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ホンダがレッドブルF1チームと契約できた「理由」とは? ホンダ 山本雅史モータースポーツ部長が語るホンダ躍進の秘密

SF/SUPER GTで国内2冠、MotoGPもチャンピオンに

本田技研工業株式会社 モータースポーツ部 部長 山本雅史氏(右)と、2018年シーズンにスーパーフォーミュラ&SUPER GTの国内2大タイトルを獲得した山本尚貴選手(左)

 本田技研工業のモータースポーツ活動を統括しているモータースポーツ部 部長 山本雅史氏は、F1世界選手権第21戦「2018 ETIHAD AIRWAYS ABU DHABI GRAND PRIX」(以下アブダビGP)の会場となるヤス・マリーナ・サーキットにおいて11月24日に日本の記者団との会見に応じた。

 この中で山本氏は、F1 第2戦 バーレーンGPで4位に入るなどの成果を出せたトロロッソとのパートナーシップ、そして来年から始まるレッドブル・レーシングとの新しいパートナーシップ、そして日本では山本尚貴選手がスーパーフォーミュラのドライバーチャンピオンに、そして山本尚貴選手とジェンソン・バトン選手がSUPER GTのドライバーチャンピオンに輝き、山本尚貴選手が2004年のリチャード・ライアン選手以来となる2冠王となったことなど、成果を出せた今シーズンのモータースポーツ活動に関する総括を行なった。

トロロッソ・ホンダのフロントウイングに描かれているHマーク
トロロッソ・ホンダ

着実に歩んできた3年間、勝ちにこだわってどんどん変えてきた結果スーパーフォーミュラ/SUPER GTで2冠獲得

──今シーズンのF1を振り返ってどうか?

山本部長:トロロッソとのチームワークとしてはよいが、思っていた以上に結果が残っていないのが正直なところ。そうした反省もあるが、過去3年に比べれば大きく進んだ1年だった。ただ、トロロッソに対して申し訳ないのは、コンストラクターズ選手権でも順位(昨年は7位、今年は9位)が後退している。

 第2戦のバーレーンで4位に入ったり、他にもモナコやハンガリーで入賞したりというレース単体で見れば結果が残っているレースもあるが、シーズンを通して見れば反省すべき余地がある。これはホンダだけの反省、チームだけの反省ではなく、トロロッソ・ホンダ全体としてまだ反省すべきところがあるということだ。

トロロッソ 代表 フランツ・トスト氏(左)と山本部長(右)、F1 日本GPでのフライデー会見にて

──反省すべきところとは具体的には?

山本部長:シーズン後半に入って特に感じたのだが、ホンダも遠慮があったのではないかということだ。フランツ(筆者注:フランツ・トスト氏、トロロッソのチーム代表)に対してもっとどんどんいってよかったのではないかということだ。トロロッソが、ホンダがということではなく、トロロッソ・ホンダという1つのチームとして言い合うべき事は言うべきだと、フランツにも話をしている。そうした結果、コミュニケーションがよりよくなり、徐々に順調な関係が構築されていった。

──山本氏が2016年の2月にモータースポーツ部長に就任して以来、着々と進化してきたという印象がある。国内でもここ数年チャンピオンに手が届かなかったスーパーフォーミュラとSUPER GTで2冠を達成するなど、「強いホンダ」が帰って来た印象があるが、それはどうしてか?

山本部長:おっしゃるとおり、今年(2018年)はダブルタイトルを獲れたし、この状況は3年前には想像できなかった。なぜこういう状況を作り上げることができたかということに関しては、自分は誰に対しても本音で語っているからだと思う。強くなるために常に本音を言っていく。一つ間違えば誤解されることもあるかもしれないが、本音でやっていかないと先がないと考えた。その意味では3年前に比べるとひっくり返ったという自負はある。

 自分が来る前の状況はネガティブでもないけど、ポジティブでもないという状況に陥ってしまっていた。そこで、勝つためにはどうしたらいいかを考えていった。スーパーフォーミュラもSUPER GTもやっているのに結果が出ていないなら、研究所に行ってクルマやエンジンを見て、どこかおかしいところがあるのではということを現場と徹底的に議論した。説明が納得できなければ、変えてしまえとも言ったし。例えば、GT500では車両の上の方に重いモノがあったのを下に下ろせばいいじゃないかと言うと、できない理由はなんだと議論していって、結局やればできることが分かった。そのように勝つための意識改革を徹底していった。

ツインリンクもてぎでのSUPER GT最終戦のスターティンググリッドでホンダ系チームを激励して回る本田技研工業株式会社 代表取締役 社長 八郷隆弘氏(右)と、山本部長(左)

