インプレッション

ホンダ、抜群の安定感を誇る「S660 Modulo X Version Z」はもはや軽自動車の枠を超えていた

最後の特別仕様車をサーキットで全開試乗

S660 Modulo X Version Z

最後を飾るに相応しいVersion Z

 2022年3月をもってS660の生産が終了する。その最後を飾るかのように登場したのが「S660 Modulo X Version Z」だ。残念ながらすでに生産予定分の2000台強の受注を完了してしまい、いまは購入できない状態になってしまったという。さらに、その数日後にはベースモデルも完売したという情報も入ってきた。

 さて、集大成となるVersion Zの特徴はまず、MT専用としたことだ。Modulo Xの開発コンセプトは「小さなGT3を造ること」だったと聞くから、CVTモデルより20kgほど軽いMTだけを最後に与えたいという開発者の想いが伝わってくる。それ以外の基本的な部分は2018年7月に登場したModulo Xをベースとしている。だが、外装色にソニックグレー・パールを新たに与えたことがポイントのひとつ(プレミアムスターホワイト・パールも選択可能)。

手前がソニックグレー・パール、奥がプレミアムスターホワイト・パール

 この色は「シビック ハッチバック」にも採用されているため見慣れた感じもあるが、実は素材がやや異なり水性塗料となっているそうだ。このほか、外装での違いはテールのエンブレムがすべてダーククロームとなっている。ホンダのHマークとS660のダーククロームエンブレムは用品でラインアップされていたが、Modulo Xの部分がこの色になるのはVersion Zならではの部分。パールの外装色でダーククロームのModulo Xが与えられていれば、それはVersion Zということになるマニアックな仕立だ。

ボディーサイズは3395×1475×1180mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2285mm(メーカー参考値)
ダーククロームのエンブレムはVersion Zの証
アルミホイールはVersion Z専用のステルスブラック塗装となる(フロント15×5J/リア16×6 1/2J)
Version Zはマフラー出口の内部もブラックアウトされる
ベースモデルはボディ同色のアクティブスポイラーは、Version Zではブラック仕様となる。走行中は70㎞/hで自動的に展開するが、格納するのはETCレーン通過時に減速した際、後続車に見せるために「あえて35㎞/hに設定した」という。また、停車中でもボタンで展開/格納ができるようになっている。リフト量に関しては、開発段階ではもっと高いのも試したがダウンフォースが強すぎたため、前後バランスを合わせるため今の30mmになったという

 Modulo Xのインテリアは「上質 Pure Sports」をコンセプトとしていて、2020年のマイナーチェンジ時に「シート」「ステアリング」「シフトノブブーツ」「サイドブレーキレバー」にアルカンターラを奢った。また、この時からシートヒーターが標準装備となり快適性も向上している。今回のVersion Zではそれに加えてドアライニングパネルにスウェードを、そしてメーターパネル、エアコン吹き出し口に対してカーボン調パネルを追加。Version Z専用のアルミ製プレートもセンターコンソール後に装着。さらに持ち運び可能なバックも標準装備となっている。

Version Zの内装はブラック×ボルドーレッドのみの設定
メーター内にもModulo Xのロゴが表示されるようになっている
ドアライニングパネルもブラックのラックス スェード×ボルドーレッドの合皮製×グレーステッチを採用。カードなどを収納できるスリットも付いている
ベースモデルではオプション設定のシートセンターバッグがVersion Zでは標準装備となる。しかも「Modulo X」のロゴが刺繍されるのはVersion Z用のみ。シートセンターバッグは、開発サイドからのプレゼントという意味を込めて、納車時は箱に入った状態で助手席に置かれるという演出まで決まっているという
コンソールにはVersion Zロゴが入った専用アルミ製プレートが付く
メーターフード両側部、センターコンソールパネル部、助手席エアアウトレットパネル部はカーボン調インテリアパネルが装着される

