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祝!! 佐藤琢磨 インディ500 2度目の制覇、インディ500ドライバー・松田秀士

インディ500に参戦していた時代の松田秀士氏。1996年は8位に

 8月23日、米国インディアナ州にあるインディアナポリス・モーター・スピードウェイにおいて世界三大レースの1つ「第104回 インディ500」において、佐藤琢磨選手が2度目のインディ500制覇を成し遂げた。1つでも勝つことが難しい言われるインディ500を2度も制覇した史上20人目のドライバーとなった。

 Car Watchでは、元インディドライバーでもあり、インディカーシリーズの解説も行なっている松田秀士氏に、この偉業に関する原稿を依頼。普段はCar Watchをはじめとした自動車媒体に新車のインプレッションなどを寄稿している松田秀士氏から、その偉業に対するお祝いの言葉が届いたので、ここに掲載する。

インディ500を2度制覇した佐藤琢磨選手

松田秀士

 佐藤琢磨選手、2度目のインディ500制覇、おめでとうございます! 今回の勝ちっぷりを見ていて、ボクなりに考えたことを書こうと思います。

 2017年の初優勝の時にも本サイトには書かせていただいた。インディ500がメモリアルデー(戦没者追悼記念日)前日に行なわれるという歴史的イベントであること。380km/hという超高速で行なわれるバトルがどのようなものなのか? 経験者としてボクが体験してきたことも交えて記した。よろしければそのときの記事も見ていただければ幸甚です。

【祝!! 佐藤琢磨優勝】インディ500ドライバー・松田秀士 - Car Watch

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1063061.html

 悲しいことにコロナウイルスのパンデミックでインディ500レースも延期され、しかも無観客での決勝となりました。これまでは5月だったのが暑い8月に。さらにエアロスクリーンが追加されたマシンでの超高速バトル。過去のデータは役に立つのか? 無観客でドライバーやチームのモチベーションは? 初めて尽くしのインディ500となった。

 今回はちょっとロジカルに超高速でインディーカーをコントロールするということはどういうことなのかを、まず考えてみたいと思います。

 0.18~0.26sec。これ何のタイムだか分かりますか? 実はコレ、人の反応時間を調査した研究結果。人間が目や身体から入った情報を脳で処理して実際に反応するまでの時間です。コレ早いのでしょうか? 遅いのでしょうか? 神経の伝達は化学反応なので、アスリートだからといってメチャメチャ速いというわけではないようなのです。

 インディ500では最高速が380km/hにもおよびます。コーナリング中でも350km/h前後。そのとき、インディカーは1秒間に約100mも移動しています。つまり0.18~0.26secだと1秒間に18~26mも移動していることになります。結構移動してますよね。つまりドライバーは0.18~0.26sec過去の映像や現象をデータとして走っていることになります。でも、なぜあんなに早く反応してマシンをコントロールしバトルできるのでしょうか。それは経験です。脳内にあるシミュレーションモデルが精緻かつバリエーションが多いので、実際に物事が起こる前の未来予測ができるのだそうです。実際に起きてから反応したのでは遅過ぎるということになりますね。

 もちろん反応の元となるセンサーも、お尻だったり、手だったり、足だったりといろんなところから情報がインプットされるわけで、いちばん脳に近い目からの情報でも0.20sec前後なのだそうです。

 つまり速度が速くなればなるほどに、さまざまな経験値を元にドライバーはマシンをコントロールし、バトルし、ゴールを目指す。やはりインディ500は究極のスピードレースだということが分かるのです。つまり、今年の琢磨選手の勝利は彼の経験がモノを言ったレースでした。

 今年のインディ500のスケジュールは以下のとおりで、1日目のプラクティスが始まったのは8月12日。

8/12 プラクティス1
8/13 プラクティス2
8/14 プラクティス3(予選ブーストにアップ)
8/15 予選1日目 くじ引きにより全車アタック
8/16 予選2日目 上位9台による再アタック

