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佐藤琢磨、インディ500プラクティス前会見 燃費の悪化に対応するマシン作りで連覇に挑む

インディ500プラクティス前にオンライン会見を行なう佐藤琢磨選手。2017年、2020年のインディ500チャンピオン

 5月30日(現地時間)、世界三大レースの一つとなる「第105回 インディ500」がアメリカのインディアナ州にある「Indianapolis Motor Speedway(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)」で開催される。第105回と長い歴史を持つインディ500で、2017年にアジア人として初めて優勝し、さらに2020年には2勝目を挙げる(インディ史上20人目)など日本人ドライバーとして歴史に残る活躍をし続けているのが佐藤琢磨選手だ。

 その佐藤琢磨選手は2021年も、昨年優勝した同じレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからインディ500に挑む。予選は5月18日から始まるが、その前日となる5月17日、佐藤琢磨選手は現地からオンライン会見を行ない、3度目のインディ500制覇に向けた思いなどを語ってくれた。

佐藤琢磨選手

インディ500のチャンピオンリング。佐藤琢磨選手はこのチャンピオンリングを2つ持つ。100年を超すインディの歴史で20人目のインディマルチウィナー

 今年のインディ500は105回を数えることになるのですが、自分自身は12年目です。インディアナポリスは、2017年の初優勝のときもそうだったのですけど、本当にたくさんの思い出があります。

 昨年、2020年の2回目の優勝というのはもちろん、自分にとっても本当に特別な瞬間だったのですが、それだけじゃなく、チームですね、やっぱり。2012年のときに優勝まであと一歩に迫った1コーナーで、ダリオ・フランキッティとの争いの末にスピンをしてしまって、優勝できなかった年に所属していたレイホール・レターマン・ラニガンレーシングです。

 今も所属しているチームなのですが、8年越しの夢がかないました。昨年、レイホールで優勝することができたのも自分にとって本当にうれしかったです。当時のメカニックもまだ自分のクルマに付いていたり、それからもちろんチームオーナー、当然変わっていないわけですけども、そういう意味でも本当に特別な優勝になりました。

 ただ(2020年は)パンデミックの最中でしたので、やはり観客がいないというのがものすごく寂しかったです。このインディアナポリス500マイルレースというのは、100年以上ある歴史もそうなんですけども、やっぱり会場との一体感といいますか雰囲気なんですね。

 通常であればその30万人を超える観客が本当に一体となったとてつもない高エネルギーといいますか、それこそインディ500だなっていうふうに自分ではずっと感じているんですけど。

 観客のまったくいないグレー1色のグランドスタンドの中で走って、もちろんレースが始まってからは自分たちは100%集中しているのですが、どうしてもやっぱり雰囲気が足りないっていうのはレース後にすごく感じたことでした。

 ただそんな中でも、世界中でいろいろなスポーツ大会やイベントが延期になったり中止になっている中でインディ500ができたっていうのは、本当にスポンサーさまをはじめ、インディシリーズ、インディアナ州の政府など本当にたくさんの方のご協力がありました。楽しみにしてくださってるファンのみなさんに、テレビ越しでありますけども白熱したバトルとレースを見せられたんじゃないかなと思います。

 今年は観客が戻ってきます。ただ100%というふうにはやっぱりいかないみたいです。収容人数の40%ということで14万人が戻ってくることになりました。14万人でも多分単日開催イベントとしては最大規模に近いと思うんですけど、現状、今本当にまだまだ大変な中で、14万人が入れるっていうのは本当にすごいことだと思っております。

 インディカーシリーズではリーグとして関係者全員にワクチンを提供をしてくれました。僕自身も2回目が終わって2週間近く経ちます。体調もすごくよいですし、インディカー全体が全員ワクチネイション、ワクチンを打ちました。もちろん検査はあるんですけど、バブルというかパドックの中に入ってしまってからは関係者以外と接触することがないようになっているので安心してレースができます。

 このインディカー500の施設になるインディアナポリス・モーター・スピードウェイも、インディアナ州とインディアナポリス市と協力し大量のワクチンを(観客向けに)会場で接種できるように手配しました。

