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ブリヂストン、内閣府 ImPACTの成果となる「ダブルネットワークで強度と燃費を両立するゴム複合体」発表
住友化学は「フロントウィンドウに利用可能なPMMAベースの透明樹脂」
2018年6月29日 22:37
- 2018年6月25日 開催
内閣府は6月25日、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」で取り組んでいる各研究開発プログラムの出口戦略や成果などについて発表する「第7回ImPACT記者懇親会」を東京都千代田区の中央合同庁舎で開催。この中でImPACT伊藤プログラムで取り組んでいる「超薄膜化・強靱化『しなやかタフポリマー』の実現」に向けた具体的な成果として、ブリヂストンと住友化学の2社によるプレス発表を実施した。
ブリヂストン 中央研究所 フェローの角田克彦氏が発表したのは、「低燃費性と高破壊強度を両立したゴム複合体」。角田氏の取り組みでは、タイヤのゴム材料に「しなやかタフポリマー」を使うことで強度を高め、タイヤのトレッド部分に使われるゴムを大幅に薄くした「薄ゲージタイヤ」の実現を目指している。
成果報告で登壇した角田氏は、タイヤのライフサイクルで排出されるCO2は86.4%が使用時となっており、温室効果ガスの多くを占めるCO2を削減するために、タイヤの使用時に出るCO2を減らすことが環境負荷の低減に重要であると分析。「薄ゲージタイヤ」はタイヤが回転するときのロスが少なくクルマの燃費を大きく向上させるほか、原材料の削減にも寄与するとした。
これまでよりも少ないトレッドゴムで強度を維持するため、角田氏は「破断」「摩耗」「引き裂き」といったゴムの強度特性の中で引き裂きによる亀裂の発生と進展の部分に着目。引き裂こうとするエネルギーと亀裂の進展速度の関係が、ある部分のところから一気に変化して亀裂が進展することは、現象としては認識されていたものの、原理の正確なメカニズムについては解析されていないことから、ImPACTの取り組みを通じて「物理」「分析」「計算」「化学」の4つの面から破壊のメカニズムを同時並行で分析した。
この活動の中ではただ強度を高めるだけでなく、トレードオフの関係となる燃費特性を悪化させないという革新的な技術開発が目標とされ、強度と燃費特性の両面で高いハードルとなる目標値を設定。4年間にわたる研究をつうじて、この目標達成には「亀裂が始まる極小さい領域」に集中して効率的にエネルギーを逃がすことがキーになると分析。この指針に基づいて開発を進め、2016年9月には、燃費特性の面を重視した「基準配合」のゴムと比較して強度となる摩耗特性を約60%低減した「高強度材料」を発表。建設機器向けのゴムクローラーを製作して実証実験を行ない、開発コンセプトの妥当性も確認した。
しかし、この「高強度材料」では強度については開発目標の数値を十分にクリアしたものの、燃費特性の面では「基準配合」よりわずかに悪化する方向になり、そこからさまざまな手法を試しても「基準配合」を上まわることができず、開発陣はこの「高強度材料」での開発継続を断念。これとは違う視点から目標達成を目指すことを決断した。
新たな取り組みとして今回発表することになったゴム複合体の開発ヒントになったのは、北海道大学 グン・チェンピン教授が提唱している「超高強度ダブルネットワークゲル」。DNゲルとも呼ばれるこの技術では、硬い「ファーストネットワーク」と柔らかい「セカンドネットワーク」を組み合わせることで、変形時にファーストネットワークが犠牲的に壊れることによって効率的にエネルギーが逃げ、飛躍的に高い強度を示すようになるという。
この原理をゴムに応用するにあたり、タイヤで使われるゴムの素材に特殊な分子設計を施した「ネットワーク成分」(具体的な詳細は非公開)を混ぜる手法がとられたが、従来からある製法では成分ごとに「海島構造」を形成してネットワークにならず、強度の向上に効果が出ないことが分かった。そこで開発陣はゴムの練り込みや成形、加硫といった手順で条件を最適化。いくつもの条件を試すうちにゴム内にネットワークが形成されるパターンを見つけ出し、ネットワーク成分とプロセスコントロールによって強度の高いダブルネットワークを実現した。