──モータースポーツはもちろん強いチーム、強いドライバーも大事だが、それと同時にルールを決める場での政治力も重要になる。その意味では、SUPER GTでは2017年のオートポリス戦から29kgのミッドシップハンデのうち15kgが削減されて14kgになったことも大きかったと思う。2018年に入ってそれが10kg戻されて24kgになったが、チャンピオンを取れた。

山本部長:自分がモータースポーツ部長に就任した後、GTAの取締役会でBOPは理解できないというお話しをさせていただいた。それで、トヨタ様、ニッサン様、GTAの坂東正明代表とミーティングさせてもらい、ホンダがほかに比べて遅いのはそのウェイトのせいだし、29kgという根拠が不明だと。そのミッドシップハンデを決めたときの資料なども確認したが、論理的ではないがその当時のGTAで取り決めをして我々も含めて合意したというものだということは理解していたが、なかなかひっくり返らなかった。その話し合いを進めているうちに、我々がハイブリッドを降ろすことになっていて、仕様が変わっているのだから、当然そこは見直して欲しいというお話しをさせていただいた。

 29kgすべてを下ろすというところでまとまりかけたのだが、ほかのメーカー様からの異論もあってまとまらなかった。そこで、我々はデータベースを持って行って29kgを降ろしてもそのままでいきなり速くなるようなことはないというデータを見せて納得していただき、結局15kg削減というところ落ち着いた。その後、年次進化を加速させて、やれるところは佐伯(佐伯昌浩氏、Honda GT プロジェクトリーダー)といろいろ話をしてやれることをやろうといったこの2年だった。その頃から、車体、エンジンみなアップデートさせていった。

──しかし今年に入ってさらに10kg戻り、24kgのハンデに落ち着いている

山本部長:ホンダはミッドシップだから重量配分で利点がありすぎるのではないかというご意見もあって、その15kgを削減していただいた後も散々議論してきた。重いラジエータは下に降ろせとかも、ミッドシップだから空間に余裕があるからできるのではないかというご意見を頂戴したり、フロントエンジンは後ろに空間があるので同じことかとは思うのだが、そうした議論もあり10kgを戻したのだが、来年は残り4kgも戻せという話になるかもしれない。

──今年はバトン選手がSUPER GTに参加してチャンピオンを取った。

SUPER GT 最終戦 ツインリンクもてぎで、シーズンチャンピオンを獲得した山本尚貴選手(左)とジェンソン・バトン選手(右)

山本部長:バトン選手と契約できたのはよかったし、しかもその最初の年にバトン選手がチャンピオンになるというのは出来すぎだった。あのコンビを組ませたのは、バトン選手のリクエストで山本尚貴選手と組みたいといって、それを100%飲み込んだ形で実現した。山本選手はSUPER GTの世界ではベテランだけど、バトン選手は屋根がついているレーシングカーに乗るのはSUPER GTが初めてという段階。それでも、バトン選手と山本選手が手を握れる状態を作れたことが大事だった。

レッドブルと契約するためにもトロロッソと着実に結果を出すことが大事だった

──F1のほうはどうか、正直昨年トロロッソと契約したときにはポジティブな反応だけではなく、ネガティブな反応もあったと記憶している。

山本部長:国内とかは進め方も分かっていたし、時間とコストのバランスを考えながら1つ1つ問題を潰していけばよかった。しかし、F1に関してはそうではない。率直に言って、トロロッソが近いうちに勝てるチームかと言えば、そうではないのは明らか。だが、F1に勝つためにはどうしたらいいかを熟慮すると、3年間一緒に勉強してきたチーム(筆者注:マクラーレン)では難しいとなった時に、勝てるチームとパートナーシップを組みたいと考えてきた。

 その時に勝てるチームというのは、いいシャシー、いいマネージメント、いいドライバーという条件は日本のモータースポーツを含めて古今東西同じだ。その観点でF1のチームを見ると、現状ではメルセデス、フェラーリ、レッドブルの3チームしかその条件を満たしていない。無論、メルセデスとフェラーリがホンダと契約することはあり得ないので、それはレッドブルだろうと。そのレッドブルと契約をするために、トロロッソとのパートナーシップが第一歩になると考えた。

