【インプレッション・リポート】
ベントレー「ミュルザンヌ」

Text by 武田公実


 桜満開の4月某日。東京都内にてベントレー モーターズ ジャパンの開催した“アフターヌーン・ティ”にて、現行ベントレーのフラッグシップ「ミュルザンヌ」に試乗する機会を得た。

 ベントレーがテーマブランドとなった2009年夏の「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」にて発表、2011年から日本でも本格的な販売の始まったミュルザンヌは、現代ベントレーのフラッグシップ。ミュルザンヌという車名は、ル・マン24時間レースに使用されるサルト・サーキットの有名なコーナーの名前で、その車名が表すとおり、創業以来ル・マンにて輝かしい実績を上げてきたベントレーの伝統を体現したスポーツサルーンである。

 1950年代に製作されたベントレー「Sタイプ」「S2サルーン」をモチーフとしたスタイリングは、自社内のデザインセンターで構築されたもの。自慢のスーパーフォーミング工法(1枚のアルミ板を加熱してから空気圧で成形する)に代表される、現代ベントレーの象徴たる革新性と伝統を両立させながら、威風堂々としたたたずまいを演出する。

 複雑な表情のヘッドライトが特徴的なフロントから始まり、リアへ向かって流れるように落ちるデザインとされ、エレガントなボディラインを表現する。キャビンを後方で絞り込むことにより、リアフェンダーの盛り上がりを強調し、スポーツサルーンらしい躍動感を強調。太いDピラーもベントレーの伝統に則ったものとされる。

 一方エンジンは、1958年の「S2」以来綿々と受け継がれてきた6.75リッターV型8気筒をベースに年々大幅な改良を加えてきたものである。先代のフラッグシップ「アルナージ」に設定された高性能版「アルナージT」と同じくツインターボが組み合わされ、512PS/4200rpmの最大出力と1020Nm(104kgm)/1750rpmの最大トルクを発揮。また、低負荷時に4気筒を休止する可変排気量システムなどを採用し、燃費や環境性能を改善しているとの由。

 そして、このエンジンにZF製8速ATを組み合わせた結果、ホイールベースは3270mm、そしてスリーサイズは5575×1925×1530mm(全長×全幅×全高)と堂々たる体躯を誇り、ドラスティックな軽量化を図ったとはいえ車両重量は2710kgに達する超ヘビー級プレステッジサルーンを、最高速296km/h、0-100km/h加速5.3秒という、恐るべきパフォーマンスで走らせるというのである。

最新テクノロジーが醸し出す“クラシック”
 新型ミュルザンヌのドアを開くと、視覚や触覚よりも先に、まずは嗅覚が刺激を受けることになる。レザーハイドのなめし方を昔日の工法に戻したとのことで、初代コンチネンタル系が発する、ドイツ製プレミアムカーに近いビターな香りに対して、ミュルザンヌの室内には懐かしい、甘い香りが漂っているのだ。

 この新なめし方は、新型「コンチネンタルGT/GTC」にも採用されているが、やはり車のキャラクターに似合うのは、旧きよき8気筒フラッグシップ。馥郁たる香りのシートに身を沈めると、デフォルト状態でのシートポジションが以前のアルナージ系よりも格段に低められ、より常識的な高さとなっていることが分かるだろう。

 しかし旧来のベントレー愛好家ならば、ここで電動シートのハイトを可能な限りアップライト(高め)に設定することをお勧めしたい。四方を見渡せる高いポジションから、ノーズ先端の“フライングB”を常に見ながら走るのは、今やベントレー・ドライバーにのみ許される特権的な行為なのである。

 そしてエンジンを始動させると、先代アルナージから基本構造を継承したV8ツインターボが粛々と、しかし、はっきりと存在感をアピールしてくる。「ウルトララグジュアリー」と称されるセグメントの中で、かつてのパートナーにして今や最高・最強の好敵手となったロールスロイス「ファントム」やマイバッハが、あえてV型12気筒エンジンの存在を感じさせないキャラクターとしているのに対して、ベントレーが選んだ旧き良きV8 OHVは、圧倒的なパワーとトルクを誇るのはもちろんだが、サウンドや加速フィールについても明らかにヴィヴィッドかつスポーティなのだ。

