特別企画

【特別企画】メルセデス・ベンツのハンブルク工場見学記

生産現場から“メルセデス品質”を実感。新型「Vクラス」の日本市場殴り込みも待ち遠しい

ハンブルクの市街地からエルベ川を渡って南下すること約30分。ハンブルク第3の雇用主であるメルセデス・ベンツ ハンブルク工場に着く。ここでは、900人の営業職に加えて2600人が生産に従事。加えて、軽量化技術を研究するR&D部門に100人の技術者が所属する

 2014年が明けてまもなく、デトロイトショー前夜に開催されたメルセデス・ベンツの「Cクラス」プレビューイベントで、「ジンデルフィンゲン・ツァイト」の記者と知り合った。メルセデス・ベンツにとってお膝元ともいえる街の地元紙記者が、なぜ、デトロイトまで足を運ぶのだろうか? 不思議に思って尋ねてみると、記者いわく「新型Cクラスからは伝統的なジンデルフィンゲンでの生産をやめて、ブレーメン工場に生産が移管される」「Sクラスを作る誇りは残されるが、生産台数の多いCクラス生産を失うのはジンデルフィンゲンの雇用を脅かす大ニュースである」という。

 そのブレーメン工場も興味深いが、正直なところ、ファイナル・アッセンブリーよりむしろ隣のハンブルクにあるコンポーネント工場が興味深い。以前から、メルセデス・ベンツはかなりの部品を内製しており、品質管理に妥協がないと聞いていたからだ。加えて、SクラスやCクラスといった近年のメルセデス・ベンツの軽量化技術の開発も、ハンブルク工場が担当している。

 結論を急ぐようだが、これだけの作りの部品を組み合わせた結果として、Cクラスのセダンが現行モデルと同じ380万円~といった価格なら「新型Cクラスってお買い得!」と太鼓判を押せる。小さな部品まで妥協ない“メルセデス品質”を貫いているのが清々しい。

 日本に次いで世界第4位のGDPを誇るドイツ。日本同様、世界有数の工業国であり、貿易大国でもある。その中でもハンザ同盟の古都として知られるハンブルクは、古くから物流の拠点として栄え、近代はメディアや金融業が集まる裕福な街である。そう書くと、ここでは製造業が廃れたかのように想像するかもしれないが、製造業も盛んだ。有名なところではエアバスの「A380」の工場もこの地にある。そして、900人の営業職と2600人の製造職を抱えるメルセデス・ベンツのコンポーネント工場はハンブルクで第3の雇用主だ。

 メルセデス・ベンツのハンブルク工場の歴史は1930年代まで遡ることができる。1935年に「ヴィダル&ゾーン/テンポ」なる三輪トラックメーカーがこの地で創業し、1970年代にダイムラー傘下となって、2007年からダイムラーAG内に組み込まれた。現在は主に、フロント&リアアクスル、ステアリングコラム、ペダル類、排気マニフォールドを製造している。彼らが「顧客」と呼ぶのは、約20カ国に散らばるメルセデス・ベンツの組み立て工場のこと。興味深いことに、顧客リストにはフォルクスワーゲンやテスラ モーターズも名を連ねる。もちろん、国ごとの多様な品質基準に応えているのは言うまでもない。

ハンブルク工場では、フロント&リアアクスル、ステアリングコラム、ペダル類、排気マニフォールドを製造する。不良率をppmオーダーに抑える品質の高さに加えて、ISO14001、ISO5001、ISO/TS16949に適合している
ハンブルク工場について説明してくれたコンポーネント生産担当のシュテファン・ゲーブ氏

 新型Cクラスの生産ラインがジンデルフィンゲンからブレーメンに移管されるにあたって、ハンブルク工場も新たな製造工程を構築し、効率的な部品供給に乗り出した。例えばステアリングコラムの生産ラインでは、基礎となる設計を2種類まで減らし、最後のアッシーで多様な車種に対応できるフレキシブルなラインを新設計した。基本となるステアリングコラムの生産ラインでも効率が追求されており、予定通りに生産が進んでいるかを“アンドン”で示す「トヨタ生産方式」が導入されている。多機能工によるセル型生産ラインであり、生産量や型替えに対してフレキシブルに対応できる。

