ニュース
マツダ「SKYACTIV-X」も生産する本社工場見学に行ってきた
世界唯一の技術の量産化はどのようにして実現されたのか?
2019年11月26日 08:00
「われわれは公差の内側に収めることなんて狙っていません。狙っているのは目標値のど真ん中です」。11月13日にメディア向けに行なわれたマツダの生産技術・工場見学会の懇親会の席でそう語ってくれたのはマツダ 常務執行役員 グローバル生産・グローバル物流・コスト革新担当の向井武司氏だ。「目標値のど真ん中を狙っていく。でもそうならなかったときに、ではその差を埋めるためにはどうしたらいいのか? それによって新しい技術が生まれる」。これは決して開発者の声ではない。マツダの工場で、日々クルマを量産している人たちの声を代弁したものだ。
自動車メディアにとって、世に出る前の新型車に試乗したり、開発者の話を聞いたりすることは珍しいことではない。しかしクルマがどのように量産されているのかという点まで踏み込む機会はあまりない。今回の見学会は、そんなマツダのモノづくりの現場を見てほしいという思いで実施されたものだ。
今のマツダを象徴するものと言えば、やはり魂動デザインだろう。生命感を持った洗練されたデザインがマツダ車が選ばれている理由の1つであることは疑う余地もない。しかしながら1人のデザイナーという職人によって作られた美しいデザインも、その美しさをそのままに量産できなければ、量産車のデザインとしては成り立たない。そこで生まれたマツダのモノづくりにおける1つのキーワードが「マス・クラフトマンシップ」、つまりは職人技の量産化だ。
これはクルマ造りにおけるさまざまなシーンにおいて言えることだが、例えばデザイナーが作り出した鋭いエッジのライン、あるいは連続的ななめらかな曲面の変化も、それを量産する際にプレス、あるいは成型で再現できなければ意味がないわけだ。そのためにマツダの工場のスタッフは、例えば金型づくりの部分から、その方法論を模索し、実現していったのだと言う。
魂動デザインを量産するための「御神体活動」
マツダの魂動デザイン、そのデザインを象徴するチーターオブジェと呼ばれるものがある。このオブジェには、魂動デザインを構成するあらゆる要素が含まれているのだそうだ。そこで、金型を作るエンジニアたちは、まずこのオブジェを金型で再現することに取り組んだ。このオブジェが再現できれば、魂動デザインの金型を作ることができると考えた訳だ。
このオブジェのことをマツダ社内では御神体と呼んでいたこともあって、これを御神体活動と呼んでいた。最初にそれまでの技術を使って再現した御神体の金型は、デザイナーから徹底的にダメ出しをされたそうだ。その改善点は品質面はもちろん、コストや期間など、55の項目に及んだという。そこで、モデルを計測する段階から、NCによる削り出しの方法、仕上げの磨き方、さらに工作機械自体の熱によるゆがみを軽減するため、工場内の空調を見直すなど、その進化は多岐に渡った。
その一例として仕上げの磨きについて紹介すると、デザインの表情を決めるキャラクターラインは、これまでキャラクターラインから、それに沿って面を調整していく磨き方だった。しかしそれだとキャラクターラインのエッジが弱くなってしまうとともに、キャラクターラインが崩れると、それに伴って面の部分も全体に崩れてしまい、キャラクターラインの強い魂動デザインを再現するには向かないことが分かった。
そこで面の部分からキャラクターラインに向かって磨き上げ、面の延長上にキャラクターラインを作るという、これまでとまったく逆の手順にした。さらにこの磨き方の変更に加え、砥石もより細かい作り込みができる「魂動砥石」を新たに作り、仕上げのペーパー掛けに用いるサンディングブロックも、素材や切れ込みにこだわって、曲面に追従できるものを開発するなど、使う道具ひとつにまでこだわって、御神体を再現できるようにしたのだそうだ。
しかし、いかに金型の精度が高くなっても、それらがボディとして組み合わせられたときに、パネルとパネルのつながる部分で光の映り込みに不ぞろいが出てしまうことがある。魂動デザインにとっては光の移ろいも重要なファクターとなる。そこでプレスの精度を高めたり、樹脂パーツにおいてもその量産工程を改善した。
例えば骨組みなどに使われる樹脂パーツは、強度を出すために繊維を含ませるのだが、これが硬化する際に、樹脂の収縮と繊維の突っ張りによりゆがみが発生してしまうのだと言う。こうしたパーツは直接外観から見える部品ではないが、内側のこうしたパーツがゆがめば、その外にあるバンパーなどのパネルにまで影響してしまう。そこでこのゆがみを防ぐため、ゆがむことを見越した型を作ったのだと言う。そのためにはどのようにゆがむのかを研究し、型に樹脂を流し込む際の方向や力加減をコントロールすることで、ゆがみ方もそろえられるようにしたそうだ。
また、デザイナーのイメージするボディカラーを具体化するといった部分でも、例えば「宝石のような透明感のある赤」という言葉から、実際の宝石の赤がどのような特性を持っているのかを分析し、それをクルマの塗装構造に置き換えるといった取り組みを行ない、さらに量産においてもその色を再現するために、塗装の匠(たくみ)の技を計測し、ロボットで忠実に再現するようにするなどしたと言う。
革新的な技術をどう量産化するか?
