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NVIDIA ジェンスン・フアンCEO、メタバースは現実世界の延長線上に仮想現実を作り出し自動運転車の開発にも役立つ

2021年11月10日 開催

GTC21の基調講演で説明するNVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏

 NVIDIAの製品や、開発環境などを紹介するプライベートイベント「GTC 21」が11月8日~11月11日の4日間に渡って開催された。特に11月9日に行なわれたNVIDIA CEO ジェンスン・フアン氏の基調講演では多数の技術に関する発表が行なわれた。その翌日に同氏が行なった報道関係者向けの囲み会見では、フアン氏が強調したのは、NVIDIAはAIだけでなく、”メタバース”という言葉で注目されている仮想現実世界を作り出すインフラを提供するなど、さまざまなレイヤーのコンピューター技術を全方位に提供する「フルスタック・コンピューティング」の企業に脱皮すると説明した。

 また、FacebookがMeta Platformsと改名したことや、Microsoftなどが新しいサービスの提供を明らかにするなどして注目を集めている「メタバース」向けには、同社が開発環境として提供しているOmniverseをベースにして、多くの企業が自分たちの仮想世界を作り出すことに協力していくと強調した。また、そうしたOmniverseにより作り出される仮想世界は、自動運転車やロボットの開発にも役立つと強調し、そうしたツールを積極的に提供していくと強調した。

NVIDIAはAIの会社から、全方位のコンピューター基板を提供する企業に進化する

基調講演で公開された「トイ・ジェンスン」。NVIDIAのAI、グラフィックス、メタバース向けのOmniverseなど複数の技術を組み合わせて実現されているAIアバター

──それではフアン氏から冒頭にGTCの基調講演の振り返りをお願いしたい

フアン氏:GTCでは多くの発表を行なったが、ここでは7つのポイントを紹介していきたい。

 1つめは「アクセラレーテッド・コンピューティング」(アクセラレータを使った演算技術のこと、HPCエリアでのGPUを使った演算などのこと)についてだ。ご存じのように、私たちはかなり長い間この分野を開拓してきた。この取り組みは「フルスタック・コンピューティング」(上から下まですべての種類の演算のこと)への挑戦だといえる。これまで一般的にコンピューターの世界で使われてきた、アプリケーションがCコンパイラを使って構築され、CPU上だけで実行されるというコンピューターの構築とは全くことなっている。

 アクセラレーテッド・コンピューティングの場合には、アプリケーション、アプリケーションの領域(ドメイン)、複雑な計算、アルゴリズム、そしてそれを高速に演算するためのコンピューターの仕組みを理解しなければならない。このために、今回われわれは65の新規、または更新されたライブラリを発表した。

 その中でも特に興味深いものをいくつか紹介したい。「Repot」は、言ってみればサプライチェーンの最適化を実現するためのツールだ。組み合わせの最適化は、一般的には量子コンピューターで実行されるべきものだと考えられているが、今の形のコンピューターの上でそうした演算を走らせている例が多いため、GPUを利用して並列実行できるようにして、最適化を行なうことで100倍以上に性能を改善した。

 世界で最も普及している数式解読機能である「cuNumeric」を、大規模なデータセンター規模で演算し、スケールアップ(演算の規模をサーバー単体からラック単位などに拡張していくこと)できるようにした。それと同時に量子コンピューターの開発を加速する高速化ライブラリ「cuQuantum」の提供を開始した。

 「Modulus」は、物理法則を理解したニューラルネットワークモデルで、非常に重要な新機能だ。Modulusは、物理法則を理解したニューラルネットワークモデルで、特にライフサイエンスやデジタルバイオロジーの分野で、本当に重要な仕事をすることができる。また、私が基調講演で発表したのは、気候科学と協力して気候の未来を予測するというものだ。

 2つめのポイントは、AI推論プラットホーム「Triton Inference Server」のメジャーリリースを発表したことだ。Tritonは、AIの学習が終わった後、アプリケーションでAIを実行する「推論」処理時に使用されるものだ。NVIDIA AIは現在、世界中の25,000社の企業に導入されており、非常に急速に成長しているが、そのメジャーリリースを発表したことになる。

