トヨタ、リアルをバーチャルへ展開する86用「CAN-Gateway ECU」説明会&試乗会
「86はiPhone、CAN-Gateway ECUはiTunes」。アプリ制作者を募集

富士スピードウェイを走行中のFRスポーツカー「86」

2012年9月4日実施



 トヨタ自動車とデンソーは9月4日、独自に搭載したGPSユニットと、車両のコンピュータ間通信に使われるCANデータから生成したデータをリアルタイムで送信可能な装置「CAN-Gateway ECU(Controller Area Network-Gateway Electronic Control Unit)」を共同開発したと発表した。この装置はFRスポーツカー「86(ハチロク)」用に開発されており、2013年末の発売が予定されている。

CAN-Gateway ECU制御部。デンソーとトヨタの文字が刻まれている中央のコネクターがCANデータを取得するための接続端子。OBD II端子を用いるわけではない。手前がコントロールスイッチ
GPSユニット。10Hz測位を行うCAN-Gateway ECUが取り付けられた86のセンターコンソール。コントロールスイッチの点灯や点滅で状態を示すBluetooth経由でリアルタイムデータを出力可能。スマートフォン側でアプリを用意すれば、さまざまデータのモニタリングができる

 同日、トヨタ自動車と、トヨタマーケティングジャパンはCAN-Gateway ECUの説明会と、CAN-Gateway ECUを搭載した86の試乗会を報道陣向けに実施。CAN-Gateway ECUの目指す世界などが示された。

 最初に登壇したのは、86のマーケティングを担当するトヨタマーケティングジャパン スポーツカーカルチャー推進グループ マーケティングディレクターの喜馬克治氏。喜馬氏は、このCAN-Gateway ECUが86の推進する7つのカルチャーの中のネットカルチャーに属するものであり、CAN-Gateway ECUのデータをネットで共有することで、運転のうまさをネットワークを通して楽しむサービスなど、新たなサービスの登場を期待しているとした。

トヨタマーケティングジャパン スポーツカーカルチャー推進グループ マーケティングディレクターの喜馬克治氏CAN-Gateway ECUの位置づけ86コミュニティの推移

 これまで他人と運転について具体的な数値でコミュニケーションを取るには、最高速やラップタイム、燃費値など一面的な値しかなかった。別途データロガーなどを購入すれば、自車のポジションや加速度などさらに細かな値を取得することができたが、データロガーメーカーごとのログの違いもあり、業界標準的なログ形式は存在しなかったと言ってもよいだろう。

 CAN-Gateway ECUは、世界でもトップクラス規模を持つのトヨタ自動車と、同じく世界最大級の自動車部品サプライヤーであるデンソーが市場にリリースするデータロガーになる。価格が未定のため、普及度合いの予測はつかないが、あるスタッフによるとアタッチ率(86ユーザーの装着率)は、15%を目指したいとの言葉から、とんでもなく高価な製品とはならないようだ。

 CAN-Gateway ECUの目指すものについては、86の開発者であるトヨタ自動車 製品企画本部 製品企画 チーフエンジニア 多田哲哉氏が解説。多田氏は、CAN-Gateway ECUについて「性能の高いクルマができたとしても、今の若い人にそれだけで関心を持ってもらえる時代ではないだろう。今のデジタル世代が興味を持てるような、インフラを作らないとだめだろうという議論の中でできたもの」と語り、「スマートフォンは、本体だけあってもおもしろくない。たくさんのアプリがあって、それを使っていくのが楽しい」とスマートフォンのビジネスモデルに言及。たとえて言えば、86はクルマ版のiPhoneであり、CAN-Gateway ECUはiTunesだとする。

86の開発者でもあるトヨタ自動車 製品企画本部 製品企画 チーフエンジニア 多田哲哉氏CAN-Gateway ECUでは「リアルとバーチャルの融合」を掲げる86はクルマ版のiPhoneと位置づける
CAN-Gateway ECUの動作イメージCAN-Gateway ECUの構成プレイステーション 3のソフトウェア「グランツーリスモ」との連携

 CAN-Gateway ECUは、iTunesのような配信プラットフォームとなることで、その配信データを活用したアプリが登場し、さらに86の世界が楽しくなっていくとする。そのための情報開示は行っていくと言い、「(CAN-Gateway ECUが普及することで)いろいろな世界が広がっていくだろう。たとえば、エコ運転にも活用できるし、運転体験を世界中の友達と共有できる。タイヤやパーツを交換した際には、それらのデータも公開できる」と将来像を語った。

 CAN-Gateway ECUの詳細については、関連記事を参照していただきたいが、現状CAN-Gateway ECUからは、Bluetooth経由でのリアルタイムデータ出力と、USB経由での出力データが存在する。もちろん、USBデバイスにWi-Fi通信モジュールなどを接続すれば、将来的にワイヤレスでの読み出しも可能になるだろうが、今回はUSBメモリー経由での取り出しとなっていた。

