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ル・マン24時間のラスト1時間の詳細も語られた「TOYOTA GAZOO Racing WEC 2018-2019年シーズン報告会」レポート

2019年6月19日 開催

「TOYOTA GAZOO Racing WEC 2018-2019年シーズン報告会」を開催

 WEC(FIA世界耐久選手権)2018-2019スーパーシーズンにおいて、第2戦ル・マン初優勝、およびチームタイトルを獲得したTOYOTA GAZOO Racingは、6月19日にトヨタ自動車東京本社にて「TOYOTA GAZOO Racing WEC 2018-2019年シーズン報告会」を開催した。

 報告会にはTOYOTA GAZOO RacingからGRパワートレーン推進部 部長の加地雅哉氏が、優勝した8号車から中嶋一貴選手、2位の7号車から小林可夢偉選手が参加した。

 まずはGRパワートレーン推進部 部長の加地氏が登壇。「WECはF1のような知名度がありません。だからこそわれわれは応援していただける方々と一緒に盛り上げていきたいと考えています」と語ったあと、開幕戦のスパフランコルシャンから最終戦(第8戦)のル・マン24時間レースまでをスライドにて振り返った。

TOYOTA GAZOO Racing GRパワートレーン推進部 部長 加地雅哉氏
WEC(FIA世界耐久選手権)2018-2019スーパーシーズンの結果はスライドで発表された。それぞれの内容を加地氏が読み上げていく
開幕戦 スパフランコルシャンは優勝が8号車、2位が7号車
第2戦は2018年のル・マン24時間。8号車優勝、2位は7号車。トヨタ念願の初優勝となった
第3戦 シルバーストーンでは8号車が1位、7号車が2位でのゴールとなったが、スキッドプレートの傾きが規定オーバーだったため2台とも失格となった
第4戦 富士スピードウェイは雨のレースとなる。7号車が今季初優勝し、8号車は2位
第5戦 上海は豪雨で赤旗中断。7号車が優勝し、8号車が2位。ピットに入るタイミングが明暗を分けた
第6戦 セブリングでは8号車が優勝。7号車は他車とのアクシデントにより後退
第7戦 スパフランコルシャンは天気が晴から雨、そして雪に変わるコンディション。8号車が優勝。7号車はブレーキトラブルが発生
最終戦(第8戦)のル・マン24時間はご存じのように23時間トップを走り続けた7号車にタイヤのパンクが起こり、8号車が優勝。7号車が2位となり、トヨタの2年連続1-2フィニッシュを達成
こちらはシリーズ成績。2014年以来となるチームタイトルをTOYOTA GAZOO Racingが獲得。ドライバーズタイトルはフェルナンド・アロンソ選手、セバスチャン・ブエミ選手、中嶋一貴選手が獲得。なお、中嶋選手は日本人としては初のWECチャンピオンとなった
今シーズンのまとめ。「ル・マンの連覇やチーム、ドライバーズタイトルは獲れたが、一方でトラブルも多発したシーズンだったため、チーム力、人づくりという面では改善すべき点は多い。来シーズンに向けてしっかりとした改善を続けていきたい」と加地氏は語った

 今シーズンのまとめに続けて、加地氏は2019-2020年シーズンについて説明を行なった。

 WECへは引き続き参戦し、マシンはTS050 HYBRIDの改良型を使用するとのこと。ドライバーはフェルナンド・アロンソ選手の代わりにブレンドン・ハートレー選手が加入する。

 さて、2020年だが、FIAとACO(Automobile Club de l'Ouest:フランス西部自動車クラブ)から新レギュレーションである「Hypercar規定」が6月14日に正式発表された。TOYOTA GAZOO Racingも「GRスーパースポーツ」(仮称)を開発していて、HypercarにはGRスーパースポーツベースのプロトタイプカーで参戦する。また、Hypercar規定が発表された日にアストン・マーティン・レッドブルが「Valkyrie(ヴァルキリー)」で参戦することを表明したことについて、加地氏は「真剣勝負を繰り広げることができそうです」と抱負を語った。

2019-2020年シーズンは改良型のTS050 HYBRIDでWECに継続参戦を行なう。ドライバーはこちらの6名。アロンソ選手が抜ける代わりにブレンドン・ハートレー選手が加入する
市販化に向けて開発中のGRスーパースポーツ。Hypercar規定のレースにはGRスーパースポーツベースのプロトタイプカーで参戦を表明している
GRスーパースポーツの開発風景映像では、豊田章男社長がドライブするシーンもあった。GAZOO Racingの友山茂樹氏もレーシングスーツ姿で映像に収まっていた
カモフラージュされたGRスーパースポーツ。富士スピードウェイでのテスト
GRスーパースポーツのインカー
豊田社長とGAZOO Racing 友山氏の2ショット
加地氏の報告のまとめ。項目を上から読みあげたあと「われわれは挑戦を続けていきます」と結んだ

