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カワサキの二輪用水素燃焼エンジンは、Ninja H2をベースに水素カローラと同じインジェクタを使用して開発

二輪用水素燃焼エンジンがカワサキから登場

二輪用水素燃焼エンジンについて説明する、株式会社カワサキモータース 技術本部副本部長 松田義基氏(左)とトヨタ自動車株式会社 CN 開発部 部長 中田浩一氏(右)

 スーパー耐久第5戦もてぎを開催中のモビリティリゾートもてぎにおいて、川崎重工業の二輪用水素燃焼エンジンを搭載したバギーがデモランを行なった。この二輪用水素エンジンは、カワサキのモーターサイクル「Ninja H2」に搭載した998cc直列4気筒スーパーチャージドエンジンをベースに開発。川崎重工業、本田技研工業、スズキ、ヤマハ発動機の二輪メーカー4社で共同開発し、トヨタ自動車、デンソーが協力している。

 この二輪用水素燃焼エンジンに関する説明がもてぎで行なわれた。カワサキモータース 技術本部副本部長 松田義基氏とトヨタ自動車 CN 開発部 部長 中田浩一氏が出席し、現時点での開発状況について語った。

モビリティリゾートもてぎのコースへ自走で入っていく、二輪用水素燃焼エンジン搭載バギー。このときには、テストライダーが運転していた

 松田氏によると、2021年7月のスーパー耐久第4戦オートポリスの際に、モリゾウ選手として参戦しているトヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏より、一緒にやろうと声をかけられたことが開発のきっかけという。そこからトヨタ自動車と協議を開始し、水素燃焼エンジンの開発を開始、トヨタの東富士研究所を訪問したほか、福島県の産業総合研究所などの水素研究ができる場所で開発を進めてきた。

カワサキの二輪用水素エンジンと、水素カローラのエンジンのデンソー製インジェクタは同じ部品

 トヨタの水素カローラ用水素燃焼エンジンでは、GRヤリスの直列3気筒 1.6リッター直噴ターボ G16E-GTS型がベースとなり、そこにデンソー製の水素インジェクタを使用し水素燃焼を実現している。カワサキの二輪用水素燃焼エンジンでは、「映画『トップガン マーヴェリック』でトム・クルーズが乗ったNinja H2のエンジンを使用」(松田氏)といい、水素を使うため筒内直接噴射の直噴化を実施、デンソー製の水素インジェクタを用いているとのこと。

 このデンソー製の水素インジェクタは、実は水素カローラに使用しているものと同じもの。水素カローラは1気筒あたり約500cc超となり、Ninja H2は約250cc弱。ただし、Ninja H2では回転数が水素カローラの倍程度となり、燃料噴射量(単位時間あたり)は同じインジェクタで対応できる範囲にあるという。

 松田氏は、「小さいエンジンも大きいエンジンもインジェクタを共通化できる。我々はスーパーチャージャー過給器、こちらは過給器ってことで、やりながらテストを付き合わせていくと、お互い補完関係になるねって」と語り、トヨタとエンジンの担う領域が異なることがメリットであるという。そのほか、同じインジェクタを使うことで違う領域における部品のロバスト性など、水素燃焼エンジン開発をさまざまな面から見ることができるとのことだ。

 なお、二輪用水素燃焼エンジンが四輪バギーに搭載されているのは、開発中のため。開発のためには計測機材などを積む必要があり、そのためにはバギーのような大きなボディが便利だという。搭載方法も「エンジンをそのまま、(バギーの)フレームをちょん切って溶接して搭載しています」(松田氏)というもので、無理やり載せたとのこと。現状はそれほど高回転域まで回せておらずすべてはこれからのようだ。

二輪用水素燃焼エンジンの取り付け位置を説明中。説明を受けているのは豊田章男社長

 気になる市販化については、「現在は、市販化ということは念頭にない」(松田氏)とのことで、二輪メーカー4社、トヨタ、デンソーと協調領域部分での開発を進めていく。トヨタの水素カローラとのインジェクタ共用などは、その典型的な部分だろう。

 実際の開発の過程については、2021年12月から設計に入ったという。その中で、水素インジェクタをどう搭載して、どう直噴化するのかなどの疑問が出たときにトヨタやヤマハとディスカッション。水素タンクなどはトヨタに協力してもらって搭載、水素燃料の引き回しもトヨタに水素リークをチェックしてもらっている。カワサキ自身は、発電やジェット機搭載用の水素ウェット燃焼やドライ燃焼を実証しているが、小型エンジンに関しては乗用車サイズでのノウハウのあるトヨタと協力しながら進めている。