 そのことによって観客のほとんどがワクチンを打った状態でレース観戦することができるようになっています。そういった本当にみなさん全員の力というか、本当にこの大会を盛り上げようということですね。もちろん大会を盛り上げるためにワクチンを打つのではないのですけど、そういうことでスポーツ大会もどんどんどんどん広めてやっていこうというのが今全米では広がっているように思います。

 全米という意味では先日のあの松山選手の活躍というのも本当に日本人にとっても歴史的なことで、自分もすごく興奮しました。あのとき僕はテレビで見てたんですけども、本当にすごいことだなと思いました。

 もちろんこれまでも過去に日本人の選手がそれぞれの舞台で世界の頂点に立っていますけど、自分も同じようにその中の1人として、今こうしてレースができてるというのは、すごく重く受け止めています。そういうふうにいただいてるチャンスなので、ディフェンディングチャンピオンとして戻っていく今年のインディ500は全力でがんばりたいと思います。

 もちろん言葉で優勝というのは簡単なんですけども、実際に連覇をするというのは多分ものすごくハードルが高いと自分では感じています。先月テストがありまして、ここインディで全員が走っているのですが、そのときは一応最終的には2番手タイムが出ています。

 ただし、2番手タイムというのはニュータイヤを履いた状態で、スリップストリームで集団の風を使って出した速度です。もちろんその速度が出るというところにいるというのは大きな意味があります。出したくても出せないクルマだとできないんです。

 ただ自分の中では全然納得がいってなくて、クルマの動きといいますか集団の中に動きといいますか。それから今年エアロパッケージがアップデートされて、より前のクルマに近づきやすくなっています。

 具体的な場所を言いますと、アンダーフロアですね。マシンの下面フロアの前方部にダウンフォースを逃がすための大きな穴が開いているんですけど、その部分にちょっと整流板がつきまして、それによって大きく気流の乱れが抑えられることになっています。

 その前に、ほかの分野でもよく見る、F1でも最近見ますけど、小さなバージボードがつきまして、その整流効果がすごく大きくてフロントウィングの効率がものすごく上がります。これによってウォッシュダウンと言われる、前のクルマについたときに、フロントのダウンフォースが減る頻度がすごく減るんですね。

 ただフロントダウンフォースが減らなくても全体のダウンフォースが減ってしまうと、結局後にはつけないことになってしまいます。逆に言うと、フロントウィングを立てれば同じ効果が基本的にあるのでそれを解消するためにリアのディフューザーの整流板の長さが変わりました。そこがすごく長くなったので、ダウンフォースとしてはものすごく増えてます。

 全体のダウンフォースだけじゃなくて空力効率が上がったのと、それから実際にその乱気流の中で効率よくダウンフォースを生み出すというクルマになっています。ですので去年とだいぶ違うんですね。

 去年はエアロスクリーンがついて、クルマの空力効率自体は19年よりもずっと落ちてるんですけども、そんな中でオフィシャルテストもなくなり、プラクティスが始まってからも日数が減った。減ったんですけど、そんな中でみんなクルマを合わせ込まなければならなくて。

 去年は自分たちが一番結果的にできたことになるんですけども、今年は去年あったその上に各チームはテストを重ねて、2回ほどテストをしています。そして明日からいよいよプラクティスが始まります。

 その中で見えるのは、去年よりもずっと前のクルマについて走るのが楽になっています。ということは、全体的に底上げされるので単独で逃げるというのはおそらく難しいと感じています。その中でどれぐらいのクルマが作れるかどうかというのを大きなチャレンジとしてチームと一緒に進めていきたいと思ってます。

 最終的にどうなるか分かりません。でもここにちょっとリングが2つありますけど。見えるかな? こっちが17年とこっちが20年ですね。日本でもみなさんにお見せする機会が昨年ありましたけど、ディフェンディングチャンピオンとして3つ目を狙って、全力を出していきたいと思います。