サーキットで異なる仕様の3台を乗り比べることに

袖ケ浦フォレストレースウェイでVersion Zなどを試乗

 今回はそのVersion Zを袖ケ浦フォレストレースウェイで試す。Modulo Xが拘ってきた実効空力、そして軽自動車というエクスキューズを抜きで達成したという究極の走りを堪能させていただく。開発に際してはスピードリミッターを解除して安定性を確認。ユーザーがサーキット仕様にした時にでも確かなものを提供しようとしてきたというが、今回はその開発車両と同条件で試させていただけるというから興味深い。そしてどんな路面であっても高い4輪の接地感に拘ってきたModulo Xは、冬の北海道鷹栖でも徹底的にテストを重ねてきた。その自信もあるのか、今回のサーキットはコーナリングのほとんどに、散水車で水を撒くという劣悪な環境をわざと作り出しているから驚きだ。こんな試乗会、なかなかあるもんじゃない。本当に大丈夫なのだろうか?

 Modulo Xが生み出す究極の走りがよりよく伝わるようにと、今回はベースモデルと、ベースモデルにModulo用品を全て盛り込んだ仕様、そしてModulo X Version Zという順番に試乗して行く。一体ベースモデルとの違いはどんなところに表れるのか?

ベースモデルもキビキビ走れて楽しい

 まずはベースモデルでコースインする。久々に乗るS660はベースモデルであっても最近ではなかなか感じることのない軽快さが愉しめる。発進からの強烈なトラクション、そして車重830kgが生み出すキビキビとした動きはなかなか。身体に馴染むその仕上がりは、あらためて貴重な1台だったのだと痛感する。エンジンは64PS規制に合わせるためか、レッドゾーンが7800rpmあたりに設定されているにも関わらず、6000rpmあたりでブーストが絞られ始めてしまうところが惜しいが、それを見越して6000rpm手前でシフトアップを繰り返すと加速Gが緩くなることなく速度を重ねて行く。

 コーナリングに差し掛かるとややナーバスな動きを展開しはじめた。ドライ路面から突然ウエットに突入するのだから当然といえば当然。今回は素の動きを確認するためにスタビリティコントロールは全解除で走ったが、リアが唐突にリバースして行く。フロントのロールスピードがやや速く、対角で一気にロールするような動きで、テールが発散してしまうのだろう。そこから復帰させるためにスロットルを開けていくが、抜けすぎたリアの接地は簡単には復帰せず、イン側が空転して一気にカウンターステアを戻さなければならない状況が見えてきた。もちろん、スタビリティコントロールを全解除しなければそんな動きには陥らないのだが、スポーツカーならばもう少し安定感が欲しい。

スポイラーやスポーツサスペンションなど純正アクセサリーを装着したS660

 そこにメスを入れる第1弾が、ディーラーで装着可能なModuloが準備する用品の数々だ。スポイラー類、そしてスポーツサスペンションで武装したそのクルマに乗り換えると、先ほど感じたナーバスな動きがかなり改善される。足まわりの変更で手にしたのは対角ロールの軽減で、リアの接地が一気に抜けず、ジワジワと滑り出すような挙動に変化するから操りやすさがかなり増している。ちなみにこのサスペンションは、減衰力調整機構は備わらないものの、Modulo Xに装着されるサスペンションでもっとも硬い5番相当の減衰力となっているそうだ。足のみならず、空力デバイスを加えたこともまた安定感に繋がっているのだろう。前後バランスが適正化されたことが伝わってくる仕上がりだ。

いよいよ大本命のVersion Zを駆る

 ならばModulo X Version Zはどうか? もう改善の余地などそれほどないのではと思うところもあったが、ピットアウトして1コーナーを抜けただけで、まったく違うフィーリングであることに驚いた。ステアリングを切った瞬間からドッシリとした操舵感が伝わり、路面状況がとにかく解りやすく伝わってくるのだ。電動パワステの設定を変えたのか? なんて思えるほどの重厚な切れ味は、微操舵から切り込み応答まで一定した動きをみせてくれるところが好感触。ウエット路面が続くような状況であっても、フロントからだらしなく滑り出すようなことは皆無だった。それでいてテールの安定感も抜群にいいから驚くばかり。

