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インディ500、2度目の優勝をした佐藤琢磨選手がリモート会見 「最後まで爪を隠し、余裕を持ってレースを運べた」
グリコポーズは、エアロスクリーンだからできた
2020年8月26日 06:26
8月23日(現地時間)、米国インディアナ州にあるインディアナポリス・モーター・スピードウェイにおいて世界三大レースの一つ「第104回 インディ500」が開催された。2020年のインディ500において佐藤琢磨選手は見事優勝。2017年以来の2勝目を挙げた。100年を超えるインディ500の歴史において2勝以上のドライバーは、佐藤琢磨選手以前には19人。インディ500の優勝も偉業であるのだが、佐藤琢磨選手はわずか20人の偉大なドライバーの仲間入りをしたことになる。
佐藤琢磨選手のリモート記者会見が8月25日深夜(日本時間)行なわれた。本記事では、その模様をお届けする。
「最後まで爪を隠していたというか、それくらい余裕を持ってレースを運べていました」
──(司会)まず、佐藤琢磨選手からインディ500勝利の感想を。
佐藤琢磨選手:今回の2度目のインディ500の優勝とってもうれしいです。本当にその一言しかないですし、これまでサポートしていただいた関係者の皆さまの多くの応援、本当に感謝しております。そして何よりチームの頑張りが、際立っていたかなと感じています。まず、この3つですね。
本当に感謝の気持ちと、純粋にうれしい。もちろん、記録にも残りますし、インディ500という大舞台で再び勝てたこともうれしいのですが、一つのレースとしてインディ500に勝てたことが何よりうれしかったですし、どこから話してよいのか分からないですが、とくにコロナの、パンデミックのなかで多くのイベント、スポーツ選手が活躍できる舞台がないなかで、レースができたということをとても感謝しなければならないと思っています。
インディアナポリス・モーター・スピードウェイ、新しくオーナーになったロジャー・ペンスキーさん、彼の力の入れ具合に本当に感銘を受けています。無観客開催ということになりましたが、インディ500が8月にすれ込んでもちゃんとイベントとして成功したというのは彼らの大きな努力のたまものだったと思っています。
自分のことを話しますと、今回のインディ500の調整に向けては、期待と自信と不安とが入り混じった状態でした。自分の目標としては、イメージとしては17年の目標(2017年の優勝)が最大のものになるのですが、そんなに簡単にいくものではないことを重々承知しながら、去年3位に入ったことが大きな自信につながっています。
クルマが今年はエアロスクリーンというドライバーを守るプロテクターが付いているのですが、それが付いたことによってクルマとしてはメカニカルバランス、メカニカルグリップが落ちますし、空力効率もわるくなるので、ドラッグが増えてダウンフォースが減る。運転する側には不都合なことしかないのですが、逆にその変化がチームのエンジニアリングサイドとしては大きなチャレンジとなり、チームの勢力図が変わるチャンスなのかなと考えていました。
ちょっと話を戻しますが、去年の3位を取れたというところなのですが、2017年に自分がアンドレッティ・オートスポーツでインディ500を勝ったときは明確なクルマのアドバンテージがあったと思います。
ほかのチームに対して、僕らアンドレッティは6台体制で、大きなチームのリソースを使って非常にクルマも速かったです。エアロパッケージ、ホンダのエンジンと、とても強力で、明らかに僕たちのチームは速かった。そのなかでしっかりとプログラムを積み上げていけば、勝利に挑戦できると分かっているなかでの挑戦でした。
ただ、その後、レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)に移籍してから、2018年は本当にスピードが乗らなくてレース結果も散々でしたし、どうしようかなと。2019年に関しては、チームとしては大きな飛躍を遂げたと思うのですが、トップ争いに加わったのが遅過ぎた。クルマの完成度が低かったです。