ポリフォニー・デジタルなどとの協業でデータフォーマットを策定
 CAN-Gateway ECUが、クルマの運転データの標準フォーマット生成プラットフォームとなっていくためには、データフォーマットの策定&公開と、Bluetoothプロトコルの策定&公開が欠かせない。これについては、先行してアプリケーションを開発しているポリフォニー・デジタル、電算システムなどのアプリクリエーターとの検討結果をフィードバックして策定するとしている。フォーマット&プロトコル公開に関しても、別途問い合わせ先を設けており、接続に必要な情報を順次開示していくことで、アプリ開発を促進していく。

 アプリを作ってみたい方の問い合わせ先は、下記のとおり。
トヨタ自動車「CAN-Gateway ECU 相談窓口」
E-mail:cgw-ecu@mega.tec.toyota.co.jp

 また、多田氏はこのCAN-Gateway ECUは、CANデータを使うものであるため、理論上はどのようなクルマにも接続でき、86の兄弟車であるBRZはもちろん、トヨタ車やレクサス車、そのほかのメーカーでも利用できるものであると言う。もちろん、CANにどのようにデータを乗せるかはメーカーや車種ごとに異なる場合があり、86用のCAN-Gateway ECUがつながるわけではないだろう。

 多田氏の見ている未来は、CAN-Gateway ECUと同様のフォーマットでクルマの運転データを出力する機械が普及することで、世界中のドライバーがこれまでよりも深いコミュニケーションを取ることが可能になるし、標準フォーマットが決まることで、さまざまなアプリが登場することにあるのだろう。IT業界で起きた、Win 32 APIやIA-32アーキテクチャの普及による業界の成長、GoogleのWeb APIによる新たなサービスの登場と同様のものを目指す試みと言えるだろう。

 2013年末発売予定の製品をこの段階で報道陣に公開するのは、この製品を知ってもらって86を購入してもらうという意図よりも、CAN-Gateway ECUのアプリ開発者を募る意味合いが強い。アプリ開発者に、十分な開発期間を持ってもらうことで、製品の発売時に魅力的なアプリを揃えようというものだ。

CAN-Gateway ECU搭載86で富士スピードウェイを走る
 この説明会では、CAN-Gateway ECUを搭載した86での走行会も用意されていた。走行するコースは富士スピードウェイの国際レーシングコースで、1周目はプロドライバーの助手席での同乗を行いピットインして記者にドライバー交代。ピットアウトしたら、1度メインストレートを通過し、その後ピットインするというもの。メインストレートは1度しか通過しないためラップタイムは記録されないが、そのほかの場所は2回走行するため、2本の軌跡が記録される。

最初は助手席で同乗走行いよいよスタート次は記者が運転
走行を終えると、グローブボックス内からUSBメモリを回収なにやらメモを取っていた

 記者は現在のレイアウトの富士スピードウェイを走るのは初めてだが、特に勝敗を競うレースを行うわけでもないので、気楽にコースイン。86は何度も乗っており、その優れた電子制御も相まってよほどの運転をしない限りスピンすることはないクルマだ。

 1周目のコカコーラコーナーをきっちりアウト・イン・アウトで抜け、100Rは真ん中辺りを通って、アドバンコーナーでは無理目のステアリング操作でタイヤのスキール音を発生させる。ダンロップコーナー、13コーナーを抜け、プリウスコーナー出口ではややはみ出し気味に脱出。縁石に右タイヤを乗せて最終コーナーへと向かった。

 メインストレートでは、メーター読みで189km/hの最高速を確認して2周目へ。2周目は、あえて1周目と異なるラインを無理に通り、アドバンコーナー出口からダンロップコーナーへかけてはアウト寄りを走り、13コーナーでは40km/h以下にスピードダウン。そこから再加速してプリウスコーナー~最終コーナーを抜けピットインした。

 走行を終えると、スタッフがCAN-Gateway ECUに接続されたUSBメモリを回収。ピット内に用意されたプレイステーション3と、CAN-Gateway ECUに対応した特別版のグランツーリスモでリプレイデータをすぐに見ることができた。

リプレイデータを読み込ませるGPSのログデータから、富士スピードウェイと自動で特定
ボディーカラーは、さすがに記録されておらず、マニュアルで指定していたメニューを見る限り、リプレイするデータの範囲を指定しているようだ

 リプレイ表示に立ち会ったポリフォニー・デジタルのスタッフによると、CAN-Gateway ECUのデータにあるGPUログからサーキットを特定でき、富士スピードウェイのデータが現れると言う。実際、データを読み込ませると、富士スピードウェイのコース図が現れ、そこに2周分の軌跡が描かれていた。

