試乗記

スズキ「アルト」でロングドライブ 高速道路に山道に、街中以外のよさも体感してきた

スズキ「アルト」で信州へ

「アルトで、ロングドライブしてみたい!」

 そんな筆者の願いが叶った。

 ことのきっかけは、昨年末に行なったアルトとスペーシア ベースの比較試乗だ。そこで筆者は、改めてアルトのミニマルさに心を強く揺さぶられた。そして、あえてこの“ちっちゃなアルト”で、旅をしてみたいと思ったのだ。

 東京のスズキ 東京支店から試乗車を借りだして、向かった先は長野県。編集スタッフの生まれ故郷という地の利を生かして、名所を巡りながらの往復約660kmを、1泊2日で走り切ってみた。

 試乗車は、前回に引き続きハイブリッド仕様の「X」だ。本当は最もベーシックなガソリン仕様の「A」で冒険に出たかったけれど、編集部が選んだのはフラグシップモデルだった。ちなみにアルトの販売構成比は、ガソリン仕様が6割。しかし法人販売を除くと、ハイブリッド比率が6割に上がるのだという。

アルト HIBRID X(2WD)。価格は125万9500円。ボディサイズは3395×1475×1525mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2460mm
HYBRID XはLEDヘッドライト(ハイ/ロービーム、マニュアルレベリング機構付き)を標準装備。14インチアルミホイールにはダンロップ「エナセーブ EC300+」を組み合わせる
アルト HYBRID Xのインパネ
ステアリングスポークにはオーディオの操作スイッチのみを配置するシンプルデザイン。安全装置のスイッチ類はプッシュスタートスイッチの隣にレイアウトされる
全車オーディオレス仕様が標準で、オプションとして7インチのディスプレイオーディオを設定し、全方位モニター付きか、バックアイカメラ付きかを選択できる。シートヒーターは運転席・助手席ともにHYBRID Xでは標準装備となる
ハイブリッドモデルのメーターはシルバー加飾が入る。また、全方位モニター付きディスプレイオーディオ装着車、全方位モニター用カメラパッケージ装着車にはカラーのヘッドアップディスプレイがセット装着される
リアシート
フロントシート
4人乗りの状態でも荷室の広さは日常生活では必要十分。リアシートを倒すと広々としたスペースが出現する

 細い路地から幹線道路へと躍り出た時点で、アルトと筆者の冒険は始まった。昔よりもマナーがよくなったとはいえ、東京と神奈川をつなぐ早朝の国道15号線は流れが速く、かつ湾岸方面へ抜ける大型トラックの数も多い。

 アルト ハイブリッド Xのパワーユニットは、自然吸気の直列3気筒(49PS/58Nm)とISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター:2.6PS/40Nm)の組み合わせ。だから、アクセルを踏み出せばのっけから、エンジンで“ブーン”と走る。

 つまりは出足をモーターだけで“スーッ”と転がす、ストロングハイブリッドのようにはいかないわけで、だったら名前も「マイルドハイブリッド X」にしたら? なんて意地わるく思うのだが、そんなツッコミも走り出したら、見事に“スーッ”と消えていく。

 なぜならアルトの出足は、なかなかにいいのだ。エンジンこそかかっているけれど、少しアクセルを踏み込めばスーッと、いやブーッと素直に前に出る。

マイルドハイブリッドモデルは最高出力36kW(49PS)/6500rpm、最大トルク58Nm(5.9kgfm)/5000rpmを発生する直列3気筒0.66リッター「R06D」エンジンを搭載し、最高出力1.9kW(2.6PS)/1500rpm、最大トルク40Nm(4.1kgfm)/100rpmを発生する「WA04C」モーターを組み合わせる。トランスミッションにはCVTを採用し、WLTCモード燃費は27.7km/L

 そしてさらに右足を踏み込めば、流れをリードすることさえできる。これこそが710kgという軽さの恩恵だ。また軽さを重視すると静粛性はトレードオフされがちだが、現行モデルはキャビンも静かで、3気筒エンジン特有のノイズも上手に角が丸められている。

 首都高速道路では街中以上にアグレッシヴさが求められた。前回のインプレッションでも書いたが、やはりSUVや大型トラックに追い抜かれるような場面だと、着座位置が高くて視界が広いハイトワゴンの方がリラックス度は断然高い。また合流や車線変更では、いくら出足がよいとはいえ、先読みしながらアクセルを踏み込む積極性が少なからず求められる。