 ちなみに、ベントレーとしては初めて導入された気筒休止システムについてだが、その印象は皆無に等しい。つまり、筆者程度のスキルでは感知できないほどに自然なフィール、ということである。

 

驚くべきハンドリング
 しかし、新型ミュルザンヌのスポーツフィールはエンジンだけに留まらない。この車をドライブさせての最大のサプライズは、実はハンドリングにあるのだ。

 今回のテストに先立ち、ミュルザンヌを関東某所のワインディングで存分に走らせることができたのだが、その走りはまさに「目からウロコ」。下位に当たる「コンチネンタル・フライングスパー」との差別化を図るためか、あるいは最大のライバルたるファントムやマイバッハにも負けない押し出しの確保のためか、ボディサイズは先代のアルナージ系よりも全長でさらに17cmほど延ばされているにもかかわらず、そのハンドリングはサイズやクラスを感じさせないほどにシャープでファンなものとなっていたのである。

 もともと1998年にデビューした先代アルナージは、4.4リッターV8ツインターボから343PSを発生する「アルナージ・グリーンレーベル」がオリジンである。その車体に500PSの6.75リッターV8ツインターボエンジンを搭載し、20インチのハイグリップタイヤを組み合わせたアルナージの最終バージョン、アルナージTが若干パワーを持て余していたのに対し、こちらはほぼ完ぺきなマナーを見せてくれる。

 この驚くべきハンドリングの理由は、スペックシートを見れば一目瞭然と言わねばなるまい。車両重量はフライングスパーとさほど変わらないうえに、前後の重量配分は49:51と、車両のダイナミックバランスからして最善化が図られていたのである。

 もちろん現代の最高級スポーツサルーンに相応しく、電子制御システムは極めて広範囲で関与しているものの、まずはシャシーの基本構成から改善してきたことには、非常に好感が持てる。

ベントレーの世界観に感動
 迫力と気品を見事に両立したエクステリア。20世紀英国の伝統を現代に翻訳したインテリアの仕立て。怒涛のトルクを生かして気持ちよく加速してくれるエンジン、静かで滑らかな乗り味、新型ミュルザンヌには、トラディショナルでクラシカルなベントレーの味が今なおあらゆる面で残されている。

 「クラシカルなのに古臭くない」。この絶妙なまでのサジ加減は、超高級サルーンという極めて限定された分野における長い経験と最新技術の類まれな両立と言えるだろう。最新テクノロジーを駆使して、同じベントレーのコンチネンタル系ですら、ある程度は諦めざるを得なかった旧来の味わいを驚くほど巧みに再現していることが分かる。「ベントレーがベントレーであり続けるため」に傾けられた熱意は、世情の常識など遥かに上回るものだったのだ。

 正直に告白すると、2005年にコンチネンタル系の12気筒4ドアサルーン、フライングスパーがデビューしたことで、筆者は愚かにも8気筒モデルがいずれ「旧世代の遺物」としてフェードアウトさせられてしまうだろうと早合点してしまっていた。しかし、現実は正反対。ベントレーは、莫大な開発費と人的資産を惜しげもなく投入し、新生ミュルザンヌをここまでハイレベルなクルマに仕立て上げてきたのだ。

 その底知れない情熱とパワー、そしてクルマの端々に感じられる、ベントレー・ブランドに懸けた熱き思いには、感動せずにはいられないのである。

ミュルザンヌ
全長×全幅×全高[mm]5575×2208×1521
ホイールベース[mm]3266
前/後トレッド[mm]1615/1652
重量[kg]2711
エンジンV型8気筒OHV 6.75リッター
ツインターボ
最高出力[kW(PS)/rpm]377(512)/4200
最大トルク[Nm/rpm]1020/1750
トランスミッション8速AT
駆動方式FR
前/後サスペンションダブルウィッシュボーン/マルチリンク
前/後ブレーキディスク
タイヤ265/45 ZR20
荷室容量[L]443
0-100km/h加速[秒]5.3
最高速度[km/h]296

インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 5月 21日