 それこそ一昨日ですか、大谷選手の逆転ホームランを放った気持ちとエネルギーをいただいて、インディ500をがんばっていきたいなと思っています。

 今年は本当に観客が入ってくれること、こういう状況でも40%のお客さんを入れて開催するところまでに至ったインディアナポリス関係者、そしてスポンサーのみなさま、そしてそれを支えてくれるたくさんのファンのみなさまに感謝したいと思います。

佐藤琢磨選手の質疑応答

 佐藤琢磨選手から3度目のインディ500制覇に臨むあいさつが述べられた後、質疑応答が行なわれた。

──佐藤琢磨選手は、近年インディ500において2017年の優勝、そして2020年の優勝と2度の優勝を成し遂げています。また、敗れたとはいえ、2019年は3位とオーバルを得意としている印象があります。今年のインディ500では昨年と比べてどの点を工夫してオーバルレースに臨みますか?

佐藤選手:オーバルは難しいですね、本当に奥が深いです。自分自身これだけ経験を積んできたので、参戦初年度のころに比べればずっとずっと上手くなってきたと思います。けれども、やはりクルマ作りという部分ではまだまだ毎回悩みます。

 例えば前回のテキサスのレースのときも、結局最後まで仕上げることができなかった。あと1回2回プラクティスがあったら大分違ったなっていうのはいつも残るんですね。そんな中でインディ500がどうしてここまでずっと強く走れてるかっていうと、やっぱりそのほかの開催とは違う長期にわたるプラクティス期間ですね。

 もちろんインディ500といっても実際走るのは4日間で、その後もすぐに予選になってしまいます。ただそれでもだいたいオーバルっていうと45分のセッションが1回とか、初めて行くコースでも2回とかっていう、すごく短い時間の中なのでそのクルマの本当のパフォーマンス、レベルで大きく変わってしまうんですけど。それがインディ500では4日間かけてじっくりと自分が理解しながら組み立てられるっていうところです。

 それからレース自体がやっぱり長いことですね。ピットストップが基本的に5回あります。4回から5回、長いときは7回入るんですけども、そのたびにウィングと内圧ぐらいしか大きくはできないんですけど(調整できる)。それでもだいぶ違うんですね。

 そうやって最後の環境に合わせ込むことができるっていう、自分としては一番やりやすい。というか難しいんですけど、走りやすい環境がインディ500には揃っている。

 だから特にここ最近は、走り方勝ち方が分かっているので、強く走れるのではないかなと思います。

 それに対して今年、エアロパッケージが最終的に500マイル走ったときに路面がどう変わっているか、その中で一つのスティントだとだいたい30周なんですけど、30周の最後の5周のタイヤの使い方っていうのを、まだまだ自分も分からないところがあります。そこを明日、明日から始まるプラクティスでしっかりと見極められるようにするのが、秘策と言えば秘策になるのかなと思います。

──インディ500では、前年の優勝者ポスターがコース沿いに大きく掲げられたり、前年の優勝者の名前が入ったミルクボトルが売られたりと、大きなリスペクトを持ってサーキットが前年の優勝者一色になります。すでに今年のサーキット見られたと思いますが、感想を教えてください。

佐藤選手:はい、インディアナポリスは確かに前年度の優勝者一色になります。これはもう本当に伝統なので、17年に勝って18年に帰ったときも、こっちが恥ずかしくなるぐらいもう街中自分の顔とかがあるわけです。

 今回空港に僕は入れてないので、どうなっているのかちょっと見えないのですが、街はもうすごいですね。バナーが、それからチケットが。

 パンデミックでチケットのアンベールも全部オンラインになってしまったのですが、ちょっと手元に小さいチケットがないんですけど、とてつもなく大きいチケットをいただきました。ちょっと待ってくださいね。(と、佐藤琢磨選手はオンラインの背景モードをOFFにして)こういうふうに作ってくれたんですね。こんな感じで大きなチケットなのですが、これがすごくうれしいです。自分としては。

バーチャル背景をOFFにして巨大チケットを見せてくれる佐藤琢磨選手

カメラを動かしながら、「見えますかね~」とうれしそうに語る

 また、ファンのみなさんも(ファン歴が)長くですね。毎年レース前日にインディアナポリス市街を走るパレードがあるのですが、去年はパンデミックによってパレードが中止になってしまったのです。その代わりに、何十年もチケットをずっと買い続けてくれてるロイヤルファンといいますか、シーズンチケットホルダーですね。少なくとも10年以上買い続けているファンの方々の家に、自分たちがちょっとサプライズで届けました。