 3つめはスピーチAIだ。スピーチAIは、これから非常に重要になっていく開発分野だ。というのも、ほとんどの人がコンピューターと対話する方法は構造化されていないからだ。われわれがキーボードやPCを使ってコンピューターと接するときには、ほとんどの場合情報は構造化されておりアクセスは容易だ。しかし、それが構造化されていない場合には、スピーチAIがコンピューターとわれわれをつなぐ手段となる。そのため、NVIDIAは音声認識と音声合成の両方において、世界最高クラスの音声AIシステムの提供を開始した。その性能はとても素晴らしく、リアルタイムに動作し、企業はどのようなクラウドにも、組み込みシステムにも組み込んで利用することができる。

 4つめは「巨大言語モデル」(large language model)に関する発表だ。プラットホームがそうした巨大言語モデルを学習するためのプラットホームが「NeMo Megatron」だ。

 一週間ほど前になるが、Microsoftと共同で世界最大級の言語モデルを開発したことを発表した。Megatron 530Bは5300億個ものパラメータをもっており、オープンAIの言語モデルに比較してやく3倍になる。こうした言語モデルは、コンピューターが言語やテキストを理解し、解釈し、意図を理解し、要約し、質問に答えることを可能にするもので、非常に重要だ。NeMo Megatronは、そのような大規模な言語モデルを開発するために、3つのことを発表しました。それが、NeMo Megatronと呼ばれるトレーニングシステム、Megatron 530-Bと呼ばれるプレトレーニングモデル、これらの巨大なモデルを、マルチGPU、マルチノードのTritonでリアルタイムに推論する機能だ。

 5つめが「Omniverse」だ。Omniverseを利用すれば、写真のようにリアルで、物理法則に従った仮想世界のシミュレーションシステムや仮想世界の作成に使用できる。

 その近い将来のアプリケーションが、デジタルツインだ。今回のGTCではデジタルツインの例をいくつか紹介した。分子のデジタルツインから、BMWによる自動車製造工場のデジタルツイン、ボイラー工場のキーリカバリーシステムのデジタルツイン、そしてエリクソンによる5Gのシミュレーションを行なった都市全体のデジタルツインまで、さまざまなものがある。

 また、Omniverseでは「Omniverse Avatar」と呼んでいるデジタルアバターを合成する機能を発表した。音声認識、音声AI、自然言語理解機能を搭載していて、私たちの言葉を理解して話しかけてくれるのだ。先ほどMegatronの話をしたが、それを利用して実際には人間が裏にいなくても、われわれの意図を理解することができ、かつ学習は一切必要ない。NVIDIAが提供する「Merlin」を使って人間に提案し、Omniverseを使って発言やジェスチャーに基づいて顔をトレーニングすることができるようになる。

 6つめに「Jetson AGX Orin」と呼ばれるロボット用コンピューター・ボードの発売、生産開始を発表した。これは世界最先端のシングルチップ・ロボティクス・コンピューターで、自動運転やロボット用に設計されているものだ。また、新しいロボットも発表した。これはセンシング機器用のロボットで、主に医療機器用に設計されている。超音波機器やCTスキャンなど、ロボット技術の恩恵を受けられるあらゆる種類の医療機器が対象だ。

 そして最後の7つめにデータセンターのインフラ、Quantum-2 InfiniBand Switchネットワーキングと呼ばれる次世代インフラ、エンド・ツー・エンドシステムを発表した。

アクセラレーテッド・コンピューティングの概念を突き詰めていくと、フルスタック・コンピューティングになる

──基調講演ではNVIDIAはAIコンピューティングの会社ではなくフルスタック・コンピューティングの会社になると繰り返し強調していた。今後NVIDIAはAIだけでなく全方位のコンピューティングの会社になるということか?

