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内閣府、「SIPシンポジウム2016」で「革新的燃焼技術」「自動走行システム」などの進捗状況を説明

「自動走行システムを正確にユーザーに認識してもらうことが大切」と葛巻PD

2016年10月4日 開催

 内閣府は10月4日、2014年からの5カ年計画として日本政府が官民一体の取り組みとして推し進めている「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」の進捗状況について報告する「SIPシンポジウム2016」を東京都内で開催した。

 SIPは、2014年に安倍内閣が閣議決定した「科学技術イノベーション総合戦略」「日本再興戦略」に基づく国家プロジェクト。日本にとって経済的、社会的に重要な11の課題を取り上げ、省庁や企業、学術機関などの垣根を越えて協力。基礎研究から実用化、事業化までを一貫して取り組むことにより、日本の経済再生、持続的経済成長を実現することを目指している。

 内閣府はそれぞれの領域でリーダーとなる「プログラムディレクター(PD)」を選定し、このPDを中心に省庁や企業、学術機関などが協力して課題の解決に取り組んでいる。活動予算は内閣府が政府予算として計上し、2016年の平成28年度予算として総額500億円を用意。これを各省庁に移し替えて実施されている。

 2014年にスタートしたSIPは、今年が2018年までの5カ年計画で折り返し地点となるタイミング。今回のシンポジウムでは、中間報告を前に各領域での課題進捗状況についてそれぞれのPDから説明が行なわれた。このなかから、Car Watchではクルマに直接的に関わる「自動走行システム(予算配分額26億2000万円)」「革新的燃焼技術(予算配分額19億円)」の2つについてご紹介する。

「自動運転の存在」と「できること、できないこと」の両方を知ってもらうことが大切だと葛巻PD

トヨタ自動車株式会社 CSTO(Chief Safety Technology Officer)補佐 先端技術開発カンパニー 先進技術統括部 安全技術企画 主査 葛巻清吾氏

 自動走行システムの領域では、PDを担当するトヨタ自動車 CSTO(Chief Safety Technology Officer)補佐 先端技術開発カンパニー 先進技術統括部 安全技術企画 主査の葛巻清吾氏が登壇。

 葛巻氏は課題進捗状況の説明で、自動走行システムの領域ではGoogleなどの企業が自動走行について研究を進めるなかで、政府としてはどのような点について取り組むべきかをSIPの開始当時に議論を行ない、「交通事故、渋滞の低減」「自動走行システムの早期実現」「高齢者、交通制約者などに優しい公共交通」という3点を社会的な意義として重要視して、欧米との開発競争に後れを取ることなく標準化においても積極的に臨み、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに合わせてある程度の成果を出していくことなど取り決めたと紹介。また、自動運転のクルマ自体は各自動車メーカーが「競争」の領域で開発に取り組み、SIPとしては「デジタルインフラ」などの環境整備を「協調」の領域として推し進めていくとした。

「なかにはいきなり無人のクルマを開発する、といった企業も海外にはあり、実際にそのようなクルマが技術的にできるとは思いますが、まだそれは状況や環境を限定した技術だと思います。現実的には(世の中にある)6000万台というクルマがいきなり無人状態で走ることはなく、そんな世界が来るのはかなり先になるでしょう。一方で、徐々に技術をステップアップさせていく方が交通事故の削減にも寄与できるというのが自工会のビジョンで、SIPとしても、2020年までにハイエンドな自動走行システム、いわゆる『レベル2』の実用化に向けた後押しをしています」と葛巻氏は語り、SIPでは自動走行を実現するための先進的な技術を順次クルマに与えていき、1歩1歩と段階的に実用化を進めていく考えであることを明らかにした。

 実際の技術面では、SIPでは車両自体の開発をメーカー各社の競争領域と区分しているため手がけていないが、インフラ側となる基盤技術ではさまざまな取り組みを進めており、5カ年計画の折り返し地点で大きく進捗しているのが「ダイナミックマップ」であると紹介。高精度な三次元デジタル地図、V2X(車車間通信、路車間通信)で得られる周辺環境のリアルタイム情報などによって構成するダイナミックマップは、一部で競争領域に踏み込まざるを得ない部分も内在してるものの、安全で効率的な自動運転システムを実現していくためには不可欠な領域であり、膨大なデータを常に更新し続けていく必要があるダイナミックマップは協調して取り組むことで大きなコスト削減も実現できると葛巻氏は指摘する。