 次に行う作業は微調整。軌跡データは、相対位置記録としてはしっかりしたものだが、サーキットのコース図と自動であわせるのはまだ難しい部分があるようだ。そのため、サーキットのコース図と軌跡データの位置補正を行う必要があるのだが、幸い自分の場合は一発でマッチングしていた。

 軌跡データを見ると分かることだが、アドバンコーナーの立ち上がりの部分で1周目と2周目のラインが一致していない。つまり、イン側、アウト側の走行位置がきちんと記録されていることになる。

 いよいよ自分の走行のリプレイ開始。自分の記憶とほぼ一致する映像が画面に描かれる。コカコーラコーナーやアドバンコーナーの立ち上がりではタイヤのスキール音が聞こえ、アドバンコーナー立ち上がりの位置取りの違い、2周目の13コーナーでの減速具合なども再現。プリウスコーナーでのはみ出し具合なども、それらしく再現されており、開発途中バージョンとしては十分なインパクトがある。

軌跡データの位置を、富士スピードウェイのコース図と微調整している。画面を見れば分かるように、2本の軌跡が描かれている。この精度の分解能があるということになるリプレイ開始リプレイ中

 タイヤのスキール音については、タイヤの回転差のデータを見ながら発生させていると言う。また、ストレートでの最高速が、メーター表示の189km/hより低い180km/hとなっていた点については、メーター表示より低く出るとのこと。一般的に純正の速度計は、上振れの誤差を持たされており、おそらくCAN-Gateway ECUのデータのほうが正しいのであろう。そうでないと、正しい軌跡データを作り上げることができないはずだ。

 開発初期は、単にCAN-Gateway ECUから読み出したデータをマッピングするだけではうまく行かなかったとのことで、走行中にクルマが垂直に立ってしまうこともあったほど。とくにGPSユニットから出力される位置データのブレが激しく、そのままでは使えないものであると言う。その代わり、移動ベクトルデータ(移動方向と移動距離)の精度は高く、そのベクトルデータを積み重ねていく、独自のデータ補正を行うことで、現在の状態になっているとのこと。

 GPSの測位は10Hzと、カーナビ上位機種並みだが、データの使いこなしに苦労しているようだ。

アプリ登場にはさまざまな環境整備が必要
 CAN-Gateway ECUのデータフォーマットは公開される予定だが、どのようなレベルのデータがどれだけ公開されるかは未定だ。ポリフォニー・デジタルほどの開発力のあるメーカーが苦労するほどのデータでは、一般の開発者ではきちんと軌跡を作り上げることは難しいだろう。補正されたデータの提供を期待したいところだが、開発者によってはRAW(生)データを元にアプリ開発を行いたいかもしれず、実質的には両方のデータ提供が望ましい。

 アプリ開発の容易さを狙う場合、データフォーマットは可読性の高いXMLなどのテキスト形式が理想的だ。今回の発表会では、データフォーマットの説明はなかったものの、多くのサードパーティを引き込むのであれば、オープン化は必須となる。また、一般的にプログラムを書く能力と、グラフィックスを作る能力を高いレベルであわせ持つ人は少ないため、より多くのアプリ開発者を引き込むのであれば、グラフィックスライブラリの整備を望みたい。

 86のメーターデザインや、針、デジタル表示のフォントなど細かいパーツから、ボディーの3次元データ、ボディーカラーのパレットなどが提供されていると、プログラムのできる人なら何らかのアプリを作るのは苦痛ではないだろう。WindowsもWin 32APIで、iPhoneもiOSでそれらのデータを提供することで、多くのアプリケーションが登場したし、プレイステーションなどゲーム機の世界では開発環境の整備がシェアの獲得に大きく影響している。

 多田氏は、CAN-Gateway ECUをiTunesのような配信プラットフォームと説明したが、多様なアプリの登場には課金システムの構築も将来的には必要となるのだろう。iPhoneの成功は、アプリ開発者に利益還元がなされるシステムにあり、ボランティアだけではこれほどのアプリが登場することはなかった。

運転の共通言語を手に入れる
 1人のクルマユーザーとして考えた場合、CAN-Gateway ECUの登場は、自分の運転方法を誰かに伝えるための共通言語を手に入れられたことにある。これまで、他人に伝えることの難しかった、運転というものを数値によって“見える化”することで、他人の運転との比較ができ、もちろん自分自身の運転との比較ができるようになる。

 これは速く走るためではなく、うまく走るためにも有効であり、GPS測位情報も得ていることから、抜け道データの共有なんてことにも活用できる。多田氏は、「パーツを交換したときに、クルマの走りが変わったことを世界中に伝えられる」と述べているように、2013年末には、世界中のクルマユーザーと運転について、より深い形でコミュニケーション可能になるのだろう。

(編集部:谷川 潔/Photo:清宮信志)
2012年 9月 5日