フアン氏:なかなか答えるのが難しい質問だが、アクセラレーテッド・コンピューティングを突き詰めていけば、結局はフルスタック・コンピューティングにならざるを得ないということだ。

 それを理解するためにはアプリケーションの領域(ドメイン)を理解する必要がある。例えば、コンピューターグラフィックスやビデオゲームかもしれないし、あるいは気候変動に関するシミュレーションかもしれないし、分子の動きに関するシミュレーションかもしれない。そうしたアプリケーションを理解して、どのように演算していくのかを理解していく必要がある。それは量子力学かもしれないし、レイ・トレーシングかもしれないし、素粒子物理学や流体力学かもしれない。そうした関連する領域でどのように演算するかを理解しないといけないし、その演算を実行するために必要なコンピューターの規模も理解しないといけない。それがビデオゲームのように1台のPCで実行できる場合もあれば、データセンター全体で実行しなければいけないこともあるからだ。

 AIの学習のように、時にはリアルタイムではないこともあるし、音声合成や音声認識、自動運転などリアルタイムの場合もある。それらのアプリケーションは、フルスタックのアルゴリズムを理解して、それらすべてをまとめて展開しなければいけないということだ。なぜなら、ロボット用アプリケーションのコンパイラなどは存在しないからだ。同じように分子動力学やコンピューターグラフィックスのためのコンパイラも存在ないのだ。

 それを構成する要素としてはアルゴリズム、ライブラリ、システムソフトウエア、そしてハードウエアに至るまで多数がある。私はフルスタックという言葉を使っているが、われわれが提供するアプリケーションの領域はそれぞれ異なるスタックをもっている。自動運転車、ロボット、量子コンピューターの研究など当社の製品を利用する研究者はそれぞれ異なるスタックを利用しているからだ。このため、それぞれのアプリケーションに応じて異なるスタックを用意する必要があるのだ。

──AMDがMilan-XをGTCの直前に発表し、Microsoftと協力してANSYSのクラウドサービスを提供すると発表した。

フアン氏:より速くなったCPUはよいことで、喜ばしいことだ。しかし、並列計算をGPUよりも速く処理できるCPUは存在しない。そしてその性能を比較することはほぼ不可能だ(筆者注:つまりそれぐらい大きな差があるという意味)。ソフトウエアをGPU用に最適化することは簡単ではないが、われわれはそのために150のSDK(ソフトウエア開発キット)を用意しており、すでに数十の産業領域に対応したアクセラレーテッド・コンピューティングのためのソフトウエアソリューションを提供している。

 ただ、こうしたCUDAアプリケーションの開発には多大な労力を必要としており、その実現は簡単ではない。しかし、一度実現してしまえば、1つのGPUで大幅な演算性能向上を実現でき、さらにそれを数十のGPUにスケールアップし、数千ものGPUにスケールアウトすることで、必要に応じて性能を向上させることが可能なのだ。それがアクセラレーテッド・コンピューティングのメリットだ。

 最近はニューラルネットワークが物理学にも使われているが、それはナビエ・ストークス方程式のような原理的な方程式を置き換えるものではなく、それらは今後も重要だ。そしてそうした2つの方程式は同時に使うことができる1つは小規模なシミュレーションや原理的な分析に使用するのに適している。しかし、例えばボイラープラントのデジタルツインや、都市全体のデジタルツインで示したような、デジタルツインを実現するには最初の方程式をつかって行なうことが可能だ。

 最近では、NVIDIAやブラウン大学、カリフォルニア工科大学の優秀な研究者により物理学に基づいたニューラルネットワークが開発され、素晴らしい研究が行なわれている。損失は精度がまったく高くなく、実際には非常に多くのデータを使って学習することができるので、より精度が高いものが実現できている。

 しかし、なぜこのシステムが代替にならないのかというと、学習に時間がかかるからだ。小規模なシミュレーションであれば、原理的なシミュレーションを実行した方が速い。しかし、都市全体や工場全体を再現したければ、物理学のようにデジタルツインを扱い、ニューラルネットワークを構成するしかない。つまりそれぞれ別のアプリケーションなのだ。

──シンギュラリティについて質問したい。この先AIが人間の知能を大きく上回り、文明を想像する責任は人間からAIに移るという考え方だが、NVIDIAのGTCの発表を見ているとそのシンギュラリティの実現が違いのではないかと感じた。NVIDIAはどう考えているか?

