試乗インプレッション

エストリル・サーキットで「マクラーレン セナ」試乗。伝説の名ドライバーの名を冠した意味とは

パワー、軽さ、空力を追求し、サーキットでの究極のパフォーマンス実現!

狙いはサーキットでの究極のパフォーマンス

 マクラーレンのロードカーラインアップには、「540C」や「570S」などが属するスポーツシリーズ、「720S」を筆頭とするスーパーシリーズ、そして文字通り究極のスーパースポーツとして限定販売されるアルティメットシリーズの3つのモデルラインが設定されている。説明不要の伝説のF1ドライバーの名を冠した、その名も「マクラーレン セナ」は、そのうちアルティメットシリーズの第2弾となる。

 第1弾の「P1」がハイブリッド化により未来のスーパースポーツのあり方を示したモデルだったのに対して、セナは純粋な内燃エンジンをその心臓として戴く。狙いはサーキットでの究極のパフォーマンス。カギとなるのはシンプルにパワー、軽さ、そして空力である。

 まず肝心なパワーは問答無用の最高出力800PS、最大トルク800N・m。V型8気筒4.0リッターツインターボエンジンは、720S用とはブロック以外ほぼすべてが別の設計だという。トランスミッションはデュアルクラッチ式のおなじみ7速シームレスシフト。点火カットにより変速スピードを速めるイグニッションカット・テクノロジーを搭載する。

 軽さは圧倒的だ。マクラーレンとして最初のロードカーであった「F1」以来の伝統で、車体にはCFRP素材がふんだんに用いられており、結果として乾燥重量は実に1198kgに過ぎない。ハイブリッドとしなかったのは、この重量軽減も理由の1つである。車体の核となるのは、CFRP製のキャビンであるモノケージIII。外板パネルもほぼすべてがCFRP製とされる。実際、フロントフェンダーパネルの重量はたった0.66kgに過ぎず、指だけで持ち上げられるほど軽い。大型リアウイングですら4.87kgという軽さを誇る。

日本では5月に初公開されたアルティメットシリーズの最新モデル「マクラーレン セナ」は、故アイルトン・セナの名を車名に用い、「公道でも走れる、マクラーレンの究極のサーキット仕様モデル」を目指して開発されたモデル。ボディサイズは4744×2051×1229mm(全長×全幅×全高。全幅はミラー格納時)、ホイールベースは2670mm。生産台数は500台限定で、価格は67万5000ポンド
マクラーレン セナのパワートレーンはV型8気筒4.0リッターツインターボ「M840TR」型エンジンに7速SSG(シームレスシフト・ギヤボックス)の組み合わせ。最高出力800PS/7250rpm、最大トルク800N・m/5500-6700rpmを発生し、0-100km/h加速2.8秒という性能を有する

 目に見える部分ばかりではない。前後のクラッシュ構造はマクラーレン車として初めてCFRP製とされている。電気スイッチ式のドアリリース機構も、やはり軽量化のため。車両全体に使われているM6ボルトのヘッドフランジ形状の見直しも、実に33%の重量軽減につながったという。単にCFRPを使うだけでなく、まるでゼロ戦かのような細部への徹底的なこだわりも、目を見張るほどの軽さに繋がっているのだ。

 250km/h走行時に発生する最大ダウンフォースは何と800kgと、ロードカーとしては異例の大きさを達成したエアロダイナミクスも、セナの注目すべきポイントである。車体全体に開けられたダクトやスリットは、どれも大量の空気をスムーズに取り入れ、そして流すことでドラッグを減らし、ダウンフォースを生み出すため。美しさより機能という姿勢が徹底された姿からは、凄みすら感じられる。

 フロント左右のアクティブエアロブレードとリアウイングは、走行状況に応じて自動的に角度が切り替わる。直線ではできる限り空気抵抗を少なくして直線スピードを稼ぎ、ブレーキングやコーナリングの際には最大限の力で車体を路面へと押さえつけるためである。

エクステリアではフロントのスプリッターやリアのダブル・ディフューザー、巨大なカーボンファイバー製リアウィングで空力性能を高めたほか、カーボンセラミック製ディスクを用いたブレーキシステム、公道での走行とともにサーキットでの使用を想定したピレリ「P Zero Trofeo R」(フロント245/35 ZR19、リア315/30 ZR20)などを採用

 シャシーも、昨今のF1マシンと同じく、やはりエアロダイナミクスへの貢献度が第一に考えられている。通常の金属製スプリング+アンチロールバーに代わって、ガス充填したアキュムレーターと油圧回路を組み合わせたサスペンションは、車高を常に適正に保ち、またRACEモード走行時や高速域では車高を下げて空力的効果を最大限に発揮させる。

 レースアクティブ・シャシー・コントロールII(RCCII)と名付けられたこのシステムには、こうして車高を自在に調整できるほかにも多くのメリットがある。大きいのは、高速域でロールやピッチを防ぐべくレートを高めていても、縁石を乗り越えた時などの鋭い入力は各輪個別に、瞬時にいなすことができることだ。また、4輪のダンパーは720Sなどと同じく油圧回路で接続されていて、これも車体を常にフラットに保つよう働く。

