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バーチャルと実車の「二刀流」がモータースポーツ界の新常識に!? SPKが立ち上げた新たなチームの強みとは

SPKが事業の一環として設立しているeスポーツチーム「SPK e-SPORT Racing」

バーチャルとリアルの両方にコミットして新境地を開拓

 レーシングシミュレータやレースゲームというバーチャル世界で活躍し、それを足がかりに実車レースに転向したドライバーがいる、という話はみなさんも聞いたことがあるだろう。バーチャルのテクニックがそのままリアルでも通用するのか? という素朴な疑問はありながらも、実車レースで実際に目覚ましい成果を上げている例も確かに存在する。

 こうしたバーチャルからリアルへのチャレンジを後押しする動きは、今や国内・国外を問わず見られるようになった。グローバルビジネスの総合商社として四輪レース向けにアルパインスターズやアライヘルメットなどレーシングギアブランドを取り扱うSPKも、そんな取り組みをスタートさせている企業の1つ。

 2024年4月にはSPKヘリテージ・センター内に、eモータースポーツ事業の一環として取り扱う、ポーランドのMotionSystems(モーションシステムズ)製QUBIC SYSTEM(キュービックシステム)電動アクチュエータを装備したレーシングシミュレーターを4基設置したドライビングシミュレータ機材の研究施設「シミュレーターラボ」を開設している。

左からTC CORSEチーム代表の加藤彰彬氏、深谷諄選手、加藤達彦選手、中島優太選手、ロードスターパーティレースIIIに参戦している105号車「SPK・TCRロードスター」
バーチャル世界のマシン「TC CORSE SPK e-SPORT Racing with TOYO TIRES」
マシンのカラーリングはリアルで走らせているロードスターと同じデザイン

「e-Motorsports」という1つの事業として立ち上げ、「SPK e-SPORT Racing」チームを結成している同社。プレイステーションのレースゲーム「グランツーリスモ」においてトップクラスの実力をもつメンバーらが同チームに所属し、eモータースポーツだけでなく実車レースへの取り組みも始めた。それらの活動における最も特徴的な点は、バーチャルとリアルの両方にコミットし、そのよさを相互に作用させて新境地を開拓しようとしていることだ。

2019年に誕生した国内最大級のeモータースポーツ大会の1つである「JEGT(Japan Electronic sports Grand Touring)」では、TOP LEAGUE(トップリーグ)とCORPORATE MATCH(企業対抗戦)の2カテゴリーが用意されている

 eモータースポーツ出身者をメンバーに立ち上げたチームの強みはどこにあるのか、そしてバーチャルとリアルの相互作用とは一体どのようなものなのか。チームメンバーの中島優太選手と深谷諄選手、またチーム統括を務める加藤彰彬氏に話を伺いながら、その活動の中身に迫った。

グランツーリスモの世界的プレーヤーがロードスターのワンメイクレースに挑戦

パーティレースに参戦しているロードスターには「SPK」のロゴステッカーなどが貼られている

 SPKがeモータースポーツに事業として関わることになったきっかけは、日本のバーチャルレースの第一人者とされる加藤彰彬氏との出会いにある。同氏はチューニングショップ「TCR JAPAN」の代表であるとともに、ロードスターパーティレースやスーパー耐久などで長年活躍している実力者。一方で、ハンドルコントローラーなどの専用機材を自作するなどして早くからバーチャルレースにも参戦し、世界チャンピオンを5回獲得した。

 四輪レース向けの商材を展開してきたSPKは、加藤氏の実車レースにおける活躍だけでなく、バーチャルレースでの実績や活動内容にも強い興味をもち、eモータースポーツ熱が高まったのだという。当時は、グランツーリスモを使用したeモータースポーツのレースシリーズ「JEGT」がスタートして間もないころ。そこでSPKは手始めに、加藤氏が代表を務めるTC CORSEと手を組み、eモータースポーツの最高峰の同大会に参戦するチーム「TC CORSE SPK e-SPORT Racing」を立ち上げるところから動き出した。

自身もリアルとバーチャルの二刀流の実力を持ち、TC CORSEチーム代表を務めるTCR JAPANの加藤彰彬氏。JEGTでは「TC CORSE SPK e-SPORT Racing with TOYO TIRES」だけでなく「TC CORSE Esports MAZDA」と2チームを取りまとめている

