試乗レポート

スズキの個性的な“パーソナルカー”「スペーシア ベース」と「アルト」のよさを感じてきた【アルト編】

スズキ「アルト」

 スズキ「スペーシア ベース」と「アルト(HYBRID X)」の2台で都内から木更津方面までのプチツーリング。後編では、アルトの魅力について触れてみよう。どうしてこの、日本の規格で一番小さな5ドアハッチ(スズキでいうところの軽セダン)が、スーパーハイトワゴンと迷える選択になるのか? について話をしてみたい。

 アルトのよさは、なんといってもその「ミニマル」さだ。

アルト HIBRID X(2WD)。価格は125万9500円。ボディサイズは3395×1475×1525mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2460mm。14インチアルミホイールにダンロップ「エナセーブ EC300+」を装着する

 軽自動車においてスーパーハイトおよびハイトワゴンが主流となった今、「あえてのアルト」という選択をするなら、むしろその“低さ”を理由にしたい。

 えっ、それを言うならコンパクトさじゃないの? と思う方も多いだろう。しかしアルトのスリーサイズは3395×1475×1525mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2460mmと、スペーシア ベースと比べて全高が275mm低いだけなのだ。ちなみに、150mmという最低地上高まで同じだ。

「だったら室内が開放的で、荷室が広いスペーシアの方がいいに決まってるじゃん!」

 そう思う方が今の世の中大半だろうし、その傾向は販売台数にも表れている。

 例えば2022年の数字を見ると、スペーシアは1月~10月の累計が5万8008台。対してアルト セダンは2万258台。ほぼ、どの月も2倍近くスペーシアが売れており、多い月では3倍以上の差がついている。

 しかし、だからこそアルトはパーソナルカーなのだ。

 アルトの走りは、とにかくシンプルで心地よい。スペーシア ベースと比べて明らかに重心が低く、ハンドルを切れば手の内でクルマをヒラリと曲げていく。試乗車はHYBRID Xということでその車重が710kgとなっているが、それでもスペーシア ベースに比べて160kgも軽いのである。そんな軽さと、重心の低さが織りなすこの曲がり感は、クルマが大きくなる一方の現代では本当に得がたいフィーリングだ。

 また、アルトはオーソドックスなスカットル構造を取っているため、着座感も自然である。シートからフロントウィンドウまでが近く、クルマとの一体感が高い。

 高速巡航ではスペーシアと同じホイールベースのおかげで、直進性もきちんと保たれている。アクアラインを通過するときなどは、明らかに横風の影響が少ない。

 パワーユニットは自然吸気の660cc直列3気筒エンジン(49PS/58Nm)に、40Nmのトルクを上乗せするISG(モーター機能付き発電機)を組み合わせたマイルドハイブリッド。そのキャパシティからモーターは走りの余裕を高めるというよりも、27.7km/Lという低燃費性能に貢献している。

 よって、少しアクセルを踏み込んだ加速に対してはモーターのトルクを感じ取れるけれど、全体的にはどの行程においても、エンジン主体で走っている感覚となる。

最高出力36kW(49PS)/6500rpm、最大トルク58Nm(5.9kgfm)/5000rpmを発生する直列3気筒0.66リッター「R06D」エンジンを搭載。今回の試乗車は最高出力1.9kW(2.6PS)/1500rpm、最大トルク40Nm(4.1kgfm)/100rpmを発生する「WA04C」モーターを組み合わせるマイルドハイブリッドモデルとなる。トランスミッションはCVTを採用し、WLTCモード燃費は27.7km/L

 ただし3気筒エンジンのサウンドはクリーンかつ上手に抑え込まれており、音はするけどうるさくはない。むしろバランスでいうとロードノイズの方が大きいくらいで、お互いがそれをうまく相殺し合っている。

 そんなアルトに注文を付けるとすれば、スペーシア ベースと同じくダンパーの制御だ。もう少しだけ足まわりをストロークさせることができれば、乗り味に質感が出せて操舵応答性もよくなるはず。

 そして何より、荒れた路面でのぴょこたんとした跳ねをいなすことができる。また、大きな路面のうねりを高速で通過しても、あおられないで済むと思う。

 軽いクルマにしなやかなロールを与えるのはとても難しいことだけれど、ここにコストをもう少しだけかけてくれれば、アルトはもっと素晴らしいコンパクトカーになれる。

 もう1つは、大きなクルマたちとの関係性だ。

 首都高や高速道路で大型トラックが間近に迫ったときの心理的な圧迫感は、スペーシア ベースよりも高い。全幅が同じクルマでこれだけ感覚が変わる理由には、やはりタイヤが真横に迫らないなどの、高い着座位置がもたらすアイポイントの違いが大きく影響している。筆者は小さなクルマが好きで、こうした状況さえもバイクのような感覚で楽しんでしまうが、そういう意味で言うとアルトは、シティコミュータータイプである。逆を返せば首都高速道路を走るだけで、そしてちょっと遠出をするだけで、小さな冒険しているような気分になる。

 軽自動車の衝突安全性能を疑問視する声は確かにあるが、まず軽自動車は、国が定めた安全基準を満たしている。その上で先進安全技術を搭載しているわけであり、一番大切なのはむしろ小さな相手を気遣う大きなクルマたちに乗るドライバーの気持ちだ。そうでなければバイクや自転車だって、ただの危ない乗り物になってしまう。

 さて、そんなアルトがどうしてお勧めの「パーソナルカー」なのかといえば、それは思い立ったときにサッと、お気に入りの場所へ出かけられるからである。

 スペーシア ベースはクルマそのものが「移動オフィス」であり「秘密基地」になったが、アルトはカフェやホテルといった「お気に入りの場所」そのものへ行くための、ミニマルな移動手段だ。

 そんなときこそ、乗り込みやすさや取りまわしやすさ、ガソリン代や高速道路料金の安さが背中を押してくれる。これがハイオク仕様の3ナンバー車であったりSUVであれば、なんとなく足が重たくなる。かといってバイクが身軽かと言えば、ヘルメットをかぶり、グローブをしてと実は面倒だったりする。自分が活動的になれる身軽さを、価格の安さも含めてアルトは持っている。

アルト HYBRID Xのインパネ
ウレタンステアリングホイールに、シンプルでありながらも必要な情報が見やすく得られるマルチインフォメーションディスプレイ付きメーターと、必要最低限がきちんと揃っている。ディスプレイオーディオはオプション
フロントシートはヘッドレスト一体型。ネイビーのファブリックシート表皮が落ち着いた空間の中に華やかさを添えている。また、HYBRID Xなどの一部グレードには運転席シートリフターも採用されているのがうれしい
ラゲッジルーム。一体型のリアシートを倒すと大きな荷物も載せられる

 ちなみに今回のアルトの燃費は、約130kmを走って22.7km/Lであった。

 もっと言えば最もベーシックな「A」(107万3765円)で、スーパーミニマルを気取るのも、すごくイケてると思う。MTモデルが廃盤となったことが何より残念だが、アルトは簡素なほどその魅力を増す。

 スズキによると、現状アルトユーザーの約4割がハイブリッドを選んでいる。法人を除く、つまり個人所有だとそれが、6割にも跳ね上がるのだという。しかし未だに手動のサイドブレーキを搭載し、ディスプレイオーディオで高価なナビを割り切ったアルトだからこそ、シンプルが似合うのだ。

 当たり前な選び方をしていたら、人生つまらない。そんな風に思ってくれる人には、筆者はアルトをお勧めしたい。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:安田 剛