 また、この成果をより効果的にするためには日本国内に止まらず国際協調が不可欠であるとして、グローバルでの規格策定が非常に重要になっているとした。これに加え、ハードウェアとソフトウェアの両面で進化の激しい領域となっており、1度規格を策定して終わることなく、定期的な会合などで競争領域と協調領域の話し合いを行ない、標準化されたダイナミックマップがいつまでも使い続けられるよう改訂のプロセス造りまでしっかりと確定させることが必要だと語った。

 このほかに具体的な技術としては、GPSによる自車位置特定は±10mといった精度だが、自動走行システムでは±10cm前後の自車位置精度が必要。このため、自動走行システムでは車両に搭載したセンサー類によって検知する周辺状況と事前に用意した三次元デジタル地図を照合し、車線レベルで車両の位置を判断することになるという。このため、6月に自動車メーカー9社、カーナビ関連メーカー6社が出資して「ダイナミックマップ基盤企画株式会社」を設立。また、ダイナミックマップは自動運転の基盤になるだけでなく、例えば一方通行の道を逆走した場合などにドライバーに通知することなどで事故の抑制にも貢献すると葛巻氏は紹介した。

SIPの自動走行システムが目指しているロードマップ。「レベル2」に分類される高速道路における準自動走行を2020年までに実現し、その後に幹線道路などの一般道に自動走行を拡大していく
スライド内で赤文字になっている部分がSIPの規定する協調領域。ダイナミックマップやHMI、セキュリティなどに取り組んでいる
ダイナミックマップでは地図情報を4つの階層に分け、変化する必然性の少ない路面や車線といった静的情報から、常に移り変わる周囲を走行する車両や歩行者といった動的情報を紐付けして活用する
V2Xなどで通信を行なうことになる自動走行システムでは、SIPの取り組み領域の1つである「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」とも連携を行なっている
HMIも競争領域に関わる部分だが、「ほかの車両に自動運転であることを知らせる方法」「乗員の状態検知」「ほかの車両とのコミュニケーション」という3点を課題として取り組んでいるという
交通事故の低減に重要な歩行者対策では、特定が難しい歩行者の位置や移動予想などに取り組んでいる

 先進安全技術や一部の準自動走行システムなどで市場に出まわり始めてきた自家用車での成果に続き、運用で蓄えられたビッグデータをダイナミックマップに取り込み、公共交通機関や歩行者などに情報提供する「次世代都市交通への取り組み」についても葛巻氏は語り、すでに研究・開発の領域がクルマの周辺にも波及を始めていることに言及した。また、国際連携でもダイナミックマップ、HMI、セキュリティなどの分野で国際協調を進め、標準化の策定に向けて活動しているが、一方で時間のかかる標準化は実際に運用されている技術をデフォルトとして進められることも多いことから、SIPではさまざまなコンソーシアムなどに参加して積極的に情報を発信して「仲間作り」を進めているという。

 このほかに葛巻氏は今後の取組について、SIPでこれまでに培ってきた成果を統合し、2017年度から公道での大規模実証実験を開始すること、熟成が進むダイナミックマップを社会インフラの維持管理や防災・減災といった他分野にも活用拡大して経済的発展や社会的課題の解消に役立てたいとしたほか、技術的な面だけではなく、「自動走行システムがどんなものであるか、正確にユーザーに認識してもらうことが大切だ」と葛巻氏は語る。

 現時点での自動走行システムは完璧なものではなく、乗員がなにもしなくてもいいという技術ではないことを周知するためにどうしたらよいかといったことも今後の大きな課題であると述べ、どうしても自動車メーカーではユーザーの期待を販売に結びつけようとアピール過大になる傾向があるという。これをSIPでは各種イベントや今回のシンポジウムなどの場で正確な情報として発信。具体的な内容までは決まっていないものの、2017年の10月17日~11月5日の日程で開催される「第45回 東京モーターショー2017」でもSIPとしてイベントを行なう予定であることを明かした。

