試乗記

1995年にサファリラリーを制した「セリカ(ST185)」 フルレストアされたWRCカーをサーキットで試乗

当時の個体をフルレストアした「セリカ(ST185)」

  サスペンションメーカー「TEIN」の専務取締役、藤本吉郎さんはかつてトヨタの育成ドライバーのはしりとしてTTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)からWRCに参戦していたことは以前にも紹介した。そして日本人になじみの深いサファリラリーで見事優勝を飾ったのが今回乗せてもらったST185セリカだった。以前、TEINの駐車場でホンのチョイノリをさせてもらったが、今回はサーキットドライブだ。

 ST185の時代はグループA全盛の頃。連続した12か月間に2500台以上の生産台数がある4座以上のツーリングカーで、改造範囲も限られたため、レースやラリーを問わず多くのメーカーが参入した。WRCではターマックからグラベル、スノーとさまざまな路面を走るためトラクションのある4WDが必須となり、量産モデルに4WDを持つ日本メーカーが活躍した時代でもあった。躍動するラリーカーは忘れられない。

ドイツで2年間にわたり、1995年のサファリラリーのスタート前の状態にレストアされたセリカ

 トヨタはWRCが始まる前からラリーに参戦していたメーカーで、グループAの時代はセリカで大活躍した。このST185は大成功したST165の後を継いだマシンで、ボンネットに空気冷却孔が付いたホモロゲーションモデル、WRCで本格的に投入された。ST185が最初に走ったのは1992年に入ってからで、この年から3年連続でWRCタイトルを獲得した名車でもある。

 今回試乗した藤本さんのST185は、1995年のサファリで三菱の篠塚健次郎さんと激しい首位争いの末、優勝したワークスカーそのもの。サファリでのフィニッシュ以来、各地で展示されていたが、20数年ぶりに藤本さんの手に戻り、ヨーロッパで元TTEの職人たちの手による本格的なレストアを施されて日本に帰ってきた。

 競技車、それもワークスカーとなると、レストアするのは困難が付きまとう。一品生産のパーツを復元しつつ、また新たに作るなど知識と時間と技術が必要で、専門ガレージでないと難しい。

まずは藤本氏の助手席で体験し、その後でステアリングを握らせてもらった

  さて前置きが長くなってしまった。最初は藤本さんの運転でコースに入る。燃調があっていないのか、バラバラいってスタートするのもままならなかったが、やがて調子を合わせて順調にラップを重ね、長年の戦友を労わるようにセリカを走らせていた。

 いよいよセリカのハンドルを握らせてもらう。ポジションが合うか心配したが、レカロのバケットシートにはスッポリ収まり、あつらえたようにハンドルやシフトに手が届く。

 大まかな操作はコ・ドライバーズシートで見ていたので、走らせるには困らない。もっとも細部を教えてもらっても到底その領域までは至らないだろう。

 イグニッションを入れてスターターを回すとエンジンが轟音とともに息を吹き返す。これが28年前にサファリにこだましたエキゾーストノートかと思うと感慨深い。

 重いクラッチを踏んでXトラックのギヤを1速に入れる。ミートポイントは狭いがシフトはガッチリした手応えで意外なほど軽い。

 最初はやはり燃調が合わずアクセルを踏むと咳込むように回転が安定しない。ロードセクション用のセットアップと聞いていたが、隣で見かねた藤本さんが「チョイッ」とスイッチをいじると見違えるように本調子になった。

 徐々に回転を上げていく。中速回転域のトルクが大きく、これを生かすとセリカは本領を発揮する。本番仕様のセッティングではないので70%ぐらいだと感じたが、重量のあるサファリ仕様が軽々と走るのに驚いた。背中にスペアタイヤを背負っているとは感じられない軽さだ。見た目の印象とは全く違う軽快な動きはさすがワークスカー!

 定番のMOMOのハンドルは握りやすく、操舵力も油圧アシスト付きで軽い。フィードバックもよく伝わってくる。操舵フィールもとてもいい。装着タイヤはミシュランのグラベル用LTX FORCE。大径と思っていたサイズは意外にも215/60R15と常識的なサイズだった。見た目の印象とはだいぶ違う。車高も高いうえグラベルタイヤはエビスサーキットでは苦しいはずだが、面白いように自在に走る。

 Xトラックはクラッチを踏まないでもシフト可能。シフト時間の短縮も図れる構造になっているのに、どうも左足が勝手に動き、我ながらあきれる。意識してクラッチを踏まずアクセルを戻すタイミングでシフトアップしてみた。軽いショックを伴って正確にギヤが入る。しかし本来のドグクラッチの持つ武器を少しも生かせていない。左足ブレーキに専念できればラリードライブでは幅が広がってくるのに、自分には緊張感のある練習が必要だ。

 それでも軽く動くセリカに気をよくして、さらに回転を上げて7000回転弱まで回してみた。グループAはリストラクターの関係で高回転まで回らないが、ピークパワーがこのへんだったようで、音が少し苦しくなる。この範囲でトルクを生かしてドライブするのが4WDグループAラリーカーなのかもしれない。

 ブレーキは重いが踏めば踏むほど確実に効きコントロールもしやすい。調整式の前後バランスバーは前寄りに設定されており、ちょうどよい姿勢で減速してくれる。

 段々要領が分かってきてペースを上げる。チラリと右を見ると藤本さんも渋い顔をしていない。「では!」とコーナーでアクセルコントロールを試みると、リアが絶妙にテールアウトとなりわずかな修正舵で旋回する。ラリーカーはこうでなくちゃ! 安全マージンが高いことが理解でき、その後もアップダウンのあるサーキットを慎重に、だけど楽しく走らせてもらった。

 十分に楽しんだ後、大切なセリカを壊さない前にピットロードにノーズを向ける。

夢のような試乗はあっという間に終わってしまった

 最後までドグクラッチは使いこなせなかったが、ちょっとだけWRCドライバーの気分を味わうことができた夢のような時間だった。

 サファリ仕様のST185は、とにかく重さを感じさせないのが想像以上。初対面で軽々と意のまま動かせたのは感動ものだった。もっとも本番ではさらに200Lの燃料とサファリ用の重装備で大変だったと思うが、実力の一端は理解できた。

 貴重なラリーカーを託してくれた藤本さんには感謝しかないです。

藤本さん、貴重な試乗体験をありがとうございました
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:堤晋一