一度は行ってみたい、日本の自動車博物館探訪記

第6回:織物機・バイク・クルマと創業100年の歴史が凝縮された「スズキ歴史館」(静岡県)

企画から製造までの流れを見られる社会科見学のフロアは親子で楽しめる

スズキ歴史館(静岡県浜松市)

 静岡県浜松市、スズキの本社前に位置する「スズキ歴史館」は、文字通りスズキの歴史を通じて企業を紹介する施設です。2輪、4輪ともに充実した展示はメーカー系ならではのもので、今年創業100年を迎えたスズキの歴史を製品を通じて一気に振り返ることができます。

 基本的に館内は自由見学となっていますが、3つのフロアに分けられた展示は順路が設定されていますので、今回はその流れに沿って紹介します。

3F 製品の展示でスズキの歴史を知るフロア

3F 展示室への入り口

 博物館としての本丸は3階の展示室。今から100年前、織機メーカーとして創業したスズキの創成期から現在に至る製品が一堂に揃っています。天井に織物がかけられた階段を昇ると入口が見えてきます(エレベーターも用意されています)。「改良自動織機 発名人 鈴木道雄」との看板が掲げられた入り口をくぐると、まず目に入るのは織機の数々。この時点ではMotoGPや鈴鹿8耐などの世界で活躍したバイクや、安価で高品質な軽自動車、独創的なクルマを放ち続けるメーカーとしてのスズキの片鱗も見えません。

展示室へ入るとまず創業者 鈴木道雄の像が来場者を迎えてくれます
写真は創業当時の蚕室(きんしつ)
織機関連だけでも16台もの展示があり、貴重な1910年代の製品もあります

織機からバイクへ

創成期の二輪車展示と2代目社長 鈴木俊三氏の銅像。手前はパワーフリーE2

 創成期の自動織機の展示を過ぎると2輪車の展示が始まります。最初は自転車用補助エンジンのバイクモーター「パワーフリー号」。そしてスズキ初の4サイクルOHV単気筒90ccのバイク「コレダCO(1954年)」などが所狭しと並んでいます。ちなみに、このコレダCOは国産量産車としてはじめて「スピードメーター」が装備されたモデルとのこと。今では当然のように搭載されている装備ですが、初めて採用したのはスズキでした。

 また、1956年にタイ・バンコクからフランス・パリまで32か国を訪問しながら4万7000kmを走破した冒険家のバイク(もちろん実車)なども展示されていて、なかなかバラエティに富んだラインアップです。

パワーフリーE2(1952年)
ダイヤモンドフリーDF(1953年)
ダイヤモンドフリー(1956年 アジア~ヨーロッパ巡走車)
スズキ初の4サイクルOHV単気筒90ccのバイク コレダCO(1954年)
第2回富士登山レース(1954年)で優勝し、スズキの評価を高めたコレダCOは国産量産車ではじめて「スピードメーター」が装備されたモデルです

 ちなみに現在も使われている「S」の社章が初めてフューエルタンクに飾られたコレダST-ST6A(1959年)というモデルの展示などは、メーカーの歴史館らしいものです。

コレダST-ST6A(1959年)
初期のバイクの展示が大変充実しています

 また、2輪車といえば1970年代にはバイクで培った技術を自転車に盛り込んだスポーツサイクルやいわゆるママチャリ、そして変速機やリアに派手なフラッシャーを装備した自転車などを手がけています。そんな自転車にもバイクや自動車と共通の「S」の社章や「SUZUKI」のロゴなどがふんだんに使われています。自転車からバイクではなく、バイクから自転車という流れも面白いものです。

バイクで培った技術を盛り込んだ数々の自転車(1970年代)

スズライトの登場

日本で最初の軽四輪乗用車 スズライト(1955年)

 日本で最初の軽四輪乗用車「スズライト」が発表されたのは1955年の10月。四輪車に2サイクルエンジンを搭載して成功させたのも、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)を日本で初めて採用したのもこのクルマだそうです。

数々のバリエーションがあるスズライトを多数展示しています
左:スズライトSD(1955年)、右:スズライトTL(1959年)
はじめてフロンテの名称を使った スズライトフロンテTLA(1962年)
当時の広告の数々

 スズライトはセダンの登場以降、ライトバンやピックアップトラック、そしてライトバンよりさらに積載量をふやしたデリバリバンを発売します。デビュー当初からさまざまな目的に沿ったボディバリエーションを展開していたのは驚きです。また、車内を覗くととてもカラフルでとても洒落ていたインテリアをこのころから取り入れていたことが分かります。

スズライトキャリィFB(1961年)
スズライトキャリィL20(1965年)
初期のモデルからカラフルなインテリアのスズライト
エンジン形式、排気量、最高出力、最大トルク、発売当時価格の表記は2輪、4輪から船外機にいたるまで全ての展示物で統一されています。車体サイズも乗車人数も書いていないのに、空冷エンジンか水冷エンジンかは全製品に記されているというのもスズキらしいポイントかもしれません
庭先にたたずむフロンテ360(LC10 1967年)

 昭和の生活を模した展示の中にはフロンテ(1967年)。FFで登場したスズライトに対しこちらはRR。複雑な面で構成でされたボディが魅力的です。庭先に駐車しているさまは、あぁ、昔こんな風景あったなぁと思わされるリアルさ。世代によっては新鮮な風景であろうこの庭先は、同じ静岡県の漫画/アニメ「ちびまる子ちゃん」に描かれた世界観に近い時代の風景です(作者のさくらももこ=まる子は1965年生まれ)。

庭先のフロンテを覗く女の子
イタリアで走行テストを行なったフロンテ360SS(LC10 1968年)
フロンテ71(1970年)

 軽自動車が並ぶ展示の中で、ひときわ伸びやかなボディの1台が目に止まります。1965年のフロンテ800は785ccのFFモデル。車内デザインによるスタイリングは当時高い評価を得たそうです。

フロンテ800(1965年)

 スタイリングといえば1969年に登場したキャリィバン、1971年に登場したフロンテクーペはデザイナーにジョルジェット・ジウジアーロを起用。洗練されたデザインのキャリィバンは1970年に大阪万博で活躍したEV仕様が展示されています。フロンテクーペは、ジウジアーロのデザインをベースに社内で仕上げられたパーソナル感に溢れたクーペです。そのコンセプトは後のセルボやカプチーノへ引き継がれ ました。サイズ的制約の多い軽規格でありながら、スタイリングや存在感にオリジナリティを感じる車種を展開するスズキらしいラインアップです。なお、世界中で今でも高い人気を誇るジムニーの登場もこのころです。

ジウジアーロデザインのキャリイバン(L40V 1970年)※万博電気自動車
ジウジアーロのデザインをベースに社内で完成させたフロンテクーペ(1971年)
セルボ 水素エンジン搭載実験車両「武蔵3号」(1979年)
現会長 鈴木修氏の発案によって生まれたジムニーの登場(LJ10 1970年)

47万円のアルトが登場した1980年代

初代アルト(1979年)

 初代アルトの登場は正確には1979年。「全国統一価格47万」と発表されたアルトは今なおスズキを代表するクルマですが、1987年にはスポーティなアルトワークス、2002年にはアルトラパンと、そのバリエーションを増やし現在に至ります。

初代アルト発売当時の価格比較。カローラやスターレットなどの乗用車から、テレビやステレオラジカセなどの価格も比べてます。NECのパソコンPC8001mk2は12万3000円。ナショナルのVHSデッキ マックロードNV-6000は28万9000円。VHSデッキを2台買うよりアルトの方が安いのです。また、当時170円だった週間少年マガジンの表紙は能瀬慶子(と言っても分かる人は少ないと思いますが……)。カーディガンを羽織ったシルエットはほぼ聖子ちゃん。そんな時代に47万円で登場したのが、現在もスズキを代表するアルトだったのです
安価で実用本位なアルトでしたが後にこんなモデルも登場します……アルトワークスRS-R(1987年)

時代を映すオリジナリティ溢れた2輪車も多数展示

所狭しと並べられた2輪車たち

 2輪車の展示ももちろん初期の製品だけではありません。4輪車同様にジウジアーロがデザインし、ローターリーエンジンを搭載したRE-5(1974年)や、1982年に登場したターボエンジン搭載モデルNX85など稀少なモデルも多数展示。レーサーレプリカが流行した1980年代のRG250「(ガンマ)や、デビューから40年近く経った今でも人気の衰えないGSX-1100KATANAなど、とても見応えがあります。中でも展示しているKATANAは、2000年に1100台限定で発売されたファイナルエディションの中でも最後の最後、シリアルナンバー1100。この1台見たさにここを訪れるファンもいるほどだそうです。

ロータリーエンジンを搭載したRE-5(1974年)はジョルジェット・ジウジアーロのデザイン
ロータリーといえばこの形
ターボエンジン搭載モデルNX85(1982年)
大人気だったRG250Γ(1983年)
GSX-1100S KATANAファイナルエディション(2000年)
1100台生産されたファイナルエディションの中でも最後の1台。シリアルナンバー”1100”

2Fは親子で見たい社会科見学ゾーン

2Fは親子で見たい社会科見学ゾーン

 3階の実車展示に対し、2階はクルマを企画するところから実際の生産現場までを一気に見て回れる社会科見学的なフロアです。商品企画の会議、設計、クレイモデルの製作、内装材の選定などが分かりやすく説明されています。機械加工に関する展示を経て、生産工場のラインを模した展示までを見学することでクルマのできるまでを解説しています。

商品企画会議
設計
クレイモデルの製作
計測機器を満載した走行実験車
安全装備の解説
現行モデルが採用するプラットフォーム「HEARTECT」
金型の作成や切削、ピニオン加工から素材による比重の違いなど、クルマをつくるさまざまな技術を分かりやすく説明するコーナー。削ったり磨いたりする機械加工や樹脂形成まで充実した内容の展示です
社会科見学の締めは生産ラインです

 また、同じフロアには世界中で活動するスズキを紹介するコーナー、そして地元遠州を紹介するコーナーなど地域に密着した展示もあります。スズキの創始者 鈴木道雄氏はもちろん、トヨタグループの創始者 豊田佐吉氏、ホンダの創始者 本田宗一郎氏、みんな遠州出身です。また航空自衛隊浜松基地協力による展示、地元のお祭り「浜松まつり」の紹介もあります。

スズキの海外での活動をパネルで紹介するコーナー
地元遠州出身の偉人を紹介するコーナー
地元のお祭りを紹介なども紹介しています

 1階にはインフォメーションカウンターや現行製品やMotoGPマシをはじめとするレーシングマシンの展示、お土産コーナーなどがあります。

1960年代のマン島TTレースから現在のMotoGPまで、さまざまなレーシングが各フロアに展示してあります
オリジナルグッズは1階にて
最新のジムニーや船外機なども並ぶ1階のエントラントホール

 スズキの歴史を紹介する「スズキ歴史館」。その中身はクルマ・バイク好きが満足できる充実の展示はもちろん、未来のクルマ好きを育むアイデアに溢れた社会科見学施設でもありました。

スズキ歴史館

住所 :静岡県浜松市南区増楽町1301
開館時間 :9時~16時30分
(予約制につき電話またはインターネットでの事前の予約が必要)
休館日 :毎週月曜・年末年始・夏季休暇(2020年は8月10日~8月18日まで)
入館料 :無料
駐車場 :50台
ミュージアムショップ :なし(ただし1Fでグッズの購入が可能)
アクセス :東海道本線 高塚駅より徒歩10分
ウェブサイト スズキ歴史館
電話 :053-440-2020
オフ会等での利用 :不可
EVの充電 :なし
※現在8月8日以降の土日、祝日は新型コロナウィルス拡散防止のため臨時休館(2020年9月末までの予定)。また10名以上の団体予約はできません。予約の際は開館日をホームページで確認してください。

高橋 学

1966年 北海道生まれ。下積み時代は毎日毎日スタジオにこもり商品撮影のカメラアシスタントとして過ごすも、独立後はなぜか太陽の下で軽自動車からレーシングカーまでさまざまな自動車の撮影三昧。下町の裏路地からサーキット、はたまたジャングルまでいろいろなシーンで活躍する自動車の魅力的な姿を沢山の皆様にお届けできればうれしいです。 日本レース写真家協会(JRPA)会員