 現在そのチームの総監督を務めるのは、JEGTの初年度(2019年)にシリーズチャンピオンを獲得したチームに所属していた中島選手。父親の影響で幼いときからクルマ好きだったという中島選手は、4~5歳のころに「グランツーリスモ3」と出会い熱中。小学校に入ると友達の家にあったステアリングコントローラーの存在を知り、親におねだりしていたと振り返る。

 中学2年のとき「グランツーリスモ5」に進化したことでオンライン対戦が可能になり、仲間たちとGT500とGT300のクラスを設けて、当時まだ機能として備わっていなかったローリングスタートまで自分たちであえて再現して、SUPER GTやDTM(ドイツツーリングカー選手権)レースごっこを夜な夜な楽しんでいたという。ちなみに、2016年グランツーリスモ世界大会で優勝し、2018年から実車レースへ進出しeスポーツレーサー兼リアルレーサーとして活躍している冨林祐介選手や、今のチームメイトである深谷諄選手などもその仲間内にいたというから驚きだ。

中島優太選手(27歳)。16歳でバイク、18歳で自動車の免許を取得。カートの経験はないが、グランツーリスモで仲間と共にドライビングテクニックを磨き続けてきた

 やがて大学へと進んだ中島選手は、軽自動車の草レースに参戦している先輩に出会い、メカニックの手伝いをしているうちにドライバーとしても誘われ、本庄や菅生などでサーキットデビューを果たす。その後、操る楽しさとコストパフォーマンスの高さからNAロードスターを購入し、実車レースにどんどんハマっていった。

 さらに、ゲーム仲間の冨林選手が参戦し始めたロードスターのパーティレースの応援、マツダ主催の耐久レース「マツ耐」へのスポット参戦などを経て、冨林選手からTC CORSEチーム代表であるTCR加藤彰彬氏を紹介してもらい、自身もパーティレースへの参加を決意する。今度は参戦用のNCロードスターに乗り換え、2022年のロードスターパーティレースIII 東日本 NC シリーズクラスに参戦すると、ランキングトップで最終戦を迎えることに。2位以上でゴールすればシリーズチャンピオンだったところ、惜しくも3位で終わり悔しいシーズンとなった。

 なお、そのときのシリーズチャンピオンはベテランクラスのレーシングドライバー井尻薫選手。それに匹敵する中島選手の実力に目を留めたマツダは、2023年のスーパー耐久で120号車「倶楽部MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER」のドライバーとしてシートを確保し、中島選手は第4戦オートポリス、第6戦岡山国際サーキットでの出場を果たす。まさにバーチャルからリアルへの進化を遂げてみせた。

スーパー耐久に参戦している120号車「倶楽部MAZDA SPIRIT RACING ROADSTER」

バーチャルと実車の違いと、両方を経験することによるメリットは?

 グランツーリスモからロードスターパーティレース、さらにスーパー耐久へと飛躍した中島選手。そもそもバーチャルレースと実車レースの間にはどんな違いがあるのだろうか?

 中島選手によれば、「リアルでもテールが流れてカウンターステアをあてなきゃとか、その部分はあまり変わらなかった印象です。むしろカウンターステアを当てるだけなら、ゲームよりリアルの方が簡単じゃない? みたいな感覚でした。ゲームはステアリングコントローラーの反力で感じるしかないけれど、実車は体でGを感じられるから分かりやすいのかなと思います」と語る。

バーチャルと実車の違いについて語る中島選手

 ただ、リアルは突き詰めていくと、気温や路面状況などのコンディション、タイヤの内圧やエアーが窒素ガスかどうか、といった細かいところまで走りに影響してくる。「バーチャルでも走り始めはタイヤが冷えていて徐々に温まる、というような表現はしていますが、そのあたりはリアルのほうがずっと複雑で、考えなければならないところが多い」と明かす。

 しかしそれでも、「バーチャルを経験してきた人の方が、全くのサーキット初心者よりもコースレイアウトやライン取り、駆け引きなどが分かっているぶん、スタートラインが全然違う」とも付け加えた。

 今後については、「スーパー耐久をスポットではなくシーズンを通じて走りたいし、もっと上のカテゴリーにも挑戦してみたい。これまで一緒にグランツーリスモをやってきた仲間でチームを作ってレースに参戦もしてみたい。今はまだバーチャル世界からリアルにチャレンジしているドライバーだけが注目されていますが、メカニックやカメラマンなど、ドライバー以外もバーチャルの経験を生かせる分野はあると思うので、そこにも注目してもらえれば」と語る。

