試乗レポート
DSのラグジュアリーEV「DS 3 CROSSBACK E-TENSE」が魅せるさまざまなドライブフィール
フォーミュラEで培った技術を活用し、人の感性を考えたチューニングの走り
2021年1月2日 09:00
ボディサイズの大小にかかわらず、ラグジュアリーなフレンチスタイルを全身で表現する独創的なクルマを世に送り出しているDS。BセグメントというコンパクトサイズのSUV「DS 3 CROSSBACK」はそうしたDSの世界観が最も凝縮されたモデルと言えるが、そこに今回、もう1つの新しい世界観が登場した。それが、100%ピュアEVとなる「DS 3 クロスバック E-TENSE」だ。
日本では、あまりDSにEVのイメージはなかったかもしれないが、実は2014年にシトロエンから独立してDSブランドが発足したと同時に、F1の電気自動車版とも言える「フォーミュラE」に参戦を開始。2018年、2019年と2年連続でドライバー、チームともにシリーズチャンピオンを獲得している。DSは、いち早く電動化を進めることも早々に視野に入れていたということである。
そして2016年のジュネーブショーでは、高性能なGTクーペのEVコンセプトカー「E-TENSE」を初披露。フォーミュラEで培ったノウハウを詰め込んだモデルとなっていたが、今回のDS3 CROSSBACK E-TNESEにその名が冠されたことは、姿は違えどスピリットは同じであると、暗にほのめかしているようでもある。今後、DSから登場するEVの名にはE-TENSEが付くということで、「DS7 CROSSBACK E-TENSE」の登場も近いはずだ。
さて、ここでまず、2019年6月にひと足先に登場した、ガソリン1.2リッターターボ+8速AT搭載のDS3 CROSSBACKをおさらいしてみたい。Group PSA最新のCMPプラットフォームを初採用し、4120×1790×1550mm(全長×全幅×全高)と都市部でも扱いやすいコンパクトサイズとしたボディは、同クラスでは類を見ない彫刻のようなエクステリアなど、ラグジュアリーな内外装が衝撃的だった。
とくにインテリアには、「ヘリテージとアヴァンギャルド」をテーマにフレンチラグジュアリーを表現するDSの世界観が爆発。ダイヤモンドキルティングを施したシートや、高級時計の文字盤にも施される「クル・ド・パリ」をモチーフとしたスイッチ類。あちこちにあしらわれる菱形の「トラス」と呼ばれるデザインは、世界で唯一、ルーブル美術館とのコラボレーションを許された自動車メーカーならではのものだ。
試乗してみると、出足からの軽快感は中速域に入ると力強いトルクが引き出され、上質な加速フィールをもたらす。ただし、単に滑らかなだけでなく、ドライバーとクルマの意思が通じ合うことによって、より豊かで盛り上がりのある走りが手に入るところが、ほかのコンパクトSUVとはひと味違う。3気筒エンジンであることを悟らせない、高い静粛性も手にしている。
路面の凹凸やうねりなどは、同じプラットフォームを使うプジョー「208」より20mmほどホイールベースが延ばされているものの、重心が少し高いためか振動を伴う場面もあるのだが、小さくてもSUVということで、走るために必要な路面からのインフォメーションを消さない味付けなのかな、とも思える絶妙さ。後席の足下はさすがに大人だとゆったりはできないスペースだが、包まれ感のある落ち着いた雰囲気で過ごせるのは、このクラスでは珍しい個性となっている。
一見するとEVに見えない落ち着いた外観に、華やかな内装。走り出すと分かる落ち着いた乗り味のE-TENSE
ガソリンモデルのおさらいが済んだところで、いよいよE-TENSEへ。CMPの企画設計段階から、共通で開発できるように配慮されていたという電動化モデル用の新世代プラットフォーム「eCMP」を採用したことで、ボディサイズを変えなくても、完全電動化のためのメカニズムを効率よく納めることに成功している。液冷式の50kWhリチウムイオンバッテリーをセンタートンネル、前席下、後席下に置き、室内空間とラゲッジスペースはほぼガソリンモデルと同等をキープ。エアコンと連動した液冷式のヒートポンプでバッテリーの温度管理を徹底し、一充電あたりの航続可能距離はJC08モードで390km(欧州WLTPモードでは320km)を実現した。
この航続可能距離は、欧州でBセグメント車に乗るユーザーを調査し、1日平均の走行距離が40kmであったことから、320km走れればだいたい週に1回の充電でまかなえるという試算によるもの。その充電方法も、急速充電ができない欧州コンパクトEVが多い中、DS3 CROSSBACK E-TENSEは日本のスタンダードであるCHAdeMo規格に対応し、約50分で80%の充電が完了する。また、コンセント型の3kW/200V普通充電なら100%充電が約18時間、ウォールボックス型の6kW/200V普通充電なら100%充電が約9時間。用途に合わせて選べるのがいいところだ。