フアン氏:現在私たちが手動で行なっている事の多くは近い将来自動化されるだろう。AIによって自動化される作業が増えるからだ。確かにAIの能力は非常に印象的で驚くべきものがある。GTCでわれわれがデモした「トイ・ジェンスン」は人間がまねできないように多くの情報を集約して質問に答えていた。そしてそのAIのアバターが高度な知性を持っているかどうかを判断することは誰にとっても難しいと思えるほど、非常に多くの出題について会話することができる。

 しかし、自動化できるものはたくさんあるとは思うが、AIがあらゆる面で人間より優れているという世界が近い将来に実現できるかというと、私はそうは思わない。人類にとって最も効果的で役立つのは、自動化できる分野を特定し、かつそれを効果的に自動化し、慎重に自動化していくことだと思っている。そうすれば、生産性や利便性を向上させ、多くの仕事で人間を補強することが可能になるだろう。

──ムーアの法則は終わった、あるいは死んだと言われるが、それを終わらせたのはNVIDIAのアクセラレーテッド・コンピューティングだと思う。こうした方向性は今後も続くのか、続くとしたらいつまで続くのか? NVIDIAは元々GPUの会社だったが、それがAIの会社になり、今は何の会社だと位置づけているのか?

フアン氏:2番目の質問からお答えしたい。われわれは、NVIDIAをコンピューティングの会社だと位置づけている。当社は、さまざまな種類のアプリケーションを実行する時に、非常に高速に処理できるコンピューティングを提供する企業だと位置づけているということだ。それを「アクセラレーテッド・コンピューティング」と呼んでいる。そして今コンピューティングが必要不可欠で、価値があると考えられている分野は、コンピューターグラフィックス、AI、科学技術計算などだ。これらの異なる分野が集まって、それに関連した産業が生まれている。そして、コンピューターグラフィックス、物理シミュレーション、AIなどの技術が、Omniverseと呼ばれる1つのプラットホームに集約されたのだ。それをわれわれは世界中のほぼすべての産業にサービスを提供しているのだ。

 ムーアの法則に関しては、2つの根本的な理由がある。一つ目の理由は、GPUはCPUとは違っているということだ。CPUの仕組みは50年前のものなので、CPUに多くの情報を処理させると、CPUの並列処理の性能には限界があるので、ある程度以上に性能を上げるのは難しくなる。そして第2としてトランジスタの性能はそれほどあがっていないため、CPUの性能をこれ以上上げるのは難しくなりつつある。

 ですが、CPUの性能も徐々には上がってきていて、速いCPUの方がベターなのは言うまでもない。実際、NVIDIA自身もコンピュータービジネス(筆者注:DGXなどのサーバーを直接顧客に販売している)ので、自分たちのコンピューターにもCPUは搭載しているので、CPUが速い方がよいのは当然だ。ではわれわれのシステムは何が違うのかと言えば、性能を最適化していることだ。トランジスタレベルやチップレベルだけではなく、NVIDIAはフルスタックレベルで最適化しているのだ。チップレベル、システムレベル、アルゴリズムレベル、アプリケーションレベルで最適化し、スタック全体で最適化することができるので、私たちがもたらすスピードアップは、毎年50%とか、2年に1回50%とかいうレベルではないのだ。

 私は基調講演で、コンピューターサイエンスとコンピューターアーキテクチャの根本的な変化により、常に重要なアプリケーションのある分野では、計算速度が100万倍、10億倍になると現実的に考えられるようになったことを説明した。私が挙げたのは気候科学だが、分子動力学や生命科学の分野でも、計算規模を100万倍に向上させるチャンスがあると考えている。

──NVIDIAは5-6年前にGPUの会社からAIの会社になった。そして今はコンピューティングの会社に進化した。AIの会社とコンピューティングの会社の最大の違いは何か? そして競合とNVIDIAの最大の違いは何か?