自動走行システム向けのダイナミックマップとビッグデータを組み合わせて「次世代都市交通」を構築する取り組み
2020年以降のさらに高度な自動走行システムでは、複数の車両で情報をやりとりする協調型システムを活用し、一般道での自動走行を実現していく
標準化に向けた活動のほか、情報発信や収集によって日本の技術をデフォルト(初期値)にしていく取り組みも並行して行なっている
2017年から公道を使った大規模実証実験を開始。最終年度の2018年までには高速道路におけるレベル3、レベル4の自動走行システムについても実証実験を開始する予定
自動走行システムの領域で開発したダイナミックマップなどの技術を、1月に安倍内閣が閣議決定した「第5期科学技術基本計画」で最重要課題として位置付けられている「Society 5.0」の実現に活用していく

「ノックフリー」を実現できれば今よりも2~3%の伸長が期待できると杉山PD

トヨタ自動車株式会社 パワートレーン先行技術領域長 杉山雅則氏

 革新的燃焼技術の領域では、PDを担当するトヨタ自動車 パワートレーン先行技術領域長の杉山雅則氏が登壇。

 杉山氏は自動車産業にとって環境負荷物質の削減は喫緊の課題であり、CO2削減も含めた環境負荷低減には非常に高度な先端技術が必要であると解説。世界的に競争が激化して開発スピードを高めることが求められる現状では、自動車メーカーなど個々の会社での取り組みだけでは要求に応えきれない状態となっているとして、健全な競争と協調を両立させて開発スピードをアップさせていくことが重要になっているとしてSIPの取り組みの必要性を述べた。

 革新的燃焼技術ではCO2などの削減に向け、研究目標を「最大熱効率50%」に設定。1970年代から2010年以降までの約40年間を掛けて10%高めてきた最大熱効率を、5年間の取り組みのなかで同じく10%高めるという非常に高い目標設定とした。しかもこの目標を理論上だけでなく、実証する段階まで実現していきたいと杉山氏は語る。なお、この実証では単気筒の4ストロークエンジンを使っている。

 また、この革新的燃焼技術では近年になって疎遠になっていた産学の連携を高める橋渡しの役割も与え、次世代につながる持続的な連携体制の構築も大きな役割と定義。全国約80の大学が「ガソリン燃焼」「ディーゼル燃焼」「制御」「損失低減」の4つのチームを構成し、国内自動車メーカー9社+2団体が参加する「AICE(自動車用内燃機関技術研究組合)」と連携協定を結んでフレキシブルに人材交流。チームごとの目標達成に向けて力を合わせているという。

 各チームでは「現象の解明」「実験」「モデル化」の行程を何回も繰り返しながら開発を進め、ガソリン燃焼とディーゼル燃焼は中間目標に設定された数値目標に向けて順調に開発を進めており、ガソリン燃焼では2016年目標をすでに達成。ディーゼル燃焼も目標達成まであと0.2%まで進捗しているという。制御で取り組んでいる「HINOCA(火神)」と命名された解析用のコアソフトも完成度を高めており、各チームで運用して課題出しを進めているとのことだ。

「環境負荷低減」「個社の限界」「産学の距離」という3つの課題に取り組んで、次世代につながる「産産学学連携」を目指す
約40年という期間で達成された最大熱効率の10%向上を、日本全体の技術を結集してわずか5年で同じ10%向上を図る
約80大学で構成する4つのチームに産業界のAICEから人材が送り込まれ、活発な交流が行なわれているという
ガソリン燃焼とディーゼル燃焼の最大熱効率50%達成に向け、制御、損失低減のチームが横断的に協力して取り組んでいる
ロードマップと進捗状況。2016年の中間目標に向けて順調に進んでいると杉山氏は紹介
ディーゼル燃焼チームは神奈川県横浜市の堀場製作所本社・工場内でも活動を行なっており、杉山氏が提唱する「産産学学連携」の1例ともなっている
HINOCA(火神)による一連の解析内容
ガソリンエンジンでは2014年の39%から5.6%アップの4.1%で目標をクリア。ディーゼルエンジンでも目標の44.5%まであと0.2%まで迫っている

 今後のさらなる最大熱効率の向上に向けて乗り越えるべき技術ハードルは、ガソリンエンジンでは異常燃焼によるノッキングであると杉山氏は述べており、ノッキングを解消できなければ開発した新しい技術を導入しても大きな効率向上は望めなくなる。これを「ノックフリー」という状態にできれば、それだけで今よりも2~3%の伸長が期待できるのではないかと語る。一例としてF1マシンに搭載されているエンジンはノックフリーを実現しており、最大熱効率は45%ほどあることを指摘。これにはノッキングしにくいような燃料を使っていることも一因となっているが、SIPの活動では冷却や燃焼時間の短縮によって今後進めていきたいと解説した。

