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衝突時の衝撃は「20G以上」。SUPER GT第5戦富士での大クラッシュ、あのとき何が起こったのか
道上龍選手が詳細を語る
- 提供:
- 株式会社ホンダアクセス
2018年8月13日 00:00
- 2018年8月4日~5日 開催
Car Watchでは2018年のSUPER GTに参戦している「Modulo Drago CORSE」の34号車に密着して、リザルトだけでは見えてこないチームの魅力をお伝えするスペシャルレポートを掲載している。今回は8月4日~5日に富士スピードウェイで開催された第5戦「2018 AUTOBACS SUPER GT Round 5 FUJI GT 500mile RACE」の模様をお伝えしよう。
「34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3」応援レポート 記事一覧
今回のレースだが、8月4日に掲載した速報記事にあるように、4日午前に行なわれたフリー走行で、ピットアウトして1コーナーをインに沿って走行中の34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3(道上龍選手)に、ストレート終盤、突然のブレーキトラブルが発生した38号車 ZENT CERUMO LC500(立川祐路選手)がほぼ減速できないまま34号車の右リアから追突するという大きなアクシデントが発生。
このクラッシュで、道上選手と立川選手は救急車でメディカルセンターへ搬送。幸い、両名とも大事には至らず自分で歩いてピットへ戻ったが、マシンは2台とも大破。とくに追突された側の34号車は衝撃を強く受けていたので、ダメージはクラッシャブルストラクチャーで収まらずメインフレームまで及んでいた。また、ギヤボックスにも打撃痕があった。
結果、ダメージが大きすぎて現場で対応するのは不可能と判断。大変残念なことだが、34号車はリタイアとなってしまった。
衝突時の衝撃は「20G以上」
レースはこのような結果になってしまったが、クルマ以上に道上選手のことが気になる人も多いだろう。今回、道上選手への単独インタビューを行なうことができたので、その内容を紹介したい。
ピットを出た道上選手は、右のミラーでストレートを走ってくる2台のGT500を確認。ただ、距離もあったので「どのチームかまでは分からなかった」というが、とにかくこの時点ではいつもどおりのピットアウト。とくに危険なことはなかった。
そして34号車が1コーナーに差し掛かり、走行中のクルマと交差しないようにインに沿って回っていたとき、ストレート後半でブレーキトラブルが発生した38号車が34号車の右リアに追突したのだ。
この瞬間、道上選手は後ろから来ていた38号車を確認できていなかった。道上選手からは「ぶつかる直前はすでに1コーナーに入っていたし、直前に確認したときは交差するような距離感でもなかった。それに自分はそもそもコースの右端を走っているので、右から来るとは思わないですよね」とのこと。当たった瞬間の衝撃は凄まじいものだったようで、34号車のコクピット内で道上選手は「なにかが爆発したかのようなすごい衝撃で、これはただ事ではない」と感じたという。
1コーナーのエスケープゾーンの深いところまで飛ばされた34号車の中で、若干の放心状態だったが意識はあった。しかし腰にものすごい痛みを感じて焦りが出たという。というのも、道上選手は過去、富士スピードウェイでのスーパーフォーミュラのレース中にスロットルが戻らないトラブルが発生し、100Rで大事故を起こして腰に大ケガを負ったことがあった。そのときのケガは完治しているが、今回の事故で腰に受けた衝撃はそれに近いものだったので「これはちょっとやばいな、腰の骨が折れたかもしれない」という考えが頭をよぎったという。
幸い、道上選手の身体にそこまでのダメージはなかったが、クルマに搭載されているGセンサー(クラッシュ時の衝撃を計測する機材)が作動していた。この機材が動くようなクラッシュ時は、たとえ自力でクルマから降りられたとしても原則レスキューを待つことが定められているので、道上選手は車内でレスキューの到着を待った。事故後の映像で道上選手がなかなかクルマから降りてこないことにやきもきした人も多いだろうが、そういう状況だったのだ。
ちなみに、34号車のGセンサーには「20G以上」という表示が出ていたとのことで、38号車も間違いなくGセンサーは作動していたと思うが、あちらは火災が発生していたので立川選手は脱出を優先したとのことだ。
レスキューを車内で待つ間、道上選手は状況の把握や身体の心配などもしたが、それ以上に「クルマがどれだけ壊れているのか?」「直してこのあと走れるのか?」という考えが浮かんでいたという。これについて道上選手は、「走ってナンボの仕事なので、修理にどれくらいの時間がかかるのかということは、あんなときでも気になります」と笑いながら解説してくれたが、大きな事故の直後にも関わらず、すぐに再スタートのことを考えるあたりはさすが。レースへかける気持ちの強さが伝わる発言だった。
そして、レスキューによってクルマから降ろされた道上選手だが、この時点でもクルマがどうなっているか確認できていない。しかし衝撃の大きさは経験上、最大級のものだっただけに、この時点で「すぐには直らないかもしれない。少なくとも予選は走れないだろうな」と感じていたという。
脇阪監督とのLINEでのやり取り
事故の状況についてはこのような感じだが、今回の件はこのあとにもう1つ印象に残ることが起きた。それが事故後の道上選手と、LEXUS TEAM LEMANS WAKO'S 監督 脇阪寿一氏のLINEでのやり取りだ。
脇阪監督は道上選手の身体を心配するのと同時に、同じレクサスチームの立川選手が関連する事故ということで謝罪の意味も込めてメッセージを送ったが、それに対して道上選手は「大丈夫。立川も俺に当たらなかったら、もっと大変な事になってたと思うし、お互い命あってよかった。マシンは全損になっちゃって、今回は出れないので、残念だけど、次の事を考える」(原文ママ)と返信。