 遠目になりますが、サプライズプレゼントを届けるという催しをしたのです。僕は、もう60年近くインディアナポリスに通ってるおじいさんの家に行きました。1965年からずっとインディアナポリスに住んでいる、自分の家の住所にインディアナポリスを入れたいから引っ越してきたんだと(いう人に)。ツーブロックぐらい、かなり近いところ住んでるいるのですけど、50年ぐらい連続で来てると思うのですけど。

「2020年は初めてインディに行けないんだけども、庭に出るとエンジンの音が聞こえるから、庭に出て芝生の上で、椅子とテレビを持って応援するから」って言ってくれたんですね。

 そのおじさんは1965年からのチェッカーフラッグを持っていて、この50年の間にあった歴代のチャンピオンのサインが書いてあって、自分もそこに足しました。

 それぐらいインディ500はもう人生の一部になっているような方がここを支えてくれているんだなと思っています。だからこそその街も、そのウィナーを本当に称える。

 このレース期間中は全ドライバーの名前が道の名前になるんですね。街の中心にあるモニュメント近くに一番大きな通りがあるのですが、そこがSATOストリートになってました。そんなふうに勝者、あるいはインディ500に出場する33名のドライバーを支えてくれてるっていうのを感じながら走ると、本当にすごいすごいイベントなんだなっていうふうに改めて強く思います。

──先ほど佐藤琢磨選手の言葉の中に、松山選手とか大谷選手の活躍に元気をもらったというような話がありました。今ヨーロッパで活躍している日本人の2人のドライバー、角田裕毅選手と岩佐歩夢選手ですね、ちょっと苦労しているのかなと見えるのですが、そういう彼らに対して今回のインディ500の活躍で何かどんなこと伝えたいなとかあったりしますでしょうか?

佐藤選手:そうですね、自分が苦労してるんですよね。トラブル多すぎて。セントピーターズバーグでは唯一トラブルフリーでレースができた。もちろんポディウム、トップを狙っているので、シングルとはいえ悔しい思いをしながら。

 絶対的なチャンピオンであるディクソンの真後ろでゴールできたというのは一つよいレースだったと思います。

 ただそれ以外のレースでは、戦略の問題だったりというのもあるのですが、レースなのでそれぞれ問題を抱えている中で結果が出せてないっていうのは自分もフラストレーションが溜まっています。

 そんな中でもやっぱり常に気持ちを強く持ち続けるってのはすごく大変なんですよね。二、三戦であればすぐに流れを変えられる、あるいはこうすればっていうのありますけどそれがずっと長く続いてしまうと、なかなかそこから抜け出すのは心理的には難しくなるんですけども、とはいえ僕たちは体ももちろんバイオリズムが多少ありますけどやっぱりマシンスポーツでありチームスポーツなのでとにかく遅い、あるいは早い、強い上手くいかないことにはすべて科学的根拠と理由があるんですね。ですからそこはチーム一丸となってですね、見つけて改善していくことにとにかく全力を注げば、必ず結果は出るというふうに自分でも信じてます。

 もう一つは流れを変える大きなきっかけになるのは環境の変化なんですね。僕はレースで言えばやっぱり開催地が変わる、今回で言えばインディ500というやっぱりすごく大きな、シーズンの中では転換期になります。

 自分としてはここまで確かにあまりいい流れでは来てないんですけども、その原因ってのも分かってますし、逆にいくつかポジティブな要素もあるのでそこを最大限活かせるように今回のプラクティスから流れを自分で変えていこうと思ってます。

 角田選手にしても、岩佐選手にしても初めてのシーズンで初めての体験で本当に大変だと思うんですね。世界に慣れていくだけでも大変、もちろん角田選手はセンセーショナルなバーレーンでの、特にQ1での2番手タイムっていうのはすごい鮮烈だったと思います。F1の世界でも、ファンの誰もが本当にトップレベルで走れる選手だということをそこで確認できたと思うのです。とにかくがんばってもらいたいですね。

