試乗レポート

スズキの個性的な“パーソナルカー”「スペーシア ベース」と「アルト」のよさを感じてきた【スペーシア ベース編】

スズキ「アルト」(左)と、「スペーシア ベース」(右)

 スズキ「スペーシア ベース」と「アルト(HYBRID X)」を連れ出して、都内から木更津方面までプチツーリングしてみた。軽自動車という以外は一見共通性がなさそうに見えるこの2台が、パーソナルカーとして考えるとなかなかに、迷い甲斐のある選択だと思えたからだ。

 かたや荷物を満載して、趣味の時間に没頭できるスーパーハイトワゴン。こなたミニマル極まりない日本一小さなセダン(形状的にはハッチバックだがスズキはこう呼ぶ)だが、どちらも“自分だけの場所”を見つけに行くためのパーソナルカーだと考えたからである。

 というわけでここからは、この2台の魅力を探っていこう。

 スペーシア ベースは、軽スーパーハイトワゴンであるスペーシアの後部座席を思い切って簡略化した、シリーズ初の商用バン仕様だ。

 ちなみにその“BASE”というネーミングには、「ベーシック」という意味に加えて、「趣味の秘密基地(ベース)」がダブルミーニングされているという。

 さらに言えばこのリアシートの簡略化で積載用の床面積が広がるなど貨物車の条件を満たしたスペーシア ベースは、小型貨物車として4ナンバー登録が可能に。実際今回借りた試乗車も、4ナンバー車だった。

 とはいえ、筆者は税金の安さだけで、スペーシア ベースを評価しているわけではない。もちろん仕事と趣味を両立できるお得感がスペーシア ベースにはあるけれど、純粋な商用車ならばスズキには「エブリイワゴン」がある。特に安価な仕様を選んだ場合、エブリイは後輪駆動となり、坂道でも駆動輪にきちんとトラクションをかけることができる。逆に言えばこの働くクルマとして“ガチ”なエブリイと、乗用車としての快適性を持つスペーシアを同時にラインアップできることが、軽ラインアップをFFで一本化したホンダとの違いであり、スズキの強みだ。

スペーシア ベース XF(2WD)。価格は154万7700円。ボディサイズは3395×1475×1785mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2450mm。14インチアルミホイール(ハーフホイールキャップ付き)に、155/65R14サイズのダンロップ「エナセーブ EC300+」を装着
最高出力38kW(52PS)/6500rpm、最大トルク60Nm(6.1kgfm)/4000rpmを発生する直列3気筒DOHC 0.66リッター「R06A」エンジンを搭載。WLTCモード燃費は軽商用No.1となる21.2km/Lを達成

 さてそんなスペーシア ベースを走らせた印象だが、まず何よりその開放感の高い室内空間が嬉しい。フロントガラスとダッシュボードまでのスカットルエリアは広く、立ったAピラーがそのままルーフへとつながって、前方と頭上にゆとりあるスペースを作り出している。この空間は実質ユーティリティとしては使えない部分だが、キャブフォワード車はもちろん、後述するアルトと比べても開放感は段違いに高い。フロントガラスが前方にある感覚には慣れが必要だが、クルマ自体のオーバーハングは短いので、前車との感覚がつかみにくいということも全くない。

 今回試乗したのは、最上級グレードである「XF」の前輪駆動車。パワーユニットは本家スペーシアがハイブリッドをラインアップするのに対して、スペーシア ベースは自然吸気の直列3気筒(52PS/60Nm)とCVTの組み合わせのみだ。

 ターボでもなければ、モーターアシストもない。そんなスペーシア ベースの走りはしかし、思った以上に快適だった。

 そこに大きく貢献しているのは、なんと言っても870kgの軽い車重だ。CVTの制御もアクセル開度に対して素早くトルクバンドをキャッチ&キープできており、いったんクルマが転がりだせば、少ないアクセル開度でスムーズに速度を乗せていくことができる。

 もちろん一発の加速を求める場面では、「ターボやモーターの出足があったら楽だな」と思わされる部分もある。それなりに人と荷物を積んだ場合は、あらかじめ加速をマネージメントする必要も出てくるだろう。

 とはいえ、そんなときはシフトの「S」ボタンを押せばエンジン回転を高めに維持して、素早く加速につなげることができる。きちんと踏み込んで行けば、常識的な交通の流れには普通に対応可能だ。

 乗り心地はソフト過ぎず固すぎず、すっきりしていて優しい。エコタイヤを履いていながら、街中から高速道路までロードノイズも上手に収め込まれている。

 ハンドリングは切り始めのレスポンスがやや鈍い印象だが、街中での取りまわしを重視したパワステの軽さや、スーパーハイトワゴンとしての重心の高さを考えれば、反応を過敏にしすぎないのは1つの方法だ。それでも操舵すればきちんとクルマは曲がっていくのは、前述した軽さや、車体と足まわりの作り込みがよいから。ハンドリングに特徴はないが、実直さだけで十分キャラ立ちしているとも言える。欲を言えばもう少しだけダンパー減衰力が初期から立ち上がってくれれば、その乗り味が上質になると思う。

スペーシア ベース XFのインパネ
8インチの大画面ナビゲーションをオプション設定。ステアリングはウレタンタイプ。シンプルなデザインのメーター内にはマルチインフォメーションディスプレイが設定される
フロントシートには撥水ファブリックシートを、リアシートには防水機能のあるPVCを採用。フロントシートヒーターや、運転席シートリフターなど、“我慢をしない商用車”らしい快適装備を設定するとともに、「エブリイ」「キャリイ」で好評という助手席シートバックテーブルなども採用される
「マルチボード」の採用により、ラゲッジルームの多彩なアレンジが可能。リアクォーターポケットやリアLEDルームランプを装備

 ハイライトはラゲッジルームの活用術だが、筆者もいろいろと試してみた。

 特に気に入ったのは、マルチボードを中段にセットして机にし、リアシートをたたんで背もたれ部分に座る「移動オフィス」だ。

 それはとてもシンプルな空間だったが、リアハッチを開け放って自然の空気を吸いながら取る取材ノートの筆は、なかなかに進んだ。車内にはコンセントもあるわけで、こんなことならラップトップを持ってきて、そのまま原稿を書いてしまえばよかった。

筆者撮影の「移動オフィス」モード。ハッチとリアドアを開け放ち、自然を全身で感じられる

 振り返れば天井にはオーバーヘッドシェルフがあり、横を向けばリアクォーターポケットもある。ここには資料や本が入りそうだ。カタログやWebページでは車中泊しながら釣りをする若者が楽しげだが、インスタント図書館にするのもいいかもしれない。立派なキャンプ道具など持っていないけれど、サクッと1日分の着替えと本だけ持って、景色のきれいなところで読書する。それだけで、生活がすごくリフレッシュできそうだ。途中で日帰り温泉にでも行けたら、言うことはない。

 スペーシア・シリーズには「ギア」もあるけれど、なんといってもベースは価格も含めたこのシンプルさがいい。仕事場と家庭、それ以外の「サードプレイス」を見つけるのに、それほど大げさな用意はいらない。まずは出かけることが、何より大切なのである。

 ちなみに今回の道程は、東京の新橋営業所から首都高~アクアライン~館山道を通り、木更津を周遊して往復する約130kmほど。燃費は満タン法で17km/hだった。

 ということで後編では、アルト(HYBRID X)に乗り換えてみる。

 スーパーハイトワゴンが主流のいま、敢えて軽セダンに乗る意味は?

 小さなクルマだからこそ、メインストリームじゃないからこそ得られる「愉しさ」や「豊かさ」について話をしてみたい。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:安田 剛