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WRCの映像を支えるプログレードデジタルのメモリーカード、ラリージャパンに来日したウェス・ブリュワーCEOに聞く

メモリーカードをWRCへ供給しているプログレードデジタル。ラリージャパンに来日したウェス・ブリュワー(Wes Brewer)CEOに話をうかがった

WRCの映像を支えるプログレードデジタルのメモリーカード

 WRC(世界ラリー選手権)最終戦となるラリージャパン2022が日本で開催された。WRCが日本で開催されるのは12年ぶり。舞台が東京、大阪の中間付近となる愛知県・岐阜県となり、現地観戦しやすくなった人は多いだろう。一方でテレビ観戦した読者も数多くいたと思う。

 近年、映像・中継・情報技術の進化によりモータースポーツの観戦環境(テレビ・スマホ・PCなど)は充実してきた。例えばF1のオンボードカメラ。1987年、中嶋悟のマシンにだけ搭載されていたオンボードカメラは現在すべてのマシンに搭載されている。新たにヘルメットカメラ(ドライバーズアイ、バイザーカメラ)の映像も加わり、2023年から全ドライバーのヘルメットに搭載すると言われている。Live Timingはラップタイム、タイム差、トラックポジションなどの情報を提供してくれる。

ラリージャパンを走るWRC2マシン。フロントウィンドウにはプログレードデジタルの文字が。プログレードデジタルはWRCをサポートしている

 F1、WRC、WEC、MotoGPなど世界選手権は、世界的に多くの人がテレビ・スマホ観戦しており、映像・中継・情報技術の進化による恩恵は大きい。筆者は、これらテクノロジの進化による恩恵がもっとも効果を発揮しているのはWRCだと思っている。

 二昔前(?)のラリー中継の絵は刺激的だがレースの競り合い感が乏しかった。限られた定点カメラとヘリの映像。タイムはゴールしてから分かるためイマイチ盛り上がれなかった。サーキットのレースは0.5秒差でトップ争いをしていれば、オンボード映像やデータがない時代でも競り合いの緊張感が伝わった。近年のWRCはSSの計測ポイントごとにタイム差が表示され、オンボード映像も充実し中継による観戦環境は大幅に向上したと感じている。

 オンボードカメラは以前はWRCのみ、現在はWRC2を含めた15台のマシンに各3台のカメラが搭載されている。3台のカメラのうち1台は前方、1台はドライバー、もう1台はマシンごとにチームと協議して設置場所を決めている。今回のラリージャパンではオジェのマシンはペダル操作を、WRC2でチャンピオンを獲得したリンドホルムのマシンはフロントタイヤの内側にカメラが設置され赤熱するブレーキローターを映していた。WRC2のチャンピオンシップポイント2位で最終戦に臨んだカエタノビッチはSS2のトンネル出口でクラッシュ。壁に激突し左後輪が大破、チャンピオン獲得が遠のく瞬間をマシン左側後方に向け取り付けられた3台目のカメラが映していた。

 3台のカメラの映像は上空で受信する。WRCの担当者によると、ラリージャパンは山岳部のSSのためヘリコプターではなく航空機をSS上空で旋回させているとのこと。航空機からサービスパーク(豊田スタジアム)に設置されたアンテナに映像は送られ放送に利用されている。同時に3台のカメラ映像は各マシンに搭載されたメモリーカードに録画されている。

 ラリージャパンの生放送の中継を見ると、森林の樹木の高さの影響かヘリが飛ばせなかった影響か、通信状況がわるく映像がモザイクになったり途切れたりするSSが散見された。正直かなりフラストレーションを感じる放送となった。

 後日WRCの公式YouTube(https://www.youtube.com/@wrc)には「20km RALLY BATTLE! Split Screen Rally Onboard」(https://www.youtube.com/watch?v=nP2dnS9rv5U)という映像が公開されている。SS11 Nukata Forest 2を14分6秒9で1位となったオジェと0.1秒差の2位となったヌービルのオンボード映像をノーカットで上下に並べて見られる優れものだ。放送では映像の乱れが多かったSS11だが、YouTubeの映像はメモリーカードの録画を編集したと思われ途切れることなくクリアな映像となっている。

20km RALLY BATTLE! Split Screen Rally Onboard

WRCマシンに搭載されるプログレードデジタルのメモリーカード

 ここで使われているメモリーカードは「プログレードデジタル(ProGrade Digital)」のものだ。プログレードデジタル?と思った読者は少なくないだろう。2018年2月のデジカメ Watchの記事を要約すると、プログレードデジタルの創業者は元レキサーの副社長ウェス・ブリュワー(Wes Brewer)氏で、2018年3月からメモリーカードの販売を開始、となっている。

