試乗レポート
1937年式のクルマが現代にタイムトリップ アルヴィス「4.3リッター・バンデン・プラ・ツアラー」
現代の装備にバージョンアップされた「コンティニュエーション・シリーズ」第1弾
2020年8月14日 14:41
イギリスのアルヴィスの日本総代理店、明治産業がコンティニュエーションシリーズの第1弾「4.3リッター・バンデン・プラ・ツアラー」の試乗会を袖ヶ浦フォレストレースウェイにて開催した。アルヴィス? コンティニュエーションシリーズ? 多くの読者はご存じないかもしれないので、まずはそのお話から始めよう。
2万台以上生産されたアルヴィス
1920年、T.G.ジョンによって創業されたアルヴィス。そのイメージは、今でいうスーパースポーツカーとグランドツアラーを併せ持つハイクラスのブランドというものだった。1925年には前輪駆動車を開発。1928年にはル・マン24時間レースにも出場し、1.5リッタークラスで1位と2位を獲得した実績がある。
ちなみに1952年にはアレック・イシゴニス氏が入社し、V型8気筒3.5リッターエンジンの設計に従事していたことも興味深い事実だ。そう、氏はあのMINIの設計者でもあるのだ。しかし、その時点ですでにアルヴィスはその生産化までの体力が残っておらず、1967年には全ての自動車の生産を終了してしまう。それまでにおよそ2万2000台のアルヴィスがこの世に送り出されていた。アルヴィスは自動車の生産は終了したものの企業としては存続し、軍事関係で事業を存続していく。
さて、2万2000台生産されたアルヴィスのメンテナンスなどを行なう会社として、レッドトライアングル(アルヴィスのエンブレムに由来)が設立され、パーツ類とともに設計図面などのすべてが譲渡された。現在アルヴィスは世界に4400台ほどが現存しており、日本にも約15台が確認されているという。
コンティニュエーションシリーズは当時の年式で
今回試乗することができた、1937年に生産が開始されたアルヴィス4.3リッターは当時最速の自然吸気エンジン搭載車で、その時の“The Motor”誌に掲載された広告には0-30mph加速は3.6秒、0-50mph加速は7.6秒、最高速は105mphと記載されているので、かなりのハイパフォーマンスといえる。このクルマは150台の生産を予定していたが、大戦中の1940年、工場への爆撃により生産台数73台で終了してしまった。
2010年に、アルヴィスは再び自動車の生産を模索。この4.3リッターは150台分の認証をイギリスで受けていたことから、その記録をもとに残りの77台を完成させることにした。さらに前述のレッドトライアングルがオリジナルの設計図やパーツ類を保管していたことから、コンティニュエーションシリーズが始まることになったのだ。
以前、アルヴィスカーカンパニー英国本社のアラン・ストート会長に伺ったところ、「イギリスのVOSA(英国車両運転サービス庁)が全て車両の安全について監督し、そこで定められた要件にわれわれのクルマは合致していることから、車検は取得できる」と述べていた。それは、カーメーカーとしてトータル年間生産台数が300台未満であれば、衝突安全基準などのレギュレーションが緩和されるからだ。
さらに、「われわれは1960年代までシャシーをはじめさまざまな部品を作っており、それらが倉庫の中にまだたくさん眠っている。従って、そういったパーツを使用すればその年式になるのだ」という。具体的には厳密な基準があり、「トータルで8ポイントを構成しなければならず、シャシーだけで5ポイント、エンジンが3ポイント、トランスミッションが2ポイント、その他のアクセサリーが1ポイントと決まっている。われわれは少なくともシャシーとエンジンだけで8ポイントを満たすことになるので、それで年式が決まるのだ」と説明した。
つまり、今回の4.3リッターはその基準を満たしており、1937年式としてイギリスで登録、その後1000マイルほどテストに供されたのち、日本でも1937年式として輸入され、ナンバーが取得できたのである。
現代風にバージョンアップ
用意された試乗車は2台。1台は1937年のヘリテージカー(つまり当時生産されたモデル)。そしてもう1台はコンティニュエーションシリーズだ。外観からその違いを見抜くのはなかなか難しいが、注意深く眺めるとまずブレーキの違いが分かるだろう。当時はワイヤー式4輪ドラムブレーキだったものから、油圧式の4輪ディスクブレーキに変更。エンジンもSU3連キャブレターから電子燃料噴射装置に。トランスミッションもZF製フルシンクロ4速トランスミッション(オリジナルはアルヴィス製のトランスミッションだったがこの個体は変更)からTREMEC製フルシンクロ6速トランスミッションになっていた。ステアリングもウォーム&ローラー式からラック&ピニオン式に変更されるなど、当時の雰囲気は残しつつ、排出ガス関連、安全面、乗りやすさなどに配慮したモディファイが加えられていた。そういった結果、パワーは大幅に向上しており、137PS/3600rpmから160PS/3600rpmへとなっていた。
十分に乗りやすいヘリテージモデル
では早速コースを走らせてみよう。まずステアリングを握ったのはヘリテージモデルだ。まるでイギリスのような小雨交じりの天気だが、クルマに乗り込むころにはほぼ上がったので、幌を下ろす。ドアノブを回して後ヒンジのドアを開けシートに座り、一番手前までスライドさせるが、わずかにその量が足りず、165cmの筆者には少し手前に位置してしまった。それでもシートにクッションなどを入れるほどではないし、それ以前にシートスライドが装備されていることがありがたい。このくらいの年式だと、それすらもない場合が多いからだ。