 また、内燃機関における最大熱効率の理論上の限界は60%ほどと言われているが、これは船舶用などの排気量が大きなエンジンの場合で、SIPで扱っている乗用車用のエンジンではそこまでの実現はかなりハードルが高いと語る。これは排気量の大きなエンジンは燃焼室のボア(内径)が大きく、燃焼時に発生した火炎が壁面にあたりにくく熱として逃げる割合が少ない。この面もあってSIPの活動では燃焼時間の短縮に取り組み、すばやく燃焼させることでロスの低減を目指している。

 このほかに杉山氏は、まだ具体的な成果に至ってはいないものの期待を掛けている技術として、損失低減で行なっている「燃料の改質」についても説明。1つの例ではガソリンエンジンの燃料から水素をオンボードで取り出し、この水素を燃料とともに燃焼室内に入れて燃焼させることでノッキングを回避することも研究しているという。これは水素以外でもCO(一酸化炭素)であったり、さまざまな比率などを試していると紹介した。

ガソリン燃焼では「スーパーリーンバーン」の薄い燃料と常識を越えるほどの強いタンブルでも安定した着火、燃焼を行なうため、通常は1個の点火コイルを10個連結させた強力点火を採用
ディーゼル燃焼では燃料の噴射を連続制御し、最初に多く、そこから噴射量を減らしていく「逆デルタ噴射」を採用
従来型の「矩形噴射」(右)と比べて輝炎が早く消えており、高速燃焼が実現されていることを示している
損失低減ではピストンの表面にマイクロ・ディンプルを施し、二硫化モリブデンでコーティングする摩擦低減、超低粘度オイルなどの採用などで損失低減を推し進めている
今後の取り組みでもこれまで同様に、産産学学連携を積極的に進めながら検証や実証を続けていく

各領域の技術を紹介する展示ゾーン

展示ゾーンの様子

 シンポジウムの会場では各PDからの説明のほか、成果物や研究開発で利用している製品などの展示を実施。2年半にわたる活動についてアピールしていた。

自動走行システムの展示エリア
周囲の物体の動きを検知して解析する装置のデモ
センサーで動くものの位置や速度、動いている方向などをデータ化している
ダイナミックマップの要素の1つである三次元地図の製作風景。静的情報から動的情報まで多彩なデータが必要とされる
革新的燃焼技術の展示エリア。SIPの活動は基本的に最大熱効率のアップによる燃費向上を目指しているが、効率向上で最高出力を高めている例として本田技研工業の「シビック TYPE R」用の「K20C」型エンジンを展示。トヨタ自動車の杉山氏がPDを務める領域でホンダエンジンが展示されているというのは、いかにも国家プロジェクトという雰囲気だ
「インフラ維持管理・更新マネジメント技術」の展示エリア。ドローンの両側にタイヤを装着した「二輪型マルチコプタ」が展示されていた
重量を抑えるため、本体のほとんどをカーボン素材で構成。タイヤを使って橋脚などの垂直な面を一定の距離から撮影できるようになり、損傷などの状態を適正に評価できるようになるほか、操作する人も特別な訓練などを経なくても扱えるようになるのがメリットだと説明された
同じくインフラ維持管理・更新マネジメント技術の展示で紹介されていた「業務車両を用いた大規模路面評価」
車両(展示ではミニカー)に装着されたセンサーで路面のひび割れや陥没、段差などを検知して、路面状況をビッグデータとして収集されるシステムとなっている
「次世代パワーエレクトロニクス」の展示エリア。カムリ用の車載PCU(左)が、SiCを使うことで体積を5分の1にまで低減されることを示している
パワー半導体など多数の展示品が用意されていた
「革新的構造材料」の展示エリア。ボーイング787 ドリームライナーに搭載されたGEnx ターボファンエンジンの1/4スケールカットモデルなどを展示
「次世代海洋資源調査技術」の展示エリア。航行型AUVの1/2スケールモデルなどを展示

【お詫びと訂正】記事初出時、AICEを国内自動車メーカー8社+1団体が参加としていましたが、現在は国内自動車メーカー9社+2団体が参加しております。お詫びして訂正させていただきます。