実際には、トップから僅差の遅れ(0.3413秒)でのチェッカーとなったのですが、見かけ以上の大きなトップ2との差がありました。あの日は3位以上に上がるのは厳しかったかなと。全力で走ったのですが、そういう状況でした。
その大きなステップがこっち(2020年)につながるという自信があったので、今年はすごく楽しみにしていました。なによりも、大きく背中を押してくれたのがホンダです。昨年もちろんストリートコース、ロードコースでホンダは多くの勝利を挙げました。自分自身もロードコースで勝利を挙げましたけど、スーパースピードウェイ、とくにインディアナポリスに関してはライバルに対して非常に苦しい戦いを強いられました。それをどう克服していくのかというのが大きな課題となっていました。
現在の技術レギュレーションによると、エンジンの大きな仕様変更はできません。HPD(Honda Performance Development)のみなさんは、毎年がんばってパワーを上げてくれるのですが、「どれくらい上がるのかな?」という期待と、「でも、そんなに大きく上げられないよな」と、本当にそういう状況のなかで、ふたを開けてみたら素晴らしいパワーで、ホンダが上位を独占するという。そういう願ってもいないチャンスが訪れました。
とくに今年は、先ほど話をしたエアロスクリーンの影響で、どうしてもスピードが遅くなってしまう。予選だけはせめて時代に沿うように記録を伸ばしていこうということで、ブースト圧を上げてスピードを伸ばすと。つまり、ターボのブースト圧を上げるとエンジン内の状況も大きく変わるので、ホンダは本当に上手に仕事をしてくれたのだなと。今回コンペティションとなるなかで、大きな差が生まれました。予選では圧倒的なスピードで、フロントローを独占できたのではないかなと思います。
えっと、あまり細かく話をしていると、長くなってしまいますが(笑)。
レース序盤ですね。スタートから今年は本当に落ち着いて、プログラムを立ててレースを戦えました。その理由はフロントローからスタートできましたから、非常に安全にレースをコントロールできるトップ集団のなかでレースができました。最初はディクソン(スコット・ディクソン選手)がレースをリードして、アンドレッティ(マルコ・アンドレッティ選手)を抜いてディクソンがリードして。僕もそれに続いて2位で走りました。
その後、後ろから旧友のライアン・ハンターレイがものすごいスピードで追いかけてきたので、そこは無理にレースをしないで彼に先行してもらって、自分は3番手に落ちる。
最初に2番手を走行して、次に3番手を走行したことで、クルマの変化、一つは空気抵抗が減って燃費が変わります。もう一つはダウンフォースが減ってしまうので、タイヤの持ち具合も変わります。空気の流れが変わるのでクルマのバランスも変わります。この変化を見たかったのです。
最終的に勝負となるのは、1台ないしは3台。あるいは2台のなかでの戦いになると。去年僕が最後尾から、ラップダウンから3位まで上がったときは、10台、20台というなかをくぐってトップ5まで戻ってこなければならなかった。そういうクルマ作りと全然違うのです。
今回は、最初から1台だけ、2台(の争い)に絞ってクルマを作っていこうと。最初の4スティントでタイヤのパフォーマンスですね、1つのスティントがだいたい30周プラスくらいになるのですが。タイヤのおいしい部分を前半に持ってくるのか、真ん中に持ってくるのか、後半に持ってくるのか。それは調整でいかようにもなります。
コクピット側の調整、走らせ方、そしてフロントウィングのアジャストメントでそれを調整していく。当然タイヤの内圧も調整していきます。それをピットストップのたびに、「あ、今回ちょっと行き過ぎたな、戻してみよう」と。戻すと「集団のなかでは苦しいな、もう1回上げてみよう」「やっぱこれはだめだな。最後持たないな、戻そう」ということで、本当に3、2、1、2、1、1.5みたいなところで最後落ち着いて、その状態で残りの3スティント、実際にはフルでいうと2スティントになるのですが、2スティントはクルマを変えない。セッティングを変えない。