こうした量産におけるこだわり、その必要性はエンジンといった部品にも及んでくる。特にマツダが世界に先駆けて実現した新エンジン「SKYACTIV-X」は、これまでのガソリンエンジンの常識を覆す15:1(日本仕様の場合)という高圧縮比を実現したエンジンだ。この今までにない高圧縮比のエンジンを量産するためには、量産過程においても今までのエンジンとは次元の違った高い精度が求められるようになる。しかも、その精度を量産されたすべてのエンジンで確立しなければならない。
今回はそんなSKYACTIV-Xが生産される現場も見学させてもらったのだが、その内容はとても量産エンジンとは思えない物であった。
まずは驚いたのが燃焼室。燃焼室とはエンジンのヘッド部分にあり、プラグやバルブなどがつながって文字どおり点火して燃焼する部屋だ。ヘッドはアルミを型に流し込んで作られるため、バルブシートが収まる部分などは切削によって造り込まれるが、燃焼室そのものは基本的には型から抜いたままだ。つまり鋳物のざらざらした肌が見えている状態。そのため、厳密に言うと燃焼室の形状や容積というのは燃焼室ごとに微妙に異なっている。ところがSKYACTIV-Xでは燃焼室の形状や容積を合わせるため、燃焼室を削りこんで、同じ形状、同じ容積になるように作っているのである。
さらにプラグについても、燃焼室内の空気の流れを乱さないため、すべての燃焼室で電極の向きがそろうように作られている。これはプラグホールのネジを切る際にその切り始めの位置や角度まで統一することで、締め込んだ際にプラグの向きがそろうようにしたそうだ。
ちょっとクルマに詳しい人なら分かるだろうが、燃焼室の容積合わせやプラグの向きの統一など、昔はエンジンチューニングの1つとして行なわれていたものだ。それがSKYACTIV-Xでは量産で行なわれているのである。
そしてもう1つが、ピストンやコンロッド、クランク、そしてその間のメタルも含めた合計の寸法で、これがとても重要なのだという。つまり15:1という高圧縮比を実現させるためには、ピストンの上死点と下死点の位置をより高い精度でコントロールする必要があるのだ。
そのため、工場のライン上には実際に組み立てたエンジンのコンロッドを回転させ、ピストンの上死点と下死点を実測する装置が設けられていて、生産されたすべてのSKYACTIV-Xエンジンで実測を行なっているのだ。
世界で初めて量産化に成功したSPCCI(火花点火制御圧縮着火)採用エンジンとなるSKYACTIV-Xであるが、その技術を開発することもさることながら、それを量産化することのハードルの高さをまじまじと感じさせられた。
お客さま価値最大化のためのコスト削減
ここまでマツダの工場におけるものづくりのこだわりを紹介してきたが、こうしたこだわりの原点にあるのは、“お客さま価値の最大化”だ。お客さまに提供する商品の魅力を向上するために、精度を上げ、量産の技術を磨いている。もう一方でマツダが目を向けているのが“お客さま価値視点でのコストの造り込み”だ。お客さま価値をを上げるためとは言え、そのためにコストが大幅に上がってしまい、結果的に車両の販売価格が上がってしまうのはマツダの目指すところではない。
こうしたコストを低減する取り組みも工場では行なわれている。つまりは生産ラインにおけるロスの低減である。その大きな生産方法として、マツダでは「同期生産」を取り入れている。
同期生産とは1個を作り、1個を送る、ジャストオンタイムでクルマを作り続ける方法だ。こうすることで、例えばライン上に一時的に制作中の車両を置いておくバッファが不要となり、1台を生産するために必要な時間が短縮できる。さらに1台1台順番に生産すれば、サプライヤーから供給される部品においても、順番通り必要な部品を必要なだけ必要なタイミングで納品してもらうことができる。こうすることで生産ラインの脇に多くの部品をストックしておく必要がなくなるし、倉庫に部品をストックしておく必要もなくなる。これは置き場所の問題だけでなく、その中から必要な部品を探し出し運び出すといった手間も省略できる。
