走れたんですが、そういう問題があって速くなかったんですね。

 (μの高い)グランプリコースは速いんですよ、向こうに行っても。なんだけど、μの低いところに行くと、突然アンダーが出ちゃう。それを今回対処しました。

 それはタイヤの表面温度に出るんですよ。去年はタイヤの表面温度がよくなかった。それを見過ごしていたんですよ。今年はそこにずっと着目して、タイヤの内から外まで表面温度も一定になって、均一になって。タイムもここ富士で、10ラップ46秒台をずっと出せました。ベストでは45秒台まで入るんですけど。

 去年は3ラップしか走れなかった。タイムがどんどん落ちていたんだけど、ま、46秒台を3ラップ走ればいいだろうと思って、送ったんですよ、それが失敗だった。

 そういうのを見て、直して、クルマとしては進化したと。

──スクラブ半径ですが、ゼロスクラブのようなセッティングをしたのですか? それともプラスのスクラブで、小さくしたとか。

辰己総監督:プラスのスクラブですね。小さくしたと。一昨年と一緒にしたと。ほんで、今度はブレーキサイズが合わないので、ホイールを全部作り直した。

──それは、ブレーキローターを大きくするためにホイールを全部作り直したのですか?

辰己総監督:そうです。24時間ブレーキ、ま、24時間はブレーキをなんとかして持たせたいですよね。そのためには、ローターを冷やしてやらないと。クルマが速くなってくると、どうしてもローターが傷んじゃう。なので、ローターを一昨年に比べて昨年は直径で10mmアップして。それをやりたかったがゆえに、スクラブ半径を大きくして……。が、失敗したので、今回はスクラブ半径を一昨年と同様にして、ホイールを作り直すことでローター直径は昨年と同様の大型のものにして。それが大きな進化点。

 ま、細かいことはいろいろやりましたけど。去年不具合はいろいろ抱えた。そういうのはつぶして。

 あと、去年は音の問題。排気音。ここずっと排気音は今の方式でよかったんだけど、エンジンパワーが若干出ていた。それがギリギリで来ていたのが、わずかに1dB超えた。ときどき1dB超えた。1dBでもドイツはダメ。今年は3dBくらい下げたパワーユニットを作った。下げるのもすごい大変だったんですが、余裕持って下げないと。結局、アクセルを踏めなくなっちゃんたんですね。音が規制を超えるのが怖くて。その結果、去年はアクセルを中途半端に踏みながら走っていた。

 対策としては、新たな消音器を付けた。後ろのマフラーのところに付けた。容量は5リッターくらい、4リッターちょっとだったかな。それを付けた。それで3kg重くなりました。

 あとは熱ですよね。ラジエータも大きくしたんですけど。10℃くらいかな、同条件で10℃くらい下げることができる。あとは空力かな。

──空力と言えば、今回はサメ肌塗装が話題となっていますが。

辰己総監督:サメ肌は……、遊びっつたらなんだけど、なんかないかな~と思っていてゴルフボールから思いついた。

──ディンプル?

辰己総監督:そう、ディンプル。マシンは私の(仕事場の)前にずっと置いてあったんです。ずっと。そこを事務所にしている。毎日見ているうちに、なんか、なんかねーかなと。みんなで雑談しているときに、「ゴルフボールのディンプルをクルマでやってみない~」なんて話をしているうちに、塗装でやれねぇかと。塗装の担当者もいたので、メーカーに聞いてもらった。それができるんですよね。

──ディンプル加工を?

辰己総監督:ディンプルじゃないんだな。ボツボツができると。で、次はステッカー屋さんに聞いたら、これステッカー貼れないですと。凸凹過ぎてステッカーが貼れないと。そこまでの凸凹を塗装でできる。だけど、ステッカーは貼らないとならないので、ステッカーが貼れるギリギリはどこ?と。試料片を作って、ステッカー屋さんに見せて、「貼れます」ていうのをやってもらった。

 だから、全面がマットで荒れているんですよ。

──荒れていると乱流が発生して空力にはよくないような気もするのですが?

辰己総監督:いや、境界層ができて剥離もしないので、境界層で流していく。船なんかは空気の気泡を出している。泡を出すと船体の抵抗が減るんです。で、泡をびゅーっと吹いて、ずっーーーーと流していって、スクリューまで行っちゃうと推進力が落ちちゃう。だから、それがスクリューまでに消えちゃうような泡を出しているんですね。そういうのを見ているうちに、「これ、クルマでも絶対効果あるな」と。

 で、あとはバンパーのちょうど(空気の層が)剥離しそうなところとか、あとはルーフの剥離しそうなところとか。ここも剥離しちゃう。剥離しちゃうと抵抗が増える。なので、ここを本当のサメ肌にしようと。そういう特殊な加工をしてある。

──すると、サメ肌具合が場所によって異なっていると?

辰己総監督:そうそう。そしてステッカーの上から貼るサメ肌も作ってやっている。そういうのもやっているんです。

 で、それだけの効果かどうか分からないのですけど、Cd値がコンマ05(0.05)下がった。で、フロントのダウンフォースが増えて、リアのダウンフォースも増えた。なので、羽根を去年より寝かして、ドラッグも減らした。これで、最高速がプラス2km~3km出るんですよ(笑)。これは、本当にサメ肌の効果かぁって(笑)。分かんないんですよ。分からないけど、去年より(最高速が)出る。

──ちなみに、それは特許とか取られているのですか?

辰己総監督:取れないですよ。おそらく(笑)

──汚れとかはどうですか?

辰己総監督:つかない。ぜんぜん汚れが目立たない。ビックリ。

──では、市販車への投入も視野に入っているのですか?

辰己総監督:ただね、市販はだめなのよ。磨くとピカピカになっちゃう。今はつや消しになっているでしょ、それを磨いてツヤツヤになってブチになっちゃう。それもあって、マットの市販車は難しいなと。ベンツなどはやっていますけどね。

 ただ、今までSTIのコンプリートカーを作ってきたけど、「サメ肌オプション」ならありかなと。ある程度別にお金をいただいて、たとえば3年間で3回全塗装するとか、そんなのなら売れるのではないかなと。それを……、まあ冗談で(笑) 「そういうのやんない?」とか森さん(STIのコンプリートカー開発者)には言っているんです(笑)。


 SUPER GT開催中の富士スピードウェイということもあり、サーキットは華やかな雰囲気。辰己総監督もニュルブルクリンクへ向けて、手応えを感じているのか明るい表情だった。すでにマシンはドイツへ送ったとのことで、最終的な細かい調整は現地で行なわれるのだろう。スバル&STIの戦いに注目していただきたい。

 また、話題となっているサメ肌塗装について辰己総監督は「まあ冗談で(笑)」と語っていたが、Cd値が改善し、汚れもつきにくいとのことなので、何らかの形で市販車においても実現することを楽しみに待ちたい。