 もう1つ、ハンブルク工場は軽量化にも積極的に取り組んでいる。年間100万個の軽量パーツを生産し、R&D部門には100人のエンジニアを抱えている。この技術の恩恵に預かっているのは、Aクラス、Bクラス、Cクラス、Eクラス、Sクラス、そしてSUV全般というから、メルセデス・ベンツのラインアップのほぼすべてに関わっていると言っても過言ではない。2013年10月には、自動車への樹脂の効果的な活用に対して与えられる「SPE Automotive Awards」を受賞するなど、技術開発の面でも高評価を得ている。

コラムのネジが切ってある円筒形の部品まで内部で製造。外注も検討したが、自動化されている工程では高品質で不良を出さないことで、内製の方が技術力の高さを保ちながら25%コストを下げられるという結論に至った

 生産ラインでは、アルミなどの軽金属の加工や溶接に加えて、樹脂の成型にも対応している。新型Cクラスの軽量化技術の見どころは、アルミ溶接したアクスルの採用と、金属部品の中に樹脂を直接成型するという独自のプロセスを開発した部分にある。この日、見学がかなったのはSクラスから採用がスタートし、Cクラスにも使われるダッシュボードの骨格となる部品だ。普段から運転席の前にあっても、ダッシュボードで隠れて目にすることはないから、部品の状態でその裏側を見るのは新鮮な体験だ。

 ダッシュボードまわりでは、表側にダッシュボードが備わるだけではなく、その背後にワイヤーハーネスなどたくさんの部品が設置されている。そのため、従来はパイプ状の金属製部品に樹脂パーツを組み付けてそこに様々な部品を組み付けていた。しかし、Sクラスで採用したコンポーネントは、金属パーツに樹脂が直接モールドされている。ワイヤーハーネスが通る位置も十分に計算されており、こうした部品の組み付け時間も大幅に短縮したという。軽量化と同時に生産エネルギーとコストの削減にも成功したわけだ。

金属パーツに樹脂が直接モールドされたダッシュボードの裏の部品
アルミ素材に樹脂をモールドしたクロスメンバーをロボットが取り出してるところ。手前の作業員はロボットが取り付ける部品の仕掛りを担当

 ほかにも興味深かかったのは、ステアリングコラムの軸の加工を自前で行っている点だ。一時はコスト低減の目的で外部の部品メーカーに生産を打診したこともあるが、社内で生産するほうが品質が高く、生産時間も短くて済み、結果として約25%も低コストだったという。

「人件費の安い地域にむやみに生産を移管するより、効率の高い工程を設計し、競合他社に対して数年先の技術レベルを保つことが重要です」と、コンポーネント生産担当のシュテファン・ゲーブ氏は言う。

ステアリングコラムのセル型生産ライン

 簡単に作れる部品はすぐに競争力を失う。工程を進化させて、働く人たちのスキルを向上させることで、先進国の人件費でも十分に競争力のある部品を生産できる。また、日本が系列重視の部品メーカー選定であるのに対し、ダイムラーAGでは自社の部品メーカーを独立系サプライヤーのライバルとしてあつかっている。機能性、コスト面を精査して、容赦なくベストな選択を行うという。

 コンポーネントの段階でも“メルセデス品質”を保つ作りこみが行われている一方で、系列にしばられない外部メーカーとの競合によって、生産技術の向上と生産コストの低減を進めている。こうした妥協なく作られた部品を組み上げたものがメルセデス・ベンツのクルマになるのであれば、前出の価格も“お買い得”と言えるだろう。

新型「Cクラス(W205型)」のアクスル組み立て行程

新型「Vクラス」は日本に直列4気筒ディーゼルモデルを導入か?