フアン氏:AIをアルゴリズムの領域の1つだと考えてみてほしい。レイ・トレーシングがアルゴリズムの領域の1つであるため、光を利用したシミュレーション、レーダー、ソナーなどさまざまな用途に応用できる。このようにアルゴリズムにはたくさんのさまざまな領域がある。他にも、素粒子物理学、流体力学、量子コンピューターなどもアルゴリズムの領域だ。

 そのアルゴリズムの上にはさまざまなアプリケーションがある。AIであれば、物体認識、音声認識、自然言語理解、ロボット工学のための教科学習などがある。それぞれのアルゴリズムには、このような副領域があって最終的にはアプリケーションがあるのだ。例えば自動運転車はAIの応用だ。分子力学シミュレーションや仮想スクリーニングを素粒子物理学の応用だ。

 このように考えると、NVIDIAのコンピューティング上で動作するさまざまなアルゴリズムの領域には、実に多くの異なるアプリケーションが存在している。NVIDIAがどういう会社かと考えると、コンピューターグラフィックスやAI、ロボット工学などに必要な多くのアルゴリズムを専門とするコンピューティングの企業だ。それを、その上で動かすアプリケーション、例えばビデオゲーム、ロボット、自動運転車などを提供するさまざまな業界にサービスとして提供していく企業だ。そのために優れたチップを製造し、アルゴリズムを理解して専門知識を提供していくフルスタックのコンピューティング企業で、多くの産業に貢献できていると考えている。

インターネットがHTMLで発展したように、メタバースはUSDで発展する、そのための開発ツールが「Omniverse」

メタバースを実現する「Omniverse」を使うと、デジタルツインの考え方で現実社会をそのまま仮想社会に実現し、現実社会では許されないような実験(例えば公道で雨の中スピードを上げてみるなど)も行なうことができるので、より安全なロボットやより安全な自動運転車を作ることができるようになる

──基調講演ではインターネットにとってのHTMLがメタバースにとってのUSD(Universal Steam Description)だと説明していた。インターネットが始まったばかりの頃、個人が自分でホームページを開設するのはとても大変だったが、MicrosoftがFrontPageやMacromediaのDreamweaverなどが登場することで、簡単に作成することができるようになった。NVIDIAがメタバースのアプリケーションやUSDを誰もが簡単に作れるような、メタバース版のFrontPageみたいなツールを提供してくれる可能性はあるか?

フアン氏:Omniverseは仮想世界をシミュレートするためのエンジンで、そこには多くの世界が存在している。私の基調講演では、そのうちの8つか9つを紹介した。例えばシーメンスの世界、エリクソンの世界、BMWの世界などだ。Omniverseはそうした「仮想世界」を非常に大きなスケールで想像し、それをシミュレートするように設計されている。

 今回は25車のツールメーカーを紹介しているが、今後はさらに多くのツールメーカーが参入してくれるだろう。私は今後、将来の仮想世界は今よりもずっと簡単にデザインすることが可能になるだろうと期待している。今後多くの仮想世界は人間と人工知能、両方がデザインしていくことになる。だから、そこには多くのツールメーカーが存在することになるだろう。われわれは誰もが仮想世界を構築できるように、エンジン、シミュレーション・エンジンに焦点を当てて開発していく。

──NVIDIAのメタバース戦略について教えてほしい。

フアン氏:Omniverseの戦略は、エンジン、テクノロジーエンジン、テクノロジープラットホームをデザインすることだ。Omniverseは、あらゆる企業が利用できるエンジンになっていて、さまざまな形で利用されていくことになるだろう。自動車産業や工業製品、倉庫内の物流など、企業が行なわなければならないシミュレーションが今後たくさん出てくるだろう。