それは僕が元々方針にしていたことで、レース前にも現地に取材に来ていただいた松本さんとか天野さんとかには話をしていたのですが、最後の2スティントはクルマをいじらない、これが目標でした。それができた時点で「今回いけるぞ」と。
勝負を仕掛けたのが150周過ぎなんですけど、トップを行くディクソンを一度抜いてトップに出ときにどのような状況になるのかそれを試して、ディクソンがどれくらいの時間をかけて自分に追いついてきて、あるいは再度追い抜きを仕掛けてくるのか? 僕が17年にカストロネベス(エリオ・カストロネベス選手)で最後の7周、5周でやったのと同じような攻防です。それを割と早い時点で見たかったのです。
そこからいろいろと駆け引きをしながら、最後のスティントは全力でレースをリードしようと。一度、最後のスティントのピットストップが、ディクソンがオーバーカットをする形で僕よりも1周長くスティントを彼らが延ばして、最終ピットを終えて僕らの前に出たのです。僕はまだフレッシュタイヤでしたから、その勢いで一気に抜きました。その後は、お互いに付いたり離れたりの攻防が続きます。ディクソンもなんとか仕掛けるのですが、完全に抜くまでにはいかないのです。彼が本気で抜きに来ているのか、様子なのかというのを僕も確認しながら戦っていくなかで、実際に彼は抜きあえいでいるのではないかと感じ取っていました。
自分が持っていた強みは、そこの最後のクルマのバランスがパーフェクトに近い状態に持っていけたので、タイヤに関してはものすごく大きな自信を持っていました。ほとんどデグラデーション、つまりタイヤの性能劣化を感じさせずに走りきる自信が最後はありました。
それからもう一つは、バランスがよかったです。バランスがいいということは、アンダーステアが大き過ぎるとフロントタイヤを引きずってしまってスピードが乗らない。オーバーステア気味、オーバルでいうオーバーステアはカウンターをあてるわけではないのですが、ニュートラルに近い状態です。ニュートラルに近過ぎると今度はリアタイヤが横滑りを起こしてしまって、やっぱり前に進まない。そのちょうどよい案配というのがあるのですが、その感覚が手に取るように分かって、ものすごい走行抵抗の少ない状態になっていて。実際には30周を超えるスティントを全力でフルパワーで走ることは厳しいのです。燃費上の問題で。
なので、ドラフティング(前走車が作る空気抵抗の小さい空間。同じエンジンパワーだと、あたからも引っ張られるようになる)を使ったり、エンジンマッピングのミクスチャー(燃料と空気の割合)を変えたり。当然自分たちは右足でアクセルコントロールをしているので、そこで燃費を調整したり。
僕は最後のスティントは、トップに出た瞬間から燃費重視の薄い燃料マップで走りました。ディクソンが追いかけてきたときだけフルパワー。そういう攻防をしながら、そして周回遅れも、うまくドラフティングを使いながら最後の10周まで持ち込みました。
後々のインタビューを見ると、ディクソンとガナッシ(ディクソン選手のチーム)勢は、僕が捨て身の作戦で燃料がもたないなかで全力で走るんだと、彼らは僕らが燃料切れになるのを待っていたらしいのですが、そんなことはまったくなくて。自分はしっかりと燃料計算をするなかで、確実に、とくに最後の3周はフルパワーで走れる燃料計算の元に、燃費を計算して走らせていました。
それくらい、今こうして話しても余裕があるくらい。もちろんやっているときは、ピットと交信しながら「とにかくフルパワーで走らせてくれ」と、でもチーム側は「や、まて、もう少し燃費を稼いでからだ」という攻防でものすごい緊張感が高かったのですが。それでも非常に落ち着いて走ることができました。
ピットストップもほとんどミスなく。ロッシ(アレクサンダー・ロッシ選手)とぶつかるちょっとしたアクシデントはあったのですが、クルマにダメージはなかったので。本当にそれは幸いでした。
すべてが、本当に最後のスティントのために完璧に順序立てて、組み立てができたレースだったのではないかなと思います。