先に乗った2台とはまったくフィーリングが違うVersion Z
Modulo Xに装着されているサスペンションは5段階の減衰力調整が可能。また、放熱性とブレーキダストの除去に優れるドリルドタイプのディスクローターとコントロールしやすいブレーキフィールと耐フェード性を実現したブレーキパッドを装着する
減衰力の調整は専用工具を使いダイヤルを回して行なう
Modulo Xのエアロダイナミクス解説図
フロントバンパー下にあるエアロガイドフィンは、車体フロア下を抜ける風の流速を速める効果があり、その結果ダウンフォース増にもつながる
フロントバンパー開口部のエアロガイドフィンは、ラジエターの横の隙間へと風を導く役目を担っている
フロントバンパーサイドのエアロガイドステップは、前からの風をボディから離れされる効果がある

 フロントから流れる車体下部の空気の流れをリアまで綺麗に流し、テールも安定させようというその効果は、まさに肌で感じられるもの。例えテールを振り出したとしても、即座に安定領域に復帰することが可能で、そこでのトラクション性能も抜群に優れていた。LSDいらずの仕上がりといっても過言じゃない。それをリミッター解除して速度が増した3~4コーナー進入時にも安定感を生み出しているのだからあっぱれだ。たしかに軽自動車というエクスキューズはこのクルマには存在しない。もっともっと高いスピードレンジへ連れ出したくなる、そんな仕上がりがそこにある。

 先進安全装備、そして側面衝突の要件など、これから立ちはだかるレギュレーションをクリアするだけのコストをかけられない、これらがS660が継続できない理由だと聞いた。これからの時代にそぐわないものは排除されていくことは、いまある自動車の宿命だ。少量しか売れないからコストの問題も出てくるのは仕方がないだろう。それであれば、走りの性能だけでなく、もう少し大きくして軽自動車というエクスキューズを撤廃し、世界に羽ばたけるものを造ってはどうだろう? 世界で売ることを前提にすれば、例えばロードスターのように投資をしっかりと回収し利益を生み出して行くという可能性だってあるのだから。いろいろと難しいのだろうが、やはりこんなクルマを消滅させるのはもったいない。最後に改めてこのクルマを乗ると、そんな想いがどうしても強くなるのだった。

開発陣がVersion Zで特に思い入れのある部分とは?

 この日はサーキットに開発陣も勢ぞろいしたので、最後のVersion Zへのこだわりを教えてもらった。

S660 Modulo X Version Z DPLの西村秀明氏「ボディカラーは決まっていたので、そこからいかにストイックな外観に仕上げるかを考えました。特に内装のカーボンパネルは安定的に製造するための治具を提案したり苦労しました」
S660 Modulo X Version Z デザインPLの佐藤友昭氏「外装も内装もデザイン全体を見ていましたが、実際のユーザーにヒアリングを行なって意見を伺い、コメントをいただいたユーザーの顔を思い浮かべながらデザインを仕上げてきました」
S660 Modulo X Version Z LPLの松岡靖和氏「コストとの兼ね合いもありますが、やれることはすべてやって盛り込みました。Modulo Xの実効空力は一般人でも分かるようにというのがコンセプトなんです」
Modulo X 完成車性能担当の湯沢峰司氏「バンパー下のエアロガイドフィンは当初はタイヤの正面辺りに付けたかったのですが、フォグランプの光軸調整の穴がありそこには付けられず、いろいろと試した結果、今の場所に落ち着いたんです。空気の流れに関しては何度もトライ&エラーを繰り返しました。ガーニーフラップに関しても高い速度域になるほど前後が同じくらい路面に押し付けるようになっています」
Modulo X 開発統括の福田正剛氏「リミッターを解除してサーキットなどを走るユーザーにもきっちり満足してもらえるように、こちらもリミッター解除をした状態で開発しています。だからコーナリングで限界に近づいても急にスパンッとはいかず、ズズズゥゥ……といくように、高速域でのコントロール性も高めていますよ」