 それでもひとたび車速を乗せたアルトは、ハイトワゴンに比べて重心が低いボディを駆使して、曲がりくねった環状線の流れに果敢に紛れ込む。そしてこうした小さなカーブが続く場面では、やっぱりもう少しだけ明確な操舵レスポンスが必要だ。また少ないパワーを生かしてキビキビと走るには、やっぱり5速MTが欲しいと感じた。

 対して高速道路は、低中速車線をのんびりと使い分けながら、ひたすらマイペースに走った。それはまるで大海原へ、小舟でこぎ出すかのような気分だった。

 頭では分かっていても驚くのは、アルトにACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)が付いていないことだ。理由はずばりコストだが、それは同時にアルトの立ち位置が、ハイトワゴン系に対して純粋なシティコミューターとして割り切られていることをも示している。

 ただ、だからといってアルトが高速巡航を苦手としているわけではない。むしろその背の低さから横風は受けにくいし、そのホイールベースはハイト系と同じ2460mmだから、直進性も上々だ。また速度が上がるほどに電動パワステも、少しずつ重さを増してくる。

 エネルギーフローは高速巡航でもエンジンが主体であり、ときおりパワーを必要としたときに走行用バッテリがこれをアシストする。660ccの自然吸気エンジンだから、回転数は常に高め。とはいえそのサウンドは街中同様耳障りな感じではなく、ロードノイズの方が角が立っているくらいだ。ちなみに小さな走行用バッテリは坂道ですぐに満充電になる。そうなると今度は、鉛バッテリに充電が行なわれる仕組みだ。

 高速巡航で物足りないのは、前述したステアリングセンター付近の反応が鈍いこと。まっすぐ走れても、そのハンドリング自体は大味である。よってスマートに車線を変更したいなら、少し早めにじわっとハンドルを切り出して曲げていく必要がある。

 そんなおっとりとした足まわりのアルトだが、距離を重ねるごとにその操縦感覚が分かってくるのもまた楽しい。

 フロント荷重になる下り坂では、速度が上がるほどに足まわりがスイートスポットに入ってくるし、緩いカーブで外輪に荷重がかかるほど、手応えが増えてくる。CarPlayでお気に入りのナンバーを流しながら、アップダウンが激しい中央自動車道をときにゆったり、ときに元気に走り続ける。目的地に着くことだけが目的じゃなく、運転する自体がちょっとしたドラマになるアルトとの旅は、むしろ贅沢だ。

状況を見ながら、追い越し車線も登坂車線も織り交ぜて走る

 諏訪ICまで約170kmの道のりは、思いのほか快適に過ぎ去った。そして長野の街中へ降りてからは、アルトが本領を発揮した。

 見知らぬ土地を、撮影も兼ねてグルグルと走り回る。カメラマンが待ち構えるポイントまで左回りに角を曲がり、またその前をトコトコと通り過ぎる。そんな忙しいなかでもソフトなシートと足まわりは体に優しく、アシストの強いステアリングも、街中の取り回しでは大きな武器になっている。善光寺参道のコインパーキングにサクッと入れて、お参りをしてサッと立ち去る。面白そうなお店があれば、迷わず立ち寄る。そんな身軽さが、普段ものぐさな自分を少しだけアクティブにしてくれた。

 例えばいま軽自動車を買うなら、間違いなく多くの人々が、ハイトワゴンを選ぶだろう。それは実際数字にも表れていて、2022年度(2022年4月~2023年3月)の軽自動車販売台数を見ると、アルトの順位は上から数えて8番目(6万7494台)だ。対して1位のN-BOXは20万4734台も売れており、7位のハスラーまで、その全てがハイトおよびスーパーハイトワゴンとなっている。

 しかし筆者は、いまこそアルトとミラだけになってしまった「軽セダン」に魅力を感じる。実は先代よりも50mmほど高められたルーフ高を持ちながらも、適度に保たれた重心。今回は1人乗りだったけれど、座ってみれば驚くほどに広いリアシートの居住性。

 こうした実用性の高さを小さなボディに封じ込め、先代型よりはマイルドになったとはいえ、あいかわらずかわいらしいデザインでまとめたアルトは、やっぱり名車だ。

 ちなみに今回の燃費は、筆者が1人で乗った往路が25.87km/Lで、カメラマン氏とその荷物を載せた復路が24.11km/Lだった。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:中野英幸