 いろいろなプレッシャーを感じているかもしれないのですが、まだまだ1年目ですし、自分の1年目はひどかったですね。F1もね(笑)。鈴鹿に戻るまで時間がかかったので、鈴鹿でようやく自分としては何かいいレースができたなって感じだったので。まだまだ全然これからと思ってますし、チームもアルファタウリですけど、たどっていけばミナルディですし、自分もトロロッソをテストしたときは、まだあのとき何%だったのかな? 半分以上ミナルディのメカニックが残ってたんですよね。

 多分今でも同じような雰囲気だと思いますし、チームとしてはドライバーを中心に一緒にやっていく。もちろんレッドブルの系列で厳しい側面もあるとは思うんですけども。1年目としては最高の環境でできていると思うので、自分自身を信じて、スタッフを信じて、がんばってもらいたいと思います。

 歩夢に関しては、細かくLINEしながらいろいろ話したりしてるんですけど、やっぱりジュニアフォーミュラ独特の難しさがありますね。

 チームもやっぱりドライバーに対する対応が、ドライバー中心にはなっていないのかなっていう感じがするので。特にハイテックだとそこそこ実績もありますし、トップチームの一つなので余計にそういうチームを自分の方向に変えていくといいますか。何かチームと作り上げていきたいことがあれば協力してやっていくってという、それを納得させるためには走りも一つなんですけど走りだけじゃなくて、説得させるための要素が必要になります。

 先ほども言った科学的根拠ですよね。これがあるからこうなんで、だから自分はこうするべきで、チームにもこういうふうにしてもらいたいっていう組み立てなんですけど、それをちょっと話しました。

 実際、スペインのヘレスで先週テストしたんですが、今回ドライバートレーニングみたいな形で予選の練習をするっていうプログラムを立てたらしいんですけどそうじゃないんだよと。ドライバーってやっぱりクルマがあってクルマに自信を持ってから初めてアタックすることができるので、それ以前にクルマがグリップしていなかったり、速くなかったりしたら予選で思い切り行けないわけですね。

 特にジュニアフォーミュラだとドライバーのウェイトが、クルマのパフォーマンスに対してずっと大きくなるので、そこはもう歩夢が説得してやるしかない。「いくつかどうしてもやってみたいことがあるんだけどチームとしてはそこはやる必要ない」って言われちゃったっていうから「それだったら自分がどう思うか、それからクルマを科学的に考えてこういう挙動だからこういうふうになるから、テストだからこそそこをやりたいって」いうふうに言ってみなという話をしました。そしたら、翌日のテストでトップタイムを取ってきたんでなんか面白いなと思いまして、本当に彼はすごく知的だし、静かな中にすごい熱いものを持ってるんですけど冷静にいろいろなことを判断できる本当に珍しいドライバーだと思います。あの年齢的にはね。

 だから、もちろん角田選手もすごい若いんですけど、歩夢選手もSRSで1年間見てきて、ここはもう絶対飛び級させたいって言って一気にフランスに持っていきました。その経験が活かされて、本当に知らない環境の中で自分を上手く作っていくっていうことが何かできるような気がしてます。

 なので、ちょっと確かにつまずいていますけども、FIA F4やF3というすごいコンペティティブなカテゴリーの中ですけど、きっとシーズン中盤以降メキメキと力を出してくれるんじゃないかなってそんな期待を持って、見守っていきたいなと思ってます。

──彼らから何か力を何かもらってるようなところも琢磨さんの方であったりしますか?