その結果、勝つことができました。僕は最終的にはハンドルを握りましたけど、そこに至るまで準備で本当にチームの力が大きかったです。チームが素晴らしいクルマを作ってくれたこと、ミスなくすべてのピット作業を完璧にこなしてくれたこと、そして間違いのない自分たちが実力をしっかり発揮できるような戦略をしっかり立てて、そのとおりにレースを運べたこと。それはチームの力です。それに自分自身がしっかりと走ることができたということです。
今回無観客ということで会場の雰囲気はさみしいものでしたけど、インディ500ということには変わりはなかったですし、チームもドライバーも価値を狙って全力で走るなかで、とてもコンペティティブなフィールドでしたから、このレースでとくにポイントリーダーのディクソンを負かして勝てたことは意味が大きかったのではと感じています。
話を全部通すと長くなってしまいましたが、ファンの皆さんの応援、スポンサーの応援があって、本当にたくさんの方のご支援があって自分がレースをできていることをとっても幸せに思いますし、このパンデミックのなかで少しでも明るいニュースを届けられたことが何よりうれしいです。
長い感想になってしまいましたけど(笑)。
──佐藤琢磨選手というと、追い込んで勝つ攻撃型のドライバーという印象があります。ところが今回は終盤の早い段階で先頭に立ち、後続との差を見ながらという王者の走りをされていました。とくに、171周目に琢磨選手がファステストラップを記録し、ディクソン選手を抜き去りトップを譲らないなど、従来とは走りのスタイルが変わったような印象を受けました。
佐藤琢磨選手:戦い方ですが、今回の走り方はほぼ理想に近い走り方です。いつもこうやって走りたいです(笑)。何度か再スタート、あるいはイエローが入ってピットストップのシークエンスが変わるなかでストラテジが入り交じって見かけ上は僕らが10番手からスタートするとか、そういうことがありました。それでも再スタートすれば、ピットストップをしなかったドライバーはピットに行かなければならいので、ものの10周もすれば本来の順位に戻ると。つまりトップ3で走ることがすごく大事です。
これまで後ろから追い上げていくというのは、僕は追い上げがしたかったわけではなくて(笑)。そうせざるを得ない状況のなかから追い上げていって、最後は時間切れというのがほとんどのパターンでした。
去年のインディ500も最終スティントのピットストップを終えて7位スタート、赤旗になってしまった状態ですが。そこからのスタート(187周目)でほとんど時間がなかったです。時間がないというのは、コンペティションとして争う時間はあったのですが、争うときに必要なクルマを作る時間がなかったのです。最初に説明したどのようにクルマを作るのかということですが。その視点から見ると、常にトップ3で走っていたということで準備ができていた。なぜ、残り40周のなかで早めに仕掛けたかというと、それだけ時間があれば本当にまだまだ最後のピットストップを残していたので。
僕は最後の2スティントはクルマを触りたくないと言ったものの、当然日が少し傾き始めていて、気温も路面温度も変わり始めていて、1コーナーだけ影ができていてと、コンディションが変わっていくのです。ラバーも乗ってきますし。そのなかでディクソンの走り方を見て、戦い方を見て、前半と後半で違う可能性がある。そのときに自分が対策できる時間というのが作りたかったのです。
それを確認して、ファステストラップを出したのは僕がピットアウトをすませて、ディクソンがピットアウトをすませて、パワーを、ミクスチャーをベストの状態でニュータイヤで出したときです。あのときに一番実力を出す必要があって、レースの前半ではむしろそれを見せたくなかったのです、ライバルに。
なぜかというと、そのスピードを見せてしまうと、インディ500はフロントウィングだけでなく、リアウィングも(セッティング)変更可能なのです。ネジ式になっているのですが。タイヤ交換の秒数以内でできるので、ほとんどロスタイムなくできるのです。それの調整を与えたくなかったのです。
最後まで爪を隠していたというか、それくらい余裕を持ってレースを運べていました。
ディクソンを抜いたときに、最終スティントですから今こそ実力を出すべきだと。ファーステストを出して、実際ディクソンがどれくらい付いてこれるのか抜きにかかるのかというのを最初に言ったように見ていました。