4日間走行ナシ

8/21 カーブデー(レース前の練習走行)

1日間走行ナシ

8/23 200周(500マイル、約800km)の決勝レース

 プラクティス2日目の8月13日の走行中に、琢磨選手はトップスピードを刻みとても調子がよさそうだった。しかし最終的にトップとなったのはスコット・ディクソンでした。

 8月15日の予選1日目ではくじ引きは2番目で9位のポジションをゲット。比較的涼しい時間帯にアタックできたことも功を奏し、若手コルトン・ハータのスピードをかろうじて交わして翌日行なわれるファスト9への出場権を得ました。ファスト9は翌日にもう一度予選を行ない、最終的なスタートポジションを競います。10位以下は走ることはできず、そのままポジションが決定します。

 この1日目の予選中、一度順位が決定後にも琢磨選手は2度再アタックしています。1回目の予選スピードを上まわれなかったけれども、翌日のファスト9で少しでも前のポジションを得るためのシミュレーション走行をしていました。さらに予選2日目の朝のプラクティスの時間帯も、ほかのチームはファスト9予選の準備で走らないのに、チームにお願いしてチームメイトのレイホールと2台だけ走行しました。試したいセットがあったのです。その結果、ファスト9予選では3位で日本人初めてのフロントローからのスタートポジションを手に入れたのです。

 ここまでの流れで、今年の琢磨選手は違うと感じていました。諦めない、納得しない、とにかく準備に対する執拗さが見え隠れしました。

 レース前最後のプラクティス(カーブデー)では、ポールを取ったマルコ・アンドレッティーのハンドリングが悪化しスピードが伸びません。しかし予選2位だったスコット・ディクソンは安定したスピード。今年のインディ500、すべての流れの中で最強だったのはスコット・ディクソンでした。誰もが彼が勝利するだろうと。

 決勝の終盤、満を持してディクソンをパスし、トップに立った琢磨選手。正直、まだまだなにかが起こると思っていました。ディクソンはこのままでは引き下がらないと。

 1位琢磨選手、2位ディクソン選手。この走行がしばらく続いたとき、琢磨選手は無線でピットに「燃料を濃くしてよいか?」と問いかけた。残り16周。ディクソンが来ることを予想して逃げ切りたい考えだ。満タンで走行できる周回数は約35周。最後のピットインはその周回をギリギリできるタイミングで行なっていた。だから燃料を濃くしてパワーアップすればガス欠の危険性がある。ピットの返事は「もう少し待て」。それと同時にディクソンが真後ろに迫り、アウトから第1ターンで仕掛ける。しかしインを締めた琢磨選手はアウトにけん制してこれをかわす。こんなことがもう1度あった。このパターンは勝利した2017年でもなかったケース。常に琢磨選手は仕掛ける側。ディフェンディングはどちらかというと似合わない。しかし落ち着いて凌いでいる。強くなった、とこの時感じた。

 ピットから「燃料ポジション2」、もう濃くしていいよと指示が出たのは残り8周のとき。周回遅れもパスしながら安定してディクソン選手の前を走行しているころだった。勝てる、と感じた。残り5周、最終コーナーでスペンサー・ピゴットがスピン、そしてピットを隔てるポストに激突してフルコースコーション。これで琢磨選手の2度目のインディ500制覇が決定的となった。

 今回感じたのは、彼のクルマをセットアップ(速いクルマに仕上げる)能力の高さ。非常にロジカルで時間を有効に使うクレバーさ。そして落ち着いて防御する強さを見た。きっと成長し続けているんだ、43歳の今も。

 今、もう一度F1GPに戻してレッドブル・ホンダに乗せたら面白いんじゃない? とは先日J-WAVEのFM番組に出演させていただいたときのピストン西沢氏との会話。もちろんF1には行ってほしくはない。このまま3度目、4度目をこの目で見たい。

 年を追うごとに強くなる琢磨選手をまだまだ見たいのだ。

 もう一度、佐藤琢磨選手、おめでとう!