佐藤選手:やはり若い勢いというか特に先ほどの話、角田選手の予選のパフォーマンスだったり、F2時代に見せたうまさと鋭さみたいなのは、僕らドライバーから見てもやっぱりすごいなって思います。あと若さもあるなと思うので、そういう若さと勢いのあるとこですね。

 ここインディカーも10代の子もいるし、最近特に若い世代のドライバーたちがものすごく今頭角を現わしてきているので、本当にレーシングカートみたいなタイム差ですね。そんな中でやるとすごく刺激もあるので、まだまだ自分もここでがんばっていかないとなって考えてます。海外ドライバー組、自分のF3のときにそうでしたけども、お互いにいいライバルでもありますから、ポジティブにお互いに刺激し合って、がんばっていきたいと思ってます。

──2012年のことなんですけど、2012年のレースを見ていた多分佐藤選手もご存知の方が、こんなことをやっていたら絶対勝てないって言ったのがすごく印象に残っているんです。あれから2回も勝たれて、この間にブレイクスルーとかあったのですか?

佐藤選手:僕のスタイルは変わっていないです。2012年は確かに荒削りだったかもしれないですし、あのマシンとあの状況であのラインでは、うまくいかなかったからこそスピンしたのです。白線に乗ってスピンしてるんですけど。2017年のときも2020年のときも、オーバーテイクの仕方と勝ち方は変わってます、そこから。

 ただし、それはそこまでのレース運びがそうさせたのであって、自分の信念といいますか走り方のスタイルはまったく変わっていないんです。もちろん一か八かでやっちゃうみたいなそんなことではないんですよ。

 僕も2012年はそんなつもりでやっていないですし、上手くいけば勝てるみたいなそんな運を天に任せるみたいなそんな走りは今までに一度もしたことない。結果的に限界を超えてスピンしたり接触したり、うまくいかなかったレースってたくさんありますけど、その一つ一つから自分が学んでいって、次はこういうふうにしていこうと自分の中でも洗練させたっていう意識は確かにあります。

 でも、逆にその2012年はなんでうまくいかなかったのかっていう根本的なクルマ作りから入っていきます。それをベースに組み立てます。あれもファイナルラップの1コーナーしか風向きの関係でチャンスがなくて。多くの人があそこでうまくついていって3コーナーで抜けばいいじゃないって言ったんですけど、3コーナーも絶対無理なんですね、風向きの関係で。それはそこに行くまでガナッシのクルマと散々やり合ってきてストレート勝負をやってきて、抜けないことが分かっているので1コーナーで行ったのであって僕にとってあのチャンスしかなかった。

 であれば、本来は2位でフィニッシュすべきだったというふうにも言えるんですけど、もしあそこで2位でフィニッシュしたとしたら、その時点での日本人最上位にもなりますし、自分自身のインディカーにおける最上位にもなります。本当にハッピーなリザルトだったのかもしれないんだけど、もし僕はあそこで2位でゴールに運ぶような走りをしたら僕はおそらく2017年も2020年も勝ってなかったと思うんですね。

 ですから何が正しくて、何がわるいっていうのはもうこればっかりはひと言では言い表わせないので。自分としては勝つためにレースを走ってますし、うまくいかないときっていうのは、そのうまくいかないなりにたくさんのことを学べるというふうに感じているので。そうやってずっと挑戦を続けてきたからこそ、なかなかセカンドチャンスはないと言われるなかで、2回も3回も新しいチャンスが生まれたんじゃないかなと。

 そういう意味で、ずっと続けて、信じながら続けることに意味があるんじゃないかなって自分では感じてます。

──松田秀士です。今年のエアロパッケージが変わったということによって、おそらくいろいろな戦略とか変化すると思うのですけれど。今年のエアロパッケージによって、燃費がどう昨年と変化したのか? あと今まではどちらかというとラスト50周ぐらいに非常に照準を絞るというか、レースの流れの中で、そこに一番ポイントを持ってくようなレース展開を考えていった。今まで見てきてね、すごくそう思っていたんですけど、今年はそれがどう変化するんだろう、という。エアロパッケージが変わったことによって、そこがどういうふうな変化をもたらすのかなっていうところにまず興味があります。

 もう一つは、ヨーロッパのレースには日本人ドライバーがたくさん来ているわけなんですが、やはり個人的にアメリカのレースにも同じように、佐藤選手のあとに続く人たちが来てほしいと思っているんです。SRSの校長先生もやってらっしゃる中で、どのような展望を持っているのか教えていただきたいと思います。