メカニズムでガソリンモデルと異なるのは、バッテリー搭載による重量増を踏まえ、リアサスペンションを強化したということ。トーションビームにパナールロッドを追加し、横剛性と許容範囲を引き上げている。
初対面したDS3 CROSSBACK E-TENSEは、一見するとこれ見よがしにEVであることを主張しておらず、よくよく見れば分かる違いがマニア心をくすぐる感覚だ。ボンネット中央に置かれた、アートのようなスクエアなプレート「E-TENSEボンネットマスコット」や、リアのE-TENSEバッヂは早々に気がつく変化だが、ガソリンモデルでも採用されている、車両に近づくとせり出してくる「リトラクタブルドアハンドル」が美しいサテンクロームフィニッシュになっていたり、フロントグリルや18インチアロイホイールに、無煙炭を意味するフランス伝統の色「アントラシートグレー」が採用されていたりと、どこまでも控えめでエレガントな主張だ。
ところがドアを開けて乗り込もうとして、一瞬ひるんでしまった。上級グレード「Grand Chic」のインテリアは、目の前がパッと明るく華やぐような、オフホワイトのナッパレザーでぐるりと囲まれ、シートやステアリングも白。試乗会の案内書に「ジーンズでの試乗はお控えください」という旨が書かれていた理由が分かった。
自分の服が汚れていないことを確認し、恐る恐る運転席へ。でもシートに身を委ねたとたん、服の上からでも分かるしっとりとした極上の座り心地に、心がほぐれていくのが分かる。目の前には、ドアトリムまで続くダイヤモンドステッチのレザーインテリア。1920年代に世界の建築様式を席巻したアール・デコを思わせ、オートクチュールで自分だけのドレスを仕立ててもらう貴族になったかのような優雅な空間は、かなり気分を上げてくれる。こうしたインテリアはもちろん、ガソリンモデルのDS3 CROSSBACKでも味わえるが、またひと味違ったエレガンスがE-TENSEで表現されていると感じる。
そしてスタートボタンを押すと、静寂のまま発進の準備が整ったことを知らせてくれる。100kW(136PS)/260Nmというのが表記されるスペックだが、実は走行シーンや好みによって選べる3つのドライブモードがある。まず選択したNORMALは、最大出力の80%に当たる80kW/220Nmを上限とするモード。それでも加速は出だしから俊敏さが感じられ、同時にタイヤがしっかりと路面に接地している重厚感もあって、落ち着いた乗り味にも感じられる。交差点やカーブでは軽やかな身のこなしもでき、いろんな表情がバランスよく備わっている感覚だ。
次に選択したECOは、60kW/180Nmに抑えてなるべく航続距離を長くとれるモード。確かに、ひと踏み目はややアクセルペダルが硬くなったような感じもあるが、市街地だったこともあり、そこからは抑えられていることを意識せず、ストップ&ゴーでも普通に軽やかに走っていけた。
そしてSPORTは、最大となる100kW/260Nmをダイナミックに引き出し、最高速度の150km/hにも達することができるモードだ。今回は、おそらく最も楽しめそうな山道には行けなかったが、打てば響くスカッとした加速フィールは、NORMALよりさらに際立ち、減速とのメリハリが効いてリズミカルに市街地を駆け回ることができた。
さらに、通常のブレーキよりも減速Gが高まり、アクセルオフでのエネルギー回生も積極的に行なうことで、ワンペダルに近いドライブフィールを実現している「Bモード」もあり、これはこれでスポーティな走りが楽しい。でもその減速Gが、いかにも電気っぽいスイッチのような唐突さではなく、あくまでガソリン車を運転している時のエンジンブレーキをシミュレートしており、人の感性をいちばんに考えたチューニングとなっていることに感心。こうしたところにも、フォーミュラEで培ったノウハウが生きているのではないかと感じたのだった。
DSではEVの導入に際し、バッテリーの保証を8年間/16万km走行としたり、24時間365日のサポートを提供するなど、アフターセールスのサービスも万全の体制を整えている。もちろん、スマートフォンアプリ「My DS」によるリモートチャージングなど、便利な機能も国産EVとほぼ遜色なく利用可能だ。
DSという、見た目も中身も独自のこだわりでできているブランドが作ったEVは、これまでEVには食指が動かなかった人をも振り向かせる魅力でいっぱいだった。ガソリンモデルから、さらに一歩進んだ大人の乗り味を手に入れていることもあって、本物を知る人たちが辿り着くラグジュアリーの真の形と言えるかもしれない。