彼がすぐ抜きに来るようであれば一度バックオフして(後ろに下がって)、3周ないし、5周の間で様子を見ながら順位を入れ替える。リードできるようだったらリードする。それを続けて残り10周に持ち込みたかった。
ただ、残り10周になったときには絶対にレースはリードしていたかった。というのは、2017年の勝利のときにも少し話しましたが、まったく今回それが起きてしまったのですが、イエローが入ったら終わりなのですね。なので、イエローが入っても、そのときにトップを走っていることがすごく必要ですから。
2台だけの一騎打ちになったときは必ずしも先頭が有利というわけではないのですが、どうしても今回は先頭を走りたかった。唯一、懸念があるとすればトラフィック(周回遅れの存在)なのですが、先ほど少し説明したとおり、そのトラフィックのドラフティングを使って、非常にリーンな状態(燃料の薄い混合気の状態、燃費に有利)。パワーベストではなく、燃費重視のミクスチャーでありながら、平均速度220mph以上(350km/h以上)を記録しているんです(190周目に220.490mph、191周目に221.569mph)。これというのは、おそらくディクソンはパワーベストで走っているよりも速い状態なので、彼は僕がものすごい飛ばして燃料切れになると思った。ガナッシチームがそう思ったのは無理もないのです。それくらいスピードに乗せることができていました。
で、周回遅れの攻略ですね。キンボールとカナーンと、もう一人。彼らもレースをしているので非常に難しいのですが、2周以内に抜くことができて、むしろ抜いた後のトラフィックをディクソンとの間に入れることができて、1秒程度の間隔を常に保つことができたのはよかったかなと思います。
──日本では琢磨選手がポディウムで見せたグリコポーズが話題です。あのグリコポーズは、琢磨選手が3年前にインディ500を優勝した際のファンとのSNSでのやりとりがきっかけになっていると思うのですが。ファンへの思いや、グリコポーズに込めた思いなど教えてください。
佐藤琢磨選手:勝った後のグリコポーズですが、もちろんファンの方からの提案でした。僕が最初に勝ったときに自然と出た、クルマの上に立ってガッツポーズをしたものが、非常にグリコさんのポーズに似ているということで。実際に僕、グリコさんのご支援を受けていますので、道頓堀のグリコサインと入れ違いながら(琢磨選手のガッツポーズを表示することを)やるということもあったのですが。
でも「せっかくだったら完全なグリコポーズをやってほしい」というリクエストがSNSでもありましたし、実はファンクラブ内でのやりとりでもありました。「次できるような機会があったらやってみる」と答えています。
今回は本当に、逆にむしろあれがやりたいがために勝った、みたいな(笑)。それくらいうれしかったです。(ファンから)言ってもらえるのが。
実際、これまでのマシンですと、フォーミュラカーですからコクピットがオープンで開いています。普通はそのままその場で立ち上がると、仁王立ちになるのです。右足、左足をコクピットのサイドウォールにかけるので。立ち方が「大」の字になってしまうのです。その状態で片足を上げるのは不可能なのです。
今度やってみる笑https://t.co/dSESCLmxG0
— Takuma Sato (@TakumaSatoRacer)June 1, 2017
2017年インディ500優勝後のやりとり。SNSやファンクラブ内でグリコのポーズの依頼があったと明かす
今回はエアロスクリーンが付いたことで、フレームが後ろにつながっていますから、真ん中に立てるんです(笑)。ただ、真ん中に立てるのですが、上から見るとこれくらいしかなくて。フレームの幅が。なので、ものすごい不安定なのです。立って、まず両足で。あの場所に両足で立ったことがないのですが(笑)。立ってみて、これちょっと倒れたらかっこわるいなと思ったのですが。立ってみたら立てたので、「あー、これはやっちゃおうかな」と思って、片足を上げて完璧なグリコポーズをやってみました!!