佐藤選手:分かりました。1つ目のエアロパッケージ変わったことによって、先ほどもちょっと話したようにタービュランス(乱気流)の中で強いクルマにはなりました。上物のウィングでのダウンフォースではなくてやっぱりアンダーフロアでの空力パフォーマンスが上がっているので、よりついて行きやすくなった。

 ただそれだけじゃなくて、トータルのダウンフォースも上がってます。トータルのダウンフォースが上がってるということは、ダウンフォースはドラッグ(抵抗)ですから基本的にドラッグも上がっています。なので燃費わるいです。

 今回、どうするんだっていう話になってくる。これ本当に難しいんです。単独で去年のレベルまで(ドラッグを)下げることはできますし、バージボードの(取り外しも)自由なんです。それからディフューザーも自由なので。2020年のパッケージで走りたいって言ったら、2020年のパッケージでもいけますが絶対勝てないので、2021年のハイダウンフォース仕様に合わせ込むしかないんですね。

 ただ、その中でも例えばウィング迎角を押さえてトリムして、ダウンフォースを上げつつもドラッグを極限まで下げるという方向に多分みんなシフトしてくと思うんです。それでも去年のマシンよりは、ドラッグがやっぱり大きい状態で走らざるを得ない。

 それが何を意味するかと言えば、例えば去年であれば、(1スティントを)32周や33周くらいまで引っ張ろうと思えば引っ張ることができた。これがやっぱりマイナス1周くらいになるんじゃないかなと。全開で走って28周で燃料がつきてしまうドラッグレベルになると思います。

 それで何が起きるかというと、全員ついて行ってしまうことになるんです。1列の列車のようになって、誰もがついて行けるような状況になってくる。その中で勝つためにはどうするかというのをこれからやらないといけない。

 もちろん理論上はドラッグレベルを下げます。下げた中で単独で先頭を走りながら、なるべく抜かれないぐらいまでドラッグを削る。でもそれだと今度は2番手3番手に落ちたときにもう上がってこれない。あるいは10番手まで落ちたら絶対に上がってこれないクルマになるので、走っているトラックポジションの位置取りと予選が大事になってきます。

 去年の僕の勝因はとにかくコンシスタンシーというかタイヤを持たせられる安定したクルマ作りだったんです。予選でもそれはもう現われている。予選をそれで戦ったんですけど、結局去年の僕らのクルマっていうのは、トップチームのマシンに対して平均で1マイルぐらいスピードが足りなかったんです。

 絶対的なスピードで1マイルってのは小さいようでとても大きくて、この1マイルによって僕の実質的な予選ポジションは9番手でした。あの1日目の予選を見れば、実際そうなんです。2日目にフロントローに並べたのは純粋に4周の平均値を上げたからなんです。最高速はみんな1周目に出していて、それを見ると僕としては、おそらく1.5マイルから2マイルくらい負けてます。そこから平均値で勝って。

 それはレースでも言えると思います。レーススタート後、ライアン・ハンターレイが後ろから迫ってきて、ディクソンの真後ろに走ったんですけどあっさりと抜かれて3番手に落ちてます。

 その後も同じような展開が続いて、フレッシュタイヤのときは速く走りたくても速く走れない状況でした。ただほかのクルマはその後にやっぱり(速度が)落ちてしまうんですね。

 タイヤのデグラデーションによってどんどんどんどん落ちてしまうのを、僕はそこを、もう気持ちで言えば上がっていくような、実際にはほぼ落ちないという状況まで持っていってるんですけど、だからこそその後抜き返す。抜かれても抜き返す。

 そして一番大事な局面になる、レース残り25周から30周での最後のディクソンとの戦い(に挑む)。残り5周は去年イエローになっちゃいましたけど、その前の3周を見ると僕は引き離しにかかってるんですね。

 それはやっぱりタイヤをうまく使えるようになっている状況に持っていたから。それは今年もラスト50周そして、ラスト5周と2スティントですけど、そこでクルマを変えないで最後の30周、本当に全力で走れるようなマシン作りっていうのは今年も僕として考えても同じことです。