 機械式LSDが備わらず、ブレーキによって同様の効果を生み出すブレーキ・ステアが使われるのは、MP4-12C以来のマクラーレンの伝統。ESPは当然備わるが、ヴァリアブル・ドリフト・コントロール(VDC)によりオーバーステア許容量を、好みや運転の習熟度などに応じて変化させることも可能だ。

 ブレーキは従来の4倍の熱伝導率、60%増の剛性を実現したと謳うカーボンセラミック製ローターを使う。このメリットは、同じ性能でもローター径を小さくできることで、実際に装着されているのは前後390mm径×34mm厚というサイズになる。

アルミ製のブレーキキャリパーはフロント6ピストン、リア4ピストン

 エアロダイナミクスはこの制動力にも貢献している。フルブレーキング時にはリアウイングが立ち上がってエアブレーキとして働き、またリアの接地性を高めるのだが、興味深いことに、この時にはフロントは逆にダウンフォースをわずかに抜いて、前後バランスをフラット方向に導くのだという。結果として、200km/hから静止までの制動距離はたったの100mと、あのP1と比べても16mも短縮されているのだ。

インテリアでは、ヘルメットを装着している場合に下側が死角になることを配慮し、運転中に必要な情報を高い位置にまとめるレイアウトを採用。装備面では軽量化にひと役買うバケットシート、カーボン製の大型パドルなどが目をひく

公道では楽しめない

 そんなスペックを見ていくだけでもお腹いっぱいになりそうだが、何より鮮烈だったのは、やはりその走りである。試乗の舞台はポルトガルのエストリル・サーキット。何と720Sで4周の肩慣らしのあと、合計12周の全開走行を試すことができた。

 驚きはいくつもあるが、やはりまず触れるべきは動力性能だろう。720Sはよい意味で過給ユニットらしからぬリニアなパワーカーブを持っていたが、セナの4.0リッターターボユニットはあくまで速さ優先で、アクセルONと同時に一気にパワーとトルクが湧き出す特性に躾けられている。パワーウェイトレシオは1.49kg/PSに過ぎないから加速は猛烈のひと言。それだけでも十分に刺激的なのに、その時にはルーフ上のシュノーケル内でエンジンルームに導かれる空気の流れるゴーッという音まで響いてくるから、それはもう頭の中が真っ白になる。電気モーターには醸し出せない、内燃エンジンならではの刺激だ。

 しかも、7速シームレスシフトギヤボックスはその名の通り変速ラグをほぼ皆無としていて、一瞬も気を抜くことができない。2速での強烈な加速感が3速でも4速でも、あるいは5速でさえも続いて、200km/hオーバーまでは一瞬という印象。一方、240~250km/hくらいからはそれほどの勢いはないかなとも感じたが、おそらくこれは強力なダウンフォースと引き換えなのだろう。

 この凄まじい速さを完璧に受け止め、しっかりクルマを止めてみせるブレーキ性能にも脱帽させられた。気温も路面温度も高いなか、どれだけ周回を重ねてどれだけフルブレーキングを繰り返しても、制動力もタッチもほとんど変化することはない。タイトなバケットシートに身体を収め、6点式ハーネスで締め上げているにも関わらず、減速のたびに身体が前にずれるのを感じるほどの強烈なGを発揮し続けるのだから、さすがと言うほかない。

 ハイライトは、やはりコーナリングである。ステアリング操作に対する応答性はきわめてクイックかつ正確で、望んだラインに一発で乗せていける。限界はきわめて高く、コーナーにはマシンを放り込むようなつもりで飛び込んでちょうどいいぐらい。しかも、特に高速コーナーでは下手にブレーキペダルに足を乗せるよりも、アクセルを踏んだままの方がダウンフォースが強まり、楽にクリアできてしまったりもする。この辺りは純レーシングカーに通じるものがあって、通常のスポーツドライビングの感覚はリセットさせられてしまう。

 もちろん、安定しているとは言ってもパワーがパワーだけに、不用意な操作をすれば呆気なくリアが滑り出すが、その挙動は想像よりもはるかに穏やかで……もちろん、これだけのパワーの割には、ではあるけれど……コントロールは決してしにくくない。正確無比なステアリングも大いに助けになる。とは言え、試乗を終えた後には前後左右の凄まじいGと無駄なステア操作のおかげで、全身筋肉痛となっていたのだった。

 一応はロードカーとは言え、その走りはまさにレーシングカーさながら。公道を走らせても、きっとさほど楽しめないに違いない。セナという車名は、誰でも伝説の名ドライバーよろしく速く走れるということではなく、サーキットでそのステアリングを握ったら、セナのように走りにとことん没頭し、真剣に向き合うことになるという意味と捉えた方がよさそうである。

島下泰久

1972年神奈川県生まれ。
■2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。国際派モータージャーナリストとして自動車雑誌への寄稿、ファッション誌での連載、webやラジオ、テレビ番組への出演など様々な舞台で活動する。2011年版より徳大寺有恒氏との共著として、そして2016年版からは単独でベストセラー「間違いだらけのクルマ選び」を執筆。また、自動運転技術、電動モビリティを専門的に扱うサイト「サステナ」を主宰する。