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MotoGPで勝つための戦略、裏事情をHRC中本氏が明かす
「3DEXPERIENCE FORUM Japan 2015」で講演
(2015/6/5 15:59)
- 2015年6月3日~4日開催
6月4日、製造業向けのソフトウェア「3Dエクスペリエンス・プラットフォーム」を提供するダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE FORUM Japan 2015」で、MotoGP世界選手権などに参戦する本田技研工業のワークスチーム「ホンダ・レーシング」(HRC)で指揮を執る中本修平氏が講演を行った。
「最高峰へのチャレンジ(勝ち続ける為に)」と題した講演では、MotoGP参戦にあたってのチーム作りからマシン作成の中身、さらにはライダーの契約金額まで、勝つためのレーシングチーム運営に必要な要素を解説した。
勝つのに必要なのは「強いライダーと強いマシン、よいチーム運営」
ホンダの100%出資子会社であるホンダ・レーシングは、ホンダのレース活動を集約して運営するべく1982年に設立され、1983年から現在の2輪ロードレース最高峰のMotoGPの前身であるWGPに参戦。現在はMotoGPだけでなく、250ccクラスのMoto3、モトクロス世界選手権、全日本モトクロス選手権、トライアル世界選手権など、多数の2輪モータースポーツ最高峰クラスにワークスチームとして参戦、もしくはサポート活動を行っている。
なかでも古くから参戦しているWGP/MotoGPにおいては、これまでに262勝、21回の年間タイトルを獲得しており、2015年シーズンはRepsol Honda Teamとして、MotoGPクラス2年連続チャンピオンのマルク・マルケス選手とダニ・ペドロサ選手の2人体制で、1000ccのMotoGPマシン「RC213V」を走らせている。
このRepsol Honda Teamを副社長という立場で指揮しているのが中本氏であり、昨年度までの好成績にチームを導いた功績は大きい。今シーズンは苦戦が続き、ダニ・ペドロサ選手が手術により一時戦線離脱するというできごともあったが、今後の挽回に期待したいところだ。
中本氏は、そのMotoGPにおいて勝ち続ける「強いチーム」に必要な要素として、「強いライダー」「強いマシン」、そして「よいレース運営」の3つを挙げ、「これらがすべてそろわないとチャンピオンは獲れない」と語った。
まず「強いライダー」をどのようにして獲得するかについては、2年連続チャンピオンのマルク・マルケス選手を例に、当時の125ccクラス(現Moto3クラス)のチャンピオンを彼が獲得した瞬間に「青田買いのように」契約し、その後、250ccクラス(現Moto2クラス)を経てMotoGPにステップアップさせてきたことを紹介。
ちなみにライダーの(年間)契約金は、日本国内のスポーツ選手で最も高額とされる読売巨人軍の阿部慎之助選手を引き合いに、「(彼の年俸が6億円という前提で)マルケス選手はその3倍くらい、ペドロサ選手はチャンピオンを獲得していないので(阿部慎之助選手の)半分くらい」だと明かした。
最適なツールでPDCAサイクルを高速に回す
「強いマシン」作りにおいては、オンシーズンは「必要な場面場面で、高速でPDCAサイクルを回しながら次の工程に進む」ことが基本。例えば新型の車体を開発する際、大まかには「コンセプト・目標設定」「作図」「試作品製作」「単体テスト」「耐久・風洞テスト」「サーキットテスト(テストライダー)」「サーキットテスト(GPライダー)」という工程を順に経て、完成した新型車が実レースに投入される。
これらの各ステップにおいてPDCAサイクルを回しており、最初の「コンセプト」からGPライダーによる「サーキットテスト」まで、およそ10カ月という長い時間がかかる。なお、上記のうち「作図」の部分ではダッソー・システムズのソフトウェアでパーツの設計、強度・剛性計算などを行っており、設計の効率化を図っているという。
ただ、マシンをアップデートするにしても、シーズン終了から次のシーズンのスタートまでにライダーがマシンに乗れる機会は9日間しかない。そのため、通常は前年度の仕様を踏襲したうえで性能向上を図っている。具体的には、車体(フレーム)に関してはジオメトリーを変えることはあまりないが、剛性は「どちらかというと落とす方向」(中本氏)。特に水平方向の剛性は年々明らかに低下させており、垂直方向の剛性とねじれ剛性もほとんど変えないか、ごくわずかに落とす傾向にある。
フロントフェアリングの形状も毎年のようにアップデートしている。2012年モデルは、エンジンにラム圧を加えて空気を送り込むためのエアインテークダクトの穴を横に2つ開けていたが、2012年後半~2013年モデルではダクト形状がやや斜めにつり上がった「スマイルフェイス」になり、2014年と2015年になるとダクトが1つにつながった「なまず顔」へと変化。こうしたデザイン変更も、ダッソーのソフトウェアで流体解析を行った結果などを元にしている。2012年モデルと2014年以降のモデルを比べると、ラム圧は3%アップして実馬力の向上にも少なくない影響を与えている。
レースマシンとして最も重要な部品の1つが、やはりエンジンだろう。2013年に改訂されたレギュレーションにより、年間で使用可能なエンジンは5基と定められ、制限が設けられていなかったかつてのように「1レースもてばいい」というものではなくなった。年間で18戦、1レースあたりの練習走行や予選も含めて400~500kmほど走行することを考えると、エンジン1基で3000kmは走行できるような耐久性が求められることになる。
こうした耐久性を考慮に入れながら、可能な限りパワーが引き出せるようチューニングを行っていくのだが、ただ単にエンジン出力を上げるというわけにもいかない。耐久性に加え、マシンの燃料タンク容量が20Lまでという制限もあるので、パワーと燃費のバランスを取らないと完走もおぼつかないからだ。それでも2012年モデルに比べて2014年モデルのエンジンは、馬力を5%引き上げながらも走行可能距離を35%伸ばしており、市販の2輪スーパースポーツモデルと比べても馬力で15%、燃費で10%上まわる基本性能を持つ計算になるという。
そのほかの技術要素としては、シフトチェンジ時のロスを極限まで削減するシームレスミッション、2足歩行ロボットASIMOの技術を転用したジャイロセンサーをはじめとする30個以上のセンサー、車速とコーナリングGから導き出されるタイヤのグリップ限界値ギリギリにエンジントルクを合わせる制御プログラムなど、市販車とは大きく異なるテクノロジーが数多く詰め込まれている。
「一番重要なのはネバーギブアップ」
3つ目の「よいチーム運営」においては、優秀なスタッフの存在を第1に挙げ、「経験豊富な人をいかに集めるかが勝負」だとする。とりわけ2010年からHRCに加わり、Repsol Honda Teamの代表としてチーム運営や広報などを担当するイタリア人のリビオ・スッポ氏は、ヨーロッパの文化を知悉していることに加え、中本氏いわく「イタリア人でも北の方の人は意外に勤勉」であることなども含め、大きな力になっているとした。
最後に中本氏は、「単純によいライダーだけいても勝てないし、ハードだけよくても勝てないし、運営もよくしなければならない。スタッフのインターナショナル化や、PDCAサイクルも必要だが、一番重要なのはネバーギブアップ」と語り、来場者にチームへの応援を求めて講演を締めくくった。