最後の1時間で7号車に何が起こっていたのか

 続いては中嶋選手と小林選手、そしてあらためて加地氏がステージに登場した。司会からまずは中嶋選手にシーズンと2019年のル・マン24時間の振り返りのコメントが求められた。

TOYOTA GAZOO Racing TS050 8号車の中嶋一貴選手

 中嶋選手は「2018年からの1年半という長いスーパーシーズンをしっかり戦いきることができました。昨年のル・マンで優勝して以来は、やはりワールドチャンピオンを目標にやってきたので、それが達成できたことはよかったと思っています」と語った。

 続けて「今年のル・マン24時間に関して、複雑な感じもしますが、チームとしてはしっかりと1-2フィニッシュできました。何年か前のことを考えればすごいことだと思います。来年以降はよりよいカタチで戦っていければいければいいなと思っています」と、チームで結果を出せたことを重視したコメントを語った。

 なお、中嶋選手はゴール後に涙を流す姿が映像で捉えられていたので、司会者はその理由を尋ねた。

 すると「花粉症がひどくて(笑)」と笑顔で冗談を飛ばしたあと「まあ、7号車が勝つであろう……勝つべきレースでありました。自分自身も悔しい思いをしているので、なんでしょう、説明するのが難しいのですが感極まったというかそういう感じでした」と言葉に困りながらも答えていると、横にいる小林選手が「なんで泣いたんですか?」と茶々を入れて、話の流れが詰まった中嶋選手をフォローした。

TOYOTA GAZOO Racing TS050 7号車の小林可夢偉選手

 次は小林選手にシーズンと今年のル・マン24時間の振り返りのコメントを求めた。小林選手は「今シーズンはフェルナンドが入ったことで8号車のパフォーマンスは確実に上がりました。また、彼の加入によりチームのモチベーションも上がったように思います。そんなレベルの高いなかで戦えたシーズンだと感じています。そしてル・マン24時間では目標であった1-2を獲れて、チームとしてもチャンピオンを獲れました。チームのみんなが頑張ったのもそうですが、ドライバーも1年間ミスなくやり切れたことがこういう結果につながったと思います」と語った。

 そして「僕たちが1番誇りに思っていることは、いいライバルであったことと、お互いをリスペクトしながら戦えたことです。最後のル・マン、僕らは悔しい結果に終わったんですが、お互いをリスペクトしあいながらやれたので“モータースポーツをやっていてよかった”と心から思えました」と付け加えた。

TOYOTA GAZOO Racing GRパワートレーン推進部 部長 加地雅哉氏

 加地氏からは2020年よりはじまるHypercar規定についてが語られた。加地氏いわく「レギュレーションの話し合いは難航しましたが、最終的にロードカーの参加が可能になったので、アストン・マーティン・レッドブルとの勝負ができるようになりました。また、将来にわたっては多数のスーパーカーメーカーが声を上げてくれています。われわれとしては新しい挑戦を世界に名だたるスポーツカーメーカーと戦えることを非常にうれしく、同時に身が引き締まる想いでもあります」と語った。

 なお、Hypercarに関してはレギュレーションが難航した結果、TOYOTA GAZOO Racingがターゲットとしていた部分よりも難しいところに開発のポイントを絞らなければならなくなったという。

 ただ、それらさえも「エンジンパワーやハイブリッドシステムの効率といったところを、これからさらに高めていけるいい実験場になると確信していますので、新しいレギュレーションを歓迎して開発に力を入れて、ライバルを迎え撃つ。そして、挑戦するという気持ちでいきたいと思っています」と語ってくれた。

GRスーパースポーツの開発に携わる小林選手からは「詳しいことは言えませんが、今しっかりと貯金をして、あのクルマが出たら買えるようにしたいと思っています。すごく夢があるクルマです。いままでたくさんのスポーツカーに乗ってきましたが、このクルマは飛び抜けているなというイメージです」と、とても気になるコメントが出た
Hypercar規定に関して中嶋選手は「いまのクルマとはいろいろ変わる部分も出てくるかと思います。また、現在は同じチーム内に最大のライバルがいるという状況でやっていますが、やはり外にライバルがいると違った気持ちでレースに望めるので、そういう状況は歓迎です」とコメント