 では、二輪用水素エンジンと四輪用水素エンジンはどこが異なるのだろう。松田氏は、基本はガソリンエンジンと同じとし、「四輪はやっぱりトルクが大事で踏み出し時に車両が重たいですから。高トルク型に持っていくのが大事じゃないかなと思っています。二輪の方は車両自体は軽いので回転馬力で。スロットル操作で胸のすくような加速っていうのは大事なところ」であると考えているとのこと。気筒あたり500ccもある四輪のエンジンに対し、気筒あたり250ccのエンジンの二輪は回転数でkW(キロワット)を稼いでいきたいとした。

開発に苦労したことがうかがえるカワサキの二輪用エンジン

 説明会の後半、カワサキの松田氏は今回の開発に込めた思いを語った。
「弊社は男カワサキって言われてまして。本当に去年11月に岡山のサーキットで社長が並んでるのを見て、もうやるしかないなっていう決めたのが(設計の)スタートでして。本当は7月末に弊社のオートポリスのレースがあったので、あそこに出したかったんです、そこで日程を決めたので。そのときには図面どころか、まだ部品も見たことがなくて。水素エンジンの知見もありませんから」。

「僕もいろいろやってきましたけど、今回本当にしびれる日程でした。本当に12月にエンジンの図面を書いて、その後車体の図面を出して、部品が来て、ベンチで2か月間産総研さんを予約して、それがダメだったら止めるボタンだけずっと手に握りながら開発を続けていて。クルマにしたのが7月でして、雨の天気予報が(産総研に)行くたびに全部晴れに変わって、先ほど説明させていただいた(各社の)みなさんのご協力と……。弊社の中は7名くらいでして、それも既存の仕事はそのままでプラスしてやらせていただいた。本人の負担もそうですが、それを認めた上司とかまわりの同僚の負担も含めて、かなりイケてる開発はしたと思います」。

「7月末には実はできていたのですが、ちょっとあのころはコロナもあって発表がちょっと延びたのです。本当に、チャレンジとコミットメントは達成できたかな。本人もちょっと驚いています」。

 記者自身も学生時代にGPレーサー譲りのロータリーバルブ式タンデムツインエンジン(GPレーサーはトランスミッションに対し直列配置、市販車はトライアングル配置)搭載のカワサキ「KR250」に乗っていたので「男カワサキ」というフレーズは知っていたが、開発者自身もそのような気概で水素エンジンの開発に臨んでいたのはちょっとした驚きだった。

 この二輪用水素エンジン搭載バギーのお披露目では、デモランのドライバーをモリゾウ選手こと豊田章男社長が務めてしまうというハプニングが起きたが、そのきっかけは松田氏が作っていた。

 モリゾウ選手が二輪用水素エンジン搭載バギーのステアリングを握ったことについて松田氏は、「夢に描いていた映像が、そのとおりにです。最初(モリゾウさんが)いらしたので、ああ、いらしたなと。『見ていい?』、どうぞどうぞと。『乗っていい?』、どうぞどうぞと。運転しますか?と言ったら、『いいの?』って言われたので、どうぞとスタッフとして説明しました。どこまで(モリゾウさんが)走ってよいのかもあの場で説明しました」と、ハプニングシーンの裏側を説明するともに、自分の開発したクルマにモリゾウ選手と、自社の社長が同乗走行したシーンの感動を語った。

勧められるままにバギーの運転席へ乗り込むモリゾウ選手。松田氏が「運転しますか?」と問いかけたら、運転好きのモリゾウ選手は「いいの?」というやりとりが……。そしてハプニングへ
カワサキの橋本社長とモリゾウ選手
豊田章男社長が運転、カワサキの二輪用水素燃焼エンジン搭載バギー

 カワサキが目指すところは水素で走るNinja H2なのだろうが、二輪用水素エンジンは小型であることから、松田氏はほかの可能性も視野に入れているようだ。いずれにしろ高回転型水素燃焼の開発は始まったばかり、カワサキはすでに、ロケット用液体水素など水素の「つくる、はこぶ、ためる」の分野ではトップクラスにあり、その会社が本気で1万rpm以上回す二輪用エンジンの開発に参入したことになる。