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高齢者同士が支え合う“新しい地域の足”「近助タクシー」という選択
福井県永平寺町が取り組む「地域のみんながうれしい交通網」
2020年2月12日 00:00
今回、Car Watchは地域交通の課題解決のため、新しい取り組みを行なっている自治体を取材する機会を得た。その自治体は、石川県 小松空港からクルマで約1時間ほど走った福井県吉田郡永平寺町だ。永平寺町は、福井県のシンボルでもあり鮎釣りなどで有名な九頭竜川に沿った広い地域。地名にもある永平寺は、古来より日本の禅修行の場として世界的に知られるお寺である。
そんな永平寺町だが、この町も地方共通の問題である人口減少という悩みを抱えていた。町の中心部は住宅やビルが多いが、少し郊外に出ると田畑が目立ち、昔ながらの大きな家が多く建つ風景になる。建て増しを繰り返したような家を見ると「大家族で住んでいそう」と思うのだけど、実際は違った。子ども世代は就職や結婚を機に町の中心部や都市に引っ越してしまうことが多いそうで、大きな家でも住んでいるのは高齢者だけになっていることも多いというのだ。
都市部では「人が減る」というとどこかの誰かが引っ越すことであり、とくに気にするものではないが、こういった地域での「人が減る」とは「一緒に暮らしていた家族が出ていく」ということなのだと気がつくと、家族の歴史を感じさせる大きな家がどこか寂しいものに見えた。
小まわりの効くコミュニティバスでもカバーしきれない現状
そんな永平寺町には鉄道と路線バスという交通の便があるが、現在は山あいの地区である鳴鹿山鹿地区と志比北地区は路線的にカバーできていない。そこで、この地区は町が走らせるコミュニティバスが住民の足となっているわけだが、通常のバス路線が通っていない理由は利用者が少ないからであるだけに、コミュニティバスも通勤、通学がある朝夕に利用者が集中し、そのほかの時間帯は誰も乗っていないままの運行になることが多い。とはいえ公共交通なので、利用者の少ない時間帯も運行しなければならないのだ。そのため運行経費は慢性的に大きく赤字となっていた。
しかし、人口が減っているとは言え、昼間は地域のお年寄りの利用があってもおかしくないと思う。でもそれすら少ないということだったので、関係者に質問をしてみたところ自分の視野が狭かったのに気づかされた。
路線バスより小柄な車体のコミュニティバスは、主要道路から集落があるエリアまで入ってきてくれるのだが、バスが停まるのは「停留所」のみだ。これは当然のことなのだけど、足腰の弱ったお年寄りからすると、自宅からそう離れていないバス停まで歩いていくことすら大変という。しかも買い物を終えて荷物が増える帰路ではさらに大変になる。
加えて、乗り遅れないためには時刻表の時間より早くバス停にいなければならないわけだが、雨の日や暑い日、寒い日では到着を待つのも厳しいという。そんなことから、便利なはずのコミュニティバスもお年寄りにとっては利用しにくいものになっているとのこと。
そういう状況が続くと、中には外出しなくなる方もいるが、若い世代でも身体を動かしていなければ肉体的にも気持ち的にも弱ってくるだけに、お年寄りではそれが顕著になりがちだ。つまり住民のニーズに合っていない地域交通の不便さは、住む人の身体と心の健康状態も左右する問題でもあったのだ。
永平寺町が導入した集落の新しい足「近助タクシー」とは
このような課題を解決するため永平寺町が導入したのが、トヨタ自動車が発売する乗降しやすさや3列シートへの乗り込みも容易にした多人数送迎車「エスクァイア ウェルジョイン」を使った「近助(きんじょ)タクシー」である。
この近助タクシーとは「交通空白地域において自家用車を使い住民の移動手段を確保することを目的とした取り組み」の名称で、永平寺町内でも高齢者が多い鳴鹿山鹿地区と志比北地区に住む方を利用対象にしている。近助タクシーは道路運送法第78条にある「自家用有償旅客運送」に該当するので、本来利用は有償になるのだが、現在は試走段階なので無料で運行している。
さて、ここで取り上げておきたいのが永平寺町にウェルジョインを使った新たな地域交通の提案をしたトヨタ自動車 トータルソリューション室 地域モビリティG。
そのグループを引っ張る中川茂氏はトヨタで福祉車両開発の責任者も務めており、仕事がら高齢者の事情や地方の交通状況などに接することが多かったので、常に「困りごとに対応できる自動車を作ることで、困っている人の問題を解決していきたい」との考えを持っていた。さらに「開発したクルマが世の中で活躍できる環境も作らなければいけない」とも思っていた。