ボディがねじれた時にドアが開かないように、ロックしてからゆっくりとクラッチを踏み込む。その重さは少し重いかなという程度だ。インパネの中央にあるキーをひねり、ガソリンを送る電磁ポンプの音を確認。しばらく置いてからわずかにアクセルを踏んで、同じくインパネにあるスターターボタンを押し込むと、すでに温まっていた6気筒エンジンは、わずかのクランキングの後、簡単に目覚めた。そのサウンドは古いクルマらしい少し野太い音だ。
かなり奥に位置するシフトをゆっくりと1速に入れ、クラッチのミートポイントを探りながらペダルを戻していくと、適度なところでつながり始め、するするとアルヴィス4.3リッターツアラーはピットロードを走り始めた。
ZF製に換装されているとはいえ、いつも時代のモノか分からないので、シンクロをいたわりつつダブルクラッチを踏んで2速へシフトアップ。そのフィーリングは、前後ストロークは長いものの、意外にもかっちりとしたものだった。そこから3速、4速とシフトアップしたのち、コーナーの手前でダブルクラッチを踏み、3速、2速とシフトダウン。その際も回転は合わせやすく、非常にスムーズにシフトできた。
ウォーム&ローラー式のステアリングは握りこぶし2つ分ほど遊びがあるものの、それを超えればフィーリングはダイレクトで路面の状況を的確に伝えてくれる。年式に敬意を表してリミットを3000rpmに抑えて周回を重ねながら感じたことは、戦前車と構えることなく簡単に乗ることができるということだった。もちろんそれなりの気遣いは必要だが、エンジンはトルクフルであり、トランスミッションは若干やれはあるもののフルシンクロだ。その中で時代を感じるのは、前述のステアリングの遊びとブレーキだけといってもいいだろう。そのブレーキはサーボもないワイヤー式のドラムブレーキだが、その効きは十分。ウェットコンディションであったことから、最初のひと踏みは効かない可能性もあるとマージンを持っていたが、はじめからスムーズに、かつ片効きの様相もなく減速してくれた。
はるかに現代風なコンティニュエーションシリーズ
3周ほど走らせたところで、コンティニュエーションシリーズに乗り換えよう。
ボディ構造は同じなので、後ヒンジのドアから乗り込んで、シートを合わせる。こちらの方がスライド量が大きく、ドライビングポジションは良好だ。クラッチを踏んでスターターボタンを押すと、乾いた金属音のスターターが回った瞬間にエンジンが始動したのは、インジェクションのおかげだろう。
ヘリテージよりもシフト位置は手前に位置し、ゆっくりとHパターンの左上の1速を選ぶ(ヘリテージも同じシフトパターン)。若干固めでストローク量も小さいこちらのシフト感覚は、ほぼ現代車と同様だ。ゆっくりコースインして様子を探ると、ヘリテージよりもトルクフルかつパワフルで、3速あたりにシフトしたままの走行も可能だ。でもそれではつまらないので、少し積極的に走らせてみよう。こちらは現代のトランスミッションなので、ダブルクラッチは使わずエンジンの回転を合わせるだけで、シフトアップとダウンを繰り返しながら走行させる。クルマに慣れてくるに従い、徐々にペースが上がるとともに、ブレーキングポイントは奥になり、コーナーでは微妙にテールスライドが感じられるようになった。これができるのはステアリングが正確なことと、ブレーキがディスクであるために極めて確実に減速できるからだ。そこで、細いタイヤを利用してコーナー出口に向けてアクセルを少しだけ早めに踏み込むことで、わずかにテールスライドをさせながら極めてコントローラブルにコーナーを抜けられるのだ。
今回も3周ほどでピットイン。撮影のためにクルマから降りて車両を眺めていてふと思ったのは、コンティニュエーションシリーズのドライビングは、どちらかというと1960年代の少し大型のイギリス製スポーツカーの印象に近いということだった。ステアリングは現代のクルマのようにパワーステアリングは装備されないので、片手で回せるほど軽くはないが、クルマが動いてしまえば苦労はないし、ほとんど遊びもなく正確だ。それはブレーキもトランスミッションにも当てはまり、普通のマニュアル車を運転出来る方であれば容易に運転できるだろう。
さらにいえば、このクルマにはオプションのクーラーとBluetooth内蔵のレトロチックなオーディオも搭載されているので、真夏以外は普段使いも可能なほどだった。
まさにタイムトラベラー
このコンティニュエーションシリーズをどう評価するかは、その趣味性に問われるところが大きい。他のメーカーとアルヴィスのコンティニュエーションの違いは、当時のパーツと技術をふんだんに使いながら、現代の交通でも不自由なく使えるように“バージョンアップ”していることだ。他メーカーのモノはそうではなく、極端にいってしまえば懐古趣味であり投機対象にもとれてしまう。決してそれらを否定するつもりはないが、個人的にはアルヴィスの方が好感は持てる。その理由は基本設計が当時のままだからだ。そのうえで現代風なアレンジがなされているので、当時の“雰囲気”を感じることができることが大きい。
本音でいえば、電子制御燃料噴射装置ではなくSU3連キャブの方が魅力を感じるし(実は戻せるらしい)、トランスミッションもノンシンクロの4速で十分だ。ステアリングだってウォーム&ローラー式でよい。そうなると結局はヘリテージにたどり着いてしまい、コンティニュエーションシリーズの意味がなくなってしまう。これはあくまでも2020年という現代に現れたタイムトラベラーなのだ。バックトゥーザフューチャーのデロリアンだって、未来に行ったらそれなりの改良が施されていたではないか。
なお、今回テストすることができた2台とともに、イギリスから3台の非常に珍しいアルヴィスが来日した。これらのクルマは明治産業が運営するALVIS 高浜ショールームで見ることが可能だ。隣接するカフェ「CHELSEA GARDEN(チェルシーガーデン)」ではコーヒーやお酒も楽しめるというので、興味のある向きは一度訪れてみてはいかがだろう。