このダブルネットワークゴムは「基準配合」から強度の指数が4.8倍に向上することに加え、燃費特性についても15%アップの性能を両立。ゴム材料を3割~4割減らすことが可能になり、大幅な燃費向上が期待できる。ブリヂストンではこのダブルネットワークゴムを使ったタイヤを2020年代前半の実用化を目指すほか、クルマの防振ゴムや建設機器向けのゴムクローラー、産業用のコンベアベルトといったゴム製品に積極的に展開していきたいとコメント。最後にダブルネットワークゴムを使った製品デモを実施して発表を締めくくった。
鋼板から約4割、合わせガラスから6割以上の重量減を実現するPMMAベースの透明樹脂
住友化学 石油化学品研究所 グループマネージャーの笠原達也氏が発表したのは、「PMMAをベースとした軽くて頑丈な透明樹脂」。
この研究では「視界確保による安全性向上」「開放感のある空間の実現」「軽量化による省エネルギー化」の3点を実現するため、クルマのフロントウィンドウとして使用できる透明樹脂の開発を目標に設定。このために選ばれたのが、クルマのリアコンビネーションランプなどにも利用されている「PMMA(ポリメタクリル酸メチル樹脂)」と呼ばれるアクリル樹脂だが、フロントウィンドウに使うためには路面からの入力でボディがよじれた場合にたわみにくい剛性の高さ、飛び石などが当たっても割れにくいタフネスさ(靱性の高さ)が課題になると笠原氏は解説する。
開発ではImPACTのアカデミアと連携して、ImPACTで進められている「高分子材料における破壊機構の本質理解」で得られたコンセプトや指針をPMMAの分子設計と材料設計、高次構造の制御などに利用。住友化学で具現化した材料をImPACTで解析し、そこから指針をフィードバックするといった形で技術を往復させながら開発を進めていったという。
クルマの外装に使われる樹脂製品では、PMMAのほかにヘッドライトなどにポリカーボネートが使われている。これは車両前面にあるヘッドライトではタフネスさが重視されることが理由となっているが、一方でポリカーボネートはたわみやすく、さらに紫外線の影響など長期的な耐候性の面でPMMAには劣っている。また、基本的に剛性とタフネスさはトレードオフの関係となり、PMMAは高剛性だが割れやすい脆性破壊材料となっている。
今回の開発では、PMMAをベースとしつつタフネスさをこれまでの10倍以上に高めつつ、同時に剛性も約1.6倍向上させることを目標として設定。このスペックだけであればポリエチレンやポリプロピレンにゴムなどを混ぜることで実現できるが、この場合は透明性が失われてしまうことからPMMAを利用することになっている。
分子レベルでの高次構造制御を行なったことで、新たに開発したPMMAベースの透明樹脂では「脆性-延性転移」が起きる温度帯を変化させることに成功。従来型のPMMAが通常の使用環境の温度帯から高い状況で脆性-延性転移が起きて脆性破壊材料となっているところを、PMMAベースの透明樹脂では低い温度で脆性-延性転移が起きるようになり、PMMAでありながら延性破壊樹脂となっている。笠原氏はこれが開発の大きなポイントであり、使用環境の温度帯で高いタフネスさを発揮できると説明した。
この結果、新開発されたPMMAベースの透明樹脂はJISで定める「自動車用安全ガラス試験(JIS R3212)」もクリアして、開発目的であるクルマのフロントウィンドウに採用することが可能になっている。また、単位面積あたりの重量は、クルマのルーフで使用する0.8mm厚の鋼板と同じ剛性(たわみにくさ)で比較すると、PMMAベースの透明樹脂は鋼板から約4割重量減、合わせガラス(4mm厚)との比較では6割以上の重量削減が可能になるという。
今後は、フロントウィンドウに使うためにはワイパーの往復などで摩耗したり傷が付かないような表面加工の開発が必要となり、大型の成型品に展開するためのブラッシュアップに引き続き取り組んでいくと笠原氏は語った。