それはもうファンの皆さんが待ち望んでいたことというのもありますし、私自身がグリコさんと近いポジションで。とくに子供たちのキッズカート「復興地応援プロジェクト“With you Japan”」プログラムを支援していただいているというところから、そんな気持ちになってやってみました。
──SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の校長としての立場も佐藤琢磨選手はあるのですが、今回のスクールの生徒さん、それから卒業して国内・海外で活躍されている若いドライバーに向けてどのようなことを、今回の勝利をもって伝えたいですか?
佐藤琢磨選手:挑戦し続けることの大切さを見てもらいたかったですし、感じてもらいたかったです。それは口でいくら伝えても、当たり前のことなのでみんな分かっているのです。やはり続けることは大事だとみんな思っているし、やるからには全力で挑戦するというのも分かっているし、みんなやっているんですね。
みんながやるなかで一つ飛び抜けなければ競技の世界では、勝負の世界では勝てない。自分が校長としてできることって、現役でありながら校長というのは、まったくスクールに貢献できないんですね、物理的には。指導したりとかは、ほとんどできない。それは、現場のコーチに任せるしかないですね。そのコーチ、講師、非常に素晴らしい現役のドライバー、あるいは素晴らしい功績を残してきたドライバーに任せていますので、本当に安心してやっていただいています。
では、自分が校長としてなにができるのか。現役ドライバーでありながら校長をさせていただいているということであれば、自分がレースで見せるしかないですね。苦しいレースもたくさんあります、とくに今年本当に苦しいレースが続いていました。それでも挑戦し続ける、その姿を見て生徒がどう思っていたのかは自分としても気になりますけど、その姿をずっと見て感じていてほしかったです。
そしてチャンスが来たときに、あるいは自分が思い描いているようなレースをやりたいと思っているときに、そこをチームを動かしてレースをやっているときに、そこをチームを動かして一緒にやっていくと。その結果が、こんな風な素晴らしい結果につながることが「できるんだ」「あ、できるんだ」と。人生セカンドチャンスもたくさんあるし、僕の場合は現役ドライバーのなかでも最年長になってしまいましたけど、それでもまだ「勝てるんだ」というところを若いドライバーに感じてほしかったです。見るのではなくて、感じてほしかったです。
勝った瞬間どう思ったのか、それはきっと聞いた言葉では分からないことだと思うので。その瞬間に生徒たちは本当にたくさんのことを感じてくれたと思うので、それを期待して、彼らが今後羽ばたいていくなかで、できる限りのサポートをしていきたいなと感じています。
──昨年、インディ500を勝つことのすごさ、ずっとチャンピオンと呼ばれるという話をされたと思うのですが、これを2回勝つ。20人しかいない、2回勝つことの意味を教えてください。
佐藤琢磨選手:多分これから、徐々に実感するんじゃないかなと思います。毎朝、毎朝起きて、本当にうれしくなって信じられなくなって、今日も朝マネージャーと話したのですが、マネージャーは「日本人は朝、こうやってつねるらしいよ」(琢磨選手はほっぺをつねるまねをする)と、どこかから仕入れてきて、彼も「朝つねった」って言ってました。
それくらい信じられなくて、自分でも、なんだろう。みんなよく今「じわっている」って言うんですかね、じわじわと来るみたいな。勝った瞬間に自分が目指していたことなので「やったー」という、うれしい思いが強いのですが、本当に毎朝「これすごいのかな?」って感じて。でもそのすごさというのが正直自分のなかでは消化し切れていないので。分かんないです。
でもたくさんの方から祝福のメッセージが届くなかで、多くの関係者からの祝福メッセージが「本当にこれはすごいことなんだよ」と、「誇りに思うし、とくにこのフィールドのなかで、メンツのなかで、全員を圧勝できた。圧勝して勝てたというところは、本当に誇りに思ってほしい」と関係者に言われて。「そうかぁ」と自分で改めて思って、これが2回勝つってことなのかなっていう風に、少しずつ消化し始めています。
