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ホンダF1勝利の理由。エンジン開発を担う本田技術研究所 HRD Sakura 浅木泰昭氏に聞く

2019年7月9日 開催

本田技術研究所 HRD Sakura担当 執行役員の浅木泰昭氏

 FIAフォーミュラ・ワン世界選手権に参戦する本田技研工業は、第9戦オーストリアGPにて、アストンマーティン・レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン選手のドライブにより、ホンダF1第4期としての初優勝を飾った(通年では13年ぶり)。この大ニュースは自動車系メディアはもちろんのこと、一般メディアでも大々的に報じられているので、日本中に知れわたるものになった。

 そんな余韻が残る7月9日、本田技研工業はホンダF1エンジンを開発する栃木県の本田技術研究所 HRD Sakuraにて取材会を実施。本田技術研究所からHRD Sakura担当 執行役員 浅木泰昭氏が対応した。

 さて、現在のホンダがF1において手がけるのはパワーユニット(PU)という、エンジンとエネルギー回生システムを組み合わせた動力装置で、構成は1.6リッター V6シングルターボエンジン「ICE」と排気の熱を利用するエネルギー回生システムの「MGUーH:Motor Generator Unit, Heat」、それにブレーキをかけたときにブレーキシステムに発生する運動エネルギーを回生するシステムの「MGUーK:Motor Generator Unit, Kinetic」となっている。

競争領域は排気の熱を利用するエネルギー回生システムのMGUーH

第9戦オーストリアGPで優勝した、アストンマーティン・レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン選手

 今回のレースを報じたニュースではとにかく「ホンダPUはパワーがある!」という表現をよく聞いたので、まずはホンダPUが生み出すパワーについて聞いた。

 浅木氏は「PUはハイブリッドシステムであるので、エンジン、回生と分けるのではなくセットで考えます。分けて考えては戦えません。そのうえでキモになるのが電気の出し入れです。アシストモーターによる発電とバッテリーからアシストモーターへの電気の供給がありますが、ともにやりとりできる電気の量に制限がありますのでメーカーごとの差は出ない部分です。ゆえにMGUーKの部分は“われわれPUサプライヤーの競争領域ではない”と言えます」と語った。

 そして「では、競争領域はどこかというとMGUーHになります。この部分は開発が自由なのです。だからここが他車との差の付け所となります」と語った。

 ではそのMGU-Hだが、ホンダのPUではタービンと同軸でつながっているのだが、この軸受けの部分にホンダジェットのエンジン開発で得た技術を盛りこむことでライバルとの差を付けているという。

 なお、ふつうのターボでは排気でタービンを回すことでコンプレッサーも回して過給しているが、MGUーHは電気の力でコンプレッサーを回す「eブースト」という使用法もある。その際、本来タービンを回すためだった排気は、タービン側に付いている排気のバイパス装置であるウエストゲートから逃がしている。この構造によりターボのブーストを利用しつつ、排圧を上げないという通常のエンジンでは不可能な効率ができているのだ。浅木氏によると「eブーストは予選時などによく使います」と教えてくれた。

 でも、それほど効果のある機能ならばレース中も使用すればいいのに、と思うところだが、このeブーストはバッテリーの消耗が激しく、それに加えてバッテリーからMGUーHに電気を回す回生量の規制もあるのでレースでの多用は無理とのこと。

 それにMGUーHで発電をしているときは排気の圧力が上がるので、それがICEの効率を落とすことになり、結果パワーダウンにつながるなど、MGU-Hは使いどころが難しいもののようだ。そのため「MGUーHの開発はちょうどいいところを探っていくという戦いです」と浅木氏は語った。

信頼性がないとなにをやるにしてもダメ

ホンダのパワーユニット「RA619H」を搭載する「Aston Martin Red Bull Racing(アストンマーティン・レッドブル・レーシング)」

 次に聞いてみたのが「ホンダとして今年のPUはここが優れているというのはどこか?」ということだ。

 このことについて浅木氏は「それは信頼性ですよね」と即答。続けて「信頼性がないとなにをやるにしてもダメです。この信頼性には2種類ありまして、1つは“いつ壊れるか分からない”ということにならないようにしていく信頼性。この点は一昨年くらいまでは苦しめられていたことでもあります。そのあとにあるのがペナルティを受けないための信頼性です。レギュレーションではICEとMGUーHは年間3基まで交換してよくて、それ以上になるとペナルティを取られます。だから1つ目に挙げた信頼性を高めたうえで、予期せぬ壊れ方をしないような作りにしていくことが大事です。先ほど話したように、MGUーHでもホンダジェットからの技術の取り入れにより軸受けを改良して、この部分を壊れなくしたのが去年のことです。そしてICEのほうも直していきました。こうしたことをやっていくとパワーアップの土台ができるわけです。そして土台がしっかりしたあと、着実にパワーを上げていくという作戦でした」と、ホンダPUが強くなっていった過程を話した。