 今回のGTC21では物流ロボットが倉庫内を動き回り、リアルタイムで最適化されている倉庫のデジタルツインを示した。倉庫内物流の企業は、Omniverseを利用してデジタルツインを実現していくことになる。Omniverseによるデジタルツインは、ソーシャルプラットホームやコンシューマープラットホームなどを作っている企業でも利用できるようになる。

 しかし、強調したいことは、われわれはサービスのビジネスをしている訳ではないということだ。われわれはテクノロジーのインフラを提供するビジネスをしている。Omniverseはエンジンであり、アルゴリズムであり、演算のプラットホームであり、コンピューターグラフィックスであり、コンピューターシステムそのものであり、ハードウエアやシステムソフトウエアを提供しているものだ。アプリケーションのプラットホームではなく、テクノロジーのインフラなのだ。

──NVIDIAが定義しているメタバースの時代はいつやってくるのだろうか?

フアン氏:メタバースは、多くの人にとってさまざまな意味を持つものだ。しかし、われわれが説明した「Omniverse」は、今すぐにでも応用できるものだ。だからこそ、すでに多くの開発者や顧客がOmniverseに取り組んでくれているのだ。Omniverseは、シミュレーション、工場、ロボット、自動運転車、倉庫物流などのデジタルツインとして使用されています。このように、Omniverseの恩恵を受けているものは多くある。

 また、シミュレーションの最適化も可能だ。そして、複雑なシステムの将来を予測できるかどうかを確認することも可能だ。つまり、ほとんどの企業がデジタルツインの恩恵を受けることができるのだ。

 私は、大企業がエンジニアリングやオペレーション、ソフトウエア開発に使用しているデジタルツインやオムニバースの世界を社内にたくさん持っていると考えている。NVIDIAにはいくつかのデジタルツインがあるが、その端的な例ですでに社内で使っていたものとしては自動運転車用のデジタルツインがある。自動運転車のデジタルツインだ。

 データを生成し、シミュレーションを行ない、地図を作成していく、そうした作業をデジタルツインの環境で行なっていくのだ。また、複数の自動運転車全体の制御システムの開発などにもデジタルツインを活用できる。他にもロボットの学習にもデジタルツインを活用できる。NVIDIAはOmniverseのデジタルツインをIsaac(ロボットソフトウエアの開発プラットホーム)の学習に使っています。

 Omniverseのもう一つの用途は、3Dデザインのコラボレーションだ。Omniverseの技術は、単に仮想世界をシミュレートするだけでなく、異なるエージェント、異なる人々がその仮想世界に接続できるようにするものだ。HTML-5では、あるWebサイトを別のWebサイトに接続することが可能になった。そして、USD(3Dや仮想空間向けのHtmlのような仕組みのこと)の場合は、ある1つのオムニバース・ワールドが、別のオムニバース・ワールドに接続することができるようになる。AdobeやAutodeskなどのデジタルコンテンツ制作者は、クラウド上のドキュメントのように一緒に作業することができるのだ。USDにより3Dコンテンツはクラウドにホストされていっているのだ。つまり「いつやってくるのか」という質問にお答えするなら、その答えは「今」だ。今こうしている間にも起こっているということだ。

──Meta(旧:Facebook)やMicrosoft、NVIDIAやQualcommなどあらゆるITの会社がメタバースについて語っている。そしてメタバース向けのハードウエアを開発している企業もたくさんあるが、そうした企業にとってメタバースのための統一プラットホームを構築することによるシナジー効果はあるか? それともすでにこの業界は細分化されてしまっているか?