そんな気持ちから立ち上がったのが、ウェルジョインを使った「住民参加型の自家用有償旅客運送」という取り組みだった。これは既存の地域交通網ではカバーできない利用者のニーズに応える「新たな地域の足」という位置付けのもので、主な目的は過疎地で暮らす高齢者の買い物や通院などの生活支援。利用者の自宅前から目的地の入口前までというドア to ドアの運行が基本となっている。
また、ウェルジョインの利用を通じて、単身で住む後期高齢者と地域の接点が増えるので、後期高齢者のセーフティネットになる役割も担うものである。
地元振興会長自らステアリングを握る近助タクシー
永平寺町の近助タクシーは町が運営していて、近助タクシーのドライバーになるには普通免許取得者であり、2年間停止のないことに加えて国が定める移動サービス運転車研修・市町村運営有償運送等運転者講習を受けることが条件。自薦もOKだが、永平寺町では交通問題がある地区の事情に詳しい志比北地区振興連絡協議会長の川崎直文氏が人材に声がけしていて集めていた。しかも人を探すだけでなく、ご自身もドライバーの資格を取得している。
今回の取材では川崎氏、町役場担当者、そして近助タクシーのドライバーを務めている2名のお話を聞くことができたので、その内容を紹介していきたい。
川崎氏は、「近助タクシーが走る志比北地区では“小さな拠点”という観点から“地域総合商社”という働きをしています。これは地域内の人やものの動きを盛り上げていくことを目的としたもので、それらの仕事を地域の人によって行なうものです。その活動の一部であるのが近助タクシーです。近助タクシーでは地域の方にドライバーを務めていただいていますが、単に運転するというだけではなく、近助タクシーを通じて地域がよりよくなるためのプランも考えてもらっています。これは地域総合商社としての新しい事業のアイデアだったり現状の改善点だったりしますが、とにかく行政に頼りっきりではなく、われわれの力で地域をよくしていくことを心がけてもらっています。そしてその意気込みを示すのがサービスの名前にもなった“近助”です。近くの人同士の助け合い事業なのです」と解説した。
地域の人にとって連絡しやすい、地元の郵便局が近助タクシーの予約窓口
近助タクシーを利用するにはまず利用者登録した後、電話連絡をして予約するという仕組みだが、この部分も永平寺町ならではのユニークな取り組みがあった。
当初、登録受付や予約の電話窓口は役場に設ける予定だったが、お年寄りの感覚では「配車をお願いする」ことへの遠慮もあるし、見知らぬ人に電話で依頼することも気が引ける。そこで白羽の矢が立ったのが、地域にある浄法寺郵便局だった。
この郵便局は近助タクシーの拠点である生活改善センターから徒歩5分程度のところにあり、配達業務を受け持たず窓口のみの運営である。局長である吉川泰正氏はこの地域で育った方で、郵便局を通じて多くの住民と顔見知りであった。そんなところが受付になったおかげで、遠慮しがちなお年寄りも依頼しやすくなったのだろう。運用開始から予約は増えているという。
なお、最近は郵便局も行政との協力体制が進んでいて、住民票の交付なども行なっているので吉川氏としては受付業務の話がきたときもその一環という認識だったという。ただ、近助タクシーの受付を始めてから、それまであまり郵便局の窓口の利用がなかった人とのつながりもできたので、郵便局としてのメリットもあると語ってくれた。
予約の処理にはパイオニア製クラウド型運行管理サービス「ビーグルアシスト」という予約管理システムを試用している。近助タクシーの送迎では利用者の自宅まで行くが、運行自体は時刻表に則って行なわれる。また、目的地は利用頻度が高い複数の地点を「停留所」と定めているので、予約時に利用者名、時間、どこまで行くのかを聞き、それをシステムに入力すると近助タクシーのカーナビにその情報が送られる仕組みだ。ただ、予約状況に余裕があったり、ドライバーさんの厚意で時間などある程度の融通をすることがある。そんな柔軟性があるのも地域の人同士だからと言えよう。
また、地元出身で地元の言葉で対応してくれる吉川氏が相手なので、話がしやすいということから予約以外の要望を受けることも多いという。これを「窓口が違う」と感じるかもしれないが、吉川氏は「それを聞くのも地域の郵便局だからできること」と、できるだけ聞くようにしていると言う。そして利用者の声などを川崎氏やドライバーの方に届けるため、定期的に意見交換もしているとのことだ。
利用者から聞く「ありがとう」がなにより嬉しい。ドライバーに話を聞く
続いて、近助タクシーのドライバーからも話を聞いた。対応していただいたのは大谷進氏と伊東力雄氏のお2人だ。まずはドライバーを始めるきっかけだ。伊東氏は近助タクシーが始まる前に、前出の川崎氏から「ドライバーになってくれないか」と依頼があったと言う。伊東氏は普段から地域のための活動をされている方だったが、志比北地区への貢献はなかったので引き受けることにした。仕事では大型トレーラーや重機を30年間操っていたので、運転には自信があったと言う。