F1では頭のよさも速さのうち

マックス・フェルスタッペン選手

 さて、オーストリアGPのTV映像ではチームとドライバーの無線も聞けたのだが、そこで「エンジンモード11を使う」という単語が聞こえたのでこれについて質問してみたところ、浅木氏から明確な回答は得られなかった。

 ただ、この指示はいわゆる秘密兵器的なものではなく、PUに異常がなく、耐久性に関しても不都合はなく、さらにPUの寿命も考えたうえで使えるモードであるということ。だから4台走っているホンダエンジン搭載車ならどのクルマでもこのモードを使えるのだが、それが使える状況かどうかはそれぞれのクルマの前記した条件など、トラックサイドのエンジニアがチェックし、使うべきか否かを判断するという。

 なお、ここで「いわゆるフルパワーとPUのライフを考慮したモードでは出力にどれくらいの差があるのか?」と尋ねたところ、「それは秘密です」と切り替えされた(笑)。

 PUの話に戻るが、実は今回のフェルスタッペン選手のクルマでは、一時期、PUの一部センサーから異常の知らせがあり、そのためペースを落とす周回があった。

 その間、車体から送られてくる信号をリアルタイムでチェックし続けているトラックサイド及び、日本のSakuraR&Dに設けられたミッションルーム(オーストリアGPのときは15名ほどのエンジニアが詰めていて現地をサポートした)で、その異常の原因を探っていた。そして異常はPUからのものではなくセンサーの故障であることが判明。そこで対象のセンサーを「無効にせよ」という指令をドライバーへ伝え、ドライバーはステアリングに付いているスイッチを操作して問題を解決。

 その後、ペースを戻し、さらにモード11という機能も使用した。ちなみにこういったモードの切り替えもトラックサイドの指示を受けてからドライバーが行なっているとのことだ。

第9戦オーストリアGPを走行するフェルスタッペン選手のマシン

 TV映像では、ドライバーはドライビングに集中しているように見えるが、レース中には勝負どころと無理してもメリットがない場面があるので、ドライビング以外にもスイッチ操作なども行ない、周回ごとの最適なラップを刻めるよう対応しているとのことだ。

 ここで浅木氏は「レース中のドライバーはとても頭を使っています。バトルをしながらもバッテリーの使い方や溜め方などの戦略を考えていますし、トラックサイドからの指示にも対応しています、だから頭のいいドライバーは速いのです。頭がよければ指示をしなくても状況に合わせた走りをやってくれます。つまり、現在のF1では頭のよさも速さのうちです」と語った。

 さて、優勝をしたオーストリアGPだが、前記したセンサーの異常以外に不安要素はなかったのか? という質問もしてみた。すると浅木氏からはホンダだけでなく、各車ともにオーバーヒートに悩まされたということが語られた。

 このオーバーヒートは前車に付いているときにとくに起こりやすいので、いつまでも前車が抜けない状況では水温がきつくなりパフォーマンスも低下してしまう。ところが今回のフェルスタッペン選手のドライブのように追いついたあと、時間をかけずに抜けていたのでオーバーヒートの害はなかった。そういったことも勝てた理由の1つとのことだった。

ホンダがF1に挑む理由

 今回のインタビューはメディアごとの対応だったので時間に制限があり、Car Watchの時間は残り僅かになった。そこでこのタイミングで改めて「ホンダがF1に挑む理由」を聞いた。

 回答は3つに分かれていた。1つ目に挙げたのが「このF1という競技は非常に短いスパンで勝ち負けの結果が出ること」だ。2つ目には「その戦いのなかで勝ちにつながる技術開発を続けるが、その過程でエンジニアは“苦しさ”を感じる。だが、それがエンジニアを育てる糧である」ということも挙げられた。そして3つ目は「Hondaブランドを構築していくことに貢献したい」ということだった。

 というところでいよいよ時間となった。そこで最後に“今回の優勝はホンダにとってどんな意味を持つか?”を聞いたが、これには「勝つという成功体験ができたことに意味があります。この体験があれば勝つとはどんなものかを身をもって知ることができ、それを知っているから“また勝ちたい”という想いも強くなります。この気持ちは苦しいときの勇気にもなるので、困難があっても頑張り切れて、それが再びいい結果を出すことにつながっていくのです」とのことだった。

 オーストリアGPでの優勝を経て、ますます強くなるホンダF1、後半戦の活躍にも期待したい。そしてまた優勝を飾り日本中を湧かせていただきたい。

【お詫びと訂正】記事初出時、グランプリ名の表記に誤りがありました。お詫びして訂正させていただきます。