過失がまるでないもらい事故であり、レースに出られないどころか全損という被害まで被り、なおかつ自身の身体もダメージを負っているのに文句も言わず、それどころか立川選手のことを案じる姿勢に脇阪監督は心を打たれ、「いい話」としてこのやり取りの画面を自身のブログにアップ。イッキに拡散されていった。
この件について、脇阪監督と同じ気持ちになった人は多いと思うので、このような返信ができた理由についても道上選手に質問をしてみた。
まずストレートに「(追突されて)怒りはなかったのか?」と聞いたところ、「まあ、怒りはあるかと聞かれたら内心は怒ってますが、さっき話したようにただ事ではない衝撃だったので、これはドライバーのミスではないことはすぐになんとなく分かりましたので……。とはいえ、こちらはクルマが大きく壊れてレースに出られないのに、相手は直してレースに出ると思うと釈然としないところはありますよ。ただ、ボクも大きなケガをした経験もあり、それはとても辛い時期でもあったので、そんなところから僕自身も立川選手も無事でよかったなと思えたんですよね」と語った。
続けて「富士スピードウェイをはじめ、FIA公認のサーキットはエスケープゾーンが舗装になっています。これはスピンやオーバーランしたときでもコースへ復帰しやすいための作りですが、今回のようにブレーキが抜けた状態だとグラベルでの減速がないので、勢いのあるままクラッシュパッドへ向かいます。GTマシンは重さもあるので、勢いよく当たるとものすごい衝撃になるでしょう。今回、僕のクルマに当たり、双方あれだけ壊れて力が分散されているのに38号車はクラッシュパッドまで行ってますから、当たっていなかったらどうなっていたかな」と語った。たしかにそう言われると改めてゾッとする思いだ。
そして「2017年にWTCCを走っていたときですが、チームメイトのティアゴ・モンテイロ選手のクルマがバルセロナでテスト中、1コーナー進入でブレーキが抜けたんですよ。こうなるとドライバーはダメージを減らすためにクルマの行く方向を変えるわけですが、アウトへ振るよりインへ振ったほうが減速のための距離を稼げるので、そうすることが多いです。今回の立川選手もそう思ったのかもしれません。ただ、モンテイロ選手のクルマはそれでも止まらず激しくぶつかってしまいました。そして彼はいまでも目に後遺症が残っていてレースには出られていません。とにかくクルマのトラブルからの事故は、ドライバーが予想できるものではないだけにダメージが大きくなることが多いと思います」と語った。
このような経験があったうえでのあのメッセージだったのだ。気休めとか、いいカッコをしようというものではなく「本心で書いたもの」と言っていいと思う。
さらに道上選手はこうも言っていた。「38号車にはブレーキラインにトラブルがあったそうです。どういう理由でそうなったかは分からないのですが、タイのレースが終わり、クルマが1週間ちょっとくらい前に帰ってきて、その慌ただしさがありながら、今は多くのレースがあってメンテの現場も過密スケジュールなところもありますよね。すると時間に余裕がなかったりするので……。まあ、これはボクの勝手な想像ですが、そういった部分から整備不良が出たりするのではないかとも考えたりします」と、メカニック側のフォローとも思える発言もあった。
今回、道上選手が取った行動と発言に関してはとにかく心を打つものを感じた。そして、こんな人が率いているModulo Drago CORSEというチームに改めて興味が涌いてきた。
そもそもクルマとはそのクルマに関わる人の姿が見えてこそ、本当の意味で魅力が出るものではないかと思っている。それはSUPER GTも同じだ。ドライバーやメカニックの姿がマシンを通して見えるから、成績に関係なく応援したくなる。実際にこの猛暑の中、サーキットで旗を振ったり声援を送っている人たちは、クルマを通して人を応援しているのではないだろうか。そうだとすると、道上選手の元に集まった道上選手の仲間が走らせている34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3は応援しがいのあるマシンと言える。
今回の事故のダメージは大きく、修理するにしても新しいクルマに変えるにしても大きな負担とそれなりの時間はかかる。でも、チームもサポートをするホンダアクセスも諦める気は一切ない。最短で復帰できるよう、関係者は事故当日から全力で動いているのだ。
そのかいあって、8月24日~26日に行なわれる鈴鹿10Hに参戦することが決定。34号車がサーキットに戻ってきたときには道上選手、そしてチームへの拍手をお願いしたい。
富士で不測の事態に陥り、途方に暮れる時間も怪我した身体を労わる時間もなく、引き続きレースをしたいという強い思いだけで過ごした数日でした。しんどかったけどあきらめなくてよかった。新車を投入し、鈴鹿10時間耐久レースに間に合いそうです。チームを支えてくださる全ての方に心より感謝します。
— 34 Ryo Michigami/道上 龍 (@Ryo_Michigami)2018年8月8日
なお、今回の34号車はセットアップも最初から決まっていたため、たった30分ほどの走行、しかもハードタイヤで最終的に3位のタイムを記録していた。あのまま走れていたらさらにタイムアップしていたことは確実だった。道上選手も「ポールが狙えた」と言うほどのものだ。
そんな状況からのどん底。道上選手はドライバーであると同時にチーム代表でもあるので、チームの雰囲気が暗くなっていることを気にかけていた。インタビューは決勝日に行なったが、そこで道上選手は「いつもだったら忙しく動いているメカさんたちがやることがなくて手持ちぶさたにしているのを見るのはボクとしても寂しいし、みんなを元気づけるにはどうしたらいいかと考えると、やはり早い時期での復活ということをしっかりやらないといけないなと思ってます」と語ってくれた。