リアルを経験したらバーチャルでの集中力も高まった

深谷諄選手(28歳)。JEGT2020年シリーズ2位、2021年シリーズ3位。全国都道府県対抗eスポーツ選手権グランツーリスモSPORT岐阜県一般の部代表2019年~2021年などバーチャルでの実績を持つ

 幼少時にアニメ「頭文字D」で自動車に目覚めた深谷選手は、中学までは頭文字Dのアーケードゲームに明け暮れていたが、中学2年のころにオンラインで遊べるグランツーリスモにドはまり。前出の中島選手や冨林選手らと午後9時~午前4時までプレイする日もあったという。

 そして高校卒業と同時に自動車免許を取得する。地元の岐阜は降雪時期もあるため通勤と趣味を兼ねて4WDのスバル「インプレッサ(GC8後期型)」や「WRX(VA型)」を愛車に迎えた。機会があればモータースポーツに挑戦してみたいという気持ちはありつつも、レースを始めるには準備の手間も費用もかかる。趣味で年に3~4回ほどサーキットでスポーツ走行を楽しんでいた深谷選手だが、転機となったのは2021 年。ある人から「マツ耐に出ないか」と声を掛けられたのだという。

ロードスターパーティレースIIIに参戦している105号車「SPK・TCRロードスター」

 実はこの声をかけたのは、マツ耐に参加するチームオーナー兼ドライバーであり、グランツーリスモのオンライン大会を地元で開催していた人物。その大会に参加していた深谷選手の実力を認められたわけだ。ロードスターはFR(後輪駆動)のため、深谷選手はさっそく愛車をWRXから「BRZ(ZD)」に乗り換え、後輪駆動の挙動をバーチャルでもリアルでも体に叩き込んだ。結果、マツ耐の最終戦では見事クラス2位を獲得、表彰台での喜びを味わった。

「以前はゲームでもインプレッサを使うことが多かったんです。完全に一緒ではないけれど、動きや挙動は似ているところがあって違和感はありませんでした」と深谷選手。「違うと感じるのは”暑さ“や”G”。挙動はリアルだけれど、その違う部分を実際に走り込んだときに合わせ込む必要はあると思いました」と話す。

ロードスターパーティレースIII東日本シリーズ第4戦で3位入賞を果たした深谷選手

 最新ゲームではウェット路面も再現されてはいるものの、リアルのコースは濡れ方や乾き方が一様ではないため、グリップするラインや部分的な路面コンディションを見抜くのが難しい。その意味でもリアルの現場で合わせ込む能力は重要になるという。取材当日はロードスターパーティレースIII 東日本シリーズのレース日で、予選ではウェットコンディションだったが、本戦では23台中3位に入り、きっちり表彰台を獲得した。

実車に求められる丁寧な操作が、バーチャルでも好タイムに結び付く

「バーチャルで練習した後に実車で走る、ということを繰り返していくたびに、実車でも理想の走りが少しずつできるようになっていく実感がある」と話す深谷選手。しかも実車からバーチャルに戻ったときには「新しい発見」もあったという。

「ブレーキを一気にかけると、実車はリアが不安定になり、動きやすくなる。暴れさせないように丁寧に操作することが、効率よく走らせることにつながります。バーチャルだけの時は意識することはなかったのですが、実車の挙動を知ることで、バーチャルでも丁寧に操作する必要性を感じましたし、それによって実際にタイムが上がっています。タイヤを4本、しっかり地に付けている方が当然ながら安定する、ということを再確認できました」と語ってくれた。

 その他にも2023年は、マツダが実施しているバーチャルからリアルへの道を目指す「チャレンジプログラム」に、バーチャルでの実績が評価され選出されたほか、9月に開催された「メディア対抗4時間レース」でも新たに設けられた参加枠の1人として声がかかり、これを機に国内Aライセンスを取得した。

レーシングギアについてはSPKが取り扱うアルパインスターズを各自着用している

 今後の目標について深谷選手は、「パーティレースへのシリーズ参戦や、スーパー耐久にスポット参戦してみたいですし、86/BRZレースにも参戦してみたい。いろいろ参戦してもっともっと経験を積みたい」と夢は広がっている。

実車のほうがタイムラグが長い!?