ただ、これまでの偉大なドライバーたち、本当に伝説的なドライバーたちの名前が複数勝利に刻まれていますが、そのなかに自分が入るなんて夢にも思っていなかったので、正直実感がないです。
一つ言い忘れていましたが、今回の2勝目が大きな意味を僕のなかで持つのは。もちろん2勝目、3勝目、誰だってやりたいことなんですけど。非常に大きな意味を持つのは、レイホールのチームでインディ500を勝てたということなのです。
アンドレッティでの優勝(2017年の優勝)は自分自身の夢をかなえることができましたけど、今回の優勝は本当にすべてをチームに捧げたいです。なぜかというと、2012年にレイホールがインディカーチームとして再結成して再出発した、最初の年のドライバーとして選んでいただきました。
ほとんどの方がご存じだと思いますけど、(2012年のインディ500では)最終ラップにトップ争いをして、当時絶対的なチャンピオンであったダリオ・フランキッティに挑戦して、結果的には失敗しているのです。失敗して1コーナーでクラッシュしています。
そのときの思いが、もちろんなんでクラッシュしたのか、なんで勝てなかったというのはちょっと置いておいて。そこはもう、その5年後に克服するわけですけども。
チームのオーナーがどれだけ、あるいはメカニックたちがどれだけ楽しみに1勝を待っていたか考えると、まあもう本当にいたたまれないですね。その思いを8年越しにかなえることができて、自分のボスであるボビー・レイホール、デイビット・レターマン、そしてもう一人、マイク・ラニガンと3人いるのですが。マイク・ラニガンに関してはほとんどの方が知らないと思います。ものすごい成功したビジネスマンです。
僕は彼に本当にこのすべての勝利をささげたい。なぜかというと、マイク・ラニガンが金銭的な支援をしてくださっています。もちろんこのバックグラウンドにある(と、背景の企業名・組織名を示す)たくさんの企業の方々から支援を受けて走行できているのですが、一番左上にあるMI-Jack(マイ・ジャック)ですね、このオーナーなのです。彼が、走る活動資金の不足分を補足してくれています。その彼が、ずっと僕がAJフォイトで走っている4年間、そしてアンドレッティで勝ったときも、「いつ戻ってくるんだ」という話をずっとしてくれていた。そこで、30号車を用意してくれた。
その30号車の用意をしてくれた1年目(2018年)、大失敗をしまして。2年目は3位だった。じゃあ次はということで今年もチャンスをくださいました。そして恩返しができたというところが、すごく僕のなかで大きいので。現役の30号車のメカニックのなかには、当時12年のチームメカニックだった人も入っています。チーフメカがナンバー2になるというのはほとんどないのですが、今回彼はそれさえも受け入れてくれてメカニックをやってくれています。そういう素晴らしい仲間に支えられて、チームオーナーに支えられて、メカニックたちに支えられて、そしてエンジニアですね。エディ・ジョーンズという本当に素晴らしいエンジニアがクルマを作り上げてくれて。
そういう仲間と一緒に勝てたことが僕のなかではすごく大きかったです。
──昨年チームとの関係が深まったという話がありました。その意気込みをもって今年のシーズンを楽しみにしていたと思うのですが、コロナがあって、もやもやした時期があったと思うのです。そこを経て、レースができること、インディに挑戦できること。新たな発見とかあれば教えてください。
佐藤琢磨選手:こればかりは、全人類初めてのことだったので、みんな不安でしたし、僕自身も不安でした。だけど、レースができると言うことだけでも本当に幸せですから、全力でやろうと。ただメカニックたちとも握手もできないし……レース勝ったときはみんなでハグしまくりでしたが。でもこう肘と肘でね、当ててがんばろうと。
こちらのオフィスの文化は、まず朝一番にがっちり握手をして一日始まるというなかで、それができない。すごく、わだかまりもありましたし、そのようなかなでどうやってチームを結束していくのか。もちろんドライバーとしては、レースで見せることが求心力になって引っ張るわけですが、それが肝心のレースでうまくいかない。空回りしてしまう。そんななかで僕ももがいていました。