 ただ、タイヤとタイムの落ち込みが、今年は去年よりもずっと全員小さくなるはずなので、自分の強みであった最後にタイヤが厳しくなったときにペースを維持できるっていう、その戦略は今年引き続きやるにしても、アドバンテージがないに等しいです。

 そのため絶対的な速度を上げるべく、今年はちょっといろいろ予選からですけどアプローチを変えようとして今はプログラムを立てています。それがうまくいくことを自分でも願ってますね。

 だから予選はもちろんフロントローを狙っていきますけど、平均値を上げるだけじゃなく、絶対値ですよね。絶対速度をトップチームと同じぐらいにしたいなというのが僕の希望です。

 次に若手に関してなんですけど、もう本当にこれは毎年毎年才能のある若手が上がってきていて。日本で走りたいっていうドライバーもたくさんいるでしょうし、SRSに来る子たちはね当然F1を目指すんですけど。その中でも本当に、松田さんがずっとここを走ってきて、インディをずっと作ってきてくれて、その後先輩ドライバーがずっとつながってきて、今自分が12年間やってるんです。けど、(インディカーシリーズは)やはり日本人が走ってるからこそ注目されるところもありますし、インディ500っていう名前は知ってても、よく分からないレースというのが、多分日本でのこれまでの見え方だった。

 それがこの2017年と去年の優勝で、より多くの人に注目してもらえるようになった。それは関係者も同じだと思うんです。インティってどうなんだろうって言って、これまで公式で、その例えば野村さんの番組でレポーターとして来てくれた選手もいますよね。(笹原)右京もそうだったし大津選手もそうなんですけど、個人的にやっぱりやりたいって言ってインディカーを見に来る選手もポツポツいるんですね。

 そういうドライバーたちにもちろん走ってもらいたいです。ただやっぱり選手の思いだけではね、どうしてもつながらないのはこのモータースポーツの難しいところです。簡単に言ってしまえば活動資金なのですけど、バジェットをどう捻出して、どういうふうに支えるかという。

 SRSとしてもこれから若い子たちを世界で羽ばたかせたいという思いはあります。それは欧州だけにとどまらず、僕は北米の方にもチャンスを広げたいなって個人的に思っているので。そこはホンダさんとも相談していかなきゃいけないですけども。

 そういうスポンサー、あるいはそういう環境が整えば、若い子たちはどんどん行きたいと思うので。やはり最初からインディカーとなると、いきなりインディカーは敷居が高いですから、いろいろ超えなきゃいけない壁がある。

 ですけど、例えばジュニアフォーミュラのF4、F3はアメリカでもやってますし、HPD(Honda Performance Development)のエンジンなんですよね。

 同じ世界の規格の中で北米でもチャンスがゼロではないですし、若い選手が北米のフォーミュラからレースで活躍して。こっちではスカラシップのラダーシステムがすごくできているので、F3、F4を戦った場合、例えばHPDがあったらそこからスーパーフォーミュラへのスカラシップができましたよね。

 スーパーフォーミュラで活躍してからアレックス選手のようにインディカーへのスカラシップがまたできると。それからインディカーライツのチャンピオンになれば、自動的に上がれるシステムもこちらはある。全部が全部、自動車メーカーなど大きなスポンサーに頼らなくても厳しい状況ではあるけども、不可能ではないと思っているんです。

 ですからチャンスが少しでも増えるように、若い子たちにチャンスが増えるように、今後自分としても働きかけができればいいなと思ってます。

──(松田秀士)ありがとうございます。今年も予選やカーブデイ、決勝で解説させていただきますので、楽しみにしてください。


 佐藤琢磨選手のオンライン会見からは、今年のインディ500へ向けてマシンを作り込む戦略が伝わってきた。佐藤選手のドライバーとしての能力の高さ、マシンセットアップ能力の高さ、そしてインディ500に対する理解の高さがよく分かる。

 佐藤選手によると、今年のインディ500のポイントは燃費の悪化への対応とトップスピードの向上をドラッグ低減で行ないつつ、どれだけダウンフォースによるグリップを得ていくかになるのだろう。5月18日から始まるプラクティスからの作り込みに注目していただきたい。