大谷氏も川崎氏から声がけされた方だった。以前は地元で消防車を運転していたというこちらも運転のプロであり、消防士という仕事がら、地域のどこに誰が住んでいるかについても精通していた。そしてリタイヤ後はとくに仕事をしていなかったが、声を掛けてもらい仕事の内容を聞いたところ、地元に貢献することに魅力を感じて引き受けた。また、自分が動くことで地域にいる若い人に対して何かの弾みになればいいかなと考えたことも引き受けた理由の1つ。
さて、お2人に普段の運転で体験していることを伺ってみたところ、印象に残ったのが車内での会話だ。内容はたわいない日常会話だが、そこには困りごとや身体の調子、地域の状況といった重要ことが含まれているので、大谷氏も伊東氏も車内の会話を大切にしているという。
こうして他人のことを見守っているとちょっとした違いが気になることもあるようで、毎回外で待っている人がいつもの場所にいないときはとても気になるので、出てくるのを待つのではなく、異変がないかクルマを降りて家まで様子を見にいくこともあるようだ。こうした行動が命を助けることにもつながると思うと、近助タクシーの地域への貢献度は単なる移動手段にとどまらないことを改めて感じる。
そんな利用者ファーストの運行をする近助タクシーだが、実際に乗せてもらって感じたのは運転の丁寧さ。交通ルールを守るのはもちろん、ステアリングの切り方やブレーキの掛けかたがスムーズだったのだ。この点について大谷氏に聞いてみたところ、高齢者を乗せているのでできるだけショックのないスムーズな運転を心がけているとのことだった。近助タクシーのドライバーは、国が定める移動サービス運転車研修・市町村運営有償運送等運転者講習を受けているが、技術面だけでなく思いやりの面もレベルが高いと感じられた。
最後に近助タクシーのドライバーをやっていて嬉しかったことを伺ってみると、「近助タクシーを利用した人が降りるとき“本当にありがとう”と声を掛けてもらえること」と答えてくれた。運行開始したころには、外出に困っていた利用者から涙を流しながら感謝されたこともあったという。大谷氏も伊東氏も、そんな言葉を聞くたびに「ドライバーになってよかった」と心から思うと笑顔でコメントしてくれた。そして「この近助タクシーという仕組みがこれからも続くことを願っています」と語ってくれた。
便利なだけではない。友人も増えるのが近助タクシー
では、最後に近助タクシーの利用者の声をお届けしたい。対応いただいたのは今川冨美子さんと荒井とみゑさんのお2人だ。
今川さんのご自宅前はコミュティバスの通り道だがバス停からは少し離れていた。筆者の印象としては遠くはない距離だったが、今川さんは足腰が弱くなっているため、外を歩くときは杖を使用していたのだ。それゆえに、今川さんからは「若い人には近い距離でも私にとっては遠いんです」と言う言葉が出た。
そんなとき、役場から知らされたのが自宅前まで来てくれる近助タクシーの運行開始だった。今川さんは「一番に登録したい」というほど運行を歓迎したという。そんなことから近助タクシーの常連になった今川さん。主に老人センターへの行き帰りで利用しているというが、便利になっただけではなく、ドライバーさんやほかの利用者との会話も楽しみになったという。
また、近助タクシーが通るまでは違う地区の人との接点が薄かったのだが、相乗りで同じ目的地に行くようになったことから、違う地区の方と仲よくなれたとのことだった。これは役場の想定を超えた効果で、そう語る今川さんの笑顔から近助タクシーはとても幸せな効果も生んでいると感じた。
続いて荒井さんは習い事や買い物、通院などで近助タクシーを利用しているとのこと。自宅から目的地まで利用するが、用事の終わり時間が読めないので帰りはコミュニティバスを利用することが多いという。もちろん帰りも近助タクシーに乗れればそれが一番なのだが、便数がそれほど多くないのでそこは仕方ないという。ただ、それでも近助タクシーには感謝していて「もっと多くの人に知ってもらって、これからも続けてもらえれば」と語ってくれた。
そんな荒井さんに近助タクシーへの要望を伺ったところ、便数を増やしてほしいのと、週に1日でもいいので福井駅の方まで行く便を出してくれたらうれしいとのことだった。
以上が永平寺町が行なっている「近助タクシー」の概要だ。今回の取材では大勢の方から話を伺ったが、皆さんそれぞれの立場で近助タクシーを大切に考えていることが印象的だった。また、単に人を運ぶだけでなく、地域の人と人との結びつきを強化することにもひと役買っている部分にも「住民参加型の自家用有償旅客運送」という取り組みの意義を強く感じた。
また、トヨタではウェルジョインを使用した新しい地域交通の提案をこれからも続けていくとのことだが、ぜひ多くの自治体で採用されてほしいものである。