ただ、一人一人のメカニックが本当に信じてくれているのです。それは毎回分かります。敗因には絶対的な原因と理由があって、それを彼らが分かってくれていて、「次はやってやろう」「次はここを直してこうしよう」といつも言ってくれるのです。
そんな仲間たちと、実はレース前に食事会をしました。(メカニックの)パートナーの方だったり、ご家族の方だったりも呼んで、みんなで楽しく日本食、ラーメンなんですけど(笑)。食べました。
それがあったから速くなった訳ではないのですが、すごく大きな結束力が生まれたのではないかなと思います。これまでもチームディナーとか、たくさん集まる機会はあったのですが、自分の30号車だけで集まったあの食事会はすごく大きかったような気がします。
これまで小さなミスで大きな勝負に差が出てしまう、ピットストップもそうですが。今回インディ500で実際6回ピットストップしましたが、本当にミスがなかった。奇跡のような状態を作り出したのは、一人一人のメカニックの思いだと思うので、それはラーメンを食べたからではなくて、彼らが今置かれている状況であったり、今自分たちが直面しているコロナの問題だったり、それぞれの思い。家族も学校もあるし、不安だろうし、奥さんも働きにいけないとか、自分がいつコロナに感染してしまうか分からないとか。非常に大きな怖さ、恐怖を背負ったなかでレースにがんばっていこう。そういう気持ちに、エネルギーをすべて一つにしてくれた気がします。その思いを共有するための食事会だったのかな。
それが日曜日(決勝レース日)に爆発して、本当にみんなのすごい集中力が生まれて今回の勝利につながったかなと感じます。
──シリーズチャンピオンも期待してます。
佐藤琢磨選手:がんばります。
──(司会から)最後の質問を。
佐藤琢磨選手:熱田さんが手を挙げている。
──(司会)熱田さんどうぞ。
佐藤琢磨選手:熱田さん海に飛び込むんですか?
熱田護カメラマン:大丈夫ですか?
佐藤琢磨選手:あ、海に?
熱田護カメラマン:違う、違う、違う、違う(笑)。おめでとう。前に勝ったときはチェッカーを受けて、大絶叫でした。今回はチェッカーを受けてからのウイニングランというのは、1回目よりは自分で落ち着いていた?
佐藤琢磨選手:はい、前回のときはものすごい後ろからのプレッシャーを受けながら、自分でも何か信じられない。「インディ500」勝っちゃっていいのかなという思いで、(スタートフィニッシュ)ラインをクロスした瞬間すべて真っ白になって言葉が出てこなかったの叫んじゃったんですが、今回はイエローでゴールしたのです。なので、十分に落ち着いて、もうウイニングランを終えたみたいな。
でも、レーシングカーは全開で走ることを前提に設計されているので、ゆっくり走ると壊れてしまったりする。たとえば適正温度より冷やし過ぎるとエンジンが壊れちゃったりする。そのエンジンの水温とか油温とか油圧とか、ギヤボックスの油圧とか、全部エンジニアに対して聞きながら「大丈夫?大丈夫? 適正値」って聞きながら。燃料も絶対もつのに、「燃料大丈夫?大丈夫?」って何度も確認しながら走ったんです。
そして今回はちゃんとマイクのスイッチを切って、ゴール直前に一人で一回絶叫しました(笑)。でも、それは電波には乗せていないので、自分のなかしか分からないのですが、やっぱり絶叫しました、少し。それは、最終コーナーを越えて、ゴールまで行けるまでが分かったときですね。
チェッカーを受けたときは、逆にチームが大絶叫で「おめでとう」と来たので、僕もうれしかったので答えました。
──(司会)ありがとうございました。琢磨選手、今週もレースがあるんですよね。
佐藤琢磨選手:そうですね、インディカー止まらないので。あした会議があって、あさってシミュレータ入ります。あさってシミュレータに入ったら、その足でセントルイスに向かいます。しあさってから走行開始で、今週末ダブルヘッダーのショートオーバルのレースがあります。シーズン最後まで全力でがんばっていきたいと思います。