フアン氏:われわれはOmniverseのコンピューティング・インフラストラクチャーと演算、アルゴリズムに焦点を当てている。われわれのプラットホームは、世界中の企業がサービスやアプリケーションを構築する際に、オープンに利用できるようになっている。そして、ご存じのように、われわれはコンピューターグラフィックスの世界のすべての企業と協力しています。Omniverseの仮想世界を創造するために、業界全体、世界全体と協力することを楽しみにしている。

 NVIDIAはPixarと協力してUniversal Steam Description(USD)という規格を開発した。USDは今やとても幅広く採用されているため、われわれはOmniverseを人々が作りたいと思うあらゆる仮想世界と結びつけることができるのだ。なので、世界中で開発されているツール、そしてわれわれと密接に協力している企業のサポートを得て、皆さんが作りたいと思うほぼすべての仮想世界にOmniverseを接続することが可能になると期待している。繰り返しになるが、われわれは仮想世界を構築するために必要なコンピューティング・インフラ、シミュレーション・エンジンおよびその機能を提供することに焦点を当てている。そして業界全体と協力して、ツールやサービス、アプリケーションの開発を支援していきたい。それらを開発することそのものはNVIDIAが行なうことではないと考えている。

──基調講演は素晴らしかったが、あなたは本当のキッチンにいたのか、それともバーチャルのキッチンにいたのか? キッチンは本物だったのか、それともレンダリングされたものなのか?

フアン氏:いい質問だ(笑)。すべてはレンダリングされたもので、リアルなものは何1つなかった、すべてがバーチャルだった。ただ、私は本物だったが(笑)。

──メタバースの概念について教えてほしい。NVIDIAはどのようにメタバースを推進していくのか?

フアン氏:Omniverseに必要な基本技術は3Dグラフィックスだ。しかし、3Dグラフィックスといっても、ビデオゲームの3Dグラフィックスとは全く異なるものだ。ビデオゲームはアーティストが制作し、ビデオゲームのコンテンツはほとんどがプリレンダリングされている。自分たちで作るバーチャルワールドの場合は、アーティストはいない、ここが大きな違いだ。

 Omniverseの世界では自分自身の化身しかいないため、環境、光、物理、衝突、積み重ねなど、人が物理法則だと理解しているすべてのものを合成しなければならない。かつ、それは完全にリアルタイムで行なわなければならないのだ。だからこそOmniverseの技術は長い時間をかけて作ってきた。ビデオゲームは35年前から存在していたが、Omniverseが実現するまでは35年かかった、それが1つだ。

 2つめ、Omniverseは、現実をシミュレートできたとしても、非常に大きな世界へのスケールアップができなければならないということだ。世界は複雑だしアーティストがいない世界なので何を入れるか、何を入れないかは、自分の思い通りに作るしかないのだ。

 3つめは、Omniverseが、AIが快適に過ごせる場所でなければならないということだ。なぜAIが必要なのかというと、Omniverseを使ってAIロボットに教えたいからだ。自動運転車やロボット、製造ロボットや話すロボット、アバターといったものだ。安全な場所でAIを学習させることができるようにしたいのだ。そして、OmniverseはAIの操作に適したものでなければならない。

 最後に、すべての人が接続できるように、Omniverseはユニバーサルスタンダードでなければならない。そしてそれは、すべての世界でつながることができるということだ。そのために、普遍的なテーマ記述(UDS)を選んだのだが、これは素晴らしい選択であり、今では、言ってみればメタバースの標準のようなものになっています。そして、私たちは誰とでもうまくつながることができます。これらがOmniverseの基本であり、なぜこれほど複雑なことをするのか、ということだ。

NVIDIAの自動車事業は2023年に転換期を迎えることになるだろうとフアン氏

Omniverse Replicator for DRIVE Simを活用すると、仮想空間の中で自動運転車のAIを実際の行動では再現できないような環境で実験することができる

──第2四半期の業績を見ると、自動車関連の売り上げは約5億ドルで、これはNVIDIAの総売り上げに占める割合は比較的小さい。NVIDIAの自動車関連事業の見通しはどうでしょうか?

フアン氏:2023年はわれわれにとって転換点になるだろう。2023年には自動車分野で非常に大きな成長が期待できる。2024年にはさらに大きくなると考えている。私たちは、すでに確保しているビジネスチャンス、つまり自動車関連ビジネスが数十億ドル規模のビジネスになることを確信している。

──世界中の多くのファウンドリーで生産能力の制約が発生している。これは、Drive Orinの生産スケジュールにどのような影響を与えるのか?

