試乗インプレッション

トヨタの新型コンパクトカー「ヤリス」、サーキットでその実力を試した(まるも亜希子編)

「小ささにこだわり、走りを極める。その潔さ、強い意思がヤリスの新しい個性」

 東京モーターショー 2019でお台場のヴィーナスフォートに展示されていた新型「ヤリス」を初めて見た時は、想像以上のイケイケぶりに驚いた。エアインテークのようにガバッと開いたフロントマスクや、キュッとすぼまったリアエンド。4つのタイヤがしっかり踏ん張っているようで、止まっているのに今にも走り出しそうな躍動感がものすごい。ライバルの新型「フィット」がやや癒し系に振ってきたのとは対照的で、こんなに攻めているコンパクトは久々に見たという印象だった。

 そして、袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催されたプロトタイプの試乗会では、とにかく「走り」への強いこだわりに再び驚いた。昨今は居住性やコネクテッド、安全装備の話がメインとなる新型車が多い中、ヤリスのプレゼンはほとんどが走りの話。コンパクトカー向けTNGAプラットフォーム「GA-B」の初採用や、直列3気筒1.5リッターダイナミックフォースエンジンの搭載、ねじり剛性が30%以上アップしたという軽量高剛性ボディに始まり、旧型比で減速エネルギー回生を約2倍、モーターアシストを約1.5倍にしたという新開発ハイブリッドシステムや、「カローラ」と同等レベルを投入したというサスペンションにいたるまで、すべてが「走り」のために結集されたもの。しかもハイブリッドでは、世界最高レベルの低燃費(JC08モードで41km/Lは超えてくる!?)を目指しているという。

どんどん攻めたくなるハイブリッド

 ここまで熱いプレゼンに期待がどんどん高まる中、いよいよハイブリッドから試乗した。14インチタイヤを履く2WDモデルだ。乗り込むと、少し柔らかめのクッションのシートは横幅がややタイトかなと感じたが、シートバックはしっかりと余裕の大きさで上半身を受け止めてくれる。インパネはスッキリとしていて、2眼のデジタルメーターがモダンな印象だ。質感はそれほど高いとは感じなかったが、チープでもなく程よいバランス。

 シートポジションを合わせると、シートが前に出た分だけややAピラーの傾斜が迫ってきたが、視界は十分に確保されている。後方視界は、正面は予想よりも広いと感じたが、左右の斜め後ろはほとんど見えない。ボディラインが後ろに向かってキュッとすぼまったデザインなので、ここは予想どおりだ。

 小径化したというステアリングは握りやすく、ペダルの位置もやや中央寄りだが踏みにくいことはない。スタートボタンを押し、アクセルに少しずつ力を込めていくと、とても早い段階からスーッと滑らかな加速が始まり、すぐに背中を押されているような速さに変わった。中速域からはアクセルの動きに合わせて機敏にパワーが引き出される感覚で、減速しても再加速であっという間にスピードが乗るから、とてもメリハリのある走りが楽しめる。ヘアピンカーブの先の上り坂というシーンでも、モリモリと加速していくので頼もしく、どんどん攻めたくなってしまうほどだ。

 そして直線はもちろん、コーナリング中のボディのフラット感も想像以上。グニャリとするようなシーンは一度もなく、常にガッシリとした塊を操っている感覚だ。そして足まわりは決してガチガチに硬いわけではなく、適度に沈み込んだところで粘って踏ん張ってくれる。おかげで姿勢変化が作りやすく、結果的に気持ちよくカーブを抜けていける。まさか、素の状態なのにこんなにサーキットを楽しめるクルマになっているとは。ヴィーナスフォートで感じた「イケイケ」は、内側から溢れる自信の表れだったのだと納得したのだった。

1.5リッターガソリンは6速MTモデルもあり

 次に乗り換えたのは、1.5リッターガソリンエンジンのヤリス。CVTと6速MTの設定があり、まずは16インチタイヤを履く2WDのCVTから走らせた。こちらは発進こそハイブリッドほどの速さはないものの、軽快感とナチュラルな加速フィールがとても好印象。低速から中速域での盛り上がりがしっかりあって高揚感が得られることや、そこからさらに伸びていく感覚が気持ちよく、ハイブリッドとはまた違う楽しさがあると感じる。

