試乗インプレッション

トヨタの新型コンパクトカー「ヤリス」、サーキットでその実力を試した(橋本洋平編)

「ベースモデルでもサーキットで走りを楽しめてしまうレベル」

「ヴィッツ」改め「ヤリス」として日本市場に登場したトヨタ自動車の新世代コンパクトカーは、正直に言えばあまり第一印象がよくなかった。長年親しんできたヴィッツという名前をあっさりと排除し、欧州で使ってきたヤリスという名前を継承することが、まるで欧州かぶれになったかのように感じたからだ。世界と同じにすればそれでよし? 最近は他メーカーでもその流れが見られるが、日本人としてそれはあまりにも寂しい。日本で作っている日本車なのに、なぜ世界に流される?

 そして4気筒エンジンを一切やめてすべて3気筒としたこともまた、ガッカリしたポイントだ。環境に配慮したクリーンな排出ガスや燃費を考えれば、将来的には仕方のないところなのだろうが、4気筒をすべてやめてしまうとは……。旧型ヴィッツでも1.0リッターモデルはすでに3気筒としていたが、非力であり、ギュイーンと回って低回転ではブルブルする軽自動車チックな回転フィールと振動は、ヤリスに対しても不安要素だった。地方に行った時、レンタカーでそれを引き当てた時の残念なイメージがヤリスに出会う前から備わってしまったのだ。

 だが、現物を目の前に話を聞けば、期待できる部分はある。1.5リッターエンジンはハイブリッドモデルとガソリンモデルで作りを分けているところがあったからだ。ハイブリッドはアイドリングストップが入ること、そしてアイドリング中であったとしても、1000rpm以上の燃焼効率のいい領域で常時回していることもあって、振動対策をさほどする必要がないと判断。一方で、非ハイブリッドのガソリンモデルはアイドリング回転数が低いこと、そしてアイドリングストップがないこともあり、振動対策としてギヤ駆動式バランスシャフトを備えていたのだ。3気筒にすることのネガを払拭するため、開発陣はかなりの尽力をしたようだ。さらにガソリンモデルにはD-4(直噴)も追加。燃焼効率を少しでも高めようという努力の跡が見られる。

撮影車はブラック×アヴァンギャルドブロンズメタリックの2トーンカラーを採用する1.5リッターガソリンモデル。ボディサイズは3940×1695×1470mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2550mm
新型ヤリスではセンターコンソールの幅をヴィッツより20mm広くして、前席左右の位置もそれぞれドア側に10mm寄せた。さらにステアリングをヴィッツの370mmφから365mmφに小径化するなどして空間の広さを感じさせるインテリアに仕上げたという
新型ヤリスでは物理的にシートポジションをメモリーする「イージーリターンシート」を、トヨタ車として初採用
シフトセレクターはストレート形状。その横にはドライブモードの切り替えスイッチが用意される
エアコンは微粒子イオン「nanoe(ナノイー)」の放出機能を持つ。その下にはシートヒータースイッチ、USBポートが備わる

まずは1.5リッターガソリンモデルから。何より感心したのは運動性能

 そんなヤリスの1.5リッターガソリンモデルにまずは乗り込み、お手並み拝見となった。試乗したのは起伏も大きい袖ヶ浦フォレストレースウェイ。ここをストレスなく走れるのか否かが気になるところだ。ドライバーズシートに収まり、チルトやテレスコピックを調整してポジションを合わせれば、これまでのようなステアリングを抱え込むようなスタイルにならずに済んでいることに感心する。コンパクトカーらしくない低いシートポジションを取れることも嬉しい。前後方向に余裕があるドライバーズカーらしい仕上がりは好感触だ。

 ちなみに、その位置でリアに座ってみても窮屈な感覚はない。唯一気になったのは、リアドアのインナーがやや肘に当たるところだった。コンパクトカーゆえ仕方のない部分かもしれない。だが、そこを豊かにするよりもドライバーズシートを優先しようとした結果なのかもしれない。そんなことを感じさせるほど前席の快適性は高い。

 走り出せば発進から力強く、高速域までストレスフリーで吹け上がるからひと安心。特に常用域のアクセルのツキが良好で、いつでも瞬時に加速体制に入れるところは気に入った。発進ギヤを備えたワイドレンジCVTを搭載したこと、そして軽量化も効果を発揮しているのだろう。懸念材料だった振動や音に関しては気にならないレベルに仕上がっており、かつてのような安っぽい感覚はない。