 続いては質疑応答の時間になった。ここでは順位についてそれぞれのドライバーに感想が求められた。これに対して中嶋選手は言葉を選んで控えめに返答した。そして、小林選手からは「今回のことはル・マン24時間の難しさというか最後まで気を抜いてはいけないことを改めて理解しました。そして、これは壁なんだろうと受け入れるしかなかったし、もがいたところで何ができるわけでもないのです。1位が狙えるならトライしますが、タイム差を見ると追いつくことは現実的ではなかったです。だからといって8号車にトラブルが起こるのも困るので、今回は2位のレースだと思いました。トラブルが10時間目くらいで起きたのなら挽回のチャンスもあったかと思いますが、あのタイミングで起きました。これは“ル・マンはまだ僕らには勝たせてくれないんだな”ということでしょう。そう受け入れるしかなかったと思います」と難しい気持ちだったことが伝わる語りで感想を述べた。

悔しい立場を経験している中嶋選手だが、今回の結果に対して「僕の立場ではなんと言っていいのやら」とこと。7号車クルーに対してとくに言葉をかけることはなかったという
小林選手は「ル・マン24時間の難しさを感じた」とコメント

 さて、今年のル・マン24時間レースといえば、やはりレース終盤に起こった7号車のタイヤトラブルについて詳しいことが知りたい。そこで質疑応答ではこの部分についての質問が出た。

 対応したのは加地氏だ。あの場で起こっていたこととは「まず右のフロントタイヤがパンクしているとセンサーが示したので、ピットインをさせて右のフロントタイヤを交換しました。ところがピットアウトしてすぐ、ドライバーからコーションランプが消えていないという報告を受けました。そこで交換したタイヤの空気圧を計測してみたところ、空気圧が落ちていないことを確認しました。そんなことからシステムがおかしいということになったのです」と語る加地氏だったが、この件に関して強い責任を感じているようで、とても苦しそうに話をしていた印象だった。

 さらに続けて「ドライバーからはまだタイヤがパンクしているという情報が上がっていました。その状態のままレーシングスピードで走るとタイヤバーストの危険性もあったので、50km/hでのスロー走行でピットまで戻ることになりました。ピットに戻ってきてからは4輪すべてを交換しました。ただ、この時点では中古タイヤしかありませんでした。なぜこのようなトラブルが出たのかというと、空気圧センサーのうち、右のフロントとリアの配線上のスワップが起こっていました。本当に7号車のみんなには申し訳なくて……われわれの、ミス、でした」とさらに苦しそうになり、最後は「ル・マンの神様が“お前らみたいなちゃんとしたクルマを作れないヤツらにはル・マンを勝つ資格はないんだ”と言っているように思えました」と語った。

ラスト1時間での2度のタイヤ交換は、空気圧センサーのうち右フロントとリアの配線を入れ違えていたために起きたトラブルだった

 会場もシーンとなったとき小林選手が「実は7号車は予選Q1が終わってから、シャシーを交換しているんです。Q1が終わったのが夜中の0時なんですよ。そして次の日の19時にQ2です。その短時間にあれだけのクルマのシャシーを交換するのはすごく大変なことです(ファクトリーで同様の作業をするときは、通常4日かけるとのこと)。そしてクルマが組み上がったのがQ2に出る“10分前”でした。そこから暖気をし終わったのが3分前くらいでした。そんな状況だったので、Q2を走れたことがすごいことで、間に合っていなかったらポールも獲れていなかったんです。だから、今回のことはバタバタの流れがあったことから起きてしまったことなんじゃないかと思っています」と下を向く加地氏をフォローするコメントをした。

 これを受けて加地氏は「メカニックはとてもよくやってくれました。そしてクルマでファステストのタイムを出してくれたドライバーにも感謝しています。でもわれわれは、その頑張りに報いることができなかったことに痛恨の念を持っています。だからこそ、この経験を糧にして来シーズンを迎えたいと思っています」と答えた。

通常は4日かけて行なうシャシー交換を、ファクトリーとは違い、設備が十分でないピットで1日で行なったメカニックと、そのクルマでタイムを出したドライバーへの感謝を語る加地氏

 このような非常に濃い内容の報告会は予定時間いっぱい(少しオーバーしたかも?)まで続いた。最後に加地氏は「来シーズン、そして新しいレギュレーションにおいても、われわれはディフェンディングチャンピオンではなくチャレンジャーとして戦っていきます。ライバルも非常に速くなっていますので、来シーズンのレギュレーションではわれわれだけが勝つことはあり得ないと思っています。だからこそ、常にチャレンジを繰り返してもう1度タイトルを獲り、ル・マン24時間の3連覇を狙いたいと思います」と締めた。