 そしてカーブでは、ステアリングを切り込んでいく感覚とボディの動きがリニアで、荷重移動もジワリと一定で扱いやすく、素直な操舵感が味わえる。それでいて、上り坂やストレートでも余裕があり、めいっぱいで走るような悲壮感はまったくないので、これなら長距離ドライブも快適なのではと感じた。

 続いて、1.5リッターガソリンエンジンの6速MTモデルにも試乗すると、これはもうキビキビと元気いっぱいで、楽しいのひと言。クラッチペダルの踏み込みがちょっと深いかな、と感じたが、シフト操作がちゃんとキマるとハイブリッドで感じた以上の速さが得られて、失敗するともれなくモサーっとした加速になる、この自分次第なところが面白い。

 最近はなんでもクルマが制御してうまくやってくれることに慣れてしまっているから、若い世代にはかえって新鮮なのではないだろうか。これはぜひ、若い世代にも手が届く価格で出してほしいと思った。

過去と決別して100%生まれ変わった新型ヤリス

 さて、こうして走りの面では想像以上のイケイケぶりを見せてくれたヤリスだが、やはりその分、居住性ではとくに後席がとてもタイトになっていた。ヴィッツのころは、4人家族にも十分に勧められるくらいの居住性はあったが、今回は大人の男性だと足下と頭上空間に余裕がなく、前席のヘッドレストが視界を遮ってしまうので閉塞感もある。強いて言えば、小学生くらいの子供ならまぁ快適に過ごせるかな、といった印象だ。従来比でのスペックでは全長が5mm減に対してホイールベースは30mm増なのだが、前席の居住性重視で後席は割り切った感がある。ただ、後席でも試乗してみたが乗り心地はわるくなく、静粛性もコンパクトカーでは標準的なレベルだったので、たまに誰かを後席に乗せる、という人ならまったく問題なく使えるのではないだろうか。

新型ヤリスではコンパクトカー向け「GA-Bプラットフォーム」を採用したのが新しい。現行型より車両重量を50kg軽量化するとともに、ねじり剛性を30%以上高め、重心高は15mm下げられた。ボディサイズは3940×1695×1470mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2550mm。撮影車の1.5リッターガソリンモデルでは16インチホイールにブリヂストン「ECOPIA EP150」(185/55R16)を装着する
インテリアではφ365mmに小径化したステアリングホイールを採用するとともに、2眼式メーターをデジタル化した「フードレス双眼TFTメーター」を初採用。そのほかスマートフォンとの連携が可能な「ディスプレイオーディオ」、4G通信を利用する車載通信機「DCM(Data Communication Module)」などを装備

 また、先進の運転支援技術が充実しているヤリスの中で、これはすごいと思ったのが高度駐車支援システム「Advanced Park」だ。正直なところ、これまでの駐車支援システムはどれを試しても「自分でやった方が早いよね」と思うものばかりだったのだが、これは駐車スペースの認識からステアリング、アクセル、ブレーキの操作も的確で素早く、「もしかしたら負けるかも」と初めて思わされた。しかも、白線がないスペースでも事前に登録すればピタリとまっすぐに駐車してくれるという賢さ。自宅の駐車場が入れにくい場合など、運転が苦手な人はこれで助かる場面も多そうだ。

 こうして、走りを中心にチェックしてきたヤリスのプロタイプは、しっかりと芯が通ったスポーツコンパクトになっていた。実は、なぜヴィッツという名前を捨ててしまったのか、ちょっと寂しい気持ちになっていたのだが、ヤリスは過去と決別して100%生まれ変わったのだと痛感した。あれもこれもと欲張るのではなく、小ささにこだわり、走りを極める。その潔さ、強い意思がヤリスの新しい個性だ。一見、時代の流れに逆らうかのようだが、ここまでトンガったコンパクトカーは久々の登場だけに、発売がとても楽しみである。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツ参戦や安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。17~18年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。女性のパワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト(PWP)」代表。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦している。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968など。ブログ「運転席deナマトーク!」やFacebookでもカーライフ情報を発信中。

Photo:高橋 学