 そして何より感心したのは運動性能の高さだった。鼻先がとにかく軽快で、狙ったラインをトレースしていく感覚は、これまでに感じられなかったレベル。3気筒でパワーユニットが軽量化された結果があるのだろう。まさに思い通りに動いてくれるのだ。2世代使ったBプラットフォームから決別し、新開発のGA-Bプラットフォームとなったヤリスは、ホイールベースが40mmもアップされたとは思えない旋回性を見せる。グレードによって異なるが、最大で50kgの軽量化と30%も剛性をアップしたというボディ、全高を30mmダウンさせたこと、さらには全長を5mm短縮したという合わせ技が効いている。まさに手足のように動くことに気をよくしてしまった。コンパクトであることを活かし切った、かなり走りに振ったクルマだ。

 一方で足まわりはしなやかに動き、唐突さを感じることはない。最近になって路面のうねりが増えた袖ヶ浦のコースをきちんと受け止めている感覚がある。ステアリング操作に対するリアの追従性がかなり高く、限界域でもニュートラルに走るところは好感触。スタビリティコントロールを介入させた状態でもストレスなく旋回して見せたこと、さらにはスタビリティコントロールをOFFにした状態ではリアを少し巻き込ませながら旋回することも可能にしていたことは驚きだ。いつまでも走っていたくなるほどのスポーツ性が備わっている、そんな感覚なのだ。

 後に6速MTモデルにも試乗したが、そちらは鼻先がさらに軽快な感覚。アクセルに対してダイレクトさが備わるところも好感触だった。レブリミットとなる6900rpmまで引っ張り切ってシフトアップすれば、続くギヤでも再び爽快なトルクが生まれてくる。すべてを使い切って走れる感覚はなかなかだ。このクルマはワンメイクレースなどを視野に入れているとのアナウンスがあったが、その世界を守ってくれていたところが好印象だ。

ハイブリッドのE-Fourはリアサスがダブルウイッシュボーン

 ハイブリッドモデルに乗り換えてスタートすれば、発進からかなり力強くモーターがアシストしている感覚が得られる。従来型よりも30%アップのモーター出力が効いている。スタンディングスタートや中間加速時のスロットルのツキのよさはなかなかだ。ただ、そこから先の高回転域に関して言えばガソリンモデルの方が速いように感じた。ハイブリッドは、一般的な走行シーンでよさが光るようだ。

 試乗前に「試しにバッテリーがなくなるまで踏んでみてください。そうすることでハイブリッドがどれだけアシストしているかが分かりますから」とのアナウンスがあったので試しにやってみたが、たしかにアシストがなくなった時のトルクのなさは明らか。ハイブリッドがどれだけいい仕事をしているのかが伺える。

 ただし、バッテリーをなくすには相当に全開で走らなければならないことも理解できた。バッテリーを改め、充電効率が高まったこともあってエネルギー回生はかなり素早い。だから、バッテリーが結果的になかなかなくならないのだ。おそらく、一般的な走行をしている限りは電欠に陥ることはないだろう。バランスシャフトを備えていないこと、さらにはD-4も奢られなかったところはどうかとも思ったが、実際に走ってみてその違いはさほど感じられなかったというのが正直なところ。何が何でもフルスペックにせず、それぞれの特長に合わせた設定をしているところが興味深い。コストと効果のバランスを考えた結果がそこにあるのだろう。

 後にハイブリッドベースのE-Fourにも試乗したが、舗装路ということもあって4WD自体の効果はさほど感じられなかった。違いを感じたのはリアサスペンションの印象。このモデルにはなんとダブルウイッシュボーンが奢られていたのだ。走ればとにかくしなやかに動く印象があり、それは上質にも感じるところ。もちろん、E-Fourシステムを搭載していることでリア軸重が重くなっていることもあるのだろうが、キビキビとした他のヤリスの感覚とはひと味違う。サーキットではリアが重いせいか、やや発散ぎみに動くこともあったが、それはそれで面白い。

 今後、GRの4WDが控えているとのウワサが流れているが、それも楽しみになってくる。これだけしなやかに動くダブルウイッシュボーンなら、全てのクルマに搭載してもよかったような気もするが、そこはコストも重量も引き上がるために断念したらしい。今後、このサスペンションがどう発展して使われていくのかは注目だ。

 このように、どのモデルに乗っても走りの注目ポイントが多かったヤリス。はじめは名前が気に食わないとか3気筒に対して云々と書いたが、その思いは見事に吹き飛んでしまうほどの仕上がりがあったことは明白だ。コンパクトカーであることをフルに活かし、ベースモデルでもサーキットで走りを楽しめてしまうレベルにあるとは驚きだ。ヴィッツという名前と決別したのも、乗り終えた今になってみればうなずける。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車はトヨタ86 RacingとNAロードスター、メルセデス・ベンツ Vクラス。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学