 筆者が取材で訪れるサーキットのメディアセンターではプログレードデジタルの知名度は高い。読者の中でもキヤノンのEOS R3、ニコンのZ9などを使用している人はご存じかと思われる。ハイアマチュア~プロカメラマンが使用するカメラに使用するメモリーカード(=プログレード)を開発・販売しているのがプログレードデジタルだ。

ニコンZ9の連続撮影可能コマ数は「メモリーカードProGrade Digital COBALT 1700R 325GBを使用した場合」と明記され、メーカー推奨のメモリーカードとなっている

 また、WRC2マシンのフロントウィンドウを見るとプログレードデジタルの文字を見ることもできる。

日本らしい風景の中を走るWRC2マシン
フロントウィンドウに掲出されるプログレードデジタルのロゴ

なくてはならない関係

 余談となるが筆者はクルマとタイヤの関係と、デジカメとメモリーカードの関係は似ていると思っている。筆者は現在ホンダ車に乗っていて夏タイヤはダンロップ、スタッドレスタイヤは横浜ゴム。カメラはキヤノンのEOS 7D Mark IIを3台保有しメモリーカードはプログレードデジタルとレキサーを使用している。おそらく多くの読者が本体と異なるメーカーのタイヤやメモリーカードを使用していると思う。「当たり前だろ~」、そう当たり前だがなくてはならない関係だ。

 前述のキヤノンEOS R3やニコンZ9ではCFexpressカードというメモリーカードが使用されている。カメラの性能の進化に適応した高速なメモリーカードがなければカメラの性能は向上しない。乗用車はともかく、高級スポーツカーやレーシングマシンとタイヤの関係はお互いに協調が必要と思われ、その点では高級カメラと高速なメモリーカードも開発段階からメーカー同士の密接な関係が必要だろう。

WRCとプログレードデジタル

 プログレードデジタルの創業者兼CEOであるウェス・ブリュワー(Wes Brewer)氏は元レキサーの副社長兼ゼネラルマネージャーで、さらにその前はサンディスクの副社長をしていたメモリーカード業界の重鎮だ。加えて2人のプログレードデジタル共同創業者である副社長のマーク・ルイス氏、エド・チェリーニ氏もレキサー、サンディスクで要職を歴任したメモリーカードのスペシャリスト集団だ。

 2014年頃からレキサーはWRCの映像を記録するためのメモリーカードを提供していて、当時SSのコースサイドにレキサーの看板(フラッグ)を見たことを記憶している。WRCと関係を築いていたのはウェス・ブリュワー氏。ウェス・ブリュワー氏が率いるプログレードデジタルがWRCの車載映像用メモリーカードを提供するようになったのは必然と言えよう。

プログレードデジタル ウェス・ブリュワーCEOに聞く

自身もクルマ・オートバイ好きなプログレードデジタル ウェス・ブリュワーCEO。いくつかのコレクションの中から愛車の写真(ホンダ VFR750R[RC30])を見せていただいた

 多くのプロカメラマンに使われ、高性能なデジタルカメラの性能を支えているプログレードデジタルのメモリーカード。そのプログレードデジタルがWRCをスポンサードする理由などをラリージャパンに訪れたウェス・ブリュワーCEOに話をうかがった。

──なぜWRCにメモリーカードの提供を行なっているのですか?

ウェス・ブリュワー氏:私が10年間サンディスクにいる際にMotoGPをサポートし、ケーシー・ストーナー選手が優勝したことがありました。MotoGPとの関係を続ける中でハイスピードのメモリーカードがカメラの性能を最高に引き出し、モータースポーツの撮影に大きく貢献しているかが分かりました。

 後にレキサーでWRCをサポートして、WRCのマシンの熱や振動、衝撃などものすごい過酷な環境の中に搭載されたカメラの映像をハイスピードで録画するためにどのようなメモリーカードが必要になってくるかを理解しました。それと同時にどれだけのベネフィットがWRC側のビジネスとしても、エンタテイメントとしても重要かということも理解しました。

WRC、WRC2のマシンに搭載されてるプログレードデジタルのメモリーカード

 われわれのメモリーカードが実際にWRCの過酷な環境で使用されパフォーマンス、耐久性を含めた性能の高さが証明されたからこそ技術的な支援とスポンサードを行なっています。

マシンによっては砂埃でマシンが見づらく、車内も過酷な環境になると思われる

 レキサーの時代はWRCだけでしたが、プログレードデジタルになってWRC2を含む15台のマシンにメモリーカードを搭載しています。レキサー時代から現在までクラッシュや水没でメモリーカードがダメになったことはありません。

──ウェス氏は個人的にもクルマやバイクが好きなのですか?