 だが、その時点では我々はザウバーとMOU(筆者注:Memorandum of Understanding、契約の前段階になる覚え書きのようなもの)にお互いサインしており、それをなんとかしなければいけなかった。その時に、ザウバーの代表がモニーシャ・カルテンボーン氏からフレデリック・バッサー氏に代わり、お互いに利点が少ない契約だということで合意して、どっちの利益になるためにそのMOUは破棄した方がいいだろうとなった。本当にフレデリックに感謝しているのは「ホンダには期待しているがギアボックスを持っていないので確信が持てない」という言い方をしてくれた。実際我々はマクラーレンとのパートナーシップを終了する段階でギアボックスは持っていなかった(筆者注:F1では通常ギアボックスはチームが制作する、自チームでは作れないチームはパワーユニットパートナーのワークスチームから供給を受けたりする、ザウバーで言えば今シーズンはフェラーリのギアボックスを使っているし、トロロッソ・ホンダであればトロロッソがギアボックスを自製している)。この点は本当にありがたかったし、彼には後でお礼を言いに行くなどよい関係を維持している。

──山本選手が今回アブダビGPを訪れているが近い将来にF1に出ることができる可能性はあるのか?

山本部長:極めて厳しいのは、レッドブルグループとしてはとにかく若い子を乗せたいという方針がある。その中で30歳という響きが彼らの中に入っていかない。(すでに最終戦という)このタイミングだし、レギュラーは限りなく難しい。しかし、スーパーライセンスを取得できるというチャンスを持っているので、それをホンダとしても活かしたいと考えているし、山本選手自身がF1をドライブすることが、この先にある30代の彼のレーシングキャリアに取り組み方が変わる可能性があるし、ホンダのドライバーとして強くなるためには大賛成だし、我々も後押しをしたいと考えている(なお、このインタビュー終了後に、トロロッソはアレクサンダー・アルボン選手との契約を発表し、山本選手が2019年にF1レギュラーとなる可能性は消滅した)。

──ホンダの育成ドライバーからは、佐藤琢磨選手のように世界で戦える選手を輩出している。

山本部長:鈴鹿のスクールを大きく見直したのは、速さだけではだめだと考えからだ。速いドライバーはいっぱいいるが、ファンもメディアに味方にする強さが大きく欠けているドライバーが多い。プロとして速いだけでなく、スター性、社会性ももって、佐藤琢磨選手がいってる人間力を持っていることが必要だ。それがそろって初めて、F1の世界に来ることができる。そこで世界で戦っていて、今の時代にミートするようなドライバーを育てて行かないといけない。それが佐藤琢磨選手だろうと考えた。

 ただし、佐藤選手はインディカーがシーズンインすればアメリカでの活動になるので、同じことを教えることができるのは中野信治選手だろうと佐藤選手から推薦があり、中野信治選手にシーズン中は面倒を見てもらうことになった。中野信治選手は日本人ドライバーとしては初めて三大レース(筆者注:世界三大レース、F1モナコGP、ル・マン24時間、インディ500)に出た経験があり、英語でコミュニケーションできる存在。今後、我々はレッドブルのチームに乗るというドライバーだけでなく、極端な話をすればフェラーリがヘッドハンティングに来るような日本人ドライバーを育てて行かなければならないと考えている。

──レッドブルと契約したがその準備はできているのか?

アブダビGPでのレッドブル・レーシング・タグホイヤー(33号車 マックス・フェルスタッペン選手)

山本部長:単純に数が倍になるので、エンジニアに関しても増やしていく必要がある。しかし、そうしたデメリットだけではなく、競争上のメリットも少なくない。一番はデータが倍になることだ。今でもFP1からテストをしていてもすべてのプログラムがこなせる訳ではないが、レッドブルが加わることで、2台でテストしていたのが4台になる。来年の目標はどちらのチームでも勝ちに行くことだが、もちろんそんなに簡単ではないことは理解している。

──レッドブルとのコミュニケーションはどうか?

山本部長:レッドブルがホンダと契約したのは、カナダGPでのレース中に、ピエール・ガスリー選手のトロロッソ・ホンダがフォースインディアをストレートで抜いたことだ。このカナダGPではスペック2という新しいスペックを導入したばかりで、その新しいエンジンの出来を見て、将来性を信じてくれた。

──来年もこの勢いを維持できるか?

山本部長:研究所も含めてもみんなで努力しているし、(山本氏がモータースポーツ部長に就任してから)3年間で日本のSUPER GTやスーパーフォーミュラでチャンピオンはとったし、2輪では日本ではチャンピオンを取れなかったが、MotoGPでもチャンピオンを取れている。私にとって残すは8耐とF1。8耐を含むEWC(世界耐久選手権)ではチャンピオンを取れたが、8耐そのものは惜しくも勝てなかった。そして、F1。その2つが来年のホンダのモータースポーツ活動にとっての重要な取り組みになると考えている。