フアン氏:われわれも世界的な生産能力の不足に影響を受けている。お客さまのご要望にお応えできるように、懸命に努力している。しかし、すべての需要に完全に対応できているわけではないのは事実だが、できる限りのことはしている。来年末までは供給に制約があると予想しているが、われわれには成長するための十分な供給量があり、非常に順調に成長している。しかしながら、需要はそれ以上に大きいのだ。

──DRIVE Orinを利用した自動運転についてどう考えるか? 自動運転車の自律走行は国によって異なっているが、世界市場でどのように普及させると考えているか?

フアン氏:私たちは次世代の電気自動車企業と協力しており、そのリストには多くの企業が載っています。また高級車メーカーのメルセデス・ベンツとのパートナーシップも成功を収めているし、ロボタクシーでも成功している。ほとんどのロボタクシーの会社が何らかの形でNVIDIAと協力している現状だ。

 また、自動運転トラックの企業とも協業している。世界ではトラックドライバーが非常に不足しており、その分野での成功は重要な意味がある。自動運転による食料品の配送会社、ラスト・マイル・デリバリー・ロボットと呼ばれる優れた配達サービスでも大成功を収めている。

──Armの買収についての見通しを教えてほしい

フアン氏:われわれは世界中の規制当局と交渉しており、当初の予想以上に時間はかかっていることは事実だ。しかし、その交渉は生産的なもので、私はまだ実現すると楽観的に考えている。規制当局の皆さまも、この組み合わせが市場にとっても、Armにとっても非常によいモノだということを理解してくれていると信じている。

──業界では2.5Dや3Dなどのパッケージング技術が注目されている。NVIDIAのパッケージング戦略について教えてほしい。

フアン氏:NVIDIAは、CoWoS(コワス、TSMCが開発した高性能・高密度パッケージング技術)を最初に使用した企業で、最初の大口顧客だった。そして、今日に至るまで世界最大のCoWoSの顧客であり続けている。2.5Dのパッケージはわれわれにとって非常になじみがある技術で、優れた選択肢だ。当然次のステップでは複数のダイを搭載するということになり、すでにわれわれの製品でもダイを積み重ねている。

 パッケージングの基本的な考え方はいくつかの考え方がある。1つめは大きなチップを作ることで、より巨大なチップを作ることが可能になるということで、それはわれわれにとっても有益な選択肢だ。巨大なシングルチップにする方が信号品質も、エネルギー効率も優れているからだ。

 2つめは複数のチップをパッケージ上にまとめることで、ダイを積み重ねる場合もある。3つめは複数のチップを1つのシステムにまとめることだ。このため、われわれはNV-Linkのような仕組みを導入している。

 このようにNVIDIAの統合戦略は非常に大きなダイ、2.5D、3Dなどのパッケージング技術、そしてNV-Linkのような複数のGPUを1つにまとめていくということが含まれている。さらにその先にはNV-LinkとInfiniBandのような仕組みを利用して、複数のシステムをデータセンターの規模で1つにまとめていく戦略(筆者注:いわゆるスケールアウトのこと)のために、Mellanoxを買収した。われわれが推進しているデータセンター・スケール・コンピューティングとは、世界最大のチップからデータセンターに至るまで、自由自在にコンピューティングの規模を、スケールアップし、スケールアウトしていくことなのだ。

──それでは最後にフアン氏から締めの言葉を

フアン氏:われわれはコンピューターを大幅に進化させたため、AI、自動運転、分子生物学、気候科学からロボット工学までさまざまな問題にNVIDIAのコンピューティングソリューションにより問題解決が可能になってきている。

 それこそが今みなさんが目にしているものであり、今体験されていることだ。コンピューティング技術の進化とわれわれのプラットホームが大きく進化したことで、それらの課題を解決できるようになってきているのだ。今後数年間は非常にエキサイティングなものになると考えている。