こうして完成したマツダ本社工場は、多車種混流生産を実現している。「ボンゴ」から「CX-9」までさまざまな車種が、グレード、駆動形式を問わず同じラインに流れているのだ。そのため、例えば売れていないクルマのラインは休みがちで、人気の車種はラインがいっぱいで生産が追いつかないといった心配がない。
多車種混流生産が実現しているのは「フレキシブルモジュールライン(FML)」と呼ぶものだ。これは、同じライン上の同じロボットを使いながらも、そこに車種ごとの治具を挟むことで、さまざまな車種に対応できるようにした。分かりやすく説明すると、ロボットアームは共通だが、その手となる部分(治具)を付け替えることで異なる車種に対応できるわけだ。
これにより、従来であればクルマがモデルチェンジすればラインごと作り直していたものを、新しい車種ができても、治具を追加するだけで対応可能になる。当然工場を一度止める必要もなく、生産効率は大幅に向上する。
多車種混流生産では、異なる車種が順番も種類もバラバラにライン上に流れてくるわけだが、それらはすべて計画された順番どおりに流れてくるので、ロボットが治具を取り違えるといったミスも発生しない。さらに作業員が手作業でボルトの締め込みを行なうような場合でも、今どの車種が流れているのかがすべて制御されているので、インパクトレンチは自動で締め付けトルクを制御し、さらに締め付けるボルトの数もカウントする。もし作業者がボルトを1本締め付け忘れた場合にも警告できるようになっている。
また、ライン横には部品のストックはなく、エンジン本体と一緒に組み付けるべきパーツが流れてくる。当然パーツ類は別の場所や、サプライヤーなどから運ばれてくるわけだが、計画通り、順番通りにラインが流れているからこそ、常に組み合わせるべき部品が同時に手元に運ばれてくるわけだ。実際、工場内では自動運転車がカートで部品を運んでいるのだが、そのカートの順番にはまったく規則性がなく、さまざまな車種の部品が一緒になって運ばれていた。
現時点のラインであっても、駆動方式やボディタイプに制限されることなくさまざまな車種の生産に対応しているが、今後のCASEの時代に向けて、今は想像もできないような要素が加わることも想定される。マツダの工場ラインでは、そうした場合であっても現状のラインを生かしつつ、そこに新たな工程を追加できるように設計してあるのだという。
つまりさまざまな車種やさまざまなニーズに対しても、過剰な投資や無駄な時間を使うことなく量産化できるようにしてあり、これが結果的にコストへとつながり、お客さま価値は上げつつコストは抑えることを実現しているわけだ。
しかしながら、今のマツダの最大の強みは、開発とこうした生産現場との密なコミュニケーションにあるという。その結果、たとえば先に紹介した御神体活動のようなものが、開発側から要求するのではなく、生産側から自発的に出てくるといった部分にもつながり、マツダ全体のモノづくり革新へとつながっているのだ。
まる1日を使って行なわれたマツダの生産技術・工場見学会。マツダのデザイナーや開発者が作り上げた魂動デザインやSKYACTIV-Xという技術を、量産化という面で支えている様を垣間見ることができたわけだが、しかしこれだけこだわったモノづくりの現場であっても、それはまだ完成されていない。それは、冒頭で紹介した向井氏の言葉に表われている。公差の範囲では満足しない。常にど真ん中を目指して精度に磨きをかけ続ける。決して現状で満足しない、歩みを止めない、その現場の意気込みこそ、これからのマツダの強みになるのかもしれない。