ウェス・ブリュワー氏:バイクが好きで、特に日本製のバイクを集めています。実は東京から愛知に移動する途中でヤマハのミュージアムに寄ってきました。ホンダのRC30などを持っています。

──WRCにも技術支援しているプログレードデジタルですが、メモリーカードで重要視していることは何ですか?

ウェス・ブリュワー氏:われわれが一番最初に時間を使うのはカメラメーカーと話をすることです。彼らのニーズと僕らが考えていることがマッチしているかを確認して、常にアジャストする必要があります。カメラメーカーからすれば、存在しないメモリーカードで動くホスト(カメラ)を作っても意味がない。

 まだCFexpressカードが世の中にも出てないし、ホストも出てないときに、われわれはCFexpressのSLCとTLCのサンプルを用意しました。われわれはハイエンドとエントリーの両方の製品を用意して、どのテクノロジを使うかは、今後のマーケットを作ることにつながります。

 テクノロジの進化は8K映像とか4K映像のRAWが必要とする速度などは予測できます。将来必要なメモリーカードのスペックからCFexpressカードを提案し、合意されたため現在の最新ミラーレスカメラがあるということです。カメラメーカーとのコミュニケーションによって、消費電力と発熱はスピードと同じくらい重要だというメッセージを受けて、どんどん改善していく必要がありました。今回の訪日でも最初にカメラメーカーと会いました。年に数回はコミュニケーションを行なっています。

 また、ハイアマチュアも含めたプロ用カメラを使う人たちにフォーカスし、世界中のプロ写真家と話をしてきた歴史の中で、プロのニーズをはっきり理解していることがわれわれの強みだと思います。プロに選んでもらうためにパフォーマンスとプライスのバランスが重要だと考えています。

──プログレードデジタルにはコバルトやゴールドなどのラインアップがありますが、その違いはなんですか?

ウェス・ブリュワー氏:まずSDカードにもCFexpressカードにも規格があって、その規格をきちんと守って作っています。その上でコバルトはNAND型フラッシュメモリのSLC(シングルレベルセル)を使用しています。ゴールドはTLC(トリプルレベルセル)を使用しています。

 SLCは1つのセルに対して1bitの情報、0または1のみを格納する形式で速度、正確性、信頼性、耐久性に優れています。TLCは1つのセルに3bitの情報を入れられ、000から111までを使ってデータを記録します。より多くのデータを格納でき価格が安価になりますが、SLCよりも速度、耐久性が劣ります。なので速度や耐久性を重視するならコバルト、コストを重視するならゴールドということです。

──SLCを使用したコバルトは発熱でも優れていますか?

ウェス・ブリュワー氏:発熱や消費電力は一概にSLCだからよいとは言えません。コントローラを含めたメモリーカードの構造的デザインによって変わります。ですが例えば排気量の大きなクルマは強くアクセルを踏まなくても加速できるように、コバルトは同じデータ量を転送するときに、消費電力が小さく、発熱も小さいという結果をもたらしています。

──プログレードデジタルに高速なカードリーダーのラインアップが豊富な理由は?

ウェス・ブリュワー氏:カードリーダーは撮影から写真の保存まで、ワークフロー全体を極めて効率よくするという考えで作られた製品です。SDカード1枚から写真を取り込むなら今のUSB 3.0でも充分ですが、インターフェースにUSB 3.2 Gen2を採用しメモリーカード2枚(=2台のカメラで撮影した写真)から同時に取り込めるデュアルスロットになると圧倒的に速く写真の転送ができます。ラインアップはCFexpressとSD、SDとSD、microSDとmicroSD、CFとSD、CFastとSDなど豊富に揃えていて、CFexpressとSDのように他社がほとんどラインアップしていない組み合わせもプロカメラマンにニーズを考えて製品化しています。


 筆者はモータースポーツ好き、写真好きなので、今回の取材で普段なにげなく見ているWRCのオンボード映像の背景を少し知ることができた。メモリーカードに関しても興味深い話を聞くことができた。前述のとおり「なくてはならない関係」であるデジタルカメラとメモリーカード。これからは技術動向なども注視したいと思う。