 レーシングカートからスタートし、グランツーリスモを経て現在の実車レースに参戦することになった加藤選手は、「実車では考えて走らないと速くなれない」と考えている。「ゲームは時間が無限にあります。いくらでも練習できて、少しずつ速くなればいい、みたいなところがある。でも実車は長く走ればその分お金がかかるので、限られた時間の中で速くならないといけない。そこがすごく難しい」と話す。

加藤達彦選手(26歳)。親の代からマツダ党で「NDロードスター(NR-A)」と「アクセラ」を所有。パーティレースで結果を出して、スーパー耐久で走りたいと常に上を目指している

 また、リアルとバーチャルの違いを「感覚的なスピードはほぼ変わらないけれど、単純にGがないっていうのは大きな違いですよね。また、リアルは操作から挙動へのタイムラグが長く感じる。バーチャルのほうが、その反応が早く感じます」とのこと。

Gを感じないと速く走れるようにならない、は間違い

 選手達が口を揃える、リアルとバーチャルの両方で走ることで得られる相互への作用。それは、現在のチームを率いている加藤彰彬氏が重視しているポイントでもある。「バーチャルとリアル、どちらかだけするのではなく、常に行き来することが大事」というのが、同氏自身が長年バーチャルと実車の“両刀”を続けてきたことによる経験則だ。

チームを率いる加藤彰彬氏は、自身の経験からもリアルとバーチャルの両方の重要性を訴える

 たとえば「実車でこう感じたところはバーチャルだとこう感じられる、バーチャルでこういう変化が起きたとき、実車の場合はこうなる、というように、互いの異なるところの整合性をとっていくことで両方の走りの精度を上げていける」という。バーチャルでの車体の挙動が実車に限りなく近づきつつあることで、近年はその「整合性」を徐々に取りやすくなってきているところもあるようだ。

 バーチャルでは(高度な可動筐体でない限り)実車のようなGを感じることができない、という埋めがたい差もある。しかし、「Gを感じられないと速く走れるようにならないと言われがちだけれど、それは違う。Gというのは自分が何かしたことに対する反応として自分に返ってくるもの。だから実車でもGを感じてから何かしようとする、というのでは遅い」と言い切る。Gの発生要因となる操作を考えるうえでは、Gを元から感じられないバーチャルで走ることによる学びも多いというわけだ。

パーティレースの予選後に深谷選手にアドバイスする加藤氏

 SPK e-SPORT Racingのメンバーはバーチャルの世界から代表として選ばれた、ある意味第1世代。才能をもつ人材が次に続けるように、立ち居振る舞いも含め良き先輩となれるようレースに挑んでほしい」と加藤氏がエールを送るように、SPKのバーチャルとリアル両方へのチャレンジはまだ始まったばかりだ。

2024年は、SPKがサポートし、ロードスター・パーティレースIII、ジャパンツアーシリーズに南澤拓実選手、三宅陽大選手、東日本シリーズ ND-Sに深谷諄選手、NC-Sに中島優太選手が出場している。また、5月5日に開催された、ロードスター・パーティレースIII、ジャパンツアーシリーズ第2戦&東日本シリーズ第1戦では、南澤選手が優勝、深谷選手が3位表彰台、NC-S中島選手が3位表彰台を獲得した

SPKが「モーションシステムズ」の本格ドライビングシミュレータを導入開始

旧本社「SPKヘリテージ・センター」内に開設したドライビングシミュレータ機材の研究施設「シミュレーターラボ」
モーションシステムズの最新技術を搭載したレーシングシミュレータで、臨場感溢れる本格的なドライビングを体感できる
シミュレーターラボの施設はSPKの研究開発とともに、企業・行政などの試験やe-SPORTなどのイベント会場としても活用する予定

 SPKは2024年から電動アクチュエータなどを扱うポーランドの「モーションシステムズ」製品の取り扱いを開始。筐体の取り扱いも始め、同社のレースの裾野を広げる取り組みは今後ますます活発になるという。バーチャル出身の選手たちがこの先どう成長し、eモータースポーツと実車レースの市場がどんな風に発展していくのか、楽しみにしながら見ていきたい。

シミュレーターラボ概要(完全予約制)

所在地:〒553-0003 大阪府大阪市福島区福島5丁目5-4
アクセス:JR大阪環状線福島駅徒歩1分、JR東西線新福島駅徒歩5分、阪神福島駅徒歩5分
営業時間:平日10時~16(最終入場15時30分)
定休日:土曜・日曜・祝祭日、夏季、年末年始
予約に関する問い合わせ:labo@spk.co.jp

Photo:安田 剛