 翌日からは新型Vクラスの試乗会に参加。今回、ドイツ本国で発売される直列4気筒ディーゼルユニット3機種が用意されていた。搭載される3種のエンジンはいずれも排気量が2.1リッターだが、出力の違いで「V200 CDI」(136HP/330Nm)、「V220 CDI」(163HP/380Nm)に加えて、190HP/440Nmを発生するフラグシップの「V250ブルーテック」が揃う。

 その中から「V250ブルーテック」を試乗車として選んだ。ヨーロッパの現行規制より一段厳しい日本のポスト新長期規制に対応するためには、後処理装置に尿素SCRを搭載したブルーテックが必要だろうと判断したからだ。

 静粛性と燃費性能の向上を目的に空力性能を高めたことに加えて、今回から「乗用車としての性格を強調する」という目的もあって、キャラクターラインが強調された躍動感のあるスタイリングになった。Eクラスから採用された新世代のフロントグリルにフルLEDヘッドライトを組み合わせたことで、背高ボディーながらタイヤを4隅に配置した踏ん張り感がある。

新型「Vクラス」のV220 CDI。写真は3月のジュネーブショーでの展示風景

 スライドドアを開けて車内に乗り込むと、国産ミニバンのように広々とした空間が広がる。ただし、インテリアの質感はVクラスの方が格段に高い。従来モデルでは商用車ベースという雰囲気がぬぐいされなかったが、今回からメルセデス・ベンツの乗用車開発陣からもエンジニアが参加して、より乗用車向けの室内空間を生み出した。

 3列シートで最大8人乗りのシートアレンジが可能だが、2列目、3列目のシートをそれぞれ独立させて6人乗りとして使うとかなり広々としている。また、2列目を後方に回転させて中央のテーブルを出せば、まるでラウンジのような空間に早変わりする。和製ミニバンでは3列目のアクセスがあまりよくなく、2列目にチャイルドシートを付けることが多いが、このキャビンスペースなら3列目にチャイルドシートを付けることも簡単だ。シート位置は前後に大きくスライドできるので、子供から大人まで体格にあわせて調整しやすい。全長5140mm(発売時はロングのみ)の大ぶりなサイズだが、自動駐車システムを採用するなどの配慮がある。

広々とした車内は自在にシートアレンジさせてさまざまな使い分けが可能

 心臓部となる2ステージターボ付きの2.1リッターディーゼルユニットは、最高出力190HP/最大トルク440Nmを7速ATを介して後輪に伝える。尿素SCRを採用して最新のユーロ6をクリアする環境性能はブルーテックの真骨頂だ。2.1リッター直4ディーゼルを採用することもあって、V型6気筒エンジン搭載の従来モデルと直接比較しにくいが、あえて比べると28%もの低燃費化に成功し、6L/100kmの燃費性能を誇る。

 インテリアの質感向上と同じくらい、静粛性の高さも特筆に値する。従来まで5速だったATが新型からは7速を採用するようになったこともあって、高速巡航するようなシーンでは回転数を低く抑えられる。また、幅広い領域でフラットにトルクを発揮するエンジンの特性もあって、シフトダウンしなくてもアクセルを踏めばすっと加速する。空力性能を高め、風切音を低めることにも心を砕いたという。

 低燃費化に関しては、EPS(電動パワーステアリング)を初採用したこともトピックだ。このEPSはラック側にモーターを備えることで操舵感に違和感がない。パーキングスピードでは軽くあつかえる一方で、アウトバーンを高速走行しているときでもしっかりとした手応えがあって頼もしい。マニュアル操作で変速できるパドルシフトなんてミニバンで必要だろうか?と最初は思ったが、ステアリングフィールがよく、応答性が良好でパワフルなエンジンを持っているので、ついつい積極的に操ってみたくなる。

 また、乗り心地の向上も目覚ましい。従来のエアサスは切替型だったが、新型では周波数感応型のダンパーを新採用した。これにより、路面からの入力に対してパッシブにダンパーの減衰力特性を変化させる。サブフレーム周辺に補強を加えたことでリアの追従性も高い。

 ドイツでのこのクラスは、フォルクスワーゲン「マルチバン」の独壇場だ。子供のころにマルチバンに触れた世代が大人になってまたオーナーになるというロイヤリティの高い層から、実用性の高さにおいて圧倒的な支持を得ている。しかし、今回の新型Vクラスでは、スタイリッシュな外観と質感の高いインテリアを与えることで、これまでのマルチバンでは満足できないという層を狙っているかのようだ。フレキシブルなシートアレンジ、フラットで使いやすく、パーセルシェルフやガラスハッチを備えるラゲッジなど、実用面も侮れない。日本と比べると選択肢の少ない欧州ミニバン市場を活性化させる一方で、ミニバン大